#133 迷い艦隊
「ワープまで、あと2分!」
「砲撃戦用意!これより先、連合の宙域に入るぞ!気を抜くな!」
「はっ!」
私は幕僚のソロサバル中佐に、戦闘準備を命じる。けたたましいサイレン音が鳴り響き、砲撃戦の準備が行われる。
私の名前は、アレハンドラ・ディアス・ビスカイーノ。地球023、第2艦隊所属の第12小隊の小艦隊司令官を務めている。階級は、准将。
たった100隻だが、我が連盟では精鋭の部隊。おまけに、地球001の連中に対抗するために作られた、最新鋭の艦艇で固められた、いわば実験艦隊。といっても、機関の出力がせいぜい10パーセントほど高いだけに過ぎない。連合の奴らが持つ機関に比べたら、はるかに出力が小さい。
ますます、連合の奴らとは技術の差が広がっていくな。このままではいずれ、致命的な差になるのではないのか?そんな不安と共に、私はこの艦隊を指揮する。
そういえば、奴らにも実験艦隊が存在するようだ。ここ1年ほど前に現れた、あの長い船体ばかりの艦艇をもつ艦隊。異様に長い駆逐艦ばかりを揃えたその艦隊のことを、我々は「長弓艦隊」と呼ぶ。
そのロングボウズだが、つい先日、我々の宙域に突如現れた。中性子星のそばを悠々と航行していたそのロングボウズを捕捉した我が第2艦隊3千隻が、ロングボウズを包囲、撃滅すべく中性子星へと追い込む作戦に出る。
我々は、上手く包囲した。普通ならば、全滅とはいかなくとも致命傷となりうるほどの、まさに戦術の教科書の手本といえるほどの完璧な包囲戦だった。が、あろうことか奴らはその一部を突出させて、人型重機を投入して近接戦闘を挑んできた。
僚艦を多数失い、そこに開けられた穴から、いともたやすく包囲網を抜けていった。まさかとは思うが、あの戦術を見せつけるために奴らは、あえて包囲網の内側に飛び込んだのではないのか?そう思うほどの、見事な離脱っぷりだ。
その人型重機にも、10隻を沈めたという強者が報告されている。ただでさえあのロングボウズには、異常なまでの命中率を誇る艦艇や、我々の切り札だった電波吸収の星間物質でレーダーから身を隠す「隠密梱包」を見抜く技、そして極め付けは、3倍砲撃を数秒間持続可能な、数百隻を一気に消滅できるあの強力な砲撃手段まで保有する。そんなものを持つやつらが、さらに接近戦という今までの宇宙戦闘ではあり得ない戦術まで駆使して、我々を圧倒してきた。
あのロングボウズの出現により、地球023でも議論になりつつある。徹底抗戦派と、条約締結派の2つの派閥が、激論を交えるようになった。これまでは、徹底抗戦派が圧倒的で、我が連盟の設立目的である地球001の殲滅をなしうるその日まで、攻勢に次ぐ攻勢を仕掛けて相手を磨耗させる、戦略ともいえない戦略を主張する議員が、大部分を占めていた。
が、ここにきて、我々を圧倒的する兵器を駆使するたった500隻の艦隊に振り回され始めている。しかも、あの艦隊を有する地球001の連中は、白色矮星域を完全掌握した。これまで守勢防衛に徹すると思われた地球001が、攻勢にで始めた。それと時を同じくして、実験艦隊への新戦術の投入。あれが一個艦隊規模で導入されたら、我が地球023の艦隊など、ひとたまりもない……
「ワームホール帯まで、あと300……200……100……ワープ!」
「超空間ドライブ作動!ワープ開始!」
などと思考を巡らせていたら、ワープが開始されてしまった。いかんいかん、この先は敵地。気を抜いていられる状況ではない。
真っ暗なワープ空間に入る。ものの数秒で、この空間を抜けて……のはずだが、妙に長い。
「……おい、ちょっと長くないか?」
すでに20秒は経過している。おかしいな、このワームホール帯は何度か通っているが、これほど長いワープは経験がない。私は航海長に尋ねる。
「確かに、おかしいですね……いえ、ワープ空間、抜けます!」
長いワープではあったが、幸いにもワープ空間を抜けることができた。が、いきなり敵と遭遇する可能性もある。
「周囲の警戒、怠るな!状況報告!」
「レーダーに感なし!周囲400万キロ以内に、敵影なし!」
幸い、敵の艦隊との遭遇戦は避けられたようだ。ここまでは順調。このまま、我が艦隊は前進し、目的を果たす。
今回の我々の任務は、強行偵察だ。敵艦隊の集結地点などを把握し、今後の攻勢に備える。そのためには、この中性子星域を抜けて、白色矮星域に向かわねば……
「艦長!大変です!」
と、突然、船務科の一人が叫ぶ。
「どうした!」
ラワーザ艦長が叫ぶ。何か、問題が起きたようだ。
「基準座標が……定まりません!」
「何!?どういうことだ!」
おかしなことを言う。この宙域での座標原点は、中性子星だ。あれを捉えれば、基準座標など簡単に割り出せるだろう。
「それが……ないんです、中性子星が!」
「そんなはずはないだろう、ちゃんと確認しろ!」
「いえ、どの方向にも、中性子星がないんです!代わりに、太陽型恒星を確認するのみ!」
「待て、確かにここは中性子星域のはずだぞ!?航路図通りに突入して……」
「艦長!」
と、別の乗員が叫ぶ。
「今度はなんだ?」
「星図照合が、取れません!」
「なんだと!?」
「ここの星の配列が、異常です!こんな星図、見たことがありません!」
「何を言っているのだ、そんなはずはない、よく確認しろ!」
先ほどから、艦内が混乱状態だ。異常事態ではあるが、経験したことのない異常事態だ。一体、何が起こっている?
