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#116 帰郷

「トヨヤマ管制から、入港許可!」

「了解、両舷前進最微速!」


 西暦2490年8月11日。地球(アース)1010に旅立ってちょうど1年経ったこの日に、僕は再びナゴヤに帰ってきた。


「確かトヨヤマと言えば、ヒデヨシ公とイエヤス公とが直接対決を行った、コマキ・ナガクテにほど近い場所の宇宙港。私もぜひ一度、来たいと思っておりました」


 と、急に解説ぶるのは、ヴァルモーテン少尉だ。


「なんだ、そのヒデヨシ、イエヤスというのは?」

「共に、ここニホンでかつて、天下を取った方々の御名前ですよ。ヒデヨシ公とは、農民から商人、足軽、侍大将を経て、最終的には天下人となる、文字通りの下剋上を体現された方であり……」


 ああ、また始まった。ヴァルモーテン少尉はこの通り、やたらと知識はあるが、それを披露するタイミングがあまりにも悪い。誰も聞いていないのに、この通り、ベラベラと喋り出す。

 首席というだけあって、確かに知識が豊富なのは分かる。が、他に関心ごとはないのかと聞きたい。


「……なお、我がドイツにも、ビスマルク宰相にお仕えしたモルトケ元帥閣下という方がおられまして、ヒデヨシ公同様、当時において俊速の戦術を編み出し、数々の戦果を挙げられたのです」

「なんだと!?そのような人物も、この星にはおるのか!ぜひ、聞かせてくれ!」

「分かりました、皇女様。モルトケ元帥閣下の代表的な戦いとしては、ケーニヒグレーツの戦いというものがございまして……」


 で、なぜかヴァルモーテン少尉の話に夢中なのが、リーナ殿だ。戦乙女(ヴァルキリー)と言われた人物だけに、少尉の語る戦術話が面白いらしい。

 そういえば、ヴァルモーテン少尉の卒業論文を読んでみた。テーマは、「現行兵器における近接戦闘への対処戦術」という。要するに、駆逐艦隊に対するゲリラ戦術による攻撃を受けた際、バリア以外の方法でどう対処すべきかを説いた論文であるが、駆逐艦の持つ制約の下で、なかなか興味深い論理を展開している。

 が、その一方で、あまり女性らしい趣味を持たないようだ。服は常に軍服だし、なぜかクラウゼヴィッツの「戦争論」を読むのが趣味という、こういってはなんだが、相当な変わり者だ。

 しかし、真面目な性格ゆえに、ジラティワット少佐の補佐を立派に務めている。ただ、それはそれで、グエン少尉は気がかりで仕方がないようだ。何せ、若い女性士官と同じ職場でべったり、しかも、有能ときた。気が気でないのは、当然のことだろう。

 が。


「いやあ、リーナ殿にはいつも助けられてますね。私は、あの手の語り手は苦手で……」


 作戦参謀であるジラティワット少佐が引くほどの戦術話を展開するあの少尉に、少佐がグエン少尉から鞍替えすることはまずないだろう。


「両舷微速降下!」

「高度300!トヨヤマ港第45ドックのビーコン受信!」


 徐々に降下を続ける0001号艦だが、リーナ殿の視線は、トヨヤマ港には向いていない。

 窓の向こうに見える、スッとそびえ立つタワーが気になるらしい。それはそうだろうな、あれは目立つ。

 そのタワーとは、高さ800メートルの「テレビ塔」だ。恒星間通信に使われるあのナゴヤのシンボルタワーは、このトヨヤマからも見える。

 そして今、トヨヤマのドックに接舷する。


「前後繋留ロック接続確認!ロックよし、艦固定よし!」

「機関停止!」

「了解、機関停止!」


 横には、似たような駆逐艦がずらりと並ぶ。ついにリーナ殿は、ナゴヤに足を踏み入れることになる。


「さ、到着した。降りるか」

「あ、ああ……」


 艦長の艦内放送が響く中、僕はリーナ殿を連れて艦橋を出る。エレベーター前で、いつものようにレティシアが待っていてくれるはずだ。僕はそう考えながら、艦橋右端にある扉へと向かう。


