#14 神の目
なんとかお引き取り願おうと説得を試みるが、まったく戻るつもりはないらしい。おまけに、
「そんなに戻るのが嫌なら、しばらくここにいて貰えばいいじゃねえか」
というレティシアの一言で、一旦、艦内で預かることとなる。
とりあえず、ダニエラ様が乗ってきた馬車の御者を通じて、ネレーロ皇子にメッセージを伝えてもらうことにする。ダニエラ様が、頑なにここにとどまろうとするので、一旦、駆逐艦0001号艦に滞在していただきました、と。
ところが、その日の夕方に、今度は使いがやってくる。羊皮紙に書かれた書状には、驚くべきことが書かれていた。
曰く、「ダニエラは勘当した」と。
「……あの、先ほど届いた書簡に、あなた様を勘当なされたと書かれていたのですが」
勘当、つまり皇族家を追い出された、ということだ。一体、何をやらかしたらそうなるんだ?ところが本人は、実に明るく、その事実を認める。
「はい、追い出されました。私は父上に、このような古臭い国に一生、留まるつもりはありませんと申し上げたのです。すると父上が私に、出ていけと申されたのです」
ストレートな理由だな。でもそういうことは、あまり喜ばしいことではないから、もうちょっと暗い顔で報告するものではないのか?なぜ、そんなに嬉しそうなのだ?それにしてもだ、だからと言って、なんでここにやってきたのか?
「ひとつ伺いたい。ならばなぜ、あなたはここに来たのですか?」
「はい、私は勘当されてまず、ネレーロ様のところに行きました。するとネレーロ様が、こちらの『くちくかん』という船に向かえと仰せられたのです。」
「……なぜネレーロ様は、我が艦に行けと?」
「『お前は世間を知らない、世界を知らない。それでこの国が古臭いなどと良くいえたものだ。お前のような奴は、あの星の海原を行く船に出向き、そこで闘牛の如き唸り声と、雷鳴の如き雷光に晒されるが良い』と申されたのですわ」
ああ、つまりそれは、重力圏離脱時の機関の全力音と、戦闘時の砲撃のことを言っているのだな。あれはネレーロ皇子にとっても、けっして忘れられない体験となったはずだ。それをこの世間知らず丸出しなお嬢様にも、味合わせてやろうと思ったのか。
結論、このお嬢様の行く宛てはない、ということになる。カテリーナの時はこちらから嘆願して連れてきたのに対し、こちらのお嬢様は押しかけてきた。さて、どうしたものか……
「いいじゃねえか、そういうことなら、うちで引き取ってやりゃあ」
レティシアよ、簡単に言うものだな。野良猫ではないのだぞ。しかもよりによって相手は、皇族の娘だ。どうやって扱えばいいんだ?
「ええーっ!? こ、皇帝陛下の娘、いや、お嬢様ですかぁ!? そんなもの、どうやって相手すればいいんです!?」
グエン准尉に相談するが、やはり困り果ててしまう。
「いいんじゃねえのか。そんな面倒なこと考えなくても」
「なんでよ、レティシアちゃん」
「だって、勘当されたんだろう? てことは、皇族でもお嬢様でもなんでもねえ。第一ここは地球001の船の中。皇族も奴隷もねえだろう」
「そりゃあそうだけど……」
「2、3日は様子見て、それからどうするか考えりゃいいじゃねえか。根を上げりゃあ、ネレーロ皇子んとこに突っかえしゃいいわけだし、骨がありそうなら雇えばいい。それでどうだ?」
で、結局、このレティシアの提案が採用されて、ダニエラ様はこの艦に止めることとなった。
「ダニエラ様などと申し上げなくてもよろしいですわ! ダニエラ、で結構ですよ、ヤブミ様!」
「は、はぁ……」
「それから私、この艦内を見て回りたいのですわ! こんな面白そうなところに来るのは、初めてなのです!」
面白いか、ここ? でも帝都と比べれば、得体の知れない機械だらけで、新し物好きならばたまらない場所だろう。現に新し物好きのラヴェナーレ卿もネレーロ皇女も、先日の航海では嬉々としてこの艦内を歩き回っていた。
ということで、グエン准尉に案内役をお願いして、ダニエラに艦内を見学してもらうことになった。その間に僕は、手元の書類に目を通す。
地球042のペリアテーノ司令部から入手した、ダニエラに関する情報が書かれている。それによれば、彼女は皇帝マクシミヌス・スカルディアの3人目の娘で、歳は19歳。随分と大人びて見えるが、カテリーナと同い年なのか。
一見するとおっとりとした性格のようだが、徘徊癖が激しく、しょっちゅう宮殿を抜け出しては帝都市街地に赴き、闘技場や平民街、挙げ句の果てにはフェラレーノ河という大河のほとりまで行ったことがあるという。
