#145 報告
「ビスカイーノ准将、参りました!」
「よし、入れ!」
私は、第2艦隊総司令官であるカベサス大将に呼ばれて、総司令部の別棟を訪ねる。そこの2階の会議室には、カベサス大将と秘書、そして幕僚の一人が座っている。
「帰還早々、呼び出して悪かった。だが、どうしても早めに確認しておきたくてな」
「いえ、構いません。この1週間ほど、軍務を離れていたようなものですから。それに今、我々の乗艦すべき艦艇は、使い物になりませんし」
「そうだな。砲身とレーダーが破壊されているからな。だが、地球001の奴らに捕まったわりには、軽く済んだものだ」
大将閣下は、手に持ったタブレット端末をテーブルの上に置く。私は軽く敬礼したのちに、その向かい側に腰掛ける。私の右隣には、ソロサバル中佐が座る。
「さて、貴官らが迷い込んだというその不可解な宇宙についてだが」
「はっ、艦内の記録映像にもある通り、すぐ近くに、我々が目にしたことのない大きな棒渦巻銀河が広がる、異様な場所でした」
「確かに、妙な銀河だったな……その報告を受けて調べてみたが、全く見当もつかない」
「それは、連合側でも同じとのことです。あれがどこなのか、全く特定できていないと申してました」
「妙な話だ。ならばなぜ、そこに彼らはたどり着くことができたというのだ?」
「いえ、それは……」
私も抱いた疑問を、カベサス大将も口にする。そして、再びタブレット端末を持ち上げ、目を移す。
「だが、その場所には半径2倍の地球型惑星が存在し、しかもそれは地球1019として登録されている、と」
「そうです。実際、地球1019というのは登録済み惑星なのですよね」
「確かに登録されてはいる。が、それが半径2倍の、非常識な地球とは……」
私の提出した報告書と、いくつかの画像と数値に目を通しているようだが、およそそこに書かれている内容は、我々の宇宙ではあまりに非常識な事実ばかりだ。
その星の表面には、まるで雲のように岩が浮いている。おまけに未確認ながら、未知の生命体である魔物と呼ばれる生き物が存在する。出来の悪いアニメか小説の話でもあるまいし、もし映像がなければそんな話、誰が信じるというのか?
「……映像のない魔物はともかく、浮遊する岩というのは、確かに映っているな」
「はっ、その魔物の話というのも、その星の都市、ヘルクシンキの住人からも多数、聞かされております」
「その都市は、魔物の脅威にさらされていた、という話か。それを地球001の奴らが排除した。そのことで住人が感謝している、と」
「実際、我々も感謝されました。彼らと同類と思われていたようです」
「だろうな。艦や軍服の色の違いなど、事情を知らない住人からすれば、些細な違いにしか感じないだろうからな」
私の報告書を映したそのタブレット端末を置くと、大将閣下は私に尋ねる。
「で、そのヤブミ准将とかいう男が、そのロングボウズの指揮官、というわけか」
「はっ、地球001所属の第8艦隊というのが、ロングボウズの正式な呼称のようです」
「出身のナゴヤとかいう都市の名も、確かに実在するもののようだな。我々のデータベース上にも、その都市の名は地球001にあると記されている。あながち、デマカセというわけでもなさそうだ」
カベサス大将の関心は、地球1019からロングボウズの指揮官に移った。ここ1年あまり前から現れた、駆逐艦の上限サイズばかりの船体で構成されている未知の艦隊。その艦隊は、強烈な加速力と、防御不能な数秒間持続可能なビーム砲火をもつ敵の最新鋭館ばかりで固められた500隻の艦艇。そのわずか500隻の艦艇によって、我々は数千隻の艦と、要塞一つを陥された。我々にとっては、まさに悪魔の艦隊だ。
「だが、この報告書を読む限りは、およそ悪魔の艦隊の指揮官とは思えない人物に見えるな」
「はい、妻が2人おり、部下からも罵られ、あまり戦術、戦略思考を感じさせない人物。そういう印象でした」
「そんな人物が、貴官と変わらぬ年齢だったとは、驚きではないか。あの地球001から、そんな若い人物が将官などになれるものなのか?」
「分かりませんが、事実、その人物が我々と折衝し、あのロングボウズを指揮しておりました」
「うむ……」
大将閣下は、考え込む。およそ我々の抱く地球001の軍人の印象とは、あまりにかけ離れた人物だからだ。
もちろん、地球001が悪魔の住まう星、と考える人物はそうはおるまい。こちらにも様々な人物がいるのと同様、彼方にも多様な人々がいて当然だろう。
「が、困ったな……」
すっかり考え込む大将閣下。
「何がです、閣下?」
「いや、この報告によれば、そのヤブミ准将に悪いところが見つからない」
「……あの、それのどこが困るのですか?」
「上に説明しづらい。だから、困っている」
妙なことを言う総司令官だ。それなら、適当に言えばいいのに。
「あまり軍人らしさがない、それこそ十分に悪い部分だと思いますが」
「いや、それではつまらない。考えてもみろ、あの艦隊によって、何十万人もの人命が失われたと思っている?」
「それはそうですが……」
「そんな艦隊の指揮官が、2人の妻にイジられて、しかも部下から変態呼ばわりされて、挙げ句の果てには、我が軍の准将から見ても軍人らしさがない、そんな人物に、我々は敗北し続けた。そう言うことになる。誰が喜ぶか、そんな報告」
「ですが、私は連盟軍人として、あるがままを正直に報告したまでです。嘘偽りなど、申し上げるつもりは毛頭ありません!」
「それはそうだろう。私自身も、そういう人物だからこそ、貴官を准将に昇進させた。だからこそ私も、この報告書の内容を曲げたくはない」
やれやれ、大将閣下も随分と頑固だな。他の諸将のように、適当に誤魔化しておけばいいものを。
「で、そのヤブミ准将という男、どんな人物であったか?」
と、カベサス大将がこんな質問をしてくる。
「どんなと申されましても、報告書に書いた通りの人物としか……」
「こんな無味乾燥な、客観的な事実ではない、もっとこう人間としての姿だ」
「はぁ、人間として、ですか」
妙な質問だな。そんなことを知って、どうするのだろうか?
