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#144 黒霧

『で、貴官は目の前で、その岩の艦隊が全滅するのを、ただ指をくわえてみていた、というのか?』


 不機嫌そうに僕に煽り立てるのは、カントループ大将だ。


「我々は最短でも、あの両者とは距離70万キロまで離れておりました。岩の艦隊を操ることができるはずのリーナ皇女をもってしても、制御不能。しかも、バリアシステムでは防御不能な持続砲撃の発射。どのようにすればあれを止められたのか、小官にお聞かせ願えませんか?」


 僕は別に、地球(アース)760艦隊の傘下にあるわけではない。どちらかというと、要請に応じてやってきた側の立場だ。階級は上だが、上官ではない。不条理な要求に応える義務はない。


『……まあ、浮遊船が残っただけ、良しとしよう。だが、問題はより謎が深まってしまった。これを解明せねば、また第2、第3の不可解な戦闘が発生してしまう。貴官には、その謎の解明に全力を尽くして欲しい』


 あ、逃げたな。僕の質問は、見事にスルーされた。まあいいか。どうせ答えなど期待していない質問だから、別にどうでもいいのだが。


「はっ!ではヤブミ准将、一連の謎の解明に、微力を尽くします!」


 僕はそう応える。互いに敬礼し、通信を終える。


「やれやれ、随分と無責任な大将閣下ですね」


 横で聞いていたジラティワット少佐が、ぽつりと本音を漏らす。


「仕方がないだろう。まさか、自身の担当の中で軍務以外の不可解で厄介な案件を持つことになろうとは、思ってもいなかっただろうからな」


 カントループ大将からすれば、予定外の厄介ごとを抱えたわけだ。ただでさえ、位置も分からない銀河までやってきて、その近代化をどう進めていこうかと考えているところなのに、それ以上の悩ましい出来事など、抱えている場合ではない。そう思っていることだろう。

 その気持ちには、同情する。だがもし、これがコールリッジ大将だったら、どうしていたか?

 それを思うと僕は、とてもカントループ大将のこの態度には、とても賛同できない。

 が、ともかく僕は今、与えられた任務を遂行するだけだ。僕はジラティワット少佐に命ずる。


「全艦に伝達、地球(アース)1019へ着陸する」

「はっ!」


 衛星軌道上に展開する我が艦隊500隻は、地球(アース)1019へ降下を始める。


 大気圏突入に伴う白いプラズマ光を眺めながら、僕は考える。ああは言ったものの、何から手を付ければいいのか?

 高度40万キロに出てしまった、あの浮遊船を調べるのは当然だが、今さらあれだけを調べてもおそらく、不十分だろう。

 元々あれは、ゴーレム山から飛び出したものだ。となれば、あの周辺に何か、ヒントのようなものがあるのではないか?

 ゴーレム山というところも、謎の多いところだ。あの場所は、ゴーレムも出れば、魔物を伴う瘴気の発生場所まである。おそらく、あの浮遊船が関わる一連のシステムが集結した場所だろう、と思う。

 そういえば、魔物は人造生物だと、地球(アース)001で技術士官から言われたな。それはそれで、気がかりな話ではある。


「うーん、しかし……魔物に、ゴーレムに、浮遊船……いずれもゴーレム山という場所以外に、何か共通点があったかどうか……」


 悩みが増えたせいだろうか?最近僕は、心で思ったことがつい口に出てしまう。


「あの、共通点かどうかは知りませんが、あの浮遊船が浮上したのは、確かレティシア殿が魔石に触れたことがきっかけではありませんでしたか?」


 それを聞いた僕は、ふと思い出す。そうだ、魔石だ。言われてみれば、あの魔物の体内にも魔石が埋め込まれていると言っていた。

 そういえば、破砕されたゴーレムからも、魔石があるとかないとか、どこかで言っていたような気が……あまり意識して聞いていないからな、記憶は定かではない。が、この星に見られる浮遊岩にも魔石が存在しており、その魔石によって空間からエネルギーを得ているのではないかと、カワマタ研究員も言っていた気がする。