なんだ、とんでもないじゃじゃ馬じゃないか。好奇心の塊が、テーブルクロスをつけて歩いているようなものだな。
さらに、何度もお忍びで抜け出す中で、少なからず人脈もあるという。時には労働者の炊き出しを手伝ったり、兵士達の宿舎に押しかけて料理を振る舞ったりしていたらしい。なんてお嬢様だ。
少なくとも、世間知らずではないな……確かにこの性格では、あの小綺麗な宮殿に留まれるような人物ではない。だが、皇族の一員としてはあまり相応しい行動ではないな。そういうものが積もり積もっての、今回の勘当なのだろう。
だが、ちょっと心配になっていた。そんなじゃじゃ馬、グエン准尉に任せて大丈夫だったのか?せめてレティシアが妥当ではなかったか。
などという心配は、杞憂だった。
「ええーっ!? ほんとに!? ほんとにそんなところ行ったの!?」
「そうなのですわ」
「だって、ここから50キロ以上は離れてるんだよ? 馬車で行っても、1日じゃ着かないでしょう!」
「いや、歩いて行ったので、3日がかりでしたわよ。あれは本当に、大変だったわ」
「そんな思いまでして、なんだってフェラレーノ河まで……」
「美味しい魚を獲って下さる漁師が、どんな風に暮らしてるのか見たくなって、それで急にフェラレーノ河に行きたくなってね。それで……」
グエン准尉とダニエラが、食堂で話し込んでいる。どうやら相手がただのお嬢様ではないことに気づいたようだ。
だがそれが、かえってグエン准尉との距離を縮める。あの2人、すっかり馴染んでいる雰囲気だ。
艦長に、主計科配属を進言しておこうか。そこが一番、向いている気がする。僕はそう考えて、スマホを取る。そしてオオシマ艦長と繋いだ。
そしてそれから、3日が経った。
「えっ! 宇宙に行けるのですか!?」
軍服姿のダニエラと、食堂でばったり会う。そこで食事を共にしながら話しをするうちに、僕が2日後の予定を話したところ、急に叫んで立ち上がる。
「今日中には乗員全員に通達されることになっている。行き先は、第1艦隊が駐留する白色矮星域。期間は8日間だ」
それを聞いて嬉しくなり、横に座るカテリーナに抱きつくダニエラ。
「うーん、楽しみですわ。私、宇宙にはまだ行ったことがございませんので。どんなところなのでしょう?」
その大きな胸を、カテリーナの顔に押し当てて歓喜するダニエラだが、若干、カテリーナは迷惑そうだ。
この3日間で、ダニエラはカテリーナのことが気に入ったらしく、ことあるごとにカテリーナに抱きついている。まるで、ダニエラの愛玩動物のような扱いだ。ただし、当のカテリーナは嫌なようだが。
艦内が賑やかになった一方で、最近めっきり、ラヴェナーレ卿の誘いがなくなったな。聞けば、近ごろはいろいろと忙しいようで、あの戦艦ノースカロライナ訪問をことをきっかけに、地球042の商社からの接触が増えたらしい。
しかし、急に来なくなるというのもちょっと寂しいような……いや、これが本来の有り様だ。よかったと思うことにしよう。
出港準備をしていると、ダニエラがグエン准尉と共に主計科の仕事をこなしているのを見かける。もうここで働くつもりらしい。だが、あれほど落ち着きのない行動を繰り返していながら、こんな狭い艦内での仕事など続けられるのだろうか? 心配ではある。
でも、それを言ったらレティシアだって似たようなものだ。ここに来る前は、職を転々としていた。3日と持たなかった仕事もある。しかしレティシアは、ここでようやく自身の能力を活かすことができる職を得たため、ここに留まる決意をした。
「ではこれより、第1艦隊、戦艦ノースカロライナに向けて出発する。機関始動!」
「機関始動よし! 出力上昇!」
「繋留ロック解除! 抜錨、駆逐艦0001号艦、発進する!」
いつものように、オオシマ艦長の号令で発進する我が艦。それにしても、ここにきてからというもの、第1艦隊とこの星の往復ばかりだな。そろそろ、パトロール任務などにも従事したいところではあるが、この艦隊自体が実験目的で作られたこともあって、どうしても報告業務が中心となる。
だからといって、毎週のように呼びつけても困るんだけどなぁ……そんなにすぐに成果なんて出ない。ただ、このところタイミングよく戦闘もやったし、カテリーナのような逸材を見つけ出すこともできたから、そうは言いながらも実のある報告が続いている。だけど、そういつまでも続くわけではない。今回こそは何もないはず、多分……