「閣下、僚艦からも、次々に報告が入っております」
「報告とは、なんだ?」
「はい、この艦内の混乱と、ほぼ同じ内容です。基準座標ロスト、太陽型恒星の視認、そして、星図異常の報告が相次いでいます」
「こちらでも確認中だと返信しろ。ともかく、艦列を乱すなと伝えるんだ」
「はっ!」
嫌な予感がする。この艦だけの事象ではないようだ。しかし、報告の内容を聞く限りでは、全く違う場所にワープしてしまったとしか考えられない。だが、それにしてもだ、星図まで確認できないとはどういうことだ?
仮に間違ったワープ航路を辿ってしまったとしても、星の配置から現在位置を割り出すことは可能だ。長くても4、5分もあれば、自動的にその位置を割り出せる。だが、すでに10分近くも経っているというのに、一向にその位置が割り出せない。
私は、司令官席を立ち上がる。そして、窓際へと向かう。星図が役に立たない以上、目視しか頼れるものはない。
そして私は、窓の外を見た。
その瞬間、全てを悟る。
「なんだ……あの星団は……?」
私がようやく絞り出したのは、この一言だ。それほどまでに衝撃的な事実が、私を襲う。
「閣下、どうなされましたか!?」
「ソロサバル中佐……あれを、なんだと思う」
私が指差す先を、我が艦隊の幕僚が見る。と同時に、言葉を失う。
「……棒渦巻銀河……」
ようやく、中佐から言葉が出てくる。だがそれは、非常なまでの現実を突きつける言葉でもあった。
「やはり、中佐にもそう見えるか」
「はっ、しかし……あんなものがこれほど間近に見える場所など、銀河系のどこにも存在しません!」
「ああ、分かっている。分かっているから、混乱しているんだ」
我々がこの宇宙に出るようになって、すでに200年以上が経つ。その長い歴史の中で、ごく稀に起こる現象がある。
それは、全く異なる「宇宙」に辿り着いてしまった、というものだ。
これまでも、多くの行方不明船が存在する。が、ほんの数例、そこから帰ってきた船がいる。その船員らの証言にあった宇宙で見られたという星図が今、目の前に広がっている。
つまりだ、我々は、見ず知らずの宇宙に迷い込んでしまった。そう結論づけるしかない。
だが、どうやってこの事実を、全艦に伝える?
「閣下、どうなさいますか?」
幕僚のソロサバル中佐が、私に尋ねる。私は応える。
「まずは、事実を伝えよう。我々はおそらく、銀河系外のどこかに出てしまった。その上で、司令部にて対応を検討中だと伝えよ」
「はっ!」
とは言ったものの、何をどう、対応すれば良いのか見当もつかない。だが、そう言わねば混乱を招く。何はともあれ、混乱はまずい。
全艦へ状況を伝達してもらったものの、かえって混乱する。当然だが、どのように対処するのかと言う質問ばかりが各艦から飛んでくる。そんなこと、こっちが聞きたいくらいだ。私はとりあえず、どこか位置を特定できそうな星の配列なり、銀河なりがないかを調べさせる。
と同時に、我々がワープアウトした場所に、ワームホール帯がないかを調べさせる。が、すでに消えてしまったようで、ワームホール帯を捉えられない。というか、この周辺宙域にはどこにも、ワームホール帯がない。
場所も分からず、引き返す道すら失ってしまった……こっちの気持ちも知らないで、各艦からは問い合わせが相次ぐ。私はすっかり、困り果ててしまう。
が、さらにこの状況を悪化させる事態が発生する。
「れ、レーダーに感!距離、300万キロ!艦影多数、およそ500!」
なんだって?こんなところに艦影?まさか、我々以外の他の艦艇もいるのか?
