#142 別れ
「ドッキング完了!前後ロック、接続良し!」
我が艦は今、戦艦キヨスという船に接舷したところだ。すでに地球1019から1200万キロ。長距離レーダーの使えない我が艦は、あの星の位置を見失ったところだ。
『戦艦キヨスから乗艦許可!通路接続、全員移乗せよ、とのことです!』
艦底部から連絡が入る。我が艦に、移乗用のエアチューブがつながったようだ。機関を停止した我が艦から降りるため、乗員らはバラバラと艦橋の出入り口へと向かう。
「さ、行きましょう!」
どうしてこのリオス准尉、カルロータという女は、ウキウキと心躍らせていられるのか?ここは敵地、しかも、戦艦だぞ?
「まったく……呑気なものだな」
「何言ってるの!連合の戦艦てところは、大きな街があることで有名じゃない!こんな機会でもなきゃ、くることはできないわよ!」
いや、それはそうだが、街など、地上に降りればいくらでもあるだろう。どうして戦艦の内部にある街に興味を抱くのか?
確かに、連盟側の戦艦には、街と呼べるものはない。居住区がいくつも分かれており、その中にちょっとした売店の集合体などはあるが、街と呼べるほど大きなものは存在しない。
が、言われてみれば、この宇宙空間に街があるというその事実は、我々にとっても新鮮なことには違いない。無関心を装っていたが、いざ出入り口を出ると、急に私も関心を抱かざるを得なくなる。
エアチューブを抜けると、そこは広い空間。そこは我々の戦艦も同じ構造だ。ただ、この1101号艦は旗艦ということもあり、艦橋近くのドックに入港できた。
その広い空間の向こうには、再び通路がある。その通路上に、数人の人物が立っているのが見える。
「ご苦労様。さ、ビスカイーノ准将、いきましょうか」
そう語るのは、その数人の中の一人、ヤブミ准将だ。彼らもここにいたのか。まあ、自分の艦隊の艦だからな。いて当然か。
「で、ヤブミ准将、なぜ、我々を?」
「いやもちろん、監視が目的ではあるのだが、それ以上にレティシアが……我が妻が、どうしても貴官らをもてなしたいというので」
「変わった奥さんですな」
「ええ、変わってます」
航路秘匿のために、我々を艦内に留めると言っていた。が、そんな我々をもてなしたいなど、明日になれば敵方に戻る我々に、なぜそんなことをするのか?
いや……妻のもてなしの方が、口実だろう。監視が主目的に違いない。だがここは、監視されるほどの何かがあるというのか?
「んじゃ、敵同士がこの宇宙の果てで出会った、この奇跡に感謝して、かんぱーい!」
……と思っていたのだが、エレベーターを降りて街に入り、その店の一つに入るや、本当に准将の奥さんからもてなしを受ける。
「それじゃあよ、ひつまぶしの食べ方、教えるぜ。まず、お櫃の中のうなぎ重を4等分してだなぁ……」
「へぇ、これ、うなぎなの!?」
目の前には「ひつまぶし」という、うなぎを使った料理が置かれている。なんでも、ヤブミ准将の故郷である「ナゴヤ」の料理らしい。その食べ方を、懇切丁寧に説明し始めるレティシア殿。
「いや、すいません、レティシアもリーナも、ひつまぶしが大好きで」
「何いってやがる、カズキだって大好きだろうが!」
「ほうあほうあ!ひふはふひはうはい!」
ところでこのリーナという皇女、食べ物を前にすると突然、知性と礼儀を見失う。
「ところで、レティシア殿は随分とひつまぶしに詳しいが、そのナゴヤとかいうところで生まれ育ったのか?」
「おう、生まれは違うが、育ちはナゴヤだ」
「失礼だが……ヤブミ准将とレティシア殿は、名付けのルールが異なるようだが。同じ国の出身なので?」
「おうよ、俺は地球001だがよ、母親が地球760なんでね」
「それでは、母親は地球001に移住してきたので?」
「そうだぜ。んで、俺もおっかあも、魔女なんだよ」
「魔女?」
「そうさね、こう見えても俺は、怪力魔女なんだぜ?」
「か、怪力魔女!?」
