#134 降伏受諾
「なんだって!?降伏!?」
「はっ、敵艦隊が、降伏の意思があると打電してきました。」
「ちょっと待て、まだ敵は一発も……いや、仕方あるまい。一旦後退する。全艦、砲撃中止だ!」
「はっ!砲撃中止!」
まだ、敵からは1発のビームも放たれていない。というのにもう、降伏の意思を表明してきた。
納得がいかない、というか、いまいち状況が飲み込めない。僕はジラティワット少佐に尋ねる。
「少佐は、どう思う?」
「はっ。一つ、考えられることがあります」
「なんだ?」
「あの艦隊、もしかすると、この宙域に迷い込んだのではありませんか?」
「……どういうことだ?」
「本来、ここを目指してやってきた艦隊ではない、ということです。我々の連合側でもごく稀に、ワープの際にどこか見知らぬ宙域に飛ばされてしまうという事象が発生しております。あの艦隊も、その現象に巻き込まれて、ここに迷い込んでしまったのではありませんか?」
「どうして、そう思う?根拠はあるのか」
「簡単です。やつらは1発も撃たずに、降伏を打診してきました。補給皆無の状況ならば、これは当然の判断でしょう」
「なるほど……確かに、少佐の言う通りだろうな」
言われてみれば、連盟軍の艦隊が高々5倍の敵を相手に戦闘も行わず、また後退も試みず降伏なんて、聞いたことがない。よほどの事情がないと、こんな奇妙な行動を選択する理由がない。
「交渉用バンドにて、敵艦隊に打電!戦時条約に則り、貴艦隊の降伏を受諾する、と!」
「はっ!」
予想外の敵艦隊の出現、しかし少佐の言う通り、ここに迷い込んだのだとしたら、敵にとってもまったく予想外の出来事が続いていることだろう。
ここが、銀河系内部でないことは、すぐに分かるはずだ。宇宙に慣れた者があの棒渦巻銀河を見れば、その程度のことはすぐに理解できる。
さて、それにしても厄介なことになった。敵の降伏を受け入れたはいいが、これからどうすればいい?
通例では、武装解除ののちに敵艦に発信機を取り付け、そのまま自力で帰還してもらうことになっている。降伏した敵を殺すわけにはいかないし、今さら多少の艦を破壊したところで、敵戦力に影響などありようがない。我々も、領域内で軍事行動にさえ起こせない状態にさえできていれば、そのまま自力で帰ってもらった方が楽だ。
だが、今回の場合は、その手が使えない。
やつらを自力で帰らせるということは、つまり、ここまでの航路を教えることになってしまう。そんなことをすれば、あの門の存在、そして地球ゼロと地球001との航路の存在がバレてしまう。
ここは、連盟軍の力の及ばぬところ、ということは、戦時条約を遵守する義務はない。いっそ、口封じのために……
いや、それは僕の趣味じゃないな。コールリッジ大将ならやりかねないだろうが、そういうのは、僕は嫌だ。
仕方がない、考えるか。航路を知られず、帰す方法を。ただでさえ、ここに呼び出されて何をさせられるのかも分からないのに、この上厄介ごとを抱えるのは、本望ではないのだが。
◇◇◇
「閣下、各艦より、攻撃再開の要請が大量に届いております」
ソロサバル中佐が、私に報告する。
「それはそうだろうな。一発も撃たないうちに、降伏だ。納得がいかなくて、当然だろう」
「いかがいたしましょう?このままでは、艦隊内部にて離反者が出かねません」
「離反したければ、すればいい。が、その結果、訪れる惨事に、私は責任を持てない」
まったく、今はどうにか命令を遵守してくれているが、不満だらけのようだ。が、補給もできないこの宙域で戦闘など、もっての外だ。
何とか、中佐は電文で説得を試みる。が、そんな我々の元に、大勢の乗員が押しかけてくる。
「閣下!お話があります!」
若い士官ばかりが集まり、私の席をぐるりと囲む。私は、応える。
「貴官らの言いたいことは分かる。だが、私は結論を変えるつもりはない」
「何故ですか!我が地球023の艦隊が、地球001の艦隊に一発も撃つことなく降伏などと、連盟艦隊の祖、メルヒオール提督が聞けば、きっとお嘆きになります!どうか、戦闘再開を!」
「ダメだ!貴官らには我々の現状が、分かっているのか!」
「分かってはおります。座標も見失ない、帰還の道も見出せない。ですが、不戦敗など、到底認めるわけには……」
「では、貴官らに問う。ここで戦闘を再開し、あの最新鋭艦の集まりであるロングボウズと撃ち合ったとする。我々は弾切れにより、数時間で戦闘不能となる。いや、その前にやつらは、強力な砲撃手段を備えている。一撃で、この100隻程度の艦隊を瞬時に消滅できるほどの砲だ。戦う前から、勝敗はすでに決している。となれば、犠牲を極力無くし、皆が生き残れる道を探るのが筋というものであろう」
