#141 渾沌
「ええと、確か……そうそう、マリカ中尉さん!」
「あーら、私も敵にその名を知られてしまったんですねぇ、どうしましょう?」
「何を今さら……せっかくだから、ご一緒しましょう。どうぞ、こちらへ」
確か、カルロータが言っていたな。一人、毒舌のひどい女性士官がいると。おそらく、こいつのことか。だが、そんな士官をカルロータは、なぜか歓待する。
「ところでマリカ中尉さん、ここで何をしていらっしゃるのです?」
「ええ、実はデネット様を待っているんですわ。司令部に行ったっきり、なかなか戻っていらっしゃらないので」
「デネットさんのことが、好きなんですね」
「そりゃあもう、デネット様と過ごす熱い夜のことを思えば、この世の森羅万象など、偏に風の前の塵に同じ!」
こいつ、毒舌だとカルロータは話していたが、どちらかというと、そうではないな。なんていうか、普通じゃない。ほんの僅か、接するだけで、そのヤバさがよく分かる。
「で、あなた方は明日、ここをお発ちになるんですよね?」
「ええ、そうですよ」
私はただ、カルロータとこのヤバ目の女士官の会話を聞くより他はなかった。が、この女士官、いきなりこんなことを口走る。
「で、あなた方は、このヘルクシンキ、いえ、この星のことを探れるだけ探ろうと、そうお考えになって、今もこうしてここにいらしているんですよね?」
随分と、単刀直入に言うものだ。私はその言葉につい、応えてしまう。
「我々は、連盟軍人だ。連合側の星にいて、手ぶらで帰ることは無かろう」
別にムキになる必要は、どこにもなかった。ただ、思わず私はこの太々しい態度の女士官に一言、言いたくなってしまった。
「そうですわよね。いえ、私も逆の立場なれば、同じことをしてましたわよ」
が、この怪しげな士官は、特に私の言に反論するでもなく、すんなりと応える。
「ですが、あなた方が得た知識など、この星の謎の片鱗にも満たないものでしょうね。どうせ、通常の地球の倍の直径の星で、近くに大きな棒渦巻銀河の見える、銀河系とは異なる場所にある星。その程度のことしか、つかんでいないのではありませんか?」
随分な言い方だが、確かに事実だ。こいつ、態度が悪いわりに、どことなく頭はキレる。そういう雰囲気が醸し出されている。
「……貴官の言うとおりだ。だが実際、この星の情報というのはその程度ではないのか?」
「いえ、そんなものではありませんわ。この星は、謎だらけです。雲のように浮かぶ岩や、魔物の存在。いえ、それだけではありませんが……おっと、あまり話すと、軍機に触れますわね」
この言い草では、まだまだ多くの謎に満たされているとでも言いたげだな。確かに不可思議な星には違いないが、ただ不可思議というだけで、別に軍人としてはさほど興味があるわけではない。
「謎が多いのは認めよう。だが、我々は軍人だ。軍事に関する謎でもなければ、興味を抱くはずもない。ただ、軍機に関わるような謎が、そうそうあるようにも思えないが」
勿体ぶるこの士官の言い分を、私は跳ね除けるように反論する。学術的に興味を抱くものは大けれど、軍旗に触れる謎があるとはあまり思えない。そう感じての反論だった。
が、この士官は、とあるキーワードを発する。
「そうですか。ですが、原生人類に関わるものがあるとすれば、いかがです?」
このキーワードに、私の表情が変わるのをあの士官は見抜いたようだ。それほどまでに、意外な言葉だった。
「原生……人類?」
「我々の、共通の祖先と考えられる存在、とでも言えばよいでしょうか?」
我々の宇宙は、ある点を中心とした、直径1万4千光年の円形の領域に、人の住む星が集中している。明らかに人為的なその配置は、はるか昔の祖先、原生人類の存在をうかがわせていた。
が、それを証明するものは、何もない。その円の中心とされる地球ゼロと呼ばれる場所には、赤色矮星が一つ存在するだけ。生命の痕跡どころか、惑星すらない。ゆえにこの謎は、永遠に解かれることはない。そういう学者もいるほどだ。
が、その原生人類と言うキーワードを、この士官は口にする。
「まさか……その原生人類の姿を解き明かす証拠か何かが、ここで見つかったと言うのか!?」
「さあ、どうでしょう?ただ、原生人類の存在を伺わせる何かがあった、その程度の話ですわ」
さらりと言ってのけるこの士官だが、それはとんでもない話だ。
我々が宇宙に進出するはるか昔に、1万4千光年もの領域に、我々の祖先をばら撒いた連中だ。ヘタをすると、今以上の技術力を保有していた可能性がある。
そんなものを、連合の奴らが手にしていたら……そう、もはや軍人だから興味がないとは、言い切れない話になる。
「まさか、その原生人類の失われた遺跡を見つけ出したと言うのか……?」
「お察し下さい、としか申し上げられませんわ。でも、一つだけ確実に言えることがありますわよ」
「なんだ、その言えることとは?」
「今、おそらくあなたが今、懸念しているのは、原生人類の持つ超技術を、我々が手にしているんじゃないかと言うことじゃないですか?でも、残念ですがおそらく、彼らの持つ技術は、我々ごときでは到底解き明かせませんわね」
「……ならば、原生人類の何が分かっている、と言うのか?」
随分と焦ったい会話だ。肝心なことは話さないくせに、原生人類などという気になる言葉のみをチラ見せしてくる。何が言いたいんだ、こいつは?