◇◇◇


 なんだこの暑さは……?まるで暖炉のすぐ脇に立つように暑い。猛烈な暑さに、私は一瞬、倒れそうになる。

 吸い込んだ気が、体内に流れ込むのが分かる。胸のあたりが、ムッと熱くなる。だがそれも一瞬。周囲の暑さが身体全体を覆うと、それもなくなる。


「な、なあ、ヤブミ殿……まさかここは、地獄の入り口ではないだろうな?」


 私の質問に、ヤブミ殿はこう応える。


「ナゴヤの夏は、こんなものだ」


 こんなものなのか?よくこれで、民は文句を言わぬものだな。すでに瘴気に覆われた大地のようなものだぞ、人の住める場所ではない。

 よく見れば、地面がどこも真っ黒だ。やはりここは瘴気に侵された場所ではないのか?だが、ヤブミ殿もレティシアも、気にかける様子はない。

 そこで私は「うちわ」なるものを取り出す。レティシアが、必ず必要になると言って、私に渡してくれた。現にレティシアも今、それでバタバタと顔を仰いでいる。

 私もそれに倣って顔を仰ぐ。ああ、確かに涼しいな、これは。だが、何だろうな……随分と原始的過ぎないか、この解決策は。

 そのうちわには、何やら絵と文字が描かれている。なんだこの巨大な赤くて丸い物体は?その中に黒く、異国の文字らしきものが書かれているが……


「おう、そのうちわの絵柄が気になるのか?」


 レティシアが私に尋ねる。


「ああ、気になる。なんだこの物体は?」

「これはちょうちんだ」

「ちょうちん?」

「昔の灯りだよ。こいつん中に、ロウソクを入れて灯してたんだ」


 灯りか……なんだ、我々の使っているものとさほど変わらないではないか。さっきから、原始的なものばかりが出てくるな。ここは本当に、最先端の星なのか?


「……ということは、こやつの中にもロウソクが入っておるのか?」

「まさか、今どきそんなことしねえよ。これは看板だ」

「看板?どこの看板だ」

「オオスだよ」

「オオス?」

「まあ、これから嫌でも関わるところだ。楽しみにしとけ」


 オオス、また新しい名前だな。ナゴヤとはどう違うのか?その奇妙な看板とやらを眺めて、私はどちらかというと不安を覚えていた。


「赤……この国にとって赤色は、特別な意味があります」

「そうなのか?」


 と、突然、ヴァルモーテン殿が口を開く。


「さようです、皇女様。とあるアニメで、赤色を基調とするロボット兵器を操る人物がいることでも有名ですが、それ以前にも、赤色の鎧、兜で揃えた、イイ・ナオマサ公の赤備えという例もございます」

「なんだと!?赤い鎧だと!?なんという派手な……」

「勇猛果敢な武将でしたので、その異様な見た目と合わせて、赤鬼と恐れられたと伝えられております。なお、そのルーツには、かの有名なタケダ・シンゲン公の……」


 赤い鎧か。そんな発想が、この世にはあるのだな。私が第8軍を率いている時に、それを知っておれば倣ったであろうに。

 滔々と武将の逸話を説くヴァルモーテン殿の話に、耳を傾ける私だが、それを冷めた目で見るヤブミ殿。何かおかしなことでも、私はしているのか?

 そして、私とヤブミ殿、レティシア、ヴァルモーテン殿は、バス停と呼ぶ場所にやってくる。


 日差しが熱い。にも関わらず、大勢の者が並んで待っている。わずかな(ひさし)では防ぎきれぬほどのこの強烈な日の光を、うちわで防ぐ。

 と、急に大きな影の下に、私は覆われる。雲でもかかったかと思いきや、そこには大きな箱のようなものが浮かんでいた。

 それはゆっくりと、庇の向こうに降りてくる。地上に降りるとそれは、側面が大きく開く。そして、何やら喋り始める。


『このバスは、トヨヤマ発、メイエキ、オカザキ経由、トヨハシ行きです』


 ……どうやら、これがバスという乗り物のようだ。うちわやちょうちんのような原始的なものを使っておるかと思えば、乗り物は平気で空を舞う。よく分からぬところだ。

 そのバスに、待っていた人々は乗り込む。私とヤブミ殿ら一行も、ぞろぞろと乗り込む。

 中に入ると、そこは驚くほど涼しい風が吹く。外の地獄が、嘘のようだ。そこには椅子が並んでおり、レティシア、ヤブミ殿と共に座る。

 が、これに乗ってどこへ行くのか?私はヤブミ殿に尋ねる。


「なあ、ヤブミ殿よ、これは一体、どこに向かうのか?」

「ああ、メイエキだ」


 また謎の地名が出てきたぞ。どこだ、メイエキとは?ナゴヤというところに向かっているのではないのか?