「そうですね、あまり軍人らしくないというか……」
「それはさっき聞いた。そうじゃなくてだな、もっとこう、信念というか、信条というか、そういうものを感じなかったのか?」
「そうですね、その軍人らしくないという理由の一つでもあるのですが、彼は戦争を終わらせたがってました」
「戦争を、終わらせる?」
「はい、連盟と連合が休戦する、そのために、新兵器を使っている、そんなようなことを言ってました」
「……それはつまり、我が連盟軍を圧倒し、休戦に持ち込む、ということか?」
「そういう解釈で、間違ってはおりません」
これが普通の連盟軍の司令官なら、多分ここで激怒するだろう。思い上がった連合のやつらが、何を言うかと。が、この大将閣下は、そこが少しずれている。
「うむ……確かにこの戦争、連盟軍が妥協しなければ、決して終わらないだろうな。連盟が、いや、我が地球023が、地球001殲滅論に拘っている限りは、な」
「ですが、地球001に強硬派がいる限りは、我々だけが妥協しても終わらないのではありませんか?」
「それはそうだ。だがそのヤブミ准将という男を見る限りは、そんな人物ばかりではないと感じるな」
「……なぜ、そうお感じになられるので?」
「そうだな……上手くは言えないが、貴官がこうして無事に帰ってきたことが、その理由とでも言えば良いか」
「私の無事が、理由?よく分かりませんが」
「その未知の銀河にいながら、しかも機密のベールに覆っておきたい地球1019に貴官らを着陸させておきながら、彼らは戦時条約を遵守したのだろう?そんなことが、たかが准将レベルの人物だけで遂行できるとは思えない。背後に、それなりの指揮官がいて可能だと、私は思うがな」
カベサス大将は、そう私に述べる。確かに、我々が中性子星域を航行していた時、別の一個艦隊もそばにいたが、何もせずに通過を許した。そう思えば、ヤブミ准将だけの意思で私は生かされたわけではない。
「まあ、いずれにせよしばらくは、貴官の戦線復帰は無理だ。その間に、ヤブミ准将の人となりをもう少し詳細にまとめてくれ。そのことが、地球001内部の実情を知ることにつながると、私は考える」
「はっ!」
「それにしても、魔女に賜物という名の特殊能力、挙句に原生人類の可能性……下手な偵察任務より、多くの情報を持ち帰ってくれたものだ。貴官の報告書は、実に興味深い」
やれやれ、厄介な仕事が増えたものだ。これだけのネタを提供したというのに、さらにヤブミ准将の詳細をまとめろとか、欲深いにもほどがある。
ようやく大将閣下への報告から解放されて、司令部の別棟を出る。出入り口には、カルロータが待っていてくれた。
「なんだカルロータ、いたのか」
「なんだじゃないわよ、私、ずっと待ってたんだから」
律儀なものだ。宇宙港のロビーにでもいてくれれば、連絡して呼び出したのに。
「それよりも、当分お休みなのでしょ?」
「あ、いや、また地球1019と、ヤブミ准将のレポートをだな……」
「そんなもの、適当にやればいいじゃない。ね、今から食事に行きましょう!」
およそ、士官とは思えない発言だ。いいのか、上官を前に、そんなこと口にして?
