#117 対面
軍人だというのに高々500メートル程度で目を回したヴァルモーテン少尉と共に、サカエのホテルへとたどり着く。
「ああ、母さん……うん、明日にも顔を出すよ。えっ?フタバも?そうか……」
明日はカミマエズの実家に立ち寄る。レティシアの顔も見せてやりたいし、それに……まあ、身内ではないとは、とても言いきれない人物も一人いるからな。
「おい、カズキ。ホテルの部屋、取っておいたぜ」
「ああ、済まない」
ヴァルモーテン少尉は、すでに部屋へと向かったようだ。しかしあの少尉、いろいろな顔を見せてくれたものだ。あんこが好物で、高所が苦手だということが分かった。それが自身の幕僚として、役に立つ知識とは思えないが。
「それじゃ行くか」
と言って、レティシアはカードキーを見せつつ、エレベーターへと向かう。
「おい、レティシア……キーが一つしかないぞ?」
「あたりめえじゃねえか。3人で一部屋だからな」
「は!?」
何を言っているんだ、こいつは。どうしてそういう危ういことを平気でするんだ。それがどういうことか、分かってるのか?
にしてもだ、いつものように部屋を追い出されたら、僕は本当に行くところがないぞ。その時は、どうする?
エレベーターに乗り込み、部屋へと向かう。60階、高さ300メートルのところにある部屋に泊まることになった。眺めは、とてもいいはずだ。
「おい、レティシア、その部屋っていうのはまさか……」
「おう、当然、寝室は一つ。ダブルベッドが2つ並んだ部屋だな」
レティシアよ、少なくともここにひと月は滞在するんだぞ?お前もさっきトヨヤマで、技術部からそういう説明を受けたじゃないか。つまりひと月、ここに3人で過ごそうというのか。
上機嫌なレティシアだが、僕はその不埒なるこれからのホテル生活に、動揺を隠せない。
「おお、ヤブミ殿にレティシアよ!ここはよい眺めだ!」
はしゃぐ異銀河の皇女様。レティシアもこの眺めに満足している模様。
「いやあ、見慣れたナゴヤも、高いところから見るとまた新鮮だな」
だが、レティシアよ、お前、以前もここに泊まったじゃないか。何を改めて感動しているんだ?
窓の外はまだ、日が射している。夕方だが、夏だからまだ日は沈まない。そこでレティシアは、やはりというか、あの店を提案する。
「おい、夕食を食いに行こうぜ」
「……食いに行くということは、やはりあの店か」
「決まっているだろう。歩いてすぐのところにあるとなりゃあ、行くしかあるめえ」
すると、リーナ殿は反応する。
「もしかして、またナゴヤ飯か!?」
レティシアに、徐々に染められてきたな。にやりと微笑むレティシアが応える。
「当然だ。さ、いくぞ」
ということで、再びエレベーターに乗り、地上へと降り立つ。
「日は暮れつつあるが、まだ暑いな」
「この暑さが、ナゴヤにいることを感じさせるぜ。あのゴーレム山にいるときには、寒くて死ぬかと思ったからな」
まあ、この暑さはナゴヤの風情ともいえるからな。リーナ殿には堪えたようだが、この暑さゆえに楽しめる食べ物もある。
……が、まずは、あそこだな。レティシアが先導して、その目的地に向かう。
ワカミヤ大通りを超えると、まさにその店があった。まわしをつけた、力士風の豚の看板を見て、リーナ殿が叫ぶ。
「おい、どうしてオークがここに!?」
あ……オークに見えるんだ。いや、それはオークではない、豚だ。
「オーク?何をわけのわかんねえこと言ってるんだ。さ、入るぜ」
それをレティシアは一蹴すると、店内へと入っていく。やや不安げなリーナ殿も、後に続く。僕もその後に入った。
その10分後。2色のタレがかかったカツをがつがつ食べるリーナ殿が、そこにいた。
「はぁー……本場の味噌カツは、やはり違うものだな」
