#147 洞窟
「そ、そのまままっすぐ進むんだよぅ」
重機の僕の座席に、ボランレという名の猫耳の女を座らせて、その洞穴へ案内させる。それはあの集落の方に向かって、左側の場所にあるという。デネット大尉は、低空で重機を飛ばす。
すると、すぐにその洞穴は見つかった。地面から、こんもりと盛り上がった土の塊の真ん中に、大きな穴が開いている。
「これが、その洞穴か」
「そうだよぅ。んで、あの穴の入り口の前にある祭壇に、この石を納めてるんだよぅ」
「なんで、その石を納める必要があるんだ?」
「いやぁ、分かんねえけど、昔っからそこに、川でとれたこの石を納めるように決められているんだよぅ」
「……だけど、その祭壇に石なんて見当たらないぞ?どこにあるんだ?」
「不思議なんだけど、あそこに石を納めても、夜が明ける頃にはみんななくなっちまうんだよぅ」
「そうなのか……怪しいな」
「ええ、提督、怪しいですね」
怪しいなんてものじゃない。間違いなく、この奥には魔物に関わる何かがある。直感で僕は、そう感じる。
「デネット大尉、突入だ」
「ええーっ!?ダメだよぅ!妾たちも、あの中には入っちゃダメだっていわれてるんだよぅ!」
「おそらく、魔物はあの中にいるはずだ。戦闘態勢のまま、突入する」
ボランレの言うことなど、僕は聞く気はない。入るなという伝承がある以上、そこには間違いなく、何かがあるということだ。
かろうじて、その洞穴の中に人型重機が入ることができる。その穴は、入り口からずっと下って、奥へと続いている。
ズシン、ズシン……と、重機の足音だけが響く。戦々恐々とするこの猫耳娘を乗せた重機は、奥へと進む。
ライトの先は、穴の奥を照らすも、その奥はまったく見通せない。一体、どこまで続いているのか。そう思った矢先、行き止まりとなる。
そして、その正面には、大きな鉄の扉が見える。
「なんだこれは……どう見ても、人為的な何かだな」
「ええ、そうですね」
「な、なんだよぅ、これは!?」
「お前の村の者で、ここまで来たやつはいないのか?」
「いないよぅ!絶対に入っちゃダメだって、言われてるからよぅ!」
ということは、つまりこの先には人を立ち寄らせたくない何かがある、ということになる。
「デネット大尉、突入だ。この扉の向こうに、突入する」
「了解!」
「お、おい、ダメだって!この奥に行ったら、恐ろしい目に合うって言われてるんだよぅ!」
そりゃあ、恐ろしい目にあうだろうな。なにせ、魔物がいる。僕はそう、確信している。
つまりここは、トヨヤマでユン大尉が言っていた、人造生物を作るための工場ではなかろうか?村人にあの石を運ばせているのは、その材料の確保のためだ。間違いない。
そんな場所に我々がいて、突入しないわけがない。
我々には、2つの目的がある。
一つはその人造生物の謎を突き止め、そして、それを破壊すること。
さらに、その先につながっているであろう、元の場所に戻る道を確保すること。
これらを果たすべく、この扉をこじ開ける。
「デネット大尉!」
「アイアイサー!」
大尉はそう叫ぶと、重機の右腕を前に突き出す。その先には、10センチ砲が取り付けられている。その砲を一撃、扉に浴びせかける。
バカンという鈍い音と共に、扉は吹き飛ばされる。その向こうには、横穴が続いている。右腕を前方に突き立てたまま、重機は前進を始める。
そして、重機の照明は、驚くべきものを照らし出す。
そこは、開けた空間。その空間に、所狭しと並ぶ水槽のようなもの。その中には、何かが横たわっている。
それがサイクロプスだということは、すぐに分かった。そんな水槽が、10や20ではない。さらに小さな水槽がいくつか見える。多分、ゴブリン用の水槽だろう。
見るからにこれは、培養槽だ。そこでたくさんの魔物を作っているのは間違いない。
