#139 交流
「でよ、おめえら、地球023から来たんだよな?」
「ええ、そうよ」
飾緒をつけた准将は、どちらも固まったまま、動かない。この交流はまず、レティシアというあちらの准将の1人目の妻と、カルロータの間で始まった。
こういう時、女の方が強い。肝が据わってる。レティシアという女は、何やら鶏の唐揚げのようなものをどんと我々の前に置いた。
「手羽先だ、まあ、食え」
「ええ、頂くわ」
「そうそう、手羽先ってのは、こうやって食うんだ。まず、小骨をちぎってだな……」
あんな小さな鳥の唐揚げごときに、食べ方の作法があるというのか?いや、その前にどうして、この星の食べ物の作法など心得ているのだ?まさかあのレティシアとかいう女、この星の出身か?
「カズキ殿!」
と、それまでテバサキとかいうこの唐揚げを一心不乱に食べていた、リーナという2人目の妻が声を上げる。
が、そいつからはすさまじい殺気というか、気迫のようなものを感じる。私は一瞬、身構える。
「な、なんだ?」
「手羽先のおかわりだ!」
「おい、リーナ……お前、これで何杯目だ?」
「聖女様とカテリーナに比べたら、まだ少ない方だ!」
……なんだ、食い物の催促か。それを聞いたヤブミ准将が、近くにいた店員に向かって注文している。しかしこの女、仮にも艦隊司令官に随分と軽口で話しかけ、しかも司令官に自身の食べる物を注文させている。その奇怪で滑稽なやりとりを見たカルロータは、何が可笑しいのか、私の脇で必死に笑いをこらえている。
だが、気になる言葉が飛び出したな……こいつ今「聖女様」と言わなかったか?
「……いかんな、つい手羽先に夢中になって、礼を失するところであった。私は、リーナ・グロディウス・フィルディランド。カズキ殿の2人目の妻にして、この国の皇女だ」
「あ、ああ、私は地球023、第2艦隊所属のビスカイーノ准将だ」
「遠路はるばる、ご苦労であった。最近まで魔物との戦いに明け暮れていて、いささか殺風景な街ではあるが、是非くつろいで行ってくれ」
この2人目は、皇女と名乗った。フィルディランドとは、先ほどの老人も口にした、この国の名前だ。それを名前に持つということは、やはりこの人物は、本当にここの皇女ということなのだろう。
しかし……どういう組み合わせなのだ?あまり品の良い口調ではない女が第一夫人で、皇女が第二夫人とは、いくらなんでも、順序が逆のような気がするが。
「おい、リーナ、手羽先持って来たぞ!」
「おお、すまんすまん!いや、これはほんとに美味い!この世にこれほどの食材があろうとは、さすがの天国でもこのようなものは口にできまい!」
……前言撤回だ。こいつもあまり、品が良いとは言えないな。本当にこいつは皇女なのか?そんな皇女を見たカルロータが、また笑いをこらえている。
「あーっ!ヤブミ准将!またカテリーナちゃんやザハラーちゃんを、いやらしい目で見てる!」
今度は別の方向から、新手の女が現れたぞ?私は思わず、そちらに目を向ける。
確か、この女性士官は……そうだ、あの艦内でお茶を運んできた人物だ。尉官クラスの軍服だが、いきなり准将に向かって、こいつも随分な口の利き方ではないか?
