#137 上陸許可
「なんだと!?ヤブミ准将、どういうことだ!」
僕は今、地球1019に駐留する地球760遠征艦隊総司令官、カントループ大将と話をしている。
「はっ、戦時条約に則り、彼らの降伏を受け入れた後に、武装解除を実行。たった今、彼らを連行中です」
「いや、その後だ!地球1019への上陸許可を出したというのは、本当か!?」
そこで僕は初めて、この総司令官に彼らに上陸許可を出したことを伝える。
「はい、それも戦時条約の通例に則り、許可を出しました」
「わざわざ上陸などさせる必要はないだろう!何を考えている!」
この地球760の大将閣下相手に、あれ?僕、何かやっちゃいました?とでも言わんばかりにとぼけて見せるが、僕は敢えて大将閣下がこう出ることを当然、予想した上で話している。
「そもそも補給が必要なら、宇宙空間にて実行すれば良いだけではないか!貴艦隊にも、随行する戦艦はあるだろう!」
「いえ、地球760からの急な要請に応じる為、大急ぎで進発したため、我が艦隊の戦艦キヨスは準備が追い付かず、まだ到着しておりません。残念ながら、現状では地球1019にて補給する他、ありませんが」
そこでカントループ大将は、返す言葉につまる。そう、結局、彼らはこの連盟艦隊100隻を上陸させざるをえない。そうなることを僕はすでに予想していた。
我が第8艦隊の戦艦がなくとも、地球760の遠征艦隊の戦艦にて補給作業をすれば良い。そうなれば、地球1019への上陸は不要となる。
だが、この宙域には連盟軍はいない。このことが、地球760遠征艦隊は、随行する戦艦の数を極端に減らしてしまう口実となる。実際に今、この宙域にいる地球760所属の戦艦は、たった1隻しかいない。
遠征中の戦艦の維持は、お金がかかる。何せ一隻あたり、2万人もの人員を乗せているから、その人件費、補給物資、エネルギー代が馬鹿にならないほどかかる。連盟軍が来ないと分かっていれば、宇宙空間に展開する艦艇を減らせるから、そんな高コストな船をわざわざ呼び寄せたりしないで済む。
たった一隻では、周辺宙域にいる地球760遠征艦隊の艦艇を賄うのが精いっぱいだ。とても連盟軍100隻を受け入れる余裕などない。
それゆえに、降伏した連盟艦隊には戦時条約で定められた通り、必要な補給を行うためには、上陸させるほかない。そこまで見越しての判断だ。
「……仕方あるまい。ヘルクシンキ近傍ならば、上陸を認める。だが、貴官の責任において行うこと、それが、条件だ!」
「はっ!承知致しました!」
なんとか、ここの総指揮官の了解を取り付けた。これで、心置きなく大気圏突入まではできる。
が、問題は、その先だ。
どうやって、彼らを向こうの銀河に帰還させる?
「作戦参謀、意見具申!」
と、通信を終えたばかりの僕に、ジラティワット少佐が意見具申を求める。
「なんだ?」
「こう言っては何ですが、彼らをこのまま始末してしまうという選択肢もありますが」
随分と、阿漕なことを口にする参謀役だ。だが、言わんとすることは分かる。
ここは、連盟軍にとっては未知の領域。つまり、今現在はまだ、彼らの力の及ばぬ場所、ということになる。
で、あれば、敢えて条約を遵守する理由がない。ましてや、彼らを帰還させる途上で、ここの航路がバレてしまう可能性だってある。ならば、口封じも兼ねて、彼らを消してしまった方が……
僕は、ジラティワット少佐に応える。
「いやダメだ。後味が悪すぎる」
僕はこの参謀の意見を却下する。たとえここが、連合のみの力の及ぶ場所だと分かっていても、戦時条約を遵守する相手を裏切るなど、やはり人の道に反する行為だ。
相手は、まさに宿敵である地球023。だが、なればこそ我々は、筋を通さなくはならない。長い目で見ればそれが、この戦争状態を終結させる一番の近道となるかもしれない。
つい直感で決めてしまったが、今度の上陸許可も、我々への印象を変えることにつながるかもしれない。神秘の地球型惑星への訪問。それ自体が、連盟軍の乗員、特にあの指揮官にとっては魅力的なはずだ。降伏により、ただ船体の一部を破壊されて帰るよりも、大いなる手土産となる。おそらく僕は、心のどこかでそう考えて、この提案を行った。
さて、僕の応えを受けて、ジラティワット少佐が続ける。
「そうおっしゃるだろうと、思っておりました。そこで私から、彼らの帰還作戦を具申します」
「帰還作戦?」
「はい、彼らにここまでの航路を知られることなく、帰す作戦です」
「分かった。聞こうか」
「はっ。ですがこれは、すぐには実行できません。準備には、1週間ほどかかるのですが……」
そして僕は、ジラティワット少佐の作戦提案を聞く。
◇◇◇
「閣下、作戦参謀、意見具申」
「なんだ?」
「意見というか、懸念です。我々は今、最も危機的状況にあります。彼らは条約を無視して、武装解除した我々を消しにかかるかもしれません」
武装解除を終えて、地球001のロングボウズ、いや、第8艦隊に追従する我が第12小隊100隻。ソロサバル中佐に言われなくとも、危機的状況にあるのは明らかだ。
ここは、我々連盟側の力の及ばない場所。ということは、戦時条約など遵守する必要もない宙域、ということになる。ということは、いつ条約違反をされても、おかしくはないということになる。彼らとて、いつ心変わりするかどうかなど、分からない。中佐の懸念は、もっともだ。
「いや……そのつもりなら、武装解除時にそうしていただろう。わざわざ、今を狙う理由がない」
「そうでしょうか?」
「まあいい、中佐の懸念通りのことが起こっても、今さらどうにもできない。運を天に、いや、あの准将に委ねるだけだ」
そう応えるのが、今の私の精一杯だ。戦闘艦隊の指揮官でありながら、自らの身を守ることすらできない。なんと虚しい立場か。
今、我々の宿敵は20キロ前方にいて、我々を案内している。今のところ、豹変する気配はない。至って普通に、艦隊を組んで順調に航行している。
もっとも、灰色の艦隊と赤褐色の我が艦隊とが、並んで航行すること事態が異常だ。武装解除していなければ、我々にあれほど無防備に後方を見せびらかして前進するなど、ありえないことだろう。
「敵……いえ、地球001、第8艦隊より入電!」
と、その時、通信士が叫ぶ。一瞬、緊張が走る。
「なんだ!」
「はっ!まもなく、地球1019へ到着、惑星表面地形図、及び着陸地点を指示する、以上です!」
なんとまあ、わざわざ地形図まで送ってきた。我々に対する警戒心はないのか?いや、この程度の情報、漏れたところで大したことがないと、そう考えているのだろうか?