その水槽に向かって、細い管がつながっている。管の先を追うと、その先には台の様なものがある。その台の上には、石が置かれている。
重機の照明で照らすと、それは赤く光る。間違いなくあれは、魔石だ。
この一連のシステム、誰がどう見ても、これは「工場」だ。
やはり魔物は、人工的に作り上げられていた。ユン大尉の仮説は、立証された。
だが、この工場には誰もいない。ただ黙々と、自動的に魔物を培養している。そういう場所のようだ。
「誰も、いないな……」
「ええ、いませんね」
しばらく僕らはその培養層の間を、重機で巡る。ボランレは青ざめた顔で、その水槽の中にいる恐ろしい化け物の姿を見渡している。
「な、なんだよぅ、ここは!?まさか、祠の穴の奥に、こんなおっかねえもんがあったなんて……」
本当に、魔物を見るのは初めてのようだな。水槽に浮かぶ一つ目の巨人、サイクロプスの姿を見ては、頭のてっぺんの耳をひくひくとさせている。
が、その水槽の一つが突然、ざばっと音を立てる。そして、重機が揺れる。
「なんだ?」
何が起きたのか、一瞬、分からなかったが、振り向くと僕は、すぐに状況を理解する。一体のサイクロプスが、人型重機の足につかみかかっている。どうやら、重機の接近を察して、目覚めたらしい。
生まれながらにして、戦闘本能むき出しだな。僕は命じる。
「サイクロプスを撃て!」
「はっ!」
デネット大尉はまず重機の左手で、その生まれたてのサイクロプスの頭を殴りつける。ひるんだサイクロプスを、右腕の砲で撃つ。あっという間に、サイクロプスははじけ飛んだ。
「ふぎゃああぁ!」
青ざめたボランレをよそに、僕はさらに命じる。
「デネット大尉!直ちにここを、破壊する!」
「了解!直ちに、破壊します!」
このままでは、ここにある水槽すべてのサイクロプスが目覚めかねない。いや、奥にある3つの大きな水槽の方が問題だ。あそこには多分、ドラゴンがいるんじゃないのか?
やられる前に、やる。戦闘の基本中の基本だ。そしてデネット大尉は上昇し、重機の砲で辺りを撃ち始める。
「射撃開始!」
そう叫んだデネット大尉は、水槽を一つ一つ撃ち抜く。培養液が、バンバンと飛び散る。やがてそれは、床一面にあふれ出す。
今、キャノピーを開けたらとんでもない悪臭がすることだろうな。そう思いながら、凄惨なその工場内を浮遊する人型重機。
その奥に、通路が見える。その通路に向かって進む重機。そこはいったん細くなるが、すぐにまた広い場所に抜ける。
その場所には、あの真っ黒な霧が充満している。
そう、いわゆる瘴気というやつだ。そしてその中に、何かがうごめいている。
この空間一杯に、サイクロプスやゴブリン、そしてドラゴンが見える。その場でうろうろと歩き回っていたが、重機を見るや、急にその闘争本能が目覚める。それらは一斉に、こちらに襲い掛かってくる。
「デネット大尉!」
「分かってますよ!連射モードに切り替え!」
そう叫ぶと大尉は、右腕の砲口をその魔物の群れに向ける。ダダダダッと連射される青白いビーム光を浴びて、次々と倒れる魔物たち。やがて、魔物らの動きはなくなる。
真っ暗だからいいが、今ここを照らすと大変なことになっているんだろうな……デネット大尉は、重機をその空間内に進める。そして、赤外線センサーで辺りを探る。
「魔物類、完全に沈黙!」
「そうか……では、他に通路などは?」
「はい、ここは行き止まりのようで、特には……」
そう、デネット大尉が言いかけた時だ。辺りが急に、明るくなる。
なんだ?明かりでもついたのか?僕はそう思い、辺りを見渡す。
いや、待て。今辺りを見たら、とんでもなく凄惨な状況が……と思ったが、周りを見て僕は驚く。
目の前には、岩肌が見える。白っぽい地面も見えている。
そしてその向こうには、中腹が大きくえぐれた山がそびえている。
そう、ここは紛れもなく、ゴーレム山だ。
あの異様な魔物工場から、僕らは不意に元の世界に引き戻された。




