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#138 感謝

「それじゃアレハンドラ、いきましょうか」


 なんだかリオル准尉が、いや、今はカルロータと呼ぶべきか、すっかり私事モードに入った彼女が私の腕にしがみつき、エレベーターへと向かう。

 上陸許可が出て、徒歩ながらも外に出ることができる。当然、向かうはあのヘルクシンキという街だ。

 半径が2倍で、重力加速度は我々の地球(アース)とほぼ同じ。この奇妙極まりない星に、無事降りることができた。おそらく、我々の陣営の人間がここを訪れることは、当分ないだろう。

 だからこそ、ここを知る必要がある。私はカルロータだけを連れて、あの街に向かってみようと思う。

 他の乗員らも、各々にこの周辺を探索するつもりだ。期限は1週間。その後に我々は条約通り、帰還の途に着くことができる。

 外に出ると、そこは土が剥き出しの荒地だった。その荒地のそばに、一本の細い道があのヘルクシンキという街に伸びている。

 が、片道10キロか……行軍訓練を思えば、大した距離ではない。が、カルロータと共に歩くには、あまり良い雰囲気の道ではないな。

 にしても、カルロータのやつ、妙に浮かれているな。こんな荒地のデートで、何が楽しいんだ?こいつの考えていることは、よく分からん。

 その荒地を抜けて、道に出る。わだちがあることから、馬車か何かは通っているようだ。そのわだちに沿って、2人は歩く。


「ねえねえ、あの植物、面白くない!?」


 ススキのような植物を指差して、はしゃぐカルロータ。いや……悪いがちっとも面白くないな。むしろ寂れた感を演出し、見てて虚しくなる。


「しかしここは、本当に何もないな……」

「そう?こういう寂れた自然、私は好きよ」


 誰もいないこの荒地の傍らを、とぼとぼと歩く2人。こんな殺風景な場所が好きだというカルロータの感性に、私は同意できない。

 カルロータは、楽観的な性格だ。ポジティブと言ってもいいだろうか。どう考えても我々が今、置かれた状況は、危機的であることに変わりはない。何せ友軍の力の及ばぬ宙域の星で、我々は今、丸腰で歩いている。そんな場所の荒地の風景を見て喜べるなど、楽観的などという言葉でも生温いほどの能天気さを感じる。もっとも、それが私の、カルロータに惹かれる理由ではあるのだが。

 しばらくその荒地を歩いていると、後ろからガタガタと音がする。振り返ると、それは馬車だ。老人が一人乗った、幌もなく、なにやら箱を荷台に載せた簡素な馬車だ。

 こんな道でも、馬車が通るのだな。私はカルロータの腕を引き、馬車をやり過ごそうとする。と、その馬車が止まる。


「あんたら、星の国の人かい?」


 ここの住人は、統一語が通じるらしい。私は応える。


「ああ、そうだ」

「やっぱりな。乗せてやんよ」


 なんとその老人、馬車に乗せてくれるという。


「そうね、それじゃあ、お言葉に甘えて」


 と、カルロータがその老人の誘いに乗る。すると老人は少し横にずれて、我々の乗るスペースを開けてくれる。

 2人が乗り込むと、馬車は再び、走り始める。

 あのヘルクシンキという街に向かっているようだが、ここの住人は、随分と優しいというか、警戒心がないというか、この軍服を見てもなんの疑いもなしに我々を乗せてくれた。せっかくの好意だからと甘えてみたものの、我々が敵方の人物としれば、なんと思うだろうか。

