#123 背景
「人が作り出した?どうしてそう、言い切れる?」
僕はユン大尉に問う。確かにおかしな生物だが、あれはどう見ても生物だ。それが人造などと、なぜ結論づけられるのかが見当もつかない。
「生物の体内にはまず存在しない物質が、見つかったからですよ、閣下」
それに応えるユン大尉。
「存在しない物資?具体的に、どういうものが見つかったというのか?」
「ええ、それがですね……向こうで『魔石』と呼ばれる物資が体内にあったのです、閣下」
それを聞いた時、僕はなぜか戦慄のようなものを感じる。あの魔石が、魔物から出てきたというのだ。
「……だが、石の一つや二つ、体内にあったぐらいで、人造生物とは言えないのでは?カタツムリの殻のようなものではないのか?」
「いえ、そうでもないですよ。少なくとも、魔石の主成分である酸化アルミニウムは、生物内では絶対に作り出せないものです。外から取り込むにせよ、身体に対してあまり良い物質でもありませんから、普通は排除されてしまいます。しかも少量ではなく、こぶしほどの大きさの石になるほど取り込むなど、自然では考えられません。つまり、普通の生命進化において、組み合わせられる筈の無いものが入っている。だからこそ、明らかに人の手の入った生命体、人造生物と称しております」
「いや……確かに、体内にルビーを埋め込んだ生物など、不自然極まりない。が、それはこちらの宇宙の常識であり、あちらではこれが自然という結論はないのか?」
「いえ、それ以外にも、やはり生物としてみたとき、あの魔物という存在は、あちらでも不自然です」
「何をもって、そう言い切れるのか?」
「はい、我々が調べた限りの魔物には、性別がないのです」
「性別が……ない?」
「つまりですね、生殖器が存在しないんです」
なんだか急に、どぎつい内容になってきたな。こころなしか、後ろにいる2人が引いてるぞ。
「……それが何か、おかしなことでも?そういう生物は、いてもおかしくはないのではないか?」
「いえ、おかしいですよ。それはつまり、子孫を残すことができない、ということになるんです。それこそ生物として、ありえないことでしょう」
「なら、どうやって魔物っていうのは生まれてくるんだ?現に、こうして存在している以上、何らかの形で生まれてきたということでは……」
「製造された、といった方がしっくりきます。培養した細胞に、魔石を埋め込んだ。そういう作り方をされた生物であると考えられます。例えば……」
と言いながら、ユン大尉は奥にある黒いドラゴンを指さす。
「あのドラゴン、あれだけの体長ですから、てっきり生後数十年は経っているのかと思っていたのです。が、DNAや細胞組織からの年齢を推定すると、せいぜい数か月だという結果が出たのです」
「はぁ!?数か月!?って、あの大きな身体が、わずか数か月って……そもそも、その推定方法は正しいのか?」
「あくまでも、こちらの知識に基づく推定です。が、通常、自然放射線によるDNA自体の損傷というものもあるはずなのに、それすらほとんど見られない。ということはやはり、あの生命体の多くは、生まれて間もないものと結論付けられます」
自身の乗艦する旗艦の様子を聞くためだけに、このトヨヤマにやってきたというのに、なぜか向こうの宇宙の謎を聞かされる羽目になった。
「……だとすると、誰が、どこで、こんなものを作っている?」
「さあ、そこまでは……こればかりは、現地に出向くほかはありませんね。ですがおそらく、クローン育成のように、培養液を使って作り出しているものと推測されます」
そういえば、この魔物の存在は、あのゴーレムと合わせて、一種の防御システムを構成している。接近する者に対して、容赦なく攻撃してくる。だから、このユン大尉の報告はたしかにその考えと合致する。
だが、これは相当レベルの高い技術だ。あれだけの大きさの生物をたった数か月程度で育て、おまけに生命にとって異物まで埋め込んだものを大量に生産する。そんな都合のいい仕組みは、我々には作り出せない。