が、私も大将閣下の相手をして疲れた。しかも、絶望からの緊張へと続く7日間から解放されたばかりだし、少しは気を緩めても問題あるまい。
ということで、私とカルロータは、街へと向かう。
「ねえ、久しぶりにあの店へ行きましょう?」
「あの店?」
「あなたと、初めてデートした場所よ」
「ああ……あの店か」
僕は、ピンとくる。そこはパエリアの美味しい店だ。司令部を出て、表通りへと向かう2人。
司令部が見えなくなると、軍服姿だと言うのに、私の腕に抱きついてくるカルロータ。人混みでのこの態度は、さすがに人目を引く。
が、カルロータからすれば、こんなことは日常茶飯事だ。下手をすれば、艦内でもこの態度だったりする。この大胆さが、彼女の魅力でもあるのだが。
表通りでも目立つ2人。方や尉官で、もう一方は将官と分かる軍服でべったりと歩く2人は、一見すると上官が自身の秘書官をその権威で擦りよらせているように見えることだろう。が、別に私とカルロータはそこまでの歳の差はない。軍服をひっぺがせば、ごく普通の恋愛中の男女だ。
「最初のデートは、こうじゃなかったわよね」
「そうだな。お前はまだ待ち合わせ場所に現れた私に敬礼していたし、まるで軍務につきあわせるような出立ちで、あの店に行ったものだ」
「そうそう、今思えば、どうしてこんな人相手に、デート前に敬礼なんかしたんだろうって思うわ」
准将と准尉、ちょっと考えれば、100隻以上の指揮権を持つ将官と、いちレーダー員という、天と地ほどの差がある階級差だ。その上官に向かって、こんな人呼ばわりとは……まあ、すでに慣れているから、問題ない。
その通りの交差点を3つ過ぎたところで、あるビルの麓の、赤い庇の店が見える。
店に入ると、太った気の良さそうなおばさん店員が出迎えてくれる。
「あら、久しぶりね」
すっかり顔を覚えられている。一時期、ここに通い詰めだったことがあるからな。しかも、カルロータを連れて。
「いつものパエリアでいい?」
「ええ、それで」
「飲み物は?昼間からサングリアでも?」
「いや、やめておこう。この格好で飲酒は、まずいだろうからな」
いつもこの店員さんはサングリアを勧めてくるが、軍服姿では飲めるはずもなく、からかわれてる気分だ。
「待っててね、うちの人が、すぐに作るから」
奥では、無愛想な店主が厨房で調理を続けている。この店とはもう長い付き合いだが、あの店主とは一度も話したことがない。一体どうやってこの愛想の良い店員さんと出会い、夫婦になったのか?いつも疑問に思う。
「そういえば、長いこと来てなかったけど、どこかに出向いてたの?」
すでに昼食時のピークを過ぎて、客の少ない時間帯、水を持ってきた店員さんが話しかけてくる。
「ああ、迷い込んでいた」
「迷い込む?どこへ」
「見知らぬ銀河だ。艦隊100隻ごと、放り込まれた」
「あらま、災難だったわね」
「それから、地球001の艦隊に出くわして、降伏した」
「えっ!まさか、あの悪魔の連中に捕まってたの!?」
「……だが、やつら、条約通り我々を返してくれた。それが、ここ一週間ほどに起きたことだ」
「まあ、でもよく生きて帰ってこられたわね」
「でもね、その地球001の連中、面白い人たちだったわよ。妙な料理を勧められてね」
「へぇ、料理屋としちゃ、気になるね。また、教えとくれよ」
カルロータに手を振りながら、店員さんはたった今、店に入ってきた他の客の方に向かう。
「なんだか、夢のようね」
「……何がだ?」
「ここにこうして、パエリアの匂いを感じながら、あの店員さんと話しするなんて……あの棒渦巻銀河を目の当たりにした時には、もうここには来られないと思ったから」
ああ、そうだったな。あの時はどうなるかと思った。しかもその直後に、敵艦隊との遭遇だった。
その敵の艦隊に救われて、今ここにいる。
ここにいること自体が、夢というよりは奇跡と呼ぶのがふさわしい。
「んーっ!ここのパエリアおいしーっ!」
カルロータのやつ、早速出てきたパエリアを味わっている。私も、ムール貝から頂く。スンと漂う潮の香りがするのが、ここのパエリアの特徴だ。
「そういえば、あのひつまぶしとかいう料理も、ここのパエリアと似てるわよね」
「そうか?あまり似てないと思うぞ」
「魚介類を使ってるところはそっくりよ。でも、ひつまぶしも美味しかったけど、やっぱりここのパエリアには敵わないわね」
「そりゃそうだろう。我々はこの味で育ったんだ。それに、もう二度と食べられないかと覚悟していた味だからな」
「そうね……そう思うと、ほんと信じられないわよね」
しみじみとパエリアを味わう2人。奥の席でも、同じパエリアを食べる客がいるが、彼らとは違う重みを、この2人は感じている。
「そうだ!食べ終わったら、買い物行こうよ!」
「買い物?」
「いいじゃない。このままデートよ」
「いや、軍服姿のままデートとか……」
私は断ろうとするが、嬉しそうな顔でパエリアを食べるカルロータを見ると、なんだか断りづらくなった。仕方なく私は、食事を続ける。
穏やかな日の光を浴びて、のどかに過ごす2人の軍人。ふと、外の表通りの人混みや車通りをみて思う。
今ごろ、ヤブミ准将もあの2人の妻を引き連れて、どこかで食事でもしているのだろうか?もしかすると、3人目でも見つけているのか?要らぬ想像が、頭を過ぎる。




