#146 異空間
「こ、高度300!?なぜか、高度が上がってます!」
「制御は、どうだ!?」
「慣性制御、戻りました!高度を維持!」
真っ黒な霧に飲まれるように降下する人型重機だったが、どうにか持ち直した。僕は辺りを見渡す。
……なにか、おかしいな。ここは、こんなに深い森だったか?それに、さっきまで吹き出していたあの真っ黒な瘴気が、まったく見当たらない。
「提督!何か、おかしくないですか!?」
「うーん、おかしいと言えば、おかしいな……」
デネット大尉も気づいたようだ。この状況変化が気になった僕は無線機を取り、0001号艦につなぐ。
「テバサキよりミソカツ!こちらヤブミ准将だ、応答せよ!」
だが、応答がない。かすかなヒスノイズだけが、無線機から聞こえてくるだけだ。
おかしい……よく見れば、近くにあるはずの山がない。深い森が、真っ平に延々と続く。ここはゴーレム山の麓じゃなかったのか?
「提督、一旦、着陸します!」
デネット大尉が、人型重機を操りの高度を下げる。地上に近づくにつれ、ここがゴーレム山ではないことが分かる。さっきまでとは、まるで植生が異なる。どちらかというと、亜熱帯で見られるようなヤシの葉の木々が見える。
どこだ、ここは?
まさかとは思うが、あの瘴気の吹き出し口から、まったく別の場所に来てしまったのか?
にしてもこんな場所、あのゴーレム山の近くにあったか?いや、あの山の周辺は、ヤシの葉をつけた木々などない。どちらかといえば、針葉樹林に囲まれた場所だったはずだ。
突然の周囲の変化。あの黒い瘴気、そこから湧き出す魔物の群れも見当たらない。
そこはただ、鬱蒼とした森が広がっているに過ぎない。
地上に降り立つ重機の足元を見る。周囲を見渡すが、やはり瘴気はない。魔物がいる気配もない。
「デネット大尉、何かいる気配は?」
「レーダー、赤外線センサー、ともに反応なし」
「そうか」
とんでもないところに、放り出された気がする。辺りの木々を見渡すが、ここにいても何も見つかりそうにない。
「デネット大尉、再び上昇、周囲を探索する」
「了解!」
デネット大尉が再び重機を上昇させる。木々を飛び越えて、青い空の下に出る。
にしても、ここは奇妙だ。
レーダーサイトを見るが、確かに何の反応もない。これが、違和感の原因だ。
というのも、あのゴーレム山の周辺には、浮遊岩がいくつも浮かんでいる。人型重機のレーダーサイトにも、2、3個の浮遊岩が捉えられるのが普通だ。
それが、一つもない。
我々にとっては非常識な、空に浮かぶ岩。だが、あの星では「常識」であるはずの浮遊岩が、一つも見当たらない。
つまりこれは、あの星の上ではないどこかにいることを、暗にしめしているのではないか?
僕は急に心細くなってきた。レティシアにリーナ、その他の駆逐艦0001号艦の乗員、そして、第8艦隊……まさか、もうそれらに会うことがかなわないというのか?
「現在、高度300、どちらに向かいますか?」
デネット大尉が、指示を求める。が、正直、どちらに向かうかなど、決めようがない。
「……そのまま、前進だ」
「はっ!前進します!」
あてもなく、前進を開始する人型重機。速力は100キロそこそこ、緑生い茂る地上を見下ろしつつ、前進する。
しかし、行けども行けども何も見えない。どう見てもただの亜熱帯林が果てしなく続いているだけの場所。無論、人の気配などない。
もしかすると、単に燃料の浪費を続けているだけではないのか?