我々の技術ではせいぜい、大型船内でのうなぎの完全養殖や、砂漠地帯でも育成可能な食用植物を品種改良で作り出せるくらいのものだ。人工子宮によるクローン技術もあるにはあるが、成功率がさほど高くない上に、石までは埋め込めない。
「で、ワン大佐に聞きたい。こんな調査をして、何をするつもりなのだ?」
「いえ、特に考えてはおりません。ただ、不自然なのが気に入らないんですよ」
「不自然?」
「魔物の存在が、です」
「そりゃあ、見るからに不自然だが、気にしても仕方がないだろう」
「いえ、見た目や能力のことを言っているのではありません。その存在理由が、不自然なのです」
「存在理由?」
「生物というものは、なんらかの連鎖の一部として存在しています。たとえ食物連鎖の頂点に立つ肉食動物といえど、その数は餌とする草食獣を駆逐するほどにはならず、生態系のバランスを保っております。だが、魔物という存在は、自ら増殖する能力がないにも関わらず、他を破壊するのみ。生態系どころではない。提督は、このような存在を果たして生物と呼べますか?」
「いや……あまり呼べる気がしないな」
「そうです。これではまるで、兵器です」
ワン大佐が言いたいこと、そして、なぜ魔物の調査にこだわるのか?僕にはなんとなく、分かってきた。
障害となる物を、ただ破壊する存在。それは確かに、兵器そのものだ。だが、魔物は機械ではなく、生物だ。
誰がそんなものを作り出しているのか。まったく見当もつかない。が、一つだけ明確に言えることがある。
今もなお、兵器にしかならない生命体が生み出されている。ということはだ。もしかすると、それを作る者も、どこかで息を潜めているのではないか?
となれば、軍人としては無視できない事実だな。ワン大佐が、調査にこだわる理由も分かる。
元々は、偶然にも発見されたあの門から始まった。いや、それ以前から、あの門にもいるゴーレムの発生する事象というものはいくつかの星で確認されているし、そのゴーレムの発生を、ある賜物が抑制できることも分かっている。
それらは、我々以前にいた「原生人類」によって残されたものである可能性が高いとされた。だがその正体は、我々の祖先なのか、まったく別物なのか、その程度の謎すら判明していない。
だから、あの門の先に入れば、その姿を垣間見ることができるかもしれない。そう考えて、我々はあちら側に踏み込んだ。
ところが、現れたのは、あの岩の艦隊や浮遊岩、魔物、そして浮遊船。解明どころか、謎が増える一方だ。
しかし、これらの謎に答えられるやつが、どこかで生きているかもしれない。
となれば、ワン大佐が見つけたいのは、その「人々」なのかと。
とはいえ、ここではそれ以上の進展は望めない。なにせここは、地球001。地球1019ではない。
てことで、僕はワン大佐と別れて、再び帰路につく。
「なんか、気持ち悪いもん見ちまっただけだな……」
「ああ、よりによって、魔物の死骸を見せられるとはな」
ボソッと漏らすレティシア。ああいうのを、レティシアは好まない。特に、爬虫類は苦手だ。
「あーあ、なんか今日はいろいろあって、気が滅入ってくるぜ。おいカズキにリーナ、ひつまぶし食いに行こうぜ」
「えっ!?今からか!?」
「いいじゃねえか。あっちに戻ったら、なかなか食えねえんだから、食いだめと行こうぜ」
いや、ひつまぶしを食いだめてどうする?そういう食い物か?
「私もレティシアに賛成だ!いざ、あの店へ!」
「おう、いくぞ!」
あの店とは、我々のいるホテルにほど近い、ひつまぶしの店のことだ。リーナもあの店の味を覚えてしまった。この間などは、2櫃分も食ったからな、こいつ。
「あー、こうなったらもう。今日はやけ食いだ!おい、リーナ!いつもの倍は食うぞ!」
「心得た!」
「おい、ちょっと待てレティシア!倍って……ひつまぶしをか!?」
そこにレティシアの倍食宣言が出たため、一瞬にして僕の肝が冷える。どうなっているんだ、この2人は。
が、すぐに僕は考えを改める。それくらいのことで、レティシアの気が紛れてくれれば安いものだと。




