#119 修羅
実家の仏間のある6畳の部屋で、僕とレティシア、リーナ殿の3人は今、ダルシアさんと対峙している。
「やあ、カズキ君、なんでも、第8艦隊で銀河系を超えたそうじゃないか。ニュースで見たよ。まさに人類の……」
「ちょっと、あなたは黙ってて下さい!今、大事な話をしているんです!」
正座して対峙するダルシアさんのその形相は、まさしく「魔女」という言葉が当てはまるほどの剣幕だ。いや、鬼女と言った方がいいか。
これまで何度も敵艦隊と対峙してきたが、あれとは違う厳しさがある。なにせ、相手は殲滅させられる相手ではない。むしろ、味方に付けなければならない相手だ。味方を攻略する。そんな戦術、軍大学では教えてくれない。
「……まさか、そんな人だとは思いませんでしたわ。若き艦隊司令官、ノブナガの再来だのと持ち上げられて、いい気になっているんじゃありません!?」
「おい、おっかあ、ちょっと言い過ぎだぞ!だいたいなぁ……」
「レティシア!あなたもなんです!このメールは!二股相手と抱き合った写真など、何を嬉々として送りつけてくるんです!」
「しょうがねえだろう、気に入っちまったんだから」
「あなたがそんなんだから、カズキさんがだらしなくなるんですよ!」
ほぼ、全方位に喧嘩を売ってるな、ダルシアさんは。
「あのですねお義母さん、少し僕の話を聞いてもらえませんか?」
「聞いたところで、二股の事実は変えようがないでしょう!」
「あの、ダルシアさん、ちょっと落ち着いて……」
「アオイさん!あなたも、自分の息子がこんなことになって、どうしてお怒りにならないんですか!」
だめだこれは。僕のみならず、母さんにまで噛みつき始めたぞ。これは少し落ち着いたところで、話をするしかなさそうだな。
だが、次の一言が、事態を急変させる。
「まったく……いくら尻軽な女がついてきたからと言って、二人目の嫁にするだなんて……信じられないわ……」
この言葉を受けて突然、リーナ殿が叫んだ。
「尻軽女とは、何事か!」
この皇女様、戦さ場を駆け巡った戦乙女と呼ばれた人物だけあって、声の迫力が違う。
「な、なによ、実際あなた、艦隊司令官と知ってついてきたんでしょう!」
「二千の追っ手、三十の小鬼、そして百人力と言われる竜族!」
「……は?」
「私の命の灯火を消そうとする無数の雑敵を排除するため、私はその途上で三十もの忠義の兵士を失い、そして私はヤブミ殿と出会ったのだ!」
「そ、それが、どうしたと……」
「我を尻軽と評するは、その三十の忠義の者に対する侮辱である!直ちに、撤回されたし!」
さっきまで、頬を押さえてシロノワールを食べていた人物とは思えぬな。今この6畳の部屋で恫喝するこの人物は、まさしく誇り高き皇女様。気迫の強さが、あの魔女とは比べ物にならない。
「加えて、私はフィルディランド皇国皇帝、エルテスイェート陛下より命を受け、ヤブミ殿の元に参った!その結果、大陸を覆う瘴気は消え、皇都120万、いや、大陸全土に住むと言われる三千万もの民が、魔物による恐怖絶望から救われたのだ!」
もはや、ダルシアさんには返す言葉がなさそうだな。今、リーナ殿が述べたことは全て事実だ。その通り、生半可な過程で、彼女はここにいるわけではない。
「……てことだ、おっかさんよ」
と、レティシアがリーナの肩を抱き寄せつつ、でしゃばってくる。
「こんなやつだからよ、カズキよりも俺の方が気に入っちまったんだ。だから別に、カズキの嫁でも構わねえと思ってる」
「ちょっと、レティシア……」
「おめえが考えている以上に、こっちには複雑な事情が山とあるんだ。そんな事情も抜きに怒鳴られてもよ、誰も共感はしねえぜ。それに……」
「それに……なによ」
「おっかさんとこいつの決定的な差が、今のやりとりでも見えてきただろう」
「け、決定的な、差……?」
「分かんねえかなぁ」
レティシアはにやけながら、リーナ殿の肩を抱えたままダルシアさんと話す。
「ほれ、あんたはリーナのことを侮辱したが、リーナはそんな相手であっても、絶対に侮辱はしねえ。それが、俺の言う決定的な差だ」
「う……」
