#131 要請
「おい、カズキ殿!味噌カツ、おかわりだ!」
あの包囲網突破作戦から5日。ペリアテーノに帰還し、僕ら3人はあのとんかつ屋にいる。味噌カツ定食のおかわりをせがむのは、戦闘直後に食事もできないほど落ち込んでいた、あの人物だ。
どうやら、火だるまになった哨戒機を目の当たりにして、あのフィルディランド皇国の皇都を追われた日々を思い出してしまったらしい。あれは、リーナにとってはトラウマともいうべき出来事だった。
が、復活も早い。翌日にはもう、2人前を食べる日々が戻ってきた。剣術の訓練も再開する。考えてみれば、今までも幾多の凄惨な戦場を経験しているんだ。こいつは、我々が想像するようなやわな皇女ではない。
「いやあ、よく食うねぇ、大将の2人目の奥さんは」
店主もすっかりリーナのことが気に入ったようだ。それはそうだろう。何せ、2人前をきっちり食べる。売り上げに貢献しつつも、丹精込めて作ったカツを、味わいながら食べてくれる。これほど歓迎すべき客はいない。
「んまいあおおいおあう!」
食いながらしゃべられても、何を言っているのか分からんぞ。だが、美味いと言ってることだけは理解できる。
だが、僕は今、複雑な心境だ。
「ところで大将、なんだか元気ねえな」
それを察した店主が、僕に声をかける。
「まあな……ちょっと、厄介な指令を受けたばかりだからな」
「厄介な指令?また戦さですかい?」
「いや、臨時派遣だ」
「派遣って……どこに?」
「地球1019だ」
「ええーっ!?大将、またこの星を離れるんですかい!?」
それを聞いた店主は、大いに驚く。そりゃそうだろう。僕だって驚いている。やっとこっちに帰ってきたばかりだっていうのに、またあの星に赴くよう指令を受けたわけだからな。
「なんだってまた、あっちの星に向かうんで?」
「ああ、その星に駐留する地球760からの要請で、派遣が決まった。期限は3か月だ」
「そうなんですかい……でもこっちに戻ってきてまだ、ひと月程しかたっちゃいないんですぜ?で、いつ向かうんで?」
「1週間後だ」
「また、急な話ですねぇ。何があったんですか?」
「分からん。ちらっと聞いているのは、どうやら魔物絡みのようだが」
その話を聞いていたリーナが、店主との会話に入ってくる。
「そうだ、魔物がどうしたというのか!?まさかまた、黒い霧が広がってきたというのか!?」
「いや、そうではないらしい。が、再び魔物が、ゴーレム山周辺の森に頻繁に出没するようになってきたということだ」
「黒い霧がないのに、魔物が出没するのか?」
「リーナも言っていただろう。霧の中でなくても生きられる魔物がいると」
「いや、ゴブリンくらいのものだぞ。あれくらいならさほど、脅威でもなかろう」
「そう思うのだが……とにかく、要請を出してくるくらいの問題が起こっているらしい。命令とあれば、行かざるを得ないだろう」
「だけどよ、こんな平和な星よりも、よっぽどかあっちの方が面白そうだぜ!俺は楽しみだけどなぁ!」
味噌カツを頬張りながらも、嬉しそうに語るレティシア。しかし、せっかくこちらで腰を据えられるかと思っていたのに、また異銀河に向かう羽目になるのか。
そういえば、今は「異銀河」とは呼ばなくなっていたな。あの銀河のことを今は「サンサルバドル銀河」と呼んでいる。
我が地球001に大昔、大西洋を超えてアメリカ大陸に上陸を果たしたコロンブスが、最初に上陸した島を「サン・サルバドル島」と名付けた。その故事に倣ってつけられた名前だ。
しかし、島どころか、銀河だぞ……ちなみに、すぐ隣にある棒渦巻銀河は、「フアナ銀河」と名付けられている。コロンブスが2番目に見つけた島の名前だ。適当だなぁ。
ともかく、僕は地球001政府から直接、そのサンサルバドル銀河に向かえとの指令を受けた。当然、リーナも連れて行くことになる。いや、それ以外にも連れて行く人物がいるのだが……
「おまったせ!」
と、そこに現れたのは、その人物だ。ようやく来たか……僕は応える。
「おい、フタバ。今までどこに行っていたんだ?」
「南の方だよ。ザハちゃんを拾ったサンレードの向こうにも、なんか大きな国があってさ。めちゃくちゃ海が綺麗な国でね、バル君と一緒にバカンスをキメてたんだよ」
「おう、フタバ、元気そうだな。また焼けたんじゃないのか?」
「そりゃあ、海水浴三昧だったからね」
「海水浴?おい、フタバ!海水浴とはなんだ!?」
「ああ、そうか。リーちゃんは海水浴知らないんだ。ええとね、下着同然の水着っていうものを着てね、海でギャアギャア騒ぐんだよ」
「下着同然の姿で騒ぐ……それの何が面白いのだ?」
その雑な説明からも垣間見えるが、随分と呑気な日々を送っていたんだな、こいつは。こっちはこの2人の相手をしていた上に、戦闘までやってたんだがな。