 が、そんな我々に、老人はこんなことを言い出す。


「あんたらには、感謝しとるよ」


 なんのことだ?いきなり、感謝されたぞ?私は応える。


「あの……我々はまだ、ここにきたばかりでして、何のことだか……」

「おお、そうなんか。それじゃまだ、ここであったこと、聞かされとらんのかの?」


 やはり、何かがあったようだな。それも、このなんの変哲もない老人すらも感謝するほどの何かが。


「ついこの間まで、ここより北の大地に、瘴気が迫っとったんよ」

「瘴気?何ですか、それは」

「真っ黒で、魔物を呼び寄せる死の霧じゃよ。フィルディランド皇国も、国を挙げて魔物らに抗っておったが、その瘴気が押し寄せるんは時間の問題じゃった」

「はぁ……魔物が……ですか」

「北の国は、サイクロプスやらゴブリンやらに滅ぼされて、ついにこのヘルクシンキも陥ちるじゃろうと言われとったんじゃが、そこに戦乙女(ヴァルキリー)と名高いリーナ皇女様が、星の国の船を引き連れて現れてな」

「皇女様が、星の船を?」

「30人の手下を失いながらも、瘴気の只中でその船と出会ったそうなんじゃよ。で、その船には、聖女様が乗っておった」

「えっ!?聖女様!?何それ!」


 聖女という言葉に、なぜかカルロータが食いつく。


「その聖女様がな、この辺りにまで迫っとったあの瘴気を、みんな消しとばしてくれたんじゃよ」

「は、はぁ……そんなことがあったんですか……」


 まるで御伽噺だな。要するに連合の駆逐艦をここの皇女がこの地に連れてきて、そこに乗った聖女が魔物の住まう瘴気を消し去った……この老人は、つい最近の話のように語っているが、そんな伝説めいた話、にわかには信じられない。

 魔物とやらはともかく、それを追い出すには人型重機や哨戒機を繰り出せばどうとでもなる。霧なども、地球(アース)001の連中が巨大な扇風機でも使ってどうにかしたのだろう。しかし、聖女とは?そこの部分がどうにも、解釈できない。扇風機を、聖女と聞き違えたというのか?いや、ちょっと無理があるな……

 ともかく、彼らがなんらかの処置を行ったことが、まるで伝説として街の人に伝わっているのだろうな。とてもではないが、地球(アース)001ほどの最先端の星の連中がやった話には聞こえない。

 そしてその感謝は、なぜか敵方である我々に向けられている。

 彼らにとっては、連合も連盟も区別できていないのだろう。連盟軍の軍服だが、彼らから見れば外宇宙から来た人々にしか見えない。

 なんだかちょっと、後ろめたい気分だ。私はこの馬車に乗っていて、本当にいいのだろうか?


「ここでええんか?」

「はい、ありがとうございます」


 それから1時間ほど馬車に揺られ、ヘルクシンキという街に着いた。私とカルロータは、その老人と別れる。その老人は手を振って、街中へと紛れていく。

 目の前には人々が大勢住む街があるが、その向こうの小高い台地の上に、城壁で囲まれたところが見える。

 で、我々は、たどり着いたこの下の街を歩く。

 ここは、なんというか少し、真新しく乱雑な印象だ。服や建物に、統一感がない。肌の色の異なる人々が街の中を行き交い、市場で売られる食材や物品も、どことなく入り混じった文化を感じる。

 そういえば、瘴気で国が滅んだと言っていたが、その国を追われた人々が集まってできた場所がここではないのか?そう解釈すると、ここの雑多ぶりが説明できる。

 ということは、本来の街は、あの城壁の向こうか……そう思った私は、街を通り抜けつつ、城壁の方へと向かう。


◇◇◇


「ヤブミ准将、参りました!」

「来たか。まあ、座れ」

「はっ!」


 僕は今、ヘルクシンキ内にある軍司令部にきている。そこで、つい5時間ほど前にやり合った、あの地球(アース)760遠征艦隊のカントループ大将と面会する。


「まあ、災難だったな。赴任途上でいきなり、連盟軍と遭遇するとは……」


 災難。まあ、災難ではあるな。やることが、一気に増えた。でも、災難とまでは思っていない。

 むしろ僕にとって、ここに召喚されたことの方が、災難だ。


「災難といえば、再び魔物の出没が増えたと伺いましたが?」

「そうだな。あの瘴気とやらは、ゴーレム山と呼ぶあの周辺の森から漏れ出すことは無くなった。僅かに、瘴気の外に飛び出すことが可能なゴブリンなどの魔物が出没するものの、周辺に設けられた自動追尾型のレーザー兵器により、その進出を阻止している」