が、送信されてきた地形図をみて、船務科の一人が叫ぶ。
「なんだ、これは……!?」
その声を聞いて、私はその士官の元へ向かう。モニターには、地球型惑星の地形図が映し出されている。
「何か、おかしなところがあるのか?」
「おかしいなんてものじゃありません!半径が、通常の地球型惑星の2倍もあります!」
「は?2倍だと?」
それは確かにおかしい。まさかここは、本当に大型の惑星だというのか?それともこの星をカムフラージュするため、敢えてスケールのおかしいデータを送信してきたというのか?
おそらくは、後者の可能性が高い。半径2倍の惑星など、普通の人間ならとてもその重力に耐えられないだろう。しかし、なぜそのようなダミーデータを投げる必要があるのか?これまでの紳士的対応からの、意外な方向への豹変に、我々は戸惑わずにはいられない。
「地球型惑星まで、距離70万キロ!光学観測!」
と、その地球1019が目前に迫ってきた。観測員が、その姿を捉える。だが、観測員からの報告に、我々はさっきまでの考えを改めざるをえなくなる。
「は、半径1万2千キロ、確かに通常の倍の半径です!」
なんということだ。ということはつまり、本当に大型惑星だというのか?
だが、彼らはなんの躊躇いもなく前進を続ける。まさか、あの惑星に本気で降り立とうというのか?いや、とんでもない重力で、とても耐えられないのではないか?
「再び、第8艦隊より通信!」
通信士が叫ぶ。私は応える。
「読み上げろ!」
「はっ!当該惑星は、半径2倍、重力加速度は同じ、それを考慮されたし、以上です!」
は?重力加速度は同じ?どういうことだ。密度が違うのか?
しかし、表面には普通の地球型惑星と同じく、海が見える。であれば、経験上はほぼ同じ密度のはずだ。となれば、半径が2倍で、質量が8倍となるはずだから、引力は……少なくとも表面引力は、倍になる計算だ。
が、あちらがそういうのだから仕方ない。我々はその前提をインプットする。その間にも、この大きな地球型惑星への接近を続ける。
「見えました!地形照合、着陸指定場所です!」
見ると、前方の灰色の艦隊も徐々に高度を下げ始めている。我々も続く。
「全艦に伝達!大気圏突入を開始!」
◇◇◇
「高度3万、対地速度600、ヘルクシンキまで、あと300キロ!」
再び僕は、この奇妙な星に帰ってきた。まさか、これほど早く帰ることになるとは、夢にも思わなかった。しかも、連盟軍艦艇100隻を連れて。
「おい、カズキ殿!まだ、ヘルクシンキが見えないぞ!」
僕よりも興奮状態にあるのは、リーナだ。艦橋内の窓に張り付いて地上を眺めているが、300キロ先は霞んで見えない。バンバンと窓を叩いて僕に催促するも、そんなことをして早く到着するわけではないからやめて欲しい。まあ、久しぶりの故郷だ、興奮するのも無理はない。
後方10キロに、連盟軍艦艇100隻が連なる。指定場所は、ヘルクシンキ郊外、東に10キロの荒地。100隻程度なら十分着陸可能な広さがある。
あちらには、ヘルクシンキのみの訪問を許可している。ただし識別のため、軍服着用で、徒歩のみ。期限は、1週間。バスでも走っているといいのだが、残念ながらまだここには、そういうものはもたらされていない。
宇宙港の街は、建設が進んでいるようだが、まだドックが300隻分しかない。その一つに、この0001号艦は降りることになる。
「これで、良かったのだろうか?」
僕は呟く。それを聞いたジラティワット少佐が応える。
「分かりません。が、最良ではないにせよ、最悪でもないでしょう」
なんとも微妙な評価を下すこの軍参謀役に、僕は応える。
「確かに、最悪ではないな」
最悪なのは、条約を無視して彼らを謀殺してしまうこと、あるいは、彼らは我々と遭遇せず、そのまま燃料切れになるまで宇宙を漂いつつ、いずれ死を迎える。それが、最悪の事態だ。
そこへ行くと、この星への上陸許可を取り付け、その上、彼らを帰還させようというのだ。これ以上、何があるというのだ?
いや、連盟も連合も区別なく、互いを行き来できる状態こそが最良なのだろう。ジラティワット少佐は、そう言いたかったのではないか?
そんなことを考えながらも、我々はヘルクシンキへと迫る。連盟軍のことで頭がいっぱいだったが、テイヨ殿は元気だろうか?皇帝陛下に、インマヌエル殿下も、相変わらずだろうか?ここにきてようやく、そんなことを考える余裕が出てきた。
そして我々は、ヘルクシンキ郊外へと辿り着いた。




