#122 解明
僕は今、トヨヤマに来ている。修理の目処がついたという連絡と、それに伴い、技術部が僕に相談があると言う。それで僕はレティシア、リーナを伴って、トヨヤマに停泊中の駆逐艦0001号艦の入り口に来た。
「ああ、ヤブミ准将閣下、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
出てきたのは、モハンマド大尉だ。彼はこの技術部で、新型機関の開発、改良に関わる人物。30年もの間、不安定だったこの機関を実用レベルまで改良したのは、紛れもなくこの大尉の功績だ。
「で、大尉。肝心の伝達管の冷却問題は、なんとかなったのか?」
「ええ、対策方法はすぐに見つかり、第8艦隊の全ての艦艇に適用するよう、手配致しました」
「そうか。」
階級が大尉なのは、非常に惜しい。僕が実権を持っていたら、すぐにでも昇格させたいくらいの実績を既にあげている。これだけの事を成せる技術士官は、そうはおるまい。マリカ中尉にも、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいほどだ。
「で、閣下、今日お呼びしたのは、そのことだけではないんです」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
と、モハンマド大尉が、何かまだ言いたげだ。
「はい。結論から言いますと、もしかしたらこの改良で、レティシア殿の緊急冷却が不要になるかもしれないのです。」
僕はこのモハンマド大尉の言葉に、一瞬、脳天を殴りつけられたような衝動を受ける。いや、僕よりもむしろ、レティシアの方がショックを受けたと思う。
「……どういうことだ?」
「はい、熱暴走の起きる直前に、この伝達管にて急速な温度変化が起きています。つまり、この伝達管の冷却問題を解消すれば、本体側で熱暴走の起きる確率を大いに下げ、その結果……」
大尉はその理由を滔々と語るが、僕もレティシアもあまり聞いてはいない。前触れもなく語られるこのショッキングな事実に、僕はそれを受け止める心の準備ができていない。
おかしなものだ。第8艦隊最大の問題である、この熱暴走問題に決着がつくと説明されているのに、そのことに艦隊司令官であり、かつその問題を抱えた旗艦に乗艦する僕が、その事実を即座に受け入れられないというのだ。
その理由は、たった一つだ。
すなわち、レティシアの乗艦理由がなくなるかもしれない、ということだ。
無論、しばらくは様子見となるが、もし今後、大尉の言う通り熱暴走が止まれば、レティシアの役割は終了となり、艦に乗る理由がなくなってしまう。
修理用ドックから出て、ターミナルビルに向かう。宇宙港内の連絡バスを待つ間、レティシアが呟く。
「お、おい、よかったな。そろそろ俺、要らねえかもって言ってたぞ」
まあ、レティシアなりに精一杯、空元気を振り絞った結果だろうが、ショックを受けているのは間違いない。僕はそんなレティシアに応えようと口を開きかけた、その時だ。
「何を言うか!レティシアが要らないなど、そんなことにはならない!」
僕よりも一歩早く、リーナが口を開いた。
「いや、だってよぉ、俺のあそこでの仕事は、機関の緊急冷却なんだぜ?それが不要になるって言われたんだぜ!?だったら……」
「そなたの存在は、あんな機械のお守りだけではなかろう!あの船の皆がそなたを頼り、そなたの言葉に励まされているではないか!機械相手の仕事など、ついでに過ぎぬ!」
「うう……だ、だけどよ、俺はやっぱり、あの仕事があるから、船に乗れるわけで……」
思った通り、レティシアのやつ、お役御免になることが嫌なんだろうな。その気持ちは、何となく分かる。いつかは、そういう日が来る。いや、来ないと困る。僕はここで口を開く。
「だがレティシアよ、別に今すぐに艦を降りると決まったわけではない。今までだって、何度も大丈夫と言われては、結局ダメだったじゃないか。気にする必要はない」
僕の発言は、問題の先送りに過ぎない。だが、僕の中でもレティシアのことを、いつまでも手元に置いておきたいという願っているように思う。それは、この最新鋭艦隊を預かる立場の者としては、抱いちゃならない感情だ。だから、先送り的なことしか言えない。
しかし、このやり取りを見るに、リーナという人物はよく艦内を見ているものだと思う。
最近は、機関のトラブルも大幅に減ってきた。レティシアも「本業」では、暇を持て余すことが増えている。が、だからといって存在感がなくなったかと言われれば、そうではない。が、レティシアは、どういうわけか乗員からの相談を受ける。
