#130 突破
「いや少尉、こんな重力場での近接戦闘など、上手くいくはずがない!」
「なれど包囲下からの艦隊特攻では、かなりの犠牲が出ます!」
「しかし、人型重機に取り付けた補助エンジンでは、この重力場に逆らえないのではないか!?」
「木星表面への接近を想定して作られたエンジンです!中性子星といえど、この距離であれば運用は可能です!」
ジラティワット少佐とヴァルモーテン少尉の意見の応酬が続く。だが、ここで意見を戦わせている時間はほとんどない。僕は、決断する。
「ヴァルモーテン少尉の作戦を、採用する!」
僕はほんの一瞬、特殊砲撃で切り抜けられないか、と考えた。
だが、特殊砲撃がダメだとすぐに気づく。ここは高重力下、こんなところで特殊砲撃を使うため、機関のエネルギーの大半を砲身に供給していたら、特殊砲艦はたちまち中性子星に引っ張られる。
この場合は、ヴァルモーテン少尉の意見が正しい。そう判断した僕は、少尉の作戦に同意する。
僕のこの一言が、2人のこの応酬を止める。そして2人の司令官付きの幕僚は、敬礼をして僕の意見に従うことを示す。
「ワン大佐に連絡!これよりワン隊は、敵艦隊右翼に突入!残りの400隻は、援護砲撃を敢行、近接戦闘にて艦隊右翼に打撃を与えて隙を作り出し、包囲脱出を図る!」
「はっ!」
「全艦に下令!砲撃戦用意!目標、敵艦隊右翼!」
「全艦、砲撃戦用意!目標、敵艦隊右翼!」
ジラティワット少佐が復唱すると、我が艦も砲撃態勢に移行する。艦橋内の20数人の乗員らも、バタバタと慌ただしく自身の持ち場での役目をこなす。
「敵艦隊まで、あと38万キロ!」
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
いつものようにキィーンという音と共に、主砲への装填が行われる。ものの数秒でそれは完了し、初弾が放たれる。
ガガーンという雷鳴音に似た砲撃音と共に、窓の外が青白い光に覆われる。砲撃手はカテリーナ。外すはずがない。
「初弾、命中!バリアにて弾かれました!」
まあ、この距離からの砲撃では当然、敵は防御に徹するだろう。なにせこちらは撃てるが、あちらは撃てない。盾の裏に身を隠すしかあるまい。
が、この艦隊は最新鋭艦だ。有利なのは、砲撃だけではない。通常よりも大出力な機関を思う存分、発揮させてもらう。
「ワン大佐より入電!戦隊全艦、全速前進!」
この駆逐艦0001号艦も、旗艦ながら戦隊としてはワン隊に属する。周囲の艦艇と共に、全力運転に切り替える。
「両舷前進いっぱい!最大戦速!」
ついに作戦が開始される。機関の性能を目一杯使い、100隻が、お椀型に広がって包囲する敵の艦隊の右側に突入する。
残りの400隻も、敵の右翼側に攻撃を集中させつつ、陣を敵右翼正面に移動する。これは、敵の中央、左翼から距離を取り、三方からの攻撃を少しでも遅らせるためだ。
敵の砲火が、こちら目掛けて降り注ぐ。それを牽制するため、400隻が応戦する。援護砲撃により、こちらはどうにか敵の後方へと回り込みつつある。
「艦隊、減速!」
ヴァルモーテン少尉が号令をかける。あのサカエの研修センターで、何度も行った減速訓練。その成果が今、活かされようとしている。
100隻は敵の目前で120度回頭し、全力で減速を始める。高速ですれ違いつつあるとは言え、敵に背を見せている危険な時間だ。当然、敵の砲撃が集中する。
だが、敵の目前猛烈な速度で横切る。そしていよいよ、この作戦も佳境に入る。
『テバサキより艦橋!これよりテバサキ、ウイロウ、発進します!』
我が艦唯一の格納庫から、発進準備の整った人型重機が連絡してくる。デネット大尉操る「テバサキ」が、まさに発進を告げる。
「貴官らの活躍に期待する!健闘を祈る!」
僕はデネット大尉に応える。サウンドのみではあるが、そのモニターに向かって敬礼をする。が、その時、信じがたい声が聞こえてきた。
『リーナ・グロティウス・フィルディランド、テバサキに同乗し、戦いの行く末を見守るため発進する!』
な、なんだと?リーナが発進?だが、僕の焦りなどお構いなしに、人型重機2機は発進する。窓の外からは、補助エンジンを取り付けていつもよりも大柄の体型となった2機の人型重機が、勢いよく飛び出していくのが見える。
だが、驚くのは、これだけではなかった。
『旗艦へ、これより重機隊指揮官、ワン大佐、発進する!』
今度は、さらに信じ難い人物からの通信が入る。僕は慌ててその声の主に尋ねる。
「ワン大佐!貴官の、戦隊長としての役割はどうするつもりか!?」
『規定通り、オオシマ艦長にお任せします!ワン大佐機、シュアンヤンロウ、発進する!』