 この宙域におけるあらゆる謎が、すべて魔石につながる。ならば、それを解明することが、もしかしたら謎の解明に向けて、一歩進むかもしれない。

 となると、カギは、あのゴーレム山の麓にあるような気がする。


「えっ!?ヘルクシンキに向かわず、直接ゴーレム山に向かうのですか?」

「はい、当艦だけ進路変更、あのゴーレム山の麓に向かいます」

「……了解しました。進路変更、目標をゴーレム山に向けます」


 僕は急遽、0001号艦の行き先変更を艦長に指示する。そして僕は、すぐ隣にいるリーナを見る。

 あの岩の艦隊を、破壊されてしまった。リーナから見れば、同僚を殺されたようなものだ。さぞかし落ち込んでいるのかと思いきや、あまりそんな様子はない。


「なあ、リーナ」

「なんだ」

「あの岩の艦隊のことだが……」

「ああ、それがどうした?」

「いや、あっさりと破壊されてしまった。すまない」

「気にするな。特に思い入れがあるわけでもない。それどころか、どうして私の意志で動くのか、気味が悪い存在だったからな。なくなって、むしろせいせいする」


 あれ、あまり落ち込んでいる様子ではないな。もっと落ち込むのかと思いきや、案外ドライだな。

 だが、言われてみればなぜあの岩の塊100個は、リーナの思い通りに動いていたのだろうか?考えてみれば、気味が悪い。いってしまえば、まるで背後霊のような存在だからな。なくなった方が気楽だという意見は、確かに同意する。


「そういえば、リーナよ。確かお前、魔剣というものを持っていなかったか?」

「ああ、ある。我が皇国に伝わる家宝だ」

「その剣にはなぜ、魔石が埋め込まれているんだ?」

「そうしないと、魔導の力が発揮できない。我が魔導、雷神炎(ライトニングブレス)は、あの剣でなければあれほどの威力を出すことはかなわぬ」


 そういえばリーナは、魔導とかいうのが使えるんだよな。ダニエラ的には、賜物(レガーロ)と言ったところなんだろうが、そういえばリーナ以外に、魔導が使えるという人物に出会ったことがない。


「なあ、リーナ。魔導というのは、誰でも使えるものなのか?」

「そんなわけがない。我が皇国の皇族の中で、それもごく一部の者だけに与えられる力だ」

「えっ!?そうなの!?じゃあ、陛下は使えるとか……」

「確かに、陛下は魔導使いだ。それに兄上もな」

「兄上って……インマヌエル殿下のことか?」

「そうだ。だが、さほど強い魔導ではない。せいぜい、ろうそくに火を灯せる程度の炎火が放てるだけだ」

「そうなのか……それじゃあ、リーナが使えるその、ライトニングなんとかという魔導は、リーナしか使えないのか?」

「そうだ。今は私しか使えない。サイクロプスの群れを蹴散らすことができるのは、雷神炎(ライトニングブレス)だけだ」


 僕は直接、見てはいないが、確かに生身の人間が放つ力としては異常だと、デネット大尉も言っていたな。銃の最高出力時のエネルギーとほぼ等価の力が、剣先から放たれた、と。

 そういえば、あの岩の艦隊がそんなリーナにのみ従うというのは、果たして偶然なのだろうか?


「なあ、リーナ」

「なんだ!さっきから、私の名前ばかり呼んで!」

「いや、確認したいことがあるから、仕方がないだろう」


 何度も名前を呼ばれて、リーナはついに怒り出す。が、これはリーナの照れ隠しでもある。現に今、顔が赤い。剣術の鍛錬に励み、食堂では品のないくらい暴食なリーナだが、時折見せるこういう可愛いところが、たまらなくいい。

