#140 帰還作戦
「オブリガーダ!オブリガーダ!」
地上で僕は今、見知らぬ男性に抱きつかれている。感謝されているということは、よく分かる。だが、その感謝の表現があまりにも情熱的すぎる。両手で抱きつかれたまま、僕はその国王らしき人物に頬を擦り寄せられている。
レティシアもリーナも、呆れ顔だ。僕もまさか、太った男性に抱きつかれ、頬を寄せられる日が来るとは思ってもいない。周りの人々も、マラカスや小太鼓を叩いて僕らに歓迎の意を表してくれている。
我々は今、隣の大陸に来ている。そこでもフィルディランド皇国のある大陸と同様に、瘴気が広がり始めていた。そこで「聖女様」とバルサム殿の出動となったが、さほど広がってはおらず、半日でかたが付く。
で、それを報告に訪れてみれば、この歓迎ぶりだ。だが本当に感謝されるべき人物は、例によってザハラーとバルサム殿ではあるが、ここでそれを明かせばこの王様、その2人にも抱きつきかねない。特にザハラーへのそれは、絵的にまずい。と、いうわけで、僕は指揮官としての責任において、その「感謝の意」を、一心に受ける。
「また、変態伝説が一つ、加わりましたね」
その国王の汗の臭いが取れない軍服をグエン少尉に託すため主計科に立ち寄ったら、少尉からまた傷つく一言を受けた。もうこれ、逆パワハラ確定でいいんじゃない?僕、そろそろ、訴えてもいいよね?
「……とにかく、早めにこれを洗濯して欲しいんだが」
「へぇ、提督にしては随分と、神経質なことですね。あれだけ好かれた相手のこの臭い、そんなに嫌なんですか?」
「そうじゃない。このあと、連盟軍のところに向かうことになっているんだ。こんな汗臭い軍礼服で、行くわけにはいかないだろう」
「あ……」
あ、じゃない。僕の仕事を何だと思ってるんだ?四六時中、レティシアやリーナといちゃついてばかりいるわけではない。特に今は、厄介な案件を抱えている。
その厄介なやつを、さっさと片付けねばなるまい。
それから数時間後、駆逐艦0001号艦はヘルクシンキの西、50キロまで達する。到着目前、0001号艦の甲板に、0008号艦から発進した哨戒機が到着する。
『オグラスパよりミソカツ、着艦終了。ヤブミ提督乗艦まで、待機する』
「ミソカツよりオグラスパ、了解」
しかし、おかしなコールサインが流行ってるなぁ。しかも、オグラスパか……何のことだかわかるやつは、この艦内でもほとんどおるまい。
「では、ジラティワット少佐、ヴァルモーテン少尉。これより連盟軍小隊指揮官、ビスカイーノ准将の元へと向かう。両名は、同行せよ」
「はっ!」
艦橋の一角の、僅かなスペースの「司令部」で、僕は発令する。2人は直立、敬礼し、それに応える。僕は返礼ののち、艦橋を出た。
甲板を出ると、高度3000メートル上空の冷たい風が吹き付ける。停船中とはいえ、風は強い。甲板上の頼りない手すりにしがみつきながら、着艦した哨戒機に向かう。
せめて、格納庫が一つ、あればなぁ……いつも思うのだが、特殊砲と冷却装置を搭載する都合で、哨戒機を格納できる格納庫がない。おかげで、哨戒機に乗り込むには、甲板経由で向かう他ない。不便だ。
「では提督!発進します!」
「了解、直ちに向かってくれ」
哨戒機パイロットが、乗り込んだ僕に告げる。甲板を離れ、徐々に高度を上げる哨戒機。
その窓の外を、ボーッと眺める。
ここは、地平線が長い。半径が2倍というだけなのに、異様に長い。
まだ上空1万メートル程度ではそれほどでもないが、大気圏離脱時の光景では、この星の大きさを不気味なほど感じる。やはりここは、異常な星だと。
地上に降りてみれば、手羽先を美味そうに食べる庶民に、感謝のあまり抱きつく王もいる。程度の差はあれ、ここでの人々の感性や行動は、ペリアテーノやナゴヤの人々と、なんら変わりはない。
逆にどうしてこんな遠く離れた場所に、ぽつんとひとつ、人に住む星があるのか?いや、このサンサルバドル銀河にも、人の住む星が点在しているのだろうか?