ガガッと一瞬、ノイズが響く。おそらく、離艦した際の衝撃音だろう。戦隊長であり艦長のワン大佐が自ら、人型重機で発進してしまった。
ちょっと待て、確かに人型重機隊の指揮を任せはしたが、直接向かえとはひと言も言っていないぞ。何かのアニメじゃあるまいし、指揮官自らが白兵戦に撃って出るとは、非常識だ。
「提督!砲撃開始の命令を!」
動揺ばかりもしていられない。こうなったらもう、彼らを信じて送り出すしかないだろう。僕は、僕の役割を果たす。
「ワン隊は全艦、移動砲撃開始!残りの4隊も、敵艦隊右翼に攻撃を集中せよ!」
◇◇◇
静かだ。宇宙に出た途端、急に静かになった。あたりは真っ暗で、何も見えない。
「逆噴射を開始しますよ、皇女殿」
デネット殿は私にそう告げると、この人型重機の向きをくるりと変える。すると突然、この静けさがぶち壊される。
ゴォーッという音と共に、足元のあたりが青白く光る。そういえば今、私の乗るこの「テバサキ」は、猛烈な速度で敵の船に向かっている。
だが、速いままでは狙い撃ちできない。このため、外側に取り付けたこの大きなスカートのような補助エンジンと呼ばれる仕掛けを使って、速度を落とすらしい。
「相対速度300!そろそろ、敵の船が見えてきますよ!」
デネット殿が叫ぶ。私は、キャノピーと呼ばれるこの透明なガラスの覆いの外に、目を凝らす。
何か、見えてきた。無数の光の点。だが、周りの星とは違い、動いている。
「見つけた!敵艦隊、右翼!」
ゴォーッと音を立てつつも、その光の粒の集団へと向かうテバサキ。それは徐々に近づいてくる。
「減速終了!相対速度250!このまま、行きますよ!」
デネット殿のこの言葉の後に、猛烈な速度で迫ってくる、赤茶色の物体。その形には、見覚えがある。
あれは、駆逐艦だ。だが、色が違う。それは敵方の連盟軍であることを示す赤褐色とかいう色だ。
そんな色の船が、猛烈な速度でこっちに、迫ってくる。
「攻撃開始!」
その船の真後ろに回り込んだこのテバサキは、腕につけられた砲をその船の後ろに向けて撃つ。バンッ、バンッと、乾いた音とともに青白い光が、その船に向けて放たれる。
だが、当たらなかったようだ。その船はなんともない。しかし、こちらもかなりの速さだ。あっという間に撃ち漏らしたその船の後ろを通り過ぎる。
「おい、デネット殿!引き返してもう一度、撃った方が良いのではないか!?」
「いや、敵はたくさんいます。それに、これ以上速度を落としたくない。そろそろ、敵も出てきますよ」
出てくる?何が出てくるんだ?理解できぬまま、テバサキは別の船の後ろに迫る。
再び、バンッ、バンッと詰まったような音を立てるこの重機の腕先の砲。だが今度は、その船の後方に火の手が上がる。
「命中!よし、次に行くぞ!」
よく見ると、太いビームの束も後ろから放たれている。あれはおそらく、我々を放った駆逐艦らが撃ったビームであろう。味方がいるというのに、お構いなしに撃ってくる。あまりに近くを通り過ぎるものだから、当たらないかとヒヤヒヤする。
で、3隻目の船の後ろを通り過ぎ、命中させるデネット殿。だが、そのすぐ脇を、猛烈な速さで駆け抜けるものが見える。
「なんだ……何か、迫ってくるぞ!」
それが人型重機であることはすぐに分かった。が、速度がこちらよりもかなり速い。そして敵の船の後ろをすれ違いざまに2発、放った。
あっという間に火に包まれる敵の船。しかしその直後、その斜め下にいる別の船からも火の手が上がる。
「なんてことだ……コールサイン、シュアンヤンロウ。ということはまさか……ワン大佐の乗る機体じゃないか!」
青白い光を放ちつつ、猛然と通り過ぎていくその人型重機。その青い閃光の向こう側には、次々と火の手が上がるのが見える。
「相対速度600キロ!速すぎる!しかもあの速度で、正確な射撃をこなすなど……どういうお方なんだ、あの戦隊長は!?」
デネット殿が舌を巻く相手とは、なかなかのやつだな。ワン殿は確か、シュアンヤンロウという辛い料理を好んでおった、温厚そうな人物。いや、そういえば龍族の死骸を並べて、笑みを浮かべておったな。案外、危ないやつなのかもしれぬ。
だが、それ以上に危ない事態が、こちらには迫っていた。
「おっと、ついに来たな……リーナ殿、ここを全力で抜けます。ちょっと振り回しますよ!」
そう言ってデネット殿は、人型重機を操る。再びあのスカート状の補助エンジンとやらが、うなりを上げ始める。
来たと言っていたが、何が来たのだ?何も、見えないようだが……が、外の太いビーム束とは別に、何本かの細い筋が走るのが見える。