「なあ、ヤブミ殿。ナゴヤに行くのではないのか?」

「いや、ナゴヤに向かっている」

「だがそなた今、メイエキだと……」

「ナゴヤの中の地名だ。他にも、サカエ、オオス、カナヤマなどがある」


 なんだ、メイエキもオオスも、ナゴヤの中にある場所のことか。しかし……私は尋ねる。


「ならばナゴヤとは、どこまでを指すのか?それほど広いところなのか?」

「広いな。ちょうどこの窓から見える範囲は、ほぼナゴヤだ」


 そう言って、ヤブミ殿は窓を指差す。それを見た私は、その光景に圧倒される。

 なんだ、ここは……駆逐艦ほどの長さの塔が、縦に幾重にも並んでいるのが見える。それら全てに窓があり、その姿はさながら城のようだ。

 その向こうには、駆逐艦の中からも見えたあの高い塔もある。真上から見ても、あれだけは高いと思っていたが、地上近くだと、その周囲の建屋の高さにも気づく。


『毎度ご乗車、ありがとうございます。次の停車は、メイエキ。地下鉄、長距離バスへは、次のメイエキでお乗り換え下さい』


 また何か喋ったぞ、このバス。どうやらもう、メイエキとやらに着いたようだ。徐々に地上に向かうバス。そして、その大地に降り立つ。

 いや……大地といっても、土が見当たらない。またしてもあの真っ黒な、瘴気を染み込ませたようなどす黒い大地だ。その上に、おびただしい数の人が、あの高い建屋の合間を往来している。

 地上には、馬車らしきものが走っているが、馬はいない。馬も御者もおらずに、たくさんの馬車が所狭しと走り回っている。


「おい、行くぞ!」


 と、レティシアが声をかけてくる。奇妙な馬車の集団を横目に、レティシアとヤブミ殿、そしてヴァルモーテン殿の元へと向かう。


「どこに行くのだ?」

「ああ、昼飯だ」

「まさか、ナゴヤ飯か?」

「そうだ。だが、今までに食ったことのねえもの、食わせてやる」


 レティシアが、なぜか自信満々に語る。ということは、美味いのか?思わず、口の中が潤う。

 それから、高い建屋が立ち並ぶのとは反対に、バスと呼ばれる乗り物が次々と降り立つ比較的低い建物のその下へと向かう。

 にしてもだ、どうしてこれほどの人々が、このようなところに集まってくるのだろうか?周りは、おそらく城と思われる建物だらけ。まさか、戦さの準備か?


「なあ、ヤブミ殿よ。何ゆえこれほどの人が、立ち並ぶ城の間を巡っておるのだ?」

「は?城?城なんて、ここにはないぞ」

「いや、周りには高くて窓のある建物だらけではないか。これが城と言わずして、何というのだ?」

「ああ……ビルのことか。リーナ殿、あれは城ではない」

「なんとっ!?あれほど高い建屋が、城でないと申すか!ならば、あの建屋は何ゆえにこれほど高いのか!?」

「ええと……そうだな、昼食を終えたら、そのビルの一つに連れて行ってやる。ついでに、ここで城と呼ぶものも同時に見せてやる。それまで待て」


 驚いたことに、ここにあるあの高くそびえ立つあれらの建屋は、城ではないという。では何ゆえにあれほど高いのか?物見以外の目的に、あれほど高くする必要がどこにあるのか?


「城……確かに、ここにはヤブミ閣下がおっしゃる通り、有名な城がございますね。それはまさに……いや、後のお楽しみとして、ここは語らずにおきましょう」


 ヴァルモーテン殿まで、何かをひた隠すような物言いだな。何があるのだ、ここは?

 その間も、人の波にもまれながら歩き、そして階段で地下に潜る。

 まるで、地下迷宮にでも入り込んだようだ。が、そこには食べ物を扱う店が集まっている。そして、ある場所へとたどり着く。


「おう、ここだぜ」


 と、レティシアが指差すその先には、異様に頭と目の大きな、異国の服を着た不思議な絵の描かれた奇妙な看板がある。


「な、なんだ、ここは?」

「昼飯には、お手軽ないい店だぜ。さ、入るぜ」


 と、たいして説明もなしにその店に入ることになる。

 見たところ、あれはラーメンだ。だが、妙にスープが白い。私もダニエラ殿やタナベ殿に倣って、ラーメンとやらを食べてみたことがあるが、あれをナゴヤ飯だとはレティシアも言わなかった。これのどこが、ナゴヤ飯なんだ?