そう思った矢先、デネット大尉が何かを見つける。
「おや?」
「どうした!?」
「いえ、あれ……」
僕の前に座るデネット大尉が、前方を指さす。僕は、大尉が指差す方を見る。
どう見ても、ただの森……だが、そこだけ木々が切り開かれている。そして僕は、ハッとする。
そう、そこに見えたのは、藁ぶきの屋根。我が地球001でも、東南アジアなどでかつてよく見られた、南国特有の住居。その屋根が、切り開かれた森の一角にいくつも見える。
「多分、人がいるな」
「ええ、いますね」
ともかく、あそこに人がいるのは間違いなさそうだ。僕はデネット大尉に命じる。
「あの近くに着陸せよ」
「はっ!ですが、着陸してどうするのです?」
「僕が降りて、あの集落に接近する」
「いや、提督自らが接近だなんて……」
「大尉は重機にて、僕の後を追え。何かあったら、すぐに援護せよ」
「りょ、了解!」
何もないこの地上に、唯一見つけた文明の痕跡。ただしそれは、かなり原始的な文明。しかし、人は人だ。
そこに何かある。僕はそう感じた。そして重機は、その集落の手前、200メートルほどのところに着陸する。
ハッチが開く。開けた瞬間、モワッと暑い空気が入り込む。それだけでここが、ゴーレム山のそばでないことが伺える。
「では提督、後方より警戒を続けます。何かあったら、無線で連絡願います」
デネット大尉は、敬礼する。地上に降りた僕は返礼で応える。ハッチを閉じて、立ち上がる重機。
僕は重機を離れ、銃を握る。パイロットスーツでは暑すぎるこの場所で、あの集落の方向に向けて歩みを進める。
木々の合間を抜けて、集落のある開けた場所が見えてくる。そのまま前進するが、そこに突然、ヒュンと空を切るような、奇妙な音が聞こえる。
僕は左を向く。そこにあったのは、矢じりだ。すぐ脇の木に刺さり、ビンビンと震えている。それを見た僕は、慌てて腰にあるバリアシステムのスイッチを入れる。
さらに矢が2本、放たれる。それを僕の周囲を覆うバリアが、ビシビシと焼き消す。僕は銃を握り、辺りを見渡す。
弓矢を抱えた人が2人、見える。ジリジリと、弓の弦を引く音が響く。そして、僕を目掛けて矢が飛ぶ。
だが、鉄壁のバリアシステムを前に、儚くも矢は燃え尽きる。それを見た弓矢を抱える人物の1人が叫ぶ。
「今だ!」
その合図と同時に、茂みの中から人が飛び出す。槍のようなものを抱えて、それを僕に向けて突き立てる。が、その攻撃も、バリアの前に敢えなく弾き飛ばされる。
バシッと電撃のような音と共に、その槍の人物は地面に叩きつけられる。槍先が飛ばされて、柄だけになったその槍を見て青ざめている。
一瞬、隙ができた。僕はバリアシステムのスイッチを離し、銃のダイヤルを中程度まで回す。そしてその先を、右横の太い木に向けて放つ。
バンッという鈍い音、遅れて発する爆発音、あっという間にその木はなぎ倒され、炎を上げる。
その音に驚く弓矢の2人、そして手前にいる、柄だけになった槍を持つ人物。僕はその銃口を、手前の槍の人物に向ける。
「ふぎゃーっ!ま、待ってくれよぅ!」
「動くな!武器を捨てろ!」
奥の2人は、弓矢を構えてこちらを牽制する。が、こちらも銃を向ける。まさに一触即発、状況は、膠着状態に陥る。
が、すぐにこの緊張状態は崩れる。すぐ後ろで、ズシンという音を立てて降りてくる物体が現れる。そう、デネット大尉の人型重機だ。
それを見た弓矢の2人は、血相を変えて逃げ出す。すると、槍を持った人物が叫ぶ。
「ま、待てーっ!わ、妾を置いていかないでよぅ!」
だが、脱兎のごとく逃げ出した2人は、こいつの声など聞かずに走り去る。後には、半分だけ残された木の棒と化した槍を握る人物が一人。