 あ、いやいや、そんなことを考えている場合ではない。僕は続ける。


「その、ライトニングブレスってやつを使えた人物は、他に誰がいたんだ?」

「私の以前には、先帝ヴァルデマール陛下が使えたな。私が幼き頃に亡くなったが、雷神炎(ライトニングブレス)を使って、諸国の勇士や強大な魔物とも戦っていたと聞く」

「そうなのか……ところで、その先帝には何か、伝説のようなものはないのか?」

「伝説?うーん、そうだな……魔物をバッタバッタとなぎ倒したこと以外は、とくには……」


 どうも僕には、そのライトニングブレスとかいう魔導のことが引っかかる。だから僕はその力の裏に何か、特別なものがあるように感じる。理由はない、ただの直感だ。しかし、それを使える人物がリーナの血族に限られるというのが、どうにも気がかりだ。


「先帝にはないが、7代前の皇帝ビルウィルッソンには、偉大なる言い伝えがあるぞ」

「7代前?その方も、やはりライトニングブレスを?」

「ああ、雷神炎(ライトニングブレス)使いだ。ある時、魔物の群れが押し寄せてきた。今では見られないほどの大きな龍族(ドラゴン)も現れ、それはそれは壮絶な戦いが行われたらしい」

「その当時は、さすがに銃はなかったのか?」

「ないな。だから、魔導使いが集められ、魔物との戦いに駆り出された。が、魔導使いの大半が失われるほどの激しい戦いが、行われたと聞く」


 なるほど、だから今、魔導を使える人が限られているのか。納得だな。


「で、ビルウィルッソン陛下はヘルクシンキに退却の折、天に祈りをささげる。我がフィルディランドの地を汚す魔物どもをこの世から焼き払い、かの地に清浄なる大地を取り戻し給え、と祈った。するとだ」

「……何が、起きたんだ?」

「天から、一筋の光が放たれた。それは無数の魔物の群れの真上に注がれ、魔物を一匹残らずすべて焼き尽くした。まさに奇跡が起き、皇国は大いに栄えた、と」


 ちょっと待て、それってつまり、砲撃じゃないのか?察するに、あの岩の艦隊か、ここに元々あった戦闘衛星から放たれた一撃じゃないんだろうか。やはり、あの岩の艦隊とこのライトニングブレスとかいう不思議な力は、関連があるように思えてきた。

 だが、そうだとすると一体、なぜあそこに魔物なんてものが出るのだろうか?ゴーレムは、あの山の周辺にしか存在しないが、魔物はたびたび領域を拡大し、人々に襲い掛かってきたという。妙な話だ、あれが原生人類から作られたとするなら、どうして同じ地上にいる人々に襲い掛かるようなものをわざわざ残したのか?

 それこそ、そのライトニングブレスとかいう奇怪な力がなければ、この大陸の人々は死に絶えてしまうところだった。いや、ライトニングブレスを持つリーナがいても、危うくこの大陸は滅ぶところだった。

 どうも、腑に落ちないな……


「大気圏、突破完了!高度2万!対地速度700!」

「ゴーレム山まで、90キロの地点です。あと10分もあれば、到着いたします」


 艦長からのこの報告を聞いた僕は立ち上がり、艦長に言う。


「オオシマ艦長、デネット大尉を、格納庫に招集願います」

「はっ、了解です」


 僕は、デネット大尉を呼びつける。そして格納庫へと向かう。

 格納庫に着くと、すでにデネット大尉がいた。


「申し訳ない。もしかして、マリカ中尉と一緒じゃなかったのか?」

「いえ、大丈夫ですよ。今、マリカは、足腰立たない状態ですから」


 おい、デネット大尉、マリカ中尉相手に何をしていたんだ?とんでもない一言を聞いた気がするが、僕はスルーして任務を言い渡す。


「これより、人型重機で降下する。目標地点は、瘴気発生地点」

「はっ!」

「魔物というものは、人造兵器である可能性が非常に高いという報告を受けている。ということはだ、あの瘴気の出る辺りに、おそらく何らかの人工物が存在する可能性が高い。それを調査する」