そして、すぐそばを何やら白く角ばったものが通り過ぎる。それを見て私は、デネット殿の「来た」の意味を知る。
あれは、哨戒機だ。そいつがこちらに狙いを定め、撃ってきた。
だが、デネット殿も反撃を始める。あちらは向きを変えないとこちらを狙えないようだが、こちらは腕さえ向けてしまえば、あちらを狙える。
バンッと、また詰まったような音が響く。いまいち緊張感に欠ける音だが、当たればあの大きな船でさえ火の手が上がるほどの威力を持つ光だ。同じものを、向こうもこちらに向けて撃ってくる。思っているよりもかなり、危ない。
再び、哨戒機が迫ってくる。だが、デネット殿は接近するその機に向けて1発、放った。
命中し、あっという間に火の玉と化す哨戒機。その火に包まれた機体が、こちらに向かって突進してくる。
紙一重だった。このままこちらも火に包まれるかと覚悟したが、それをギリギリのところでかわした。そのまま、我々はこの戦場を離れる。
「テバサキよりミソカツ!これより当機は戦線を離脱!合流地点を、指示願います!」
まぶたの裏には、あの火の光の残像がまだ残っている。胸もドキドキしている。あれだけ危機迫った瞬間を目の当たりにしながら、よく平然としていられるな、この男は。
再び、真っ暗闇の中を、補助エンジンの上げる音だけを響かせながら飛ぶテバサキ。3隻の船、1機の哨戒機を葬り、再び我らが船に向けて飛んで行く。
◇◇◇
「人型重機隊、回収完了!」
「敵艦隊右翼、崩れました!」
「よし、混乱に乗じて、脱出する!カンピオーニ隊、メルシエ隊、突入を開始!続いて、エルナンデス隊、ステアーズ隊も突入せよ!」
近接戦闘は、成功した。ただし、未帰還機3機。その代わり艦隊はまだ、一隻も撃沈していない。
カテリーナがその間に、20隻ほど沈めた。移動砲撃でこれは、脅威の撃沈数だ。あとはいかに少ない犠牲で、この包囲網を突破するかだ。
敵の艦隊も、こちらに向けて砲撃を続ける。ちょうど目の前の敵は、我々が前後を挟んでいる相手、その砲撃に耐えながらも、攻撃を続行する。だが、軍功を重ねている場合ではない。すぐに数倍の敵が、追いついてくる。
脱出か、追いつかれるか、ギリギリのタイミングで、残り400隻の突破を確認する。そのまま我々100隻も、全速で離脱を開始する。
それから、1時間後。我々は敵の包囲網を突破し、300万キロ彼方まで敵を引き離す。
「で、味方の損害は?」
「はっ、撃沈はゼロ、人型重機の未帰還機3。以上ですね」
「そうか……で、戦果は?」
「撃沈確実が66。カテリーナ殿が21、ワン大佐が10です。」
「はぁ!?ワン大佐が1人で、10隻も沈めたのか!?」
「未確実を含めると、12隻の可能性もあるそうです。他に、哨戒機を2機撃墜。以上です」
かつて、重機乗りだったと聞いてはいたが、まさかこれほどの手練れだったとは知らなかった。にしても、カテリーナ以外の戦果で46隻か……あれだけの不利な状況からの戦果と思えば、見事な大逆転と言えるだろう。
「さすがはワン大佐ですね!戦隊長自ら白兵戦とは……伝説のアニメ作品を彷彿とさせる、まさに指揮官の鏡です!」
ヴァルモーテン少尉は感激しているが、あまり褒められたものではないぞ。100隻の艦艇を率いるべき戦隊長が、その任務を放り出して、重機で撃って出る。残された方は、たまったものではない。
それから半日ほどかけて、再び中性子星域のこちら側に帰ってきた。戦闘報告書をまとめ、僕は部屋に戻る。
「おい、大丈夫か!?」
と、レティシアがベッドの上で、何やら騒いでいる。そこには、布団にうずくまるリーナがいた。
「おい、どうしたんだ?」
「いやあ、デネットの重機に乗って帰ってきてから、ずっとこの調子なんだ」
「はぁ?そうなのか?でも、なんで?」
「なんかおっかねえ目にあったみてえだぜ。昼飯も食わねえで、布団に潜ったままなんだよ」
食欲が服を着て歩いていると言われるほどのリーナが、飯も食わずにうずくまるとか、事件以外の何者でもない。
「うう……火、火が迫ってくる……」
何があったか、後でデネット大尉から聞いてみるか。が、このままじゃ埒があかないな。
「おい、リーナ。しっかりしろ」
僕はそう言いながら、布団をめくって、そっとリーナを抱き寄せる。こういう時、抱擁という行為は、人を安心させると言う。
だが、抱きついた方向が悪かった。よりによって、正面だった。
リーナは、正面からのハグが、大の苦手だ。
だから、正面から抱き寄せてしまった僕の頬めがけて、一発、張り手が飛んでくる。
ベッドから吹き飛ぶ僕。床に落下するまでの間、僕は思った。
何だこいつ、案外、元気じゃないか、と。