「そういえば提督。昨晩はリーナ殿と共に、宮殿に向かわれたと聞きましたが?」
「あ、ああ……急に呼び出された。せっかくこの星に帰ってきているのなら、顔を出せと」
「陛下にとっては、大事なお嬢様を嫁がせた相手ですからね、しょうがないでしょう」
気軽にいってくれる。こっちはレティシアの相手もせにゃならんというのに、あの食欲皇女まで相手にするなんて……ちなみに昨晩は、レティシアも出向いたが、晩餐会でワインを飲み、ひっくり返っていたな。リーナは、相変わらずの食欲っぷりを発揮していた。それを見ていた陛下や側近には、驚く様子はない。ということは、あの食べっぷりは以前からなのか。
そんな前近代的な行事に付き合わされたかと思えば、今度は敵方の艦隊との折衝だ。今日は、ジラティワット少佐が「帰還作戦」について説明し、同意を得ることになっている。まったく、なんだって普段、命を削って戦っている相手から同意を得なきゃならないのか?実に不可思議な仕事だ。
とはいえ、戦時条約に従い、彼らを返さなきゃならないからなぁ……そういうルールなんだし、こうなったら最後まで頑張ろう。実に実りの少ない、盛り上がらない仕事を前に、自分なりに励ましてみた。
さて、哨戒機に乗り移って20分ほどで、ヘルクシンキ郊外の連盟軍の艦艇が並ぶ荒野にたどり着く。そういえば、この荒野の大地は赤褐色。連盟艦艇の艦色も、赤褐色。聞いた話では、連盟軍の艦艇の色が赤褐色になったのは、初代連盟軍の指揮官が数千隻の艦艇を砂漠の一角に隠すため、その砂漠の大地と同じ色に染めたことが始まりとされる。まさにここは、その連盟軍発祥の地と同じようなところというわけか。
「高度30……20……10……着陸!エンジン停止!」
哨戒機は、その連盟軍艦艇の中の「023-1101」と書かれた駆逐艦の横に降り立つ。この第12小隊の旗艦であり、ビスカイーノ准将乗艦の船でもある。
思えば、この赤褐色の駆逐艦に乗り込むのは初めてだな。ただ、この艦艇はいわゆる標準型駆逐艦、その昔、地球001では「サンプソン級突撃砲艦」と呼ばれた、長距離砲撃用艦艇だ。
この長射程の砲身と、それを一門だけ抱えたこの戦闘艦の技術のみが流出し、地球023内部で秘密裏に量産が進められて、我が地球001への反攻の足掛かりとされた。
そして西暦2218年、今から270年ほど前に、地球001と地球023は初めて艦隊戦を経験する。結果は、地球023側の大勝利に終わる。
これがきっかけとなり、その後、宇宙は2つの陣営に分かれ、以来、この宇宙は慢性的な戦争状態に突入することとなった。
もしかすると、地球001と023の人間同士が直接顔を合わせるのは、その時以来ではないだろうか?哨戒機を出て地上に降り立ち、あの赤褐色の船体を眺めつつ、僕の頭にそんなことがよぎる。
「ヤブミ閣下、お待ちしておりました!どうぞ、こちらへ!」
入口に立つ見張りの兵士が、僕を出迎える。敬礼する彼らに、僕は返礼で応える。連盟軍兵士に迎えられる連合の将官。奇妙な光景だな。
兵士の一人に案内されて、中に進む3人。中を見ると、いたって見慣れた構造だ。つまり、200年以上の設計図通りに作り続けられている。それは、こちらの駆逐艦も同じだが。
もっとも、機関と砲身部はまるで違う。すでに連合側では一世代、新しい機関が更新されている。我が艦隊には、さらに二世代先の機関が載せられているが、それを彼らは承知しているのかどうかは定かではない。
エレベーターを上がり、そして我々と同じ間取りの会議室へとたどり着く。敵味方と分かれて戦っている相手の船だというのに、見事なまでに同じつくり。270年も経っているというのに、ここまで同じ構造が両陣営で引き継がれえていることに驚かざるを得ない。
「ようこそ、ヤブミ准将殿」
と、僕を出迎えたのは、3人の人物。中央にはビスカイーノ准将、右側には、参謀役のソロサバル中佐、そして左隣は准将の恋人の、リオス准尉だったか。
「では本日は、この艦隊の帰還についての作戦概要を説明させていただきます」
着席すると同時に、ジラティワット少佐が早速本日の本題を話し始める。
「帰還作戦というが、具体的にはどのように?」
「はっ、その前にまず前提ですが、軍機につき、あなた方にはここまでの航路を明かすわけにはまいりません。このため、白色矮星域に到達するまでは、あなた方の船を航行させるわけにはまいりません」
「だが、我々の艦艇は100隻。人員は1万人。これだけの人、物をどのように輸送するというので?」
相手の顔が少し、険しくなってきたな。多分、駆逐艦の放棄を打診されるのではないかと警戒しているようだ。だが、ジラティワット少佐は続ける。
「はい、その方法ですが、我々の戦艦キヨスを使います」
「戦艦を使う?どういうことだ?」
「はっ、収容艦艇50隻のこの戦艦に、さらに50隻を無理やり表面に取り付け、連盟軍1万人全員を艦内に収容。その状態で、白色矮星域に向かいます」