いやいや、妙なことを考えるのをやめよう。また変なフラグが立つ。今回は無事に第1艦隊と合流し、何もありませんでした、と報告する。そうなるはずだ。いや、そうなってくれ。
「見てください、あれ! 円形闘技場があんなに小さく! あっ、あれはもしや、フェラレーノ河じゃないですか!」
僕の傍らで叫んでいるのは、ダニエラだ。さっきから僕の腕を引っ張っては、眼下に見える地上を指差し騒いでいる。
ところで、かなり気になるのだが、ダニエラの大きな胸の一部が、僕の腕に当たっている。本人は夢中で気づかないのか、それともそういうことは気にしない文化なのかは分からないが、僕としては気になる。おかげでさっきから、オオシマ艦長の視線が痛い。
ところで彼女は今日付で、上等兵ということになった。皇族だった者を二等兵とするわけにもいかず、過去の先例や政治的な思惑もあって上等兵待遇ということに決まった。
なお地球042司令部にも一応、ダニエラのことを打診してみた。が、ダニエラを引き取るつもりはないらしい。勘当されたお嬢様なんて、引き取りたいなどとは思わないようだ。ペリアテーノの政治中枢との関係もある。トラブルの元など抱えたいとは思わないということだろう。そういうわけで彼女もこの艦にとどまることとなった。
にしても、多大な軍功を挙げてなお二等兵のままでいるカテリーナに対し、特に何かを成したわけでもないこのお嬢様が上等兵とは、理不尽なものを感じるな。さっさとカテリーナも上等兵に、いや、それ以上の階級に上げて、その功に報いるとしよう。
そしていつものように大気圏を離脱、軌道上に乗り、僚艦と合流して機関を最大出力に上げる。艦橋内は、猛烈な轟音に包まれる。
この音には、さぞかしこのお嬢様も肝が冷えることだ……と思ったが、当のダニエラはまったく驚愕している様子はない。
「これが、ネレーロ様の仰っていた『闘牛の唸り声』なのね!なんて力強い!」
普通じゃないとは思ったが、このお嬢様、なかなかやるな。だが、さすがに次のイベントには耐えられまい。そう、お約束のトラブルは、期待通りやってきた。
艦橋内が突然、ガタンと揺れる。と同時に、いつものやり取りが始まる。
『機関室より艦橋! 炉内温度、急速上昇! 左機関、出力低下!』
「なんだと!?」
『このままでは緊急停止します! 左機関室、重力子エンジンに急速冷却の要有り!』
今度も左か……それにしてもオオシマ艦長、もうちょっとセリフにバリエーションを持たせられないものだろうか?毎回、同じ言葉が出ているように思う。
フォーンという唸り音が鳴りだし、速力が落ち始める。窓の外には、僚艦が追い越していくのが見える。さすがのお嬢様も不安げな表情で、きょろきょろと辺りを見回す。にしても、悲鳴を上げないだけ立派だといえよう。だがこの得体の知れない恐怖に、どこまで耐えられるかな?
『どけどけっ!』
と、こちらもいつもの対応だ。レティシアが出動する。それにしても今回は少し早いな。あらかじめ左機関室にいたのか、それとも慣れてきたのか?
『おい機関長! いつものだ!』
こちらは毎回、セリフが変わるな。とうとう「いつもの」などと言うようになる。左機関室の様子は正面モニターに映されており、その様子はダニエラも見ている。
レティシアの手の上で、水の塊が徐々に大きくなっていく。それがレティシアの身長の3倍ほどになったところで、それを持ち上げて重力子エンジンの上部の辺り、赤化している場所に押し付ける。ジューッという音と共に、蒸気でおおわれて見えなくなる。
レティシアの能力まで駆り出して対処するこのトラブルに、さぞかし肝が冷えて……おい待て、ダニエラのやつ、妙にうれしそうじゃないか?
「す、すごい……あの方、本当に魔女でしたのね……」
まだ機関が正常になったという報が届いていないというのに、なんだか嬉しそうだな。このお嬢様の肝っ玉は、どうなっているんだ?我々でさえ初めの頃はこのトラブルに肝を冷やしていたというのに、どうして平然としていられるんだ。
「やはり、私の『神の目』で感じた通りですわ! この船には、面白いものがたくさんございますわね!」
と、その時、妙なことを口走るこのお嬢様。なんだって、神の目? これがどういう意味だか、僕には理解できない。
だがそれは、この星の神秘の一端に触れた言葉であると、いずれ知ることとなる。が、この時はまだそんな深い意味があろうなどと、知る由もなかった。