「その槍を、遠くに投げ捨てろ!」
僕は銃を向けたまま、そう叫ぶ。するとそいつは、あっさりとその棒を投げ捨てた。
「よし、そのまま立ち上がり、手を上に上げるんだ」
「ええーっ!?」
「撃ち抜かれたいのか!」
「ふぎゃあ、やめてくれよぅ!」
そういいながらも、そいつは立ち上がる。そしてゆっくりと、両手を上げる。
何かの獣の皮で作られた原始的な服をまとったその人物。だが、どうやら言葉は通じる。しかし僕は、妙なことに気づく。
まずこの人物は、女だ。それはいい。問題は、頭の上にあるものだ。
あれはどう見ても、狐か猫の耳だ。その耳をピンと立てたまま、こちらを見て震えている。
「ヤブミ提督!」
と、そこにデネット大尉が現れる。
「何があったのです?爆発音が聞こえたので、急行しましたが」
「襲撃された。3人いたが、今はこの1人だけだ。あとは逃げた」
デネット大尉に短く応えると、僕はそのおかしな耳の人物に尋ねる。
「ちょっと尋ねたい。お前は、あの向こうの集落のものか?」
「しゅ、集落?ああ、妾の村のことかよぅ?」
「そうだ。つまりお前は、この辺りの住人か!?」
「そ、そうだけんどよぅ……お、お前らこそ、なんだよぅ!?」
「僕は、地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ准将だ!」
「は?あ、あーす……だいはち……なんだってぇ!?」
まあ、どうせ分かるわけはない。ともかく僕は、この人物に問う。
「ちょっと尋ねたい。この辺りに、魔物はいるのか?」
「ま、魔物?なんだ、魔物ってよぅ!」
「背の高い化け物や、緑色の小さくてすばしっこい小鬼、そういう類いのものだ」
「化け物なら今、そこにいるじゃねえかよぅ!」
「いや、これじゃない。一つ目の巨人だ」
「そ、そんなものは知らねえよぅ!妾はそんなもの、見たことねえよぅ!」
どうやら、魔物を見たことがないという。おかしいな……ここは確かに、瘴気の向こうにある世界。ということは、ここが魔物の源流のはずだ。
にも関わらず、魔物がいないとはどういうことだ?僕はさらに尋ねる。
「それじゃあ、伝承でも何でもいい、そういう化け物に関する言い伝えとか、そういうものはないのか?」
「そ、そんなものはねえって!何言ってんだ、お前は!」
なんてことだ。魔物の痕跡一つ、ないのかここは?どうなってるんだ。それじゃああの魔物は、どこから現れるんだ。
「ああ、だけどよ、化け物じゃねえけど、巨人が住まうところなら、しってるよぅ」
「何だと!?」
「ふぎゃあ!た、頼むから、殺さないでくれぇ!」
「なら、その場所のことを教えろ!なんだその、巨人の住まう場所とは!?」
なんだ、いるんじゃないか、巨人。こいつ、なぜそれを話さない?
「この先に、石を納めてる洞穴があって、そこに巨人が住んでると言われたことはあるよぅ」
「洞穴?で、なんだ、その石を納めてるってのは」
「これ、この石だよぅ、こいつを集めて、その洞穴に納めてるんだ」
そう言ってこの猫耳の女は、腰のあたりをまさぐり出す。まさか、短刀でも出すんじゃないだろうな?警戒するが、出てきたのは、一握りの石だった。
が、その石を見て、僕は戦慄を覚える。
「これは妾の守り石なんだけどよ、こういうのを、川から運んでくるんだよぅ。で、その洞穴の前にある祭壇に納めるんだ」
「石って……お前、これ、魔石じゃないか!?」
そう、真っ赤に光るその石。まさしく魔石と呼ばれる石だ。それを、ここの住人はせっせと運び込んでいるという。
ついに、魔物とつながる物証を発見する。
僕は、その女に銃を突きつけ、こう言い放つ。
「その洞穴に、案内してもらおうか!」