 あれ?魔物の動きが再び活発になって、我々が呼び出されたという話じゃなかったのか?僕は尋ねる。


「あの……ではなぜ、我々がここに?」

「うむ、その件だが……ところで准将。この星には、幾つ大陸があるか知っているか?」


 いきなりクイズか。僕は応える。


「はっ、地形図からは、9つの大陸が見えますが」

「そうだ。我々の地球(アース)型惑星の4倍の広さのこの星の表面には、全部で9つの大陸がある。ここはその一つで、海を隔ててあと8つの陸地が存在している」

「で、その大陸が何か?」

「つまりだ、この大陸からは、瘴気の脅威は無くなった。が、別の大陸ではまだ、その脅威が残っている。しかもその一つで、まさに瘴気が広がり始めた。貴官らを呼び寄せたのは、つまりそういう理由だ」


 ああ、なるほど。瘴気が発生しているのは、ここだけではないのか。言われてみれば、それは当然といえば当然だろう。


「では、瘴気が発生しているのは、どこの大陸なのです?」

「ちょうどこの隣の大陸だ。今、遠征艦隊の一部がその地に向かっている。が、少し前のここと同じく、瘴気の広がりによって生活が脅かされ始めている」

「あの……その瘴気を、未臨界砲撃などで吹き飛ばそうとはなさらなかったのですか?」

「いや、やった」

「で、どうなりましたか?」

「まったく歯が立たない。多少は吹き飛ぶが、あっという間に元通りだ。あの霧が相手では、まさにキリがないと言ったところか」


 誰が上手いことを言えと……ここは、反応すべきところだったのだろうが、僕はスルーして、話を進める。


「ということはつまり、我々は隣の大陸へ向かい、瘴気を排除せよ、ということですか」

「まあ、そういうことだ。当面はな」

「あの……まだ何か、あるのですか?」

「いや、貴官ならば分かるだろう。この星の異常さ、不可思議さ。あのゴーレム山の上に浮かんだ浮遊船もそのままだ。多少なりとも、ここの謎を解明せねば、我々としても居心地が悪い。そうは思わんかね?」


 と、大将閣下は同意を求めるが、僕はなんと応えるべきなのか?

 要するに、瘴気の排除も理由だが、それ以上にこの不可解極まりないこの星の謎を、少しでも解いてくれと言われているようなものだ。それが、今回の派遣要請の本音の部分か。


「はっ!では謎解明に向け、微力を尽くします!」


 とだけ応えて、僕は司令部を出る。


 司令部の建物は、ヘルクシンキの城壁の内側の平民街の脇に作られた。陛下のご意向のようだが、そのすぐ外の広場には今、この司令部を訪れる人を目当てに、たくさんの店が並ぶ。


「おう、カズキ!」


 と、その広場では、レティシアが待っていた。僕はレティシアの元に向かう。


「なんだ、わざわざここで待っていてくれたのか?」

「いや、この辺りはなぜか食い物屋が多くてよ。んで、ここにいたってわけだ」

「ああ、そうか……」


 なんだ、また食い物か。言われてみれば、確かに食べ物やが多いな。

 ……いや、あの店、なんか変だぞ?店で出されている料理、なんだかどこかで見たことがある。

 よくみれば、ザハラーとドーソン大尉がいるな。カテリーナとナイン大尉もいる。その脇に、山と積まれた茶色のあの料理が見える。

 僕は、それを注視する。間違いない、あれは手羽先だ。それも、ナゴヤでお馴染みの、あの手羽先だ。なにゆえここに、手羽先が売られているんだ?