「そうよ、10トンまでなら、片手で上げれらぁな。んで、あの船じゃ、なくてはならねえ存在なんだぜ、俺は」
魔女。今、魔女だと言った。にわかには信じがたいが、そんな存在が地球760という星にいるとは聞いていたが、まさか目の前にいるとは……
が、ここでヤブミ准将がなにやらレティシア殿に耳打ちしている。おそらくは、連盟軍人に警戒しろと言っているんだろう。そういえば一時期、理由は分からないが連盟軍も地球760の魔女の力の秘密を探るため、魔女の拉致をやっていた時があった。多分、それに警戒しているのだろうな。
「で、なくてはならないとは?」
「あ、あはは、そ、そうだな、荷物持ちだ。補給品で重てえ荷物が来るとよ、つい頼られちまうんだよ」
なんだか、歯切れの悪い答えが返っていたな。まあ、何かあるような気もするが……
「ねえ、レティシアさんって、その荷物持ちをやってて出会ったの!?」
「えっ?あ、ああ、そうだぜ。こいつに戦艦ノースカロライナの街で告白されてよ。でもな、最初は仲が悪かったんだぜ、俺たち」
「へぇ~、信じられないわね。今はべったりなのに、最初は喧嘩友達だったなんて」
「そうなんだよな、俺もまさか、こいつの嫁になるなんて、信じられなかったぜ」
なんだか、ヤブミ准将の馴れ初め話が始まったぞ。カルロータも、そういう話が好きだな。
「そういえば、リーナさんはどうして、ヤブミ准将の2人目の奥さんに?」
「ああ、こいつか、もらったんだ」
「も、もらった!?」
「そうよ、魔物を退治してやるってカズキが皇帝陛下に言ったら、それじゃうちの娘をやるって話になってよ」
「おい、レティシア。ちょっと話を端折り過ぎだろう」
「そうだぞ!それでは私がまるで、モノ扱いではないか!」
「はぁ?だけど、事実だろう。それに、別にモノ扱いなんてしてねえけどよ」
なんだか目の前で、リーナ殿とレティシア殿が騒ぎ始めてしまった。
「ところで……あの星には、魔物と呼ばれる存在がいるのか?」
「ああ、いる。人の10倍の力を持つサイクロプスや、ずる賢くすばしっこい小鬼のゴブリン、そして龍族……カズキ殿が来る前は、まさにフィルディランド皇国の皇都ヘルクシンキのすぐ近くまで、これら魔物を呼び寄せる瘴気が押し寄せていた。それをカズキ殿のところにいた聖女様が、その瘴気を払いのけてくれた。あと数か月遅ければ、ヘルクシンキも瘴気の中に飲まれていただろうな」
まただ、あの老人と同じ話が出てきた。この皇女も、宇宙艦隊が聖女様などを使ってその魔物を追い払ったと言っている。そんなファンタジーなことが、起こりうるのか?
「……まあ、軍機につき、その詳細は応えられないが、ともかく我々は魔物の恐怖を取り除くことに成功した。住人を守るための行動という、軍人にとって当然のことをしたまでだ」
ヤブミ准将が応えるが、なんだろうな、その軍機とやらは。我々に明かせないということは、もしかして我々の知らない新技術を用いたということなのか?
「おい、カズキ殿!」
「なんだ、リーナ」
「おかわりだ!」
「お前、まだ食うのか……」
にしてもこの2人、ヤブミ准将の妻だというが、まったく遠慮というものがないな。連盟軍を脅かす500隻の謎の艦隊司令官が、奥さんからはこうも体よく扱われていると知れば、連盟軍の諸将らはどう思うことだろうか。
で、ひつまぶしの会食を終えた後も、我々は別の場所に付き合わされる。今度は、どうみてもフードコートだ。
「あら、ヤブミ様。皆様もご一緒でしたのですね」
と、そこにはダニエラ殿がいた。タナベ大尉と一緒に、チョコレートパフェを食べている。
「おう、ダニエラ。国に帰っちまう前によ、こいつらにナゴヤ飯を教えておこうと思ってな」
「まあ、それじゃあ今まで、ひつまぶしを食べていらしたのですか?」
「おうよ。で、今度はここに来たってわけだ」
なんだ、まだ何か食わされるのか?確かにさっきのひつまぶしは美味しかったが、それ以上に何があるというのか?