「そうですわね……これは、私個人が抱いている仮説なんですが」
「仮説?」
「ええ、この話はまだ、ヤブミ准将にもしていないんです」
また、大きくでたものだ。自身の准将にしていない話を、我々にすると?そんな馬鹿げた話があるか。
「そうか。ならばまずは、自身の指揮官にしてから報告するんだな」
「報告したくても、あなた方は明日、ここをお発ちになる。それじゃ話せなくなるじゃないですか」
「焦ったいやつだな。何が言いたい?」
「私はただ、あなた方に最高にモヤモヤしてもらいたいんですよ。これほどの嫌がらせ、他にないでしょう?」
確かに、モヤモヤとするな。だが、それくらいのことで敗北感を感じることはない。今までの話の中で重要なことは、原生人類というキーワードくらいのものだ。別に超技術が見つかったとか、それを解明したとか、そういう話ではないようだ。
「で、私の持つその仮説とは、その原生人類に関する話ですわ」
もう私は、いちいち応えないことにした。どうせ、大した話は出てこない。ただ、カルロータがこの手のゴシップっぽいネタに興味津々なくらいだ。
「おそらく、その原生人類もここで、戦争をしてましたわね」
が、そう決め込んだ途端、尋ねずにはいられない一言が飛び出した。
「戦争?原生人類が?それは一体、どう言うことだ!」
「さあ、どう言うことでしょう?」
本当に嫌な女だな。こんなやつの相手をしているデネットという男が、不憫でならない気持ちになってくる。
「ですが、間違いありませんわ。おそらくは我々連合と、あなた方連盟のように、2つ以上の陣営に分かれて戦争をしていた。そうとしか、思えませんわね。で、その原生人類とやらは今、我々の前にはいない。それが一体、どういうことなのか……」
強烈な仮説だ。まったく根拠もなく、そう言っているわけでもなさそうだ。が、それが何を根拠に話しているのかまでは話そうとはしない。
「おい、マリカ。こんなところにいたのか?」
「ああ、デネット様!お待ちしておりましたわ!」
「そうかそうか……って、ビスカイーノ准将閣下ではありませんか」
「あ、ああ、またここに、立ち寄らせてもらっている」
「そうですか。いよいよ明日、出発ですものね」
「そんなことよりもデネット様!もう我慢なりませんわ!早く戻りましょう!」
「はいはい。では准将閣下、失礼いたします」
そのデネットという男は敬礼する。私も、返礼で応える。
そして、あのマリカ中尉という女は、去っていった。
「ねえ、原生人類とかなんとか言ってたけど、なんのこと?」
この話にカルロータはあまりついていってない様子だ。だがあの女士官、かなり大きな謎を私に残してくれた。
この星には、おそらく原生人類と関わる何かがある。
そしてそれは、原生人類が戦争をしていたという証拠でもあるという。
だが、それ以上のことは、何も分からない。
本当にモヤモヤとするな……まさに、あの女の思うツボだ。そして、それ以上のことを知る術を、私は既に失ってしまった。
こうして我々は翌日、つまり、帰還の日を迎える。
「機関始動!出力上昇!」
「両舷、微速上昇!駆逐艦1101号艦、発進する!」
見知らぬ空間に転移してから、およそ1週間が経過した。この星に来て6日。ついに我々は、再び宇宙へと出る。
浮上を開始する我が艦に合わせ、100隻が一斉に浮上を開始する。
「地球001、第8艦隊旗艦、0001号艦から入電!」
「なんだ、読み上げてみろ!」
「はっ!当艦および第8艦隊は、L2ポイントにて待機する!大気圏離脱後、直ちに向かわれたし!以上です!」
「了解だ。手筈通りだな」
我々の上昇と共に、周辺には数十隻の駆逐艦が現れる。おそらくあれは、地球760の艦艇だろう。我々の中に離脱する艦が現れないかなど、監視目的なのは間違いない。
そんな監視の目の中、ようやく我々は、自身の星に向かって帰還の途に着くこととなる。