「おいレティシア、なんでここに手羽先が?」

「さあ、なんでだろうな。俺も気になっちゃいるが……まあ、こまけえことは考えてもしょうがねえからよ。とにかく、食おうぜ」


 何もわざわざ、こんなところまで来て手羽先を食わなくてもいいだろうに。と言ってる側から、手羽先を大量に買い込んだ奴がいる。


「なんということだ!まさかここ、ヘルクシンキで手羽先に出会うとは……」


 などと言いながら、まるでバケツのようなパックいっぱいに詰められた手羽先を、ガツガツと食い始めるリーナ。お前確か、ここの皇女であり、戦乙女(ヴァルキリー)と呼ばれた英雄じゃなかったか?そんなやつが、人前で手羽先をむさぼってどうする。

 まあ、それを言ったら「聖女」と呼ばれたやつも今、手羽先を無言でガツガツと食べ続けている。カテリーナは、いつも通りだな。頬に手を当てて、笑みを浮かべながら無言で堪能している。


「聖女様の護符、テバサキはいらんかねぇ!」


 よく見れば、この周囲にはこの手羽先唐揚げを売る店がいくつもある。しかも、その一つが「聖女様の護符」などと名付けている。

 そうか、どうして手羽先がこれほど広まっているのか。その答えは、あのザハラーにある。「聖女」の好物料理として、ここ皇都で大きく広まってしまったというのが、この異常事態の原因のようだ。

 しかし手羽先一択というのも、どうにもなぁ……ナゴヤ出身者としては、心許ない。せめて、もう2、3種類、味噌カツときしめんくらいは増やせないのかと主張したい。文化の汚染具合が、ペリアテーノよりもバランスが悪すぎる。

 しかも問題は、その「聖女」が目の前にいるというのに、誰も気づいていないことだ。まあ、ザハラーを見て「聖女」だと気づく者もほとんどおるまい。


「なんだ、聖女様もここにいたのか?どうだ、手羽先は?」

「美味い!」


 リーナのザハラーの接し方も、最近段々と雑になってきた。敬ってるのやら、そうでないのやら……

 で、リーナとカテリーナ、そしてザハラーの3人は、仲良く並んで手羽先パックを頬張る。我が艦の胃袋の半分を占めると言われるこの3人が、一堂に会し、手羽先を消費し始めた。

 微笑ましい。いや、それは確かに微笑ましいのだが、心緩んでもいいものだろうか?すぐ近くには、連盟軍がいるというのに……


「おい、あれ……」


 などと考えていると、レティシアがふと指を差す。僕は振り向くと、そこにはカーキ色の軍服を着た人物が2名、目に飛び込んでくる。

 言ってるそばからこれだ。連盟軍の連中が現れた。しかもその一人は、飾緒付きだ。つまり、准将以上の人物。あの色の軍服で、准将以上といえば、一人しかいない。

 そう、ビスカイーノ准将だ。


「おおい!こっちだ、こっち来いよ!」


 と、その2人に向かって手を振るレティシア。おい、わざわざ連盟の指揮官を呼ばなくてもいいだろう。

 あちらも驚いた顔で、こっちを見ている。そりゃそうだろう。こっちには「敵」の指揮官がいるからな。

 だが、横に立つ女性士官がためらうビスカイーノ准将の腕を引いて、こっちに向かってくる。あれは確か、降伏直後の折衝の際に、准将が連れてきた3人のうちの1人だ。察するに、准将とはそういう関係か?


「……ええと、連盟の、ビスカイーノ准将だ」

「同じく、リオル准尉であります!船務科でレーダー担当、そして、この准将閣下の恋人をしてます!」

「おう、俺はレティシア。こいつの嫁だ。んで、横で手羽先食ってるこいつが2人目の嫁、皇女のリーナだ」


 奇妙な紹介もあったもんだな。特に「2人目の嫁」のところで、あちらは呆れているぞ。

 食欲優先のカテリーナとザハラー以外は、突然現れた連盟士官の姿に、さすがに警戒している。レティシアは、その空気を知ってか知らずか、僕とレティシアが座る席に、その2人を招き入れる。

 一触即発。異文化どころではない。異陣営交流がスタートした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本国から文字通り遠く離れた地なんだから連合も連盟も関係なしで仲良くってできないのですかね。 レティシアみたいなムードメーカーがもっといれぱ可能かも? フタバは、すでに連盟艦に入り浸ってそう…
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