「んじゃ、みんな肉入りラーメンでいいな。それとクリームぜんざいもセットな」


 と、レティシアが言う。やはりラーメンなのか。選ぶ余地も与えられぬまま、何かを注文されてしまう。

 地上にある店だから、てっきり給仕が運ぶものかと思いきや、なんとこの店は、自分で取りに行かねばならぬようだ。それをレティシアが、一人で運んでくる。

 運ばれたラーメンを見る。うーん、確かにラーメンだが……駆逐艦の食堂で食べるそれとは、随分と違うな。何よりも、スープが白く、丸く切られたハムのようなものが並んでいる。


「それじゃ食うぜ、いただきまーす!」


 と、レティシアが早速それに箸をつける。まだ箸が上手く使えぬ私は、フォークを使って食べることにした。

 ……が、なんだこのフォークは?スプーンの先に、槍先が4本。その奇妙な形のフォークに閉口しつつも、それを使って私はラーメンをすくい上げ、口に運ぶ。

 な、なんだ、この味は……駆逐艦のラーメンとは、明らかに違う。決して上品とは言えぬ味だが、塩辛さよりも旨味が勝る、癖になりそうな味だ。

 薄っぺらいハムのような肉も、くどさがなくて歯ごたえがあり、これはこれでこの麺によく合う。麺にスープ、そしてこの肉と、どれをとってもたいして高級そうな印象もない食材でありながら、そのバランスがなんともいえぬ味を生み出している。


「どうだ、驚いただろう。しかも安いから、他の店で1杯食べる金額で、ここじゃ2杯はいけるぜ」

「安いのか、このラーメンは?ならば、もう1杯食べたいのだが!」


 思わず私は、2杯目を要求してしまった。

 レティシア曰く、この安さでこの味は、まさにこのナゴヤの周辺でしか味わえぬとのことだった。だから、ナゴヤ飯なのだと。


 で、3杯食べたところで、レティシアがクリームぜんざいなるものを持ってきた。それを見た私は、思わず眉を顰める。

 上に載っているのは、いわゆるソフトクリームというやつだな。これは戦艦キヨスでも、食べたことがある。

 が、その下の黒いやつは何だ?まるで瘴気のように、べっとりと皿の底に広がっている。


「おい、レティシアよ……この上に乗る、瘴気のようなものはなんだ?」

「はぁ?瘴気じゃねえよ、ぜんざいだ」


 まるで説明になっていないな。まあいい、食えというのだろう、食えと。私は、今度は槍先のない普通のスプーンで、うえのクリームと、下の瘴気をすくい取って、口に入れた。

 口の中に、その甘さが広がる。クリームの甘さは経験済みだが、その下の瘴気……ではないな、ぜんざいと言ったか。そのぜんざいの異なる甘さが、口の中でうまく混ざり合い、絶妙な味を醸し出している。

 よく見ればそれは、細かい豆がちりばめられている。まさか、この黒い豆から出る味なのか、これは。

 ふと、ヴァルモーテン殿を見る。先ほどまで、無表情にラーメンを食べていたのに、なぜだろうか、このクリームぜんざいを前にして、急に顔の表情が変わる。

 頬を抑えながら、にやにやと無言でそれを口に運ぶヴァルモーテン殿。口に入れるたびに、びくっと身体を震わせながら、再びほほを撫でてはにやけている。

 いや、私も思わずにやけそうだ。これはたまらない。特にこの黒いやつは、見た目とは異なる味、まさに反則ではないか。


「ぐふふ、2人とも、気に入ったみてえだな」


 と、いやらしい笑みを浮かべながら、私とヴァルモーテン殿を見るレティシア。するとヴァルモーテン殿は、顔を真っ赤にしながら反論する。


「い、いえ、栄養補給のため、致し方なく食事に及んでいるだけです!」


 一瞬、その表情がいつものに戻るが、スプーンですくい口にするや、再び顔がにやにやとしている。いつものあの凛々しいヴァルモーテン殿が、この甘い瘴気にやられてしまったようだ。

 が、その気持ちは、私にはよく分かる。


「さて、ホテルに向かう前に、あそこに向かうか」

「おお、行くのか、あそこに」


 なにやら意味深なことを言い始めるこの2人。だが、その会話が見えない。


「向かうとは、どこへ行くのだ?」

「テレビ塔の次に、高い建物だよ」


 ますます、何のことか分からないな。どこだ、それは?

 そして、先ほどくぐってきたあの建物の下を引き返す。再び人の波を超えてまたビルと呼ばれる高い建屋のそびえる地に出る。

 そのまま、向こうへゆくのかと思いきや、また階段を降りる。

 ここもまた地下迷宮か。それにしても、さっきよりも人が多い。通路の両側にはやはり店が並ぶが、食べ物屋はほとんど見かけない。

 やがて、とある扉をくぐると、人がぐんと減る。さらに奥へと進むと、エレベーターが現れた。


「あの、ヤブミ殿、どこへ行くのか?」

「ああ、展望台だ」

「展望台?」

「リーナ殿には、物見櫓といった方が通じるかな。」


 な、なるほど、物見櫓か……って、ここはものすごく高い建屋ではなかったか?若干の不安を覚えつつも、とにかくやってきたエレベーターに