「……で、例によって、バルサム殿の力を借りなきゃならないかもしれない。現地住人との接触もありうるからな、もしかしたら、フタバの交渉力も必要になるかもしれない。そもそも、地球001政府直々の指令だからな。ということで、2人には同行してもらう」
「アイアイサー!ちょうどこの星にも飽きてきたところなのよねぇ。ねえねえ、バル君、どこ行こうか?」
「うーんそうだね、フタバ。私はあったかいところがいいかな」
なんだか、すっかりいい雰囲気の夫婦だな。僕が引き合わせた時は、散々文句を言われた気がするが。
「で、いつ出発するのよ!?」
「メールに書いてあるだろう。1週間後だ。ナゴヤ時間で、西暦2890年の9月30日だ」
「そっか、それじゃあバル君、それまでペリアテーノでも観光しよっか」
「いいよ、フタバ。じゃあ、私が以前住んでいたところに行ってみようか」
「行こう行こう!今から行こう!じゃあカズキ、そういうことだから、じゃあね!」
いきなりなんの前触れもなく現れて、そして去っていった。海岸に寄せる波のようだ。しかも、かなりの大波。にしても、相変わらず落ち着きがないな。付き合わされるバルサム殿も大変だ。
「なんだよ、味噌カツくらい、食っていけばいいのによ」
あまりの引き際の速さに、呆れるレティシア。だが、特段それ以上追求することなく、再び食事に戻る。まあ、いつものことだからな。
とまあ、そんなとんかつ屋を後にする。で、再び食料品売り場で大量調達の後、荷物を抱えて家路に着く。
せっかく車でも買おうかと思っていたところだが、またここを離れるとなると、ちょっと買えないなぁ……ということで、カート3杯分の荷物をレティシアが抱えたまま、徒歩で向かう。
「そうだ、あと1週間しかないのなら、平民街に行かねばな」
「そりゃいいが……平民街に行ってどうするんだ?」
「ラーメンだ。ラーメンを食うぞ」
最初に行った時はお前、民の暮らしを知るためとかどうとか言っていただろう。目的の質が大幅に低下しているぞ。いいのかそれで。
と、その途中に公園がある。その公園のベンチを見ると、なんだか痛い姿の女が見える。
ああ、あれはカテリーナだな。その隣にいるナイン大尉と共に、ベンチに座って何かを食べている。こいつ、砲撃以外はいつも何かを食べている姿しか印象がないな。
「おう、ナインとカテリーナじゃねえか」
大きな荷物を抱えたまま、レティシアが声をかける。するとナイン大尉が立ち上がり、こちらに向かって敬礼する。
「ああ、今はオフだから、そういうのはいい」
「いえ、上官ですから……ところで、提督はこんなところで何を?」
「……まあ、買い物の帰りだ」
尋ねるナイン大尉だが、レティシアの荷物を見て、その回答の意を察する。
「おい、カテリーナ!それ、どこで手に入れた!?」
僕と大尉のこのやりとりの間に、リーナはカテリーナの食べている串に刺さったそれの入手先を尋ねている。で、カテリーナはにやっと笑みを浮かべると、公園の奥を指差す。
「そうか!あれか!」
僕が止める間も無く、すっ飛んでいくリーナ。ああ、まだ食うのか、こいつは。
「いや、おううあいあおえあ!」
何か食いながら帰ってきたぞ。おいリーナよ、だから食いながら話すんじゃない。何を言っているのか……まあ、大体わかる気もするが。
にしてもこの2人が食べているのは、オオス五平餅だな。団子上の五平餅を串に刺して、くるみダレと味噌ダレの2種類の味のタレが楽しめる、そんな独特のオオス名物が、こんなところにまで進出していたとは。
うう、なんだか文化汚染が相当進んでいる気がするぞ。ここは宇宙港の街だからまだいいが、平民街や社交界を見ると、その深刻さがうかがえる。
それをペリアテーノの貴族に最初に紹介しちゃった者としては、後ろめたいな……まさか、ここまで広がるとは思わなかった。
「おい、リーナ!さっさと帰るぞ!」
「おお、すまんすまん!思わずこの五平餅とやらを堪能してしまった。ではカテリーナよ、またな」
まだひと串分を持って、カテリーナに手をあげてベンチを立ち上がるリーナ。それをカテリーナは、無言で手をあげて応える。にしてもカテリーナよ、なぜかリーナに対してあの独特の微笑みの表情を見せるのには、どういう意味があるんだ?
「はぁ〜、やっと着いたぜ」
ドカンと玄関に、今日買ったものを積み上げるレティシア。ついついレティシアの怪力に頼ってしまうが、そろそろ台車ぐらい買った方がいいかな。
平穏な日々が過ごせると思っていたこの星の生活も、あと1週間で一時お預けとなる。また、魔物との争いに巻き込まれることになりそうだ。
だが、魔物くらいなら地球760だけでも対処できるだろうに……我々が行かねばならない理由は一体、なんだ?
とは言え、ちょっと気になっていたところではある。フィルディランド皇国や皇都ヘルクシンキの様子やテイヨ殿率いる第8軍、あのゴーレム山のそばで浮かんでいる浮遊船のその後も気がかりだ。それらが今、どうなっているのか?
そして、それから1週間後。僕らは、出発の日を迎える。