「だろ?そうだ、せっかくだからよ、ちょっとオオスにも足を延ばそうぜ」
「は?今からオオスへ行くのか?」
「すぐ目の前じゃねえか。んじゃ、行くぜ」
上機嫌なレティシアは、ホテルとは反対方向のオオスへと向かう。
「なあ、オオスとはなんだ?」
「うーん、なんていやあいいんだ?まあ、みりゃ分かるぜ」
見れば分かる。相変わらず、レティシアらしい、雑な説明だな。僕が補足する。
「オオスというのは、大須観音を起点にできた門前町で、今は2層からなる商店街が広がる街だ。サブカルチャーや家具、家電の街として知られる他に、ういろうをはじめとする……」
「なに!?ういろうがあるのか!?」
僕の補足に、いきなり食いついてくるリーナ殿。
「ああ、そういえばあるな。オオスのういろうの本店があるからな」
「ぜひ行きたい!できればそのういろうを食べてみたい!」
どこで「ういろう」という言葉を知ったのだ?しかも、あの名を聞いただけで、よく食べ物だと分かったな。
あ、そうだ、それは分かるか。そういえば、2機の人型重機や駆逐艦0001号艦のコールサインに、テバサキ、ウイロウ、ミソカツと名付けていた。そのうち2つの食べ物をすでに経験済みだから、最後の一つもナゴヤの食べ物と察したのだろう。
「そうか。それじゃ、ういろうの店に行くか」
というレティシアの一言で、そこへ向かうことにした。
商店街の入り口に、あの赤いちょうちんが飾られている。それをじっと見つめるリーナ殿。
「真に、ちょうちんが看板として使われておるのだな。しかし、なんという大きさだ……」
「おい、リーナ。そんなもんで驚いてる場合じゃねえぞ」
「あ、ああ、分かった」
しかし銀河を超えて、わざわざこのオオスまでやってきて、そのオオスで最初に行く店がういろうの本店とは……いや、決して悪いことではない。あれもナゴヤを代表する和菓子には違いない。
そして、ういろう店にたどり着く。
「……なんだこれは」
どうやら、リーナ殿の想像とは異なるものだったらしい。まるでスライムのような外観、いや、リーナ殿の星にはスライムというものはいないものの、およそ食べ物には見えないのだろう。
「色に騙されちゃだめだぜ。ほれ、まずはこの辺りを食ってみろよ」
「あ、ああ……」
そう言ってレティシアが買ってきたのは、ういろうバー。抹茶に桜、そして白の三色をポンと渡す。
しばらくそれを、訝しげな顔で眺めていたリーナ殿だが、意を決して、まずは無難な白に手を出す。パクッと一口、それを食べる。
まあ、後は大体予想通りの展開だ。顔の表情が明るくなるところを見れば、ジャストミートしたってことだろう。
「なんと、これは……スイーツだったのか?」
なんだと思ってたのだ?いや、これがスイーツに見えなくても、仕方ないかもしれないな。
「どうよ、これがオオスのういろうだ」
どや顔のレティシアに構わず、あっという間にその三本を平らげる。しかしリーナ殿よ、お前さっき、味噌カツを平らげたばかりじゃないか。よく入るな。
で、そのままもう数本、ういろうバーを買おうとしたとき、ふとその店の外にある看板が目が映る。
「はぁ?ういろうパフェだって?」
「な、なんだと!?ういろうとパフェが、引っ付いたのか!」
そんなものまであるんだ。僕も知らなかった。すぐ脇にある店で、それが売られていた。
「よし、リーナ。これを食うぞ!」
「承知した!」
そんなものを見つけて、手を出さぬはずがない。2人とも、そっちの店になびいていった。慌てて僕も後を追う。
「んじゃ、このういろうパフェを3つだ!」
えっ?僕も食べるの?などと思ったが、にっこにこな満面の笑みで、メニューを眺めるリーナ殿とレティシアを前に、とても断れない。
レティシアも普段は抑えているが、食べるときは食べる。やはり、怪力魔女だからだろうか?