が、その士官も、私とカルロータの存在に気付くと、やはり警戒の目を向けてきた。そしてその場で敬礼し、こう述べる。
「し、失礼いたしました!私は第8艦隊旗艦の主計科所属、グエン少尉であります!」
私とカルロータも、返礼で応える。決して礼儀をわきまえていないというわけではなさそうだ。と、その後ろから、別の士官が現れる。
確か、ジラティワット少佐という人物だ。あの第8艦隊の参謀役の人物。その男が、グエン少尉とやらの背中につく。
「やあ、グエン、待たせたね……」
と、またもや我々の存在に気づき、一瞬、顔色を変える。が、この男、案外肝が座っているようで、すぐに笑みを浮かべ、余裕の顔でこちらに敬礼する。
「ああ、閣下もいらしていたのですか。もしかして、お二人で折衝中でしたか?」
「いや、たまたまここに居合わせただけなのだが……どうやら、お邪魔なようだ」
と、私は席を立とうとする。が、あのレティシアという女が引き止める。
「おい、せめて手羽先くらい食ってけ!」
「そうだぞ!ナゴヤではなく、ヘルクシンキ産だが、美味いぞこれは!」
あの皇女まで我々を引き止める。カルロータも、私の腕を引いてこう呟く。
「せっかくの機会だし、いいじゃない」
気楽なものだ。私は敵地のど真ん中で、あまり良い居心地を感じていない。が、再び席に座る。ジラティワット少佐とグエン少尉も、我々と同じテーブルにつく。
「ところで閣下は、徒歩でここまで?」
「ああ、そのつもりであったが、途中、街の人が馬車に乗せてくれたのだ」
「ああ、そういえばあそこは、ちょうど交易路ですからね」
などと、私はその優秀なる参謀役の人物と語る。が、そこになにやら、妙な人物が現れる。
「提督!リーナ殿!やっとヘルクシンキ産の白磁器、アルヴィーアのツボを手に入れましたぞ!単純ながらも豪胆な力強さを感じさせるこの紋様!まさに魔物との戦いの系譜を感じさせる逸品で……」
何か妙なツボを抱えた、小さいのが現れたぞ。いや、あれは確か、もう一人の幕僚ではなかったか?
「失礼いたしました!ビスカイーノ閣下でいらっしゃいますね!小官は第8艦隊司令部付き幕僚、ヴァルモーテン少尉であります!」
さっきから、唐揚げを食べようとするたびに、新たな士官が現れては敬礼を受ける。私は返礼で答える。カルロータも返礼するが、肩が震えている。そんなに面白いか?
「おう、ヴァルモーテン、おめえも手羽先、食っていくか?」
「はっ!喜んで!で、ここには小倉トーストはないのでございますか?」
「そこまでナゴヤ化は進んでねえみてえだな。まだ、手羽先だけだ」
「左様ですか……ですが、このような異なる銀河のこの地にまで手羽先が進出しているということは、小倉トーストが進出するのも、時間の問題でしょう。かのノブナガ公もギフを攻め落とすまでに7年もかかったのですが、その後、上洛までに1年、そして天下にその名を轟かせるまでには……」
なにやら、わけの分からないことを解説し始めたぞ?なぜかツボを大事そうに抱えながら、意味不明な知識を披露するこの幕僚。想像以上に、危ない香りがする。
「あれぇ!?馬鹿兄貴、こんなところで何やってるの!?」
と、またまた新たな人物が現れた。しかも、ヤブミ准将に向かって「兄貴」と言っている。今度は血縁者か?