「すると、我々の艦艇はそのまま、というわけか?」
「はい、所定の宙域にたどり着き次第、あなた方には自力航行に移行していただきます。そこから中性子星域まで我が第8艦隊が同行し、連盟側宙域へと向かっていただく。これが、作戦の全容となります」
僕もこの案をジラティワット少佐から聞かされた時は、なかなかのアイデアだと思った。最も被害が少なく、しかも我々も航路の機密も守れる。輸送中の連盟艦にはカバーをかぶせるなどすれば、例えカメラやレーダーが作動していたとしても、情報収集を防ぐことができる。
一つ懸念があるとすれば、向こうに着くまでにかかる13時間ほどの間、戦艦キヨス内にとどまってもらうこととなる。この艦の内部が知れることとなる。が、ある程度の監視をつける上に、すでに廃艦予定だったこの古い艦の中が知られたところで、たいして影響はない。せいぜい街の中の店のセールの情報が、知られてしまうくらいで済むだろう。
「……承知した。では明日、手筈通りに」
「はっ!それでは明日、地球1019軌道上にてお待ちしております!」
このジラティワット少佐の作戦に、異論はないようだ。すんなりと我々の提案を受け入れた。正直、これ以上の妙案はないだろうと思うほどの作戦だ。
短い打ち合わせを終えて、再びエレベーターへと向かう。すれ違う乗員らは、我々に敬礼する。そのたびに、僕も返礼で応える。
◇◇◇
「てっきり私は、この100隻の多くを破壊されるものと覚悟しておりました」
「そうだな。が、今さら、艦艇が100隻減ったくらいでは、大した影響もないと考えてのことだろう。しかし……」
私は、何かを言いかけて思いとどまる。そう、このまま続ければ、この先には彼ら、特にあの参謀への賞賛の言葉が連なる。それは我々にとって、避けねばならぬ事態だ。
別に、連合側の軍人を褒めることがいけないわけではない。ただ、あのジラティワットという男は、間違いなくこの第8艦隊の頭脳だ。そんな人物を前にして、何も手を下さなかったとなれば、後々に我々が責められることは間違いない。
地球023の軍司令部からすれば、あの500隻を無力化できるなら、我々100隻など全滅しても構わない。そう考えるだろう。
もちろん、律儀に条約を遵守する彼らに手を出そうなどとは思わない。なればこそ、あの頭脳の存在は、知らなかったことにせねばなるまい。
「しかし、この星とも明日でお別れですか」
「そうだな……名残惜しいと思う者は、今日中に出かけておけ」
「了解です。全艦に伝達します」
1万人もの我が小隊所属の兵員の大半が、あのヘルクシンキに出向いている。片道10キロほどあるが、それを踏まえても我々の多くは出向く。
もちろん、観光が目的ではない。情報収集のためだ。この異様な宇宙の、大き過ぎる地球型惑星。連盟側も、関心を持たざるを得ないだろう。
ここは地球001ではなく、地球760という星が主幹星のようだ。我々のデータベースによれば、魔女が住まう星とのことだ。
はて、地球760という星は、この近辺だったか?データベース上は、我々のいる中性子星域からは、数千光年は離れていたと思ったが。
「ねえ、アレハンドラ」
と、そこにリオス少尉……カルロータがやってくる。
「なんだ、カルロータ」
「なんだじゃないわよ。行きましょう」
「行くって、どこへ?」
「決まってるじゃない、あの街よ」
気軽に言ってくれる。ヘルクシンキまで、片道10キロだぞ。こいつ、平気なのか?
前回の訪問では、運良く馬車に巡り会えた。が、今度は徒歩のみになりそうだ。あの荒地を歩くわけだから、かなり疲労感もハンパないのだが……
「よかったわ、今日もいい天気ね!」
といいながらも、この能天気なカルロータのせられて、共にその10キロの道のりを、歩み切ってしまった。
多くの連盟側の乗員も、あの街に向かっている。その流れに乗ってしまえば、案外、楽な道のりだった。
で、再びあの城壁の内側にたどり着く。
「……ここは相変わらず、手羽先とやらが売られているな」
「そればかりでもないわよ。ほら、あそこ、アイスクリームも売ってるわ」
妙にはしゃいでいるな、カルロータは。まあ、考えてもみれば、ほとんどあの狭い艦内で過ごしているわけだから、デートなどしてられる雰囲気がない。
ただ、今回はあの司令官には出くわすことはなかった。この近くに地球760の軍司令部が設置されているらしい。その関係で、連合側の軍人の姿も多い。おそらくは、地球760の者たちだろう。
当然、私とカルロータ、そのほか数名の連盟側の軍服を着た人物に、彼らは警戒の目を向けている。司令部の近くに、敵の兵士がいる。当然の処置だろうな。
「あら、確か……敵方の司令官さん?」
と、そんな私に声をかけてくる女性がいる。振り返ると、なにやら虚弱そうで小柄な女性士官が一人、私とカルロータの座るテーブルの前に立った。