「ですが閣下!我々同様、あちらもこの異空間に迷い込んだ者かもしれません!一方的にこちらが降伏するなど、どうにも我慢が……」
「その時は、あちらとて協力せざるを得ないだろう。元の宇宙に帰るべく、互いに情報を出し合う必要がある。なりふりなど、構ってはいられないだろう」
「ですが……」
なかなか、納得してくれないな。私は続ける。
「では聞くが、我々の目的とは何か?」
「はっ!連合の盟主である地球001を殲滅し、この宇宙に平和を取り戻すことです!」
「ならば、その目的遂行のために、今この絶望的状況で砲撃戦を行い、我が艦隊が損害を受けることは、得策であると思うか?」
「いえ、それは……」
「かのメルヒオール提督も、勝利よりも生存を優先させた。生き残ってこそ、目標達成が叶う。死んでしまえば、それまでだ。だから私は、たとえ一時の恥辱を受けるとも、生き残る方を選んだ。そういうことだ」
これを聞いた士官らは黙り込む。そして、私に敬礼して、その場を去る。これはつまり、彼らなりに恭順の意を示したということだろう。
「閣下!各艦長より、直接通信です!閣下に意見具申したいと!」
やれやれ、他の艦の説得もしなきゃならないか。私はその通信士に応える。
「分かった。こちらにつなげてくれ。」
私の目の前のモニターには、99隻分の艦長らの顔がずらりと並んでいる。敬礼する彼らに、私は返礼で応える。
『0010号艦艦長、エスパルサ大佐であります!閣下に今一度、再考していただきたく、意見具申致します』
なぜ、こちらの決定に素直に従わないのだろうか?ちょっと考えれば、戦闘どころではないことくらい分かるだろうに。さっきの士官らを説得したのと同じ話を、私は再び続けることになる。
◇◇◇
「あれからなかなか、動きがないな」
僕は、ジラティワット少佐に呟く。
「ええ、ですが、何が起きているのかは分かる気がします」
「……何か起きているのか?」
「一発も撃たずに降伏したですよ。納得のいかない兵士らが一斉に反発して、騒いでいるんじゃないでしょうか。それを今、必死に説得してるんだと思います」
ああ、なるほど、言われてみれば、その通りだろうな。もし我々の艦隊でも同様のことをすれば、内部で一斉に反発が起きるはずだ。
しかし、説得できるんだろうか?100隻ということは、1万人もの乗員がいることになる。それを全部説得するなど、不可能とは言わないが、時間がかかる。
「おい、カズキ殿、さっきから何をしておるのだ?」
その状況に納得ができない人物が、ここにもいる。リーナは陣形図を見つつ、この不可解な対峙に疑問を呈する。
「あちらが、降伏を申し出てきた。だから我々は、あちらの動きを待っているところだ」
「なんだその悠長な対応は。さっさと撃って沈めてしまえばいいではないか」
「そういうわけにはいかない。敵とはいえ、戦時条約を交わしている相手である以上、それに従わなくてはならない」
「戦時条約?何だそれは」
「戦争をしている相手と交わす条約だ。例えば、我々連合と、敵である連盟とを区別するために、決められた艦の色を使うことになっている。これもその戦時条約で決られていることだ。そこに、降伏を申し出てきた相手への対応に関する決まりもある」
「戦争する相手と条約などと……妙なことをするものだな」
そりゃあリーナから見れば、妙かもしれないが、そういう決まり事も必要だ。
だが、考えてみればリーナは今まで、そんな条約など交わせない相手と戦ってきたんだった。それどころか、言葉すら通じない。魔物との戦闘は、あちらが逃げるか、こちらがやられるかのどちらかしかない。そんな戦闘が日常だったリーナには、戦時条約というものが奇妙に映るだろう。
「……どれくらい、かかるんだろうな」
「さあ……しかし、1万人ですからね」
「そうだな。ところで少佐」
「何でしょう?」
「こっちからも、不満は出ていないか?」
「はっ、約1名、攻撃再開すべきと意見具申している戦隊長がおります」
「ああ、そうか……まあいい、放っておこう」
「はっ!」
その戦隊長が誰か、すぐに分かる。ジラティワット少佐は誤魔化したが、どうせエルナンデス大佐だろう。相手にするだけ無駄だし、あちらもこれ以上の手段には出まい。今度こそ、解任だからな。
しかし、あまりかかるようでは、エルナンデス大佐以外からも声が上がりかねない。いつまでも返信がないことへの不信が、他の戦隊長や士官から出てこないとも限らない。こちらも、説得を覚悟した方が良さそうだな。
と思った矢先、待ちに待った敵からの返信が来た。
「敵艦隊旗艦、1101号艦より入電!これより当艦は、降伏手続きのため、前進を開始する!発、地球023、第2艦隊第12小隊司令、ビスカイーノ准将!以上です!」