「おう、フタバにバルサム。おめえらも手羽先食うか?」
「食べる食べる!って、なんだってここに手羽先があるの?」
「知らねえけどよ、まあ、あるんだから食おうぜ!」
「あれ?モーちゃん、またツボ買ったの?」
「はい、フタバ殿。これはヘルクシンキの陶磁器、アルヴィーアのツボです。魔物との戦いの中でも、頑なにこだわり続けたこの良質の土の焼き物は……」
「ところでさ、カズキ。こちらの方は、どなた?」
あのヴァルモーテン少尉の話をあっさりと切って捨てた後に、ついに我々の方に関心が向いてしまう。が、我々の軍服を見ても、なんとも思わない。民間人であることは間違いなさそうだ。
「ああ、こちらは地球023の、ビスカイーノ准将だ」
「なぁんだ、カズキに降参を申し出てきた、敵の指揮官なんだね。ええと、あたしはフタバ。この馬鹿兄貴の妹です。よろしく!」
ずけずけと、遠慮がない女だな。この態度もツボだったようで、カルロータはもはや腹筋が崩壊寸前だ。
「ちょ……艦隊司令官を馬鹿兄貴って……ど、どうなってるの、この艦隊は……」
「しょうがないじゃない、本当に馬鹿兄貴なんだから。リーちゃんが2人目の奥さんになっちゃった経緯も、この兄貴の浅はかな策略が裏目に出たおかげでね……」
あの兄とは違い、敵の軍人と分かってからも、まるで遠慮がない。あっという間にカルロータを取り込んで、ベラベラとヤブミ准将の話を語り始める。
「へぇ、じゃあカルちゃんは、この准将さんと恋人なんだ」
「そうなのよ、あれは1年くらい前に、艦内でいきなり付き合ってくれって告白されてね……」
「えっ!?ちょっと待って、艦内で告白!?ちょっとそれ、うちの変態提督と同じじゃないですか!」
あのグエン少尉という人物、どうやらヤブミ准将のことをあまり良くは思っていないようだな。
「そういうグエちゃんも、ジラティワットさんから艦内で告白されたんじゃないの?」
「い、いや、違うから!戦艦ノースカロライナの街の中だったし!」
「それって、『艦内』っていうんじゃないの?グエちゃん、案外適当だなぁ……」
いつの間にか、女性陣が集まって語り始めたぞ。さらに別の女性も現れる。
「あれま、なんで敵の士官を囲むように、愚民どもが集まっておいでですか?」
随分と口汚い女性士官が現れた。その後ろから、妙に顔立ちの良い士官もついてくる。
「やだな、マリカ。私も愚民の一人かい?」
「何をおっしゃいます、デネット様!この愚か者の中にあっては、デネット様はただ一つの希望の星!掃き溜めの中で輝く鶴!泥中の一輪の蓮の花でございますわ!」
「おい、マリカ、うるせえぞ!ベラベラ喋ってねえで、手羽先でも食え!」
「何をおっしゃいますの、この馬鹿力魔女めは!」
このマリカという女士官は、ほぼ全方位に敵を作ってそうなタイプの人物だな。あのデネットという士官以外はすべて蔑視の対象であるかのようだ。
「あらあら、皆様お揃いで、何をしていらっしゃるのです?」
……またなんかきたぞ。どれだけ女性がいるんだ、この准将の周りには。
「おう、ダニエラか。手羽先食っていくか?」
「ええっ!?どうしてここに手羽先が!?」
「しらねえよ。でも、あるものはあるんだから、食っていけよ」
「変ですね……私の神の目でも、このような文化進出は見通せませんでしたわ」
「おい、カズキ殿!おかわりだ!」
女性陣がどんどんと集まってくる。気づいたら、カルロータはもうあの女性陣のど真ん中で、フタバとかいうあのヤブミ准将の妹らと和気藹々で会話している。奇妙な光景だ。
「ちょっと、ヤブミ准将!こっち見ないでください、いやらしい!」
なぜか冷たいあのグエン少尉。だんだんとこいつら、本性を露わにし始めたな。その士官の横では、双子のようにそっくりな2人が、黙々と手羽先を食べている。
「ああ……ああなってしまうともう、入り込む余地はありませんね」
ジラティワット少佐が、ため息をついてそう呟く。
「まあ、仕方ありません。こっちはこっちでやりましょう。で、ヤブミ提督に、ええと……ビスカイーノ准将閣下、でしたか?」
「ああ、そうだが」
「ちょっと手羽先と、飲み物をいくつか買ってきます。何がいいですか?」