「おっかさんはよ、昔からなんでも自分の思いで決めつけてきたからな。それが娘としちゃあ、どうしても気に入らなかったんだ。だけどせめてこの場は、そのことをこいつに謝ってやってくれ」
しばらく黙り込むダルシアさん。そして、頭を下げつつこう言った。
「……尻軽女とは、さすがに言いすぎたわ。反省してる」
あのダルシアさんが、なんと頭を下げた。
「いや、分かってもらえれば、それで良い。私も少し興奮し過ぎ……おい、レティシア!そなた、どこを触っている!」
「ところでよ、おっかあ。こいつ、こんな華奢な身体してるくせに、よく食うんだぜ?」
「えっ?よく食うって……どれくらい食べるのよ」
「たった今、下の店でモーニングにコメ牛の肉だくだく、それにシロノワールを食ってきたんだ」
「ちょっと、下の店って……それ、ほんとなの?それにしてもこの娘のお腹、柔らかいわね」
「おい、レティシアとその母上!ど、どこを触って……」
リーナ殿の服をめくって横っ腹をつまみながら、ダルシアさんに語るレティシア。ダルシアさんもリーナ殿のその腹をつまんでいる。いじられたリーナ殿は、真っ赤な顔でレティシアとダルシアさんに抗議している。
で、その間に、その母娘の間を抜けてこちらに「避難」してきた父親のアキラさんと語る。
「へぇ、ニュースでは聞いていたけど、そんな星空が見られるんだな」
「そうなんですよ。見事な棒渦巻銀河で、とてもこっちの宇宙では見られない、壮大な光景でしたよ」
この人はどうやら、向こうの銀河の話が知りたかったようだ。そこに母さんとフタバ、そしてバルサム殿も加わる。
なんだかんだと、それから昼食時まで喋り続けた。そして。
「ちょっと、カズキさん!レティシアのこと、任せてんだからね!さすがに3人目は作らないでよ!」
と僕に言い残し、レティシアの父母は去った。
「うう、レティシアの母上は、何者か……?」
散々いじられて、赤面したままその場でへたり込むリーナ殿。やれやれ、さっきまでの勢いはどこへやら。ただのいじられ娘に変わってしまった。
「おう、そういえばカズキ、昼飯でも食いに行くか」
「ああ、そうだな……長時間、話し込んでいたからな。腹が減ってきた」
「それじゃ、せっかくだから、あそこ行こうよ!」
「フタバ、あそことはどこだ?」
「タイワンラーメンの店に決まってるじゃない!」
という一言で、再び6人は外に出る。
「ところでレティシアよ、タイワンラーメンとはなんだ?」
「おう、辛いんだけどよ、やめられねえラーメンだ」
「か、辛い!?塩でも盛ってるのか?」
「いや、塩辛さじゃねえな。カレーとも違う、唐辛子独特の辛さだ」
「バル君はもう、イタリアンまで食べられるもんねぇ〜」
「いやあフタバ、イタリアンはもう勘弁してほしいなぁ」
「ちょっとフタバ、どうしてバルサムさんが、タイワンラーメンを知ってるの!?」
実にたわいもない会話を続けながら、この暑いナゴヤの通りを歩き、その店へとたどり着く。
「んじゃ、なに頼むよ?俺はアフリカン!」
「私、イタリアン!」
「おい、フタバ、お前辛いの苦手じゃなかったか?」
「今はいけるのよ!」
「そうか。じゃあリーナはアメリカンだな」
「おい、なんだそのアメリカンとかアフリカンとかいうのは!?」
いきなり初心者に、説明なしでタイワンラーメンを頼むレティシア。なお、僕はイタリアンで、母さんはノーマルを頼んだ。
「おい、これはちょっと辛くないか?」
「何言ってるんだよ、おめえのやつは一番辛くないやつだ」
「はぁ!?舌がヒリヒリしているんだが!」
「慣れリャあどってことねえよ。これも立派なナゴヤ飯だ」
「なんだ、タイワンというところが、ナゴヤにあるのか?」
「いや、はるか海の向こうにある地名だな」
「なんでその海の向こうの地名をつけたラーメンが、ナゴヤ飯なんだ?」
この麺の由来は、今となっては謎の多い話だ。だが、辛いと言いつつもそれを2杯も食べるリーナ殿の方が、僕はよほどか不思議だ。
騒がしい一行だ。フタバもレティシアにイジられてムキになってるし、リーナ殿も声がでかい。大人しいのは男2人と、母さんくらいだ。
そんな家族に囲まれて、母さんは何を思う?