「それじゃ、俺のおすすめの一品を頼んでくらぁな。って、ああそうだ!」
「な、なんだ?」
「おめえたち、辛いのは大丈夫か?」
「ああ、いける」
「ええ、私も大丈夫よ」
「んじゃあ、2人ともイタリアンだな。あとは、カズキに俺にリーナも、と。ちょっと待ってろ」
と、謎の言葉を言い残して、レティシア殿は向こうの方へとすっ飛んでいった。
「あら、レティシアさん、まさかあれを……」
「ああ、あれを頼みに行ったな」
なんだ、あれとは?まさか、軍機につき教えられないものではないだろうな?などと考えているうちに、レティシア殿が戻ってくる。
が、こいつ、5つのトレイを片手で持ち上げているぞ。いつ落ちてもおかしくないような危なっかしい持ち方をしているというのに、まるで動じることなく運ぶレティシア殿。まさかあれが、魔女の力なのか?
「ほれ、これがタイワンラーメンだ!」
などと言いながら、真っ赤なスープに入れられたラーメンが目の前に置かれる。にしても、赤いな。唐辛子系の赤さだな、これは。
「それじゃあ、連盟のやつらとの出会いを祝して、かんぱーい!」
レティシア殿がそのラーメンのお椀を持ち上げ、乾杯をする。いや、これは一気に食べられないぞ。見るからに辛そうだ。私は恐る恐る、それを口にする。
ん……辛い。やはり辛い。全身から汗が噴き出す。カルロータを見ると、舌を出しながらひーひー言っている。
「うわっ!辛!」
「どうでぇ、これが俺のおすすめのナゴヤの味だぜ。」
「ええっ!?ナゴヤって、こんな辛いのもあるの!?」
「そうだな、甘いのから辛いのまで、いろいろだ。ちなみによ、ダニエラは辛いのが苦手だがな」
「ええ……私は小倉あんの方がいいですわね」
その辛いラーメンと格闘していると、ダニエラ殿が話しかけてくる。
「ところで、あなた方は戻られたら、やはり我々の敵になるのですか?」
いきなり、ストレートな質問だ。私はコップの水を飲み干し、ダニエラ殿のこの問いに応える。
「あ、ああ、連盟軍人である以上、仕方あるまい」
「そうですか……ならば、私の『神の目』に引っかからないよう、ご健闘をお祈りいたしますわ。」
「か、神の目?」
「ええ、賜物と言って、誰もが持つ特殊な能力の一つ。私には神の目が、そしてあなた様にも、何かあるはずですわ」
なんだろうか、その賜物とは?その人の才能のことを示しているのか?するとヤブミ准将が口をはさんでくる。
「まあ、あれです、優秀なレーダー観測員ということですよ。軍機につき、詳しくは申し上げられないが、あなた方の持つレーダー波吸収材を使った艦の隠蔽手段を、我々は喝破する方策を持っている。そういうことだ」
これまた、重要な一言が飛び出した。つまりこれは、我々の「隠密梱包」を見破る技術を保有していると公言したことになる。
やはりあれは、偶然ではなかったということか。確実にこいつらは、我々のあの艦隠蔽策を見破っていた。それをあのなよなよとした、一見ひ弱そうな金髪の人物が、見破っているということか。
さて、それからしばらくは、たわいもない話が続く。ダニエラ殿が地球1010の出身で、元皇女であるということ。そしてタナベ大尉とは婚約済みであること。それから、私に「原生人類」の話をしてくれたマリカ中尉は、技術担当の士官であるということ、などだ。
そういえば、彼らに原生人類のことを尋ねてみようかと考えたが、おそらくは何も語らないだろう。多分、あのマリカ中尉が語った以上の話は得られまい。そう考えた私は、その話題には触れずにいた。
で、何時間もしゃべり続けたのちに、またレティシア殿がおすすめのナゴヤ飯だと言って、こんどは「味噌カツ」なるものを持ってきた。
うん、さっきのタイワンラーメンとやらよりも、こちらの方が品の良い味付けだ。ただ、いささか量が多いな。要するにとんかつに味噌ダレというやや甘みのあるたれをかけたというだけの料理だが、これがなかなかいい組み合わせで、カツのくどさを打ち消してくれる。