だが、その艦隊の素性が分かると、それは期待から戦慄へと変わる。
「光学観測!艦色視認、明灰白色!連合艦隊です!」
「船体長、450メートル!あれは……間違いありません!ロングボウズです!」
ただでさえ、混乱にある我々の艦隊の前に、最強の宿敵とも言える艦隊が現れた。だが、これはかえって、目の前の現実を忘れさせてくれる。
「全艦に伝達、戦闘配備!横陣形に転換しつつ、敵艦隊との戦闘に備え!」
◇◇◇
「全艦、戦闘配備!横陣形に転換!」
僕は、すぐに指令を出す。あちらの艦隊も動き出した。
だが、僕はこの状況から解釈される事実について考えていた。この異銀河に、連盟艦隊が現れた。ということはやつら、この宙域への航路を確保したと言うことか?
だとすると、いろいろとまずい状況になる。このワームホール帯のある門の存在が知れれば、我が地球001への近道がバレてしまうこととなり、安全保障上の問題が生じる。それだけではない、この宙域が、新たな戦場となる。
地球1019は、連盟軍との戦闘とは無縁の場所となるはずだった。ここに至る航路は、彼らにはまだ知られていない、という前提があるからだ。しかし、そうでなければ、ここは我々の宇宙と同じく、戦乱の場となる。
「敵の艦隊は100隻。いかがいたしますか?」
「5倍の兵力差なら、凝った戦術など不要だ。とにかく、敵艦隊をこの宙域から追い出すべく圧倒する」
「はっ!」
まあ、先のことを詮索するのはやめておこう。今はただ、目の前の事態に対処するしかない。
ナゴヤ時間で、西暦2490年10月1日、午後3時7分。僕らは異なる銀河、もしくは異なるこの宇宙で、連盟艦隊を発見する。
つまり、彼らとの銀河系外での遭遇戦を行う、歴史的瞬間を迎える。
「敵艦隊まで、あと70万キロ!」
互いに急速接近し、横一線の陣形を保ったまま、向かい合う2つの艦隊。陣形図を見るに、こちらの方が圧倒的に多い。おそらくあれは、敵の強行偵察隊か何かだろう。連盟軍がよく送り込んでくる規模の偵察目的の艦隊と思われる。
30分もすると、互いの距離は50万キロを切る。いよいよ、戦闘は避けられない。
「敵艦隊まで、あと46万キロ!射程内まで、あと2分!」
「全艦、砲撃戦用意!」
「了解、全艦、砲撃戦用意!」
歴史的な艦隊戦が、まさに始まろうとしている。しかし、この宙域で連盟軍と砲火を交える日がこれほど早く訪れるなどとは、僕は考えてもいなかった。
しかし、これが現実だ。受け入れるしかない。
「距離45万キロ!射程圏内です!」
「全艦に伝達、砲撃戦開始!」
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
『砲撃管制室より艦橋!撃ちーかた始め!』
ついに、戦いの火蓋が切られた。甲高い、いつもの装填音が鳴り響く。その9秒後には、初弾が放たれる。
「目標ナンバー032に命中!バリアにて防御!」
まだあちらは射程圏外だ。防御に徹する他はない。カテリーナといえども、通常砲撃で盾をかざしたまま前進する敵を、沈めることはできない。
僕は、下令する。
「このまま、数にものを言わせて圧倒する!効力射!攻撃を続行!」
「はっ!」
◇◇◇
「敵の砲撃、始まりました!」
「回避運動しつつ、バリア展開!」
「はっ!」
私は、悩んでいた。すでに敵は戦闘を開始した。だが、ここでの戦闘は、我々にとっては死期を早めるだけのことではないのか?
補給皆無で、しかも位置も分からぬこの宙域で、戦闘などしている場合ではない。だが、奴らはなんの躊躇いもなく攻撃してくる。どう言うことなのか?
向こう側の状況には、2通り考えられる。
我々と同じ、迷い艦隊となっているのか、それとも彼らはすでにここまでの航路を確保しているのか?の2つだ。
前者ならば、戦闘など避けて、互いに協力し、帰る方法を見出すべきだろう。にもかかわらず、彼らは攻撃を仕掛けてきた。あのロングボウズの指揮官は、その程度のことも考えられないのか?
いや、私はもう一つの可能性、つまり後者について考えている。
攻撃開始まで、全く躊躇いがない。ということはやつら、すでにここまでの航路を確立しているということではないのか?少なくとも、補給線の確保はできているのではないか?躊躇することなく戦闘が開始できるということは、その事実の裏返しでもある。
ということはだ、ますます我々は、戦闘により不利になる。そうなれば、我々に残された道は、全滅のみだ。
となればここは、なんとしてでも戦闘を回避する以外に、我々に道はない、ということにならないか?
「距離31万キロ!まもなく、射程圏内です!」
こちらの砲撃可能距離まで、あとわずかとなった。このまま砲火を交えれば、相手の状況はどうあれ、我々はどちらにしても絶望しか無くなる。
私は、決断をする。
「ソロサバル中佐!敵艦隊に、我が艦隊の降伏の意思があると伝えよ!戦闘回避を、優先する!」