「ええと、そうだな……私は特になんでも構わないが」
「おい、ナイン大尉!俺はプロテインだ!」
「ドーソン大尉、そんなものあるわけないでしょう」
「何を言っている!筋肉といえば、プロテインだ!」
「いや、筋肉いらないし」
「なんだと!?」
「おいドーソン!ヨーグルトサワーでいいだろう。その辺で妥協しとけ。すいません、うちの陸戦隊員が無礼千万なやつで……」
デネットという男が、あの男の無愛想を私に謝る。
「いや、構わない。こちらがお邪魔しているわけだし」
「ああ、そうだ、ビスカイーノ准将閣下。そういえば閣下にご相談が」
「相談?」
「ええ、帰還作戦について話し合う日取りを、予め決めておきたくてですね」
と、そこにジラティワット少佐が「帰還作戦」というキーワードを投げかける。
「ちょうど6日目となる日の午前中に、私とヤブミ准将が哨戒機でそちらの旗艦に伺います。そこで、帰還作戦についての内容を明らかにしたいと思います」
「そ、そうか、了解した」
「我々の作戦準備に目処がついた頃ですから、そこでお話しする方が良いかと……」
「まあ、ジラティワット少佐殿、そんな硬い話は無しで」
「そうだ!硬いのは、腹筋と上腕筋だけにしておけ!」
「手羽先、買ってきましたよ」
「ヤブミ提督は、コーヒーでよかったですよね」
「いや、僕はたいてい、ミルクティーなんだが……」
「ミルクティーとは軟弱な!筋肉が育ちませんぞ!」
「いや、別に筋肉は要らないから……」
「何を言ってるんですか!だいたい提督はですねぇ……」
「提督に、ビスカイーノ閣下、手羽先、いかがです?」
なんとも賑やかな面々だ。それにしてもこのヤブミ准将という男、この艦隊を率いる指揮官でありながら、部下からの扱いが辛辣で、遠慮がなさすぎるのではないか?
一方でカルロータはといえば、女性陣の中で何やら赤い顔をして語らい続けている。あの表情は多分、赤面するほどの恥ずかしい話題を振られているのではあるまいか?
それにしても、この連中は我々の切り札であった隠密梱包を見破り、あの防御不能な砲撃を放ち、たった500隻で何度も我々連盟軍を奔走させたロングボウの一員のはずだ。だが、そんな相手と私は、この手羽先とやらをつまみながら、語らっている。
「へぇ、それって、唐辛子のようなものですかね?」
「まあ、それに近いが、なんていうか、辛さよりも旨味が強いというか、そんな感じのタレだ。この手羽先には、それを甘くしたようなものが使われてる気がする」
「地球023にも、ナゴヤみたいなところがあるんですかね?」
「ナゴヤ?何だそれは?」
「地球001の一都市ですよ。ヤブミ提督の故郷の。この手羽先は、そのナゴヤでよく食べられているものですよ」
奇妙な都市の名を聞かされる。ナゴヤ……何やら、和やかな響きの都市だが、この准将の出身地と聞くと、それほど穏やかなところではなさそうに思う。
「他にも、やたらと辛いラーメンがあったり、甘ったるいスパがあったりと、おかしな食べ物が多いところですね」
「辛いラーメンに、甘いスパ……何だそれは?」
「ああ、いや、ジラティワット少佐、そういうものもあるが、ナゴヤはそれだけではないぞ。ひつまぶしや味噌カツのような、上品な食べ物だってあるぞ」
「ひつまぶしはともかく、味噌カツは上品な部類ですかねぇ……」
何を言っているのか分からないが、どうやらそのナゴヤというところは、独特の食文化があるようだ。その一つが、この星にももたらされた。そういうことらしい。
我々はもう200年以上、悪魔の住まう地球001を殲滅し、銀河系を奴らの支配から解放するために戦ってきた。
だが、その星の住人は、我々とはあまり変わらない、人懐っこい連中ばかりだった。
「おう、カズキぃ……何だか俺、眠くなっちまったよ……」
「おいレティシア、お前また、ビール飲んだだろう!?」
少なくとも、あのロングボウズを操る連中は、やや変わり者が多い気もするが、話せば分かる奴らのようだ。軍服の色の違いによるわだかまりなど、ここには存在しない。
ふと、私は考えてしまう。
我々はなぜこいつらを相手に、戦いを続けているのか、と。