さて、すっかり和んでしまった雰囲気の中、私はヤブミ准将に尋ねる。
「そろそろ、あなたとはお別れの時だ。そこで一つヤブミ准将に、単刀直入にお伺いしたい」
「なんでしょう?」
「我々は、連盟軍人だ。帰れば当然、あなた方の敵に回る。それが分かっていて、あなた方は我々を、そのまま解放するおつもりか?」
一瞬、その場の空気が凍る。ヤブミ准将も、私のこの問いかけに味噌カツを食べる手を止める。しばらく考えたのちに、口を開く。
「……100隻の艦隊一つ消したくらいで、連盟軍の我々への攻撃が緩むことはない。むしろ、その100隻分の遺恨が増えるだけだ。ならば、このまま闇雲に遺恨の連鎖を増やすよりは、貴官らを生かして返した方が何億倍もマシだ。その方が、戦争終結への糸口が見えてくるかもしれない。僕はそう考えている」
それは、私も予想しなかった回答だった。戦争終結、そんな言葉が軍人から飛び出すなど、私には想像すらしなかったことだ。
「……すまない、もう一つ、お聞きしてもよろしいか?」
「どうぞ」
「戦争終結といわれたが、そんなことは可能だと、本気で思っておいでか?」
命を助けてもらった上で、私は非礼を承知で、さらに質問を続ける。今しか、この人物の本音を聞き出せない。そう思った私は、どうしてもここで、尋ねておきたかった。
するとヤブミ准将は、口を開く。
「いつまでも、こんな戦争を長々と続けているわけにはいかない。そのために我々は、新たな兵器を開発し、連盟軍を圧倒しようとしている。だがそれは、連盟を崩壊させるためではなく、あくまでも停戦や休戦へ持ち込むための策の一つだ」
「休戦……しかしそれは、戦闘の終結ではなく、単なる一時停止に過ぎないのでは?」
「200年以上も戦争を続けてこられたんだ。一度止めたら、今度は止め続けたくなるだろう。それこそが、我々の狙いだ。少なくとも、地球001にはそういう考えを持つ軍人、政治家がいる。そのことはぜひ、貴官には知っておいてもらいたい」
もしかするとこれは、我々への心理工作なのかもしれない。が、決してその言葉は、私が聞いても納得のいくものだ。ごまかしや偽りの入り込む余地など、なさそうに思う。
「期待以上の言葉をいただいた。ならば我々は、貴官のその言葉を携えて、故郷に戻ることとする」
「今度は、戦場で相見えることとなりますかな」
「そうなるでしょうね」
「ならばその時まで、お元気で」
と、ヤブミ准将はすっと、私の前に手を差し出す。私は、その手を握る。
連合と連盟、この2つの敵対する陣営の2人の将校が、この時ばかりは互いを理解し、別れを惜しむ。
それから2時間後、白色矮星域に到着した我々は、戦艦キヨスを離脱する。
「ワープアウト!中性子星域です!」
さらにそれから3時間後には、我々は連盟の支配域を目前にする。前方には、第8艦隊500隻が先行する。
この宙域には、別の一個艦隊が存在する。おそらくは地球001の艦隊だろうが、そこまでは明かされていない。
第8艦隊の先導を受けて、我々はようやく自身の支配域に達する。未知の空間に転移してから9日後、我々はようやく、帰還を果たすこととなる。
「第8艦隊、ヤブミ准将より、閣下宛に電文です!」
「電文?読んでみよ」
と、その第8艦隊が後退を始めた直後、ヤブミ准将から私宛に電文が届く。
「はっ!貴艦隊の航海の無事を祈る!再戦の日まで、壮健なれ!宛、第12小隊、ビスカイーノ准将、発、第8艦隊指揮官、ヤブミ准将!以上です!」
「……了解した。返電を打て。電文、感謝する。貴官も壮健なれ、と」
「はっ!」
「よし、両舷前進半速!これより地球023に帰投する!」
「両舷前進、はんそーく!」
そして我々は、故郷に向けて進路を定める。後方120万キロまで離れた第8艦隊も、その場で転舵反転し、自陣営へと向かう。
こうして、我々は再び、敵同士に分かれた。