例えば、地球1010で女性と良い仲になった乗員が、このまま結婚すべきか悩んでレティシアに打ち明けたとか、地球001に帰りたくなった乗員を励ましてみたりとか、他にも喧嘩の仲裁や悩みごと相談をよく受けている。
ああいう性格だからな。相談しやすいのだろう。そんな副次的な存在感が、今やレティシアの顔となりつつある。
ただ、僕の本音は、自宅で僕の帰りを待っていて欲しい気もする。いくら夫婦とはいえ、戦場にまでついてくる必要はない。それに、いつまでも魔女の能力に頼る最新鋭艦というのも変だろう。
いつかはそういう日が来ないとダメだ。そう思っていたのだが……モハンマド大尉の言葉でショックを受けるようでは、思ったよりも僕とレティシアは、その心構えがなかったことがうかがえる。
珍しく、レティシアが泣き顔だ。そんなレティシアの肩をポンと叩いて、労うリーナ。
思えば、リーナ自身も軍を率いて戦場を駆け巡っていた。最前線で、不安と恐怖とに押しつぶされそうな兵士らを励ましていたのだろうな。そんな過去が滲み出る、リーナの姿だった。
で、本当なら僕がレティシアを抱き寄せてやりたいところだが、なぜかその役目はリーナがやっている。なんか、いつもと逆だな。今日はリーナの方がレティシアをリードしている。不思議な光景だ。
そんなやり取りをしつつ、しばらく巡回バスを待っていると、やっと向こうのほうから走ってくるのが見える。バスが着き、乗り込もうとすると、僕は声をかけられる。
「おや?ヤブミ提督ではありませんか」
振り返ると、ワン大佐だった。バスの降り口を降り切り、僕に向けて敬礼している。僕も、返礼で応える。
「ワン大佐、何ゆえ、こんなところに?」
「ええ、今ここで、例のものを分析してもらってるんですよ」
「例のもの?」
「魔物ですよ」
その時、僕は先日見た、ワン大佐の乗艦する0040号艦の甲板に並べられた、あの多数の異形の生物の死骸のことを思い出す。えっ?あれ、持ち帰ってたの?
「そうだ。ヤブミ提督もいかがです?今日はあのドラゴンの分析結果が聞けるらしいのです」
「あ、いや、僕は……」
「すぐ近くの施設ですよ。さあ、行きましょう!」
今、そんな気分じゃないんだけどなぁ……という僕の意向など無視して、ワン大佐は僕の腕を引き、宇宙港内のある建物へと向かう。
「どこに向かっている?これから我々は帰るところなんだが」
「すぐに終わりますよ。ああ、この先にあるドックです。ほら、見えてきた」
さっきまでリーナの胸で泣いていたレティシアまで、不機嫌そうな顔でついてくる。が、ワン大佐、いつになく浮かれ気味だ。レティシアの機嫌の悪さに気づいていない。
そこは、小型船舶用の修理ドック。今はそこに、ビニールで覆われたあの魔物の死骸が置かれている。
「なんだここは……龍族だらけではないか」
ドック内に並ぶおぞましい光景に、リーナは顔をしかめる。1体づつビニールに包まれたそれらの中には、防護服に身を包んだ調査員らしき者が見える。
あのビニール、よく見れば「ニンジャ」に用いる星間物質封じ込め用の覆いに使うやつじゃないか。それを、魔物の保管用に使うとは……
「全部で5色、赤、黒、緑、青、黄色のドラゴンを持ってきたんですが、色違いにはそれほど意味はなく、いずれも同種の生物であることが分かってます」
嬉々として語るワン大佐だが、僕はその凄惨な光景を前に、話が入ってこない。
ワン大佐って、こういうの平気なのか?元陸戦隊だと言っていたが、何をやってたんだ?この間も感じたのだが、こういうことに手慣れているように思える。
「ああ、ワン大佐に……おや、ヤブミ准将閣下も一緒で?」
と、そこに現れたのは、防護服に身を包んだ人物。頭部のカバーを脱ぎ、敬礼する。どうやら、軍属のようだ。僕もワン大佐も、返礼で応える。
「こちらは技術部、化学・生物科のユン大尉です。地球1019から持ち帰ったこれらの魔物を分析、その生態に迫ろうとしているんですよ」
「は、はあ、そうなのか……」
「ユン大尉です。では私の方から、今分かっていることを説明させていただきます」
僕はあまり、乗り気ではない。このまま帰って、レティシアの気晴らしついでにオオス巡りをしようかと思っていたのに、何だって気色の悪い魔物の死骸の話など聞かなきゃならないんだ?そう思っていた。
が、次の一言が、僕の関心を引かざるを得ない状況に追い立てる。
「結論から申しますと、この魔物、明らかに人が作り上げた人造生物だと言うことが分かりました」