で、そのパフェが現れる。中央にクリーム、その下に抹茶とぜんざいをベースとするパフェで、ういろうはそのクリームの周りに配置されている。色からして、抹茶味のういろうだな。
食べてみると、あのほのかな甘みのういろうを、クリームが補完するといった具合の味だ。が、さすがに多いな、これは。
「なんでぇ、カズキ。もう食えねえのか?」
「いや……さっき、味噌カツを食べたばかりだぞ。お前ら、よく入るな」
「だらしねえなぁ。それじゃあ、ちょっといただくぜ」
などと言いながら、レティシアが僕のパフェにさじを突っ込んでくる。そしてういろうとクリーム、ぜんざいをごっそり削り取ると、それを口に入れる。
「なんと、もったいない話だな。私もいただくぞ!」
と、今度はリーナ殿がさじを突っ込んでくる。バクバクとそれを食べるリーナ殿。
心配など、要らなかったな。僕のパフェはあっという間にこの2人の餌食となった。
「ぷはぁーっ!今日はよく食ったぜ!」
「いや、味噌カツの本場の味もさることながら、ういろうも侮れぬな。さすがはナゴヤだ」
リーナ殿もレティシアも、ご満悦だな。だがこの2人、食欲が吹っ飛んでやがる。
「そういやあ、明日はおっかさんのところに行くんだろう?」
「ああ、もう連絡してある」
「もう3か月ぶりになるのか?」
「そうだな」
「なんだ、ヤブミ殿の母上は、この近くに住んでおるのか?」
「そうだ。このさらに南にある高層アパートの一室で暮らしてる」
「フタバも、顔を出すんだろうな」
「ああ、バルサム殿を連れていくといっていたそうだ。」
「そうか。ついにおっかさんと、顔合わせか」
明日はいきなり、異国どころか、異星の者を2人、連れていくことになる。いや、そのうちの一人は銀河すら違う。死んだ父さんも、きっとびっくりするだろう。
などと話しながら歩くと、ホテルにたどり着く。
さて、風呂でも入ろうかと思った矢先、レティシアが僕を引き留める。
「おい、カズキ、3人でやろうぜ」
「は!?」
とんでもないことを言い出したぞ。おい、レティシア、お前の感覚はどうなっているんだ。
「お、おい、3人でやるって、どうやるんだ!?」
リーナ殿も動揺している。
「そ、そうだ、レティシア!お前、無茶苦茶なことを……」
「何言ってやがる、交代でやりゃあいいじゃねえか」
「は!?交代!?」
どぎつい提案が、レティシアから飛び出す。
「いや、待て!交代とか、そういう問題では……」
「……致し方ないな。ならば、やるか」
と、今度はリーナ殿がやる気になってしまったぞ。おい、リーナ殿よ、お前それでいいのか?