「はっ!ご命令に依存はございません。が、一つ質問してもよろしいですか?」

「許可する。なんだ?」

「私はあの浮遊船の調査に向かうものと思っていました。ですがなぜ、瘴気の出所に向かうのです?」


 うん、確かに飛躍しすぎているな。僕も正直、ちゃんと説明できていない任務だという自覚はある。僕は、こう答える。


「あの浮遊船には、魔石が搭載されている。そしてあの魔物にも、魔石があるという」

「はい、それは知っております」

「ところが、浮遊船は明らかにずっと昔に作られて、放置されていたものだ。だが、魔物は今も作り続けられている可能性が非常に高いという。ということはだ、あの瘴気の発生源には、今でも何かがある。そう考えた」

「なるほど、今も稼働している以上、何かがあると……了解です。では、これより人型重機『テバサキ』は出撃します」


 僕とデネット大尉は、人型重機に乗り込む。今、ここに置かれた人型重機2体には、あの近接戦闘用の補助エンジンは外されており、身軽な地上戦闘仕様に換装されている。


「テバサキよりミソカツ、ゴーレム山麓調査のため出撃する!発進許可を!」

『ミソカツよりテバサキ、発進許可、了承!ハッチ開く!』


 デネット大尉と艦橋の通信の後、天井部のハッチが開く。この艦の格納庫は通常の半分程度しかなく、ハッチもその分、小さい。

 その小さな開放口に向けて、デネット大尉はこの二足歩行のロボットを発進させる。


「テバサキ、発進する!」


 ドンという音と共に、その狭い開放口から抜け、射出される。艦のすぐ前には、大きな山が見える。ゴーレム山だ。

 が、その山も中腹付近が大きく崩れている。例の浮遊船がごっそり山の中腹を抉り取ってしまった。その痛々しい名残が、真新しい岩肌の断面を晒している。


「提督、瘴気の発生源とは、あの辺りですか?」

「そうだな……今、地上で広がっている真っ黒な瘴気の、その中央付近にある気がするな。その辺りに着陸せよ。」

「了解!」


 デネット大尉操る「テバサキ」は、ゆっくりと降下を始める。下には、あの独特のねっとりとした瘴気が広がっている。

 その中央付近に、なにやらこんもりと瘴気の膨らみが見える。粘性が高いとはいえ、あれほど盛り上がっているということはつまり、あそこに瘴気の吹き出し口があるということか。


「デネット大尉、あそこにやや瘴気の盛り上がった部分が見える。あそこに向けて降下せよ」

「了解。あの場所に移動します」


 高度は100メートルと出ている。そのおよそ半分の50メートルほどの高さの瘴気のどす黒い霧が、重機の発する排気風により、まるで水面のように波打っている。

 そして、盛り上がり部分の真上に達すると、デネット大尉は降下を始める。


「高度70、60、瘴気に突入しました。50、40……」


 この辺りに、何かあるはずだ。おそらく魔物も、ここから湧き出しているのだろう。僕はキャノピー越しに、地上を伺う。

 が、地上にはただ黒い霧しか見えない。そこは周囲に比べてさらに黒さが増しており、重機の足先すらその中に埋もれて見えない。


「投光器点灯!さらに、降下を続けます!」

「……いや、デネット大尉、そろそろ引き返さないか。何かちょっと、危険な香りが……」


 さらに降下をつづけようとするデネット大尉だが、僕は何か、悪い予感を感じる。そこはまるで、地獄の入り口。このまま人型重機で突入するのは危険な気がする。まずは無人機を投入して、様子を探った後に突入するのが……


「て、提督!」


 と、その時、デネット大尉が叫ぶ。


「どうした!」

「じゅ、重力子エンジンの出力が低下!高度を維持できません!」

「なんだと!?補助エンジンは!」

「起動せず、さらに降下!」

「0001号艦に連絡する!それまで、なんとか維持しろ!」


 だが、我々の乗った人型重機は、まるで何かに引き寄せられるように、その真っ黒な霧の泉の真っ只中に落ちていく……

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