「よし、決まったな。それじゃまずは、リーナとカズキからだな」
「はぁ!?」
もはや僕には、返す言葉を失いかけていた。とんでもない不埒なことが、今ここで始まろうとしている……
と思ったら、レティシアがなにやら取り出した。それは、小さな箱型の筐体。僕は尋ねる。
「あの、レティシア……これは?」
「ゲーム機だよ。最近、はまってるんだ」
そのゲーム機には、2つのコントローラーがついている。といっても、ただ握るだけのコントローラー。脳波コントロールのみの、物理ボタンがないタイプのものらしい。
「で、やるって、何をするんだ?」
「これだこれ、格ゲーだ」
電源を入れるレティシア。すると、空中にホログラフィーで表示されるゲーム画面。部屋の真ん中に浮かび上がる3Dキャラの派手な演出ののち、キャラクター選択画面で止まる。
「よし、リーナ、日ごろの訓練の成果を見せてやれ!」
「し、仕方ない。ではまず、ヤブミ殿から血祭りにあげるとするか……」
不敵な笑みで、こちらを見つめるリーナ殿。僕はそこで察する。
レティシアとリーナ殿が2人で過ごしているときは、これをやっていたのか。もっといかがわしいことをやっているものだと想像していた僕は、やはり心が汚れているのだろうか。
などと考えている間に、リーナ殿はもうキャラの選択を終えていた。慌てて僕も、適当なキャラを選ぶ。
『ラウンド・ワン!ファイッ!』
と、いきなりバトルが始まってしまった。リーナ殿が叫ぶ。
「先手必勝!」
よほど扱いなれたキャラのようだ。対する僕は、このゲームのルールをよく知らない。なんとなくは分かるのだが、あの自信満々のリーナ殿を相手に、どう戦えと……
と思っていたが、あっさりと2勝する。基本は脳波コントロールであり、僕自身は軍のシミュレーターで鍛えられていたせいか、臨機応変でどうにかなってしまった。
「な……なんてことだ……まさか、ヤブミ殿に敗れるとは……」
あれ、僕、なんかやっちゃいました?唖然とする僕の前で、レティシアが立ちはだかる。
「なんだ、弱いなぁ、リーナは。まさか、カズキに負けるたぁな」
「うう……」
今まで、何度も一緒に寝ていたから、そのたびに訓練していたんだろうな。それが、全く初心者の僕に敗れてしまった。落ち込むのは当然だろう。
が、それにしてはちょっと、落ち込み過ぎる気がする。そんなに僕は、悪いことをしてしまったのか?
「ほら、リーナ。ルールだからな」
「うう……し、仕方ない……」
と、リーナ殿はためらいつつも、なんと服を脱ぎ始めた。
「お、おいリーナ殿!一体何を……」
「ルールでよ、1つ負けたら、1枚脱ぐことになってるんだ」
「はぁ!?」
なんだそのいかがわしいルールは。おいレティシア、いくら何でも僕がいる前で、なんてことを……
「よし、それじゃあ俺がとどめを刺してやる。今度は俺と、リーナの対戦だ!」
「う……今度こそ、負けるものか!」
下着姿になったリーナ殿は、なりふり構わず今度はレティシアとの対決に挑む。
だが、大体想像していたが、僕に敵わないリーナ殿が、レティシアに敵うわけがない。当然、ストレート負けする。
で、2枚脱がされるわけだが、すでに2枚しか残っていないその下着姿で……
「気合が足りねえなぁ、リーナよ!そら、お仕置きだぜぇ!」
「ひえええぇ!」
と、一糸まとわぬリーナ殿に襲い掛かるレティシア。ああ、一時は不埒なことから回避できたと思っていたのに、思っていたのにぃ……
で、ひと暴れした後に、2人で仲良く風呂に入っていく。
こんなことをやっていたのか、レティシアとリーナ殿は。僕はようやく、この2人の夜の過ごし方を目の当たりにする。
暴れ過ぎたのと、食べ過ぎたのとで、僕ら3人はすぐに寝てしまう……
そして、翌朝。
「おう、カズキにレティちゃん。先に来てたよ」
「なんでえ、フタバ。もう来てたのか?」
高層アパートの実家にたどり着くと、すでにフタバとバルサム殿が来ていた。
「ああ、カズキ。おかえり」
「ただいま、母さん」
「おう、おっかさん、久しぶりだなぁ」
久しぶりに、フタバも帰ってきたせいか、母さんの表情もいつもより明るい。で、その母さんが、レティシアの脇に立つあの皇女様に目が留まる。
「あれ?この方は?」
「あ、ああ、こちらは先日までいた、銀河を超えたところの地球1019という星のフィルディランド皇国の皇女様で……」
僕が紹介しようとすると、レティシアが一言、こう言い放つ。
「ああ、こいつはカズキの2人目の嫁だぜ」
さっきまで明るかった母さんの表情が、まるでゲリラ豪雨の前触れに現れる黒い雲のように、瞬く間に暗い表情へと変わる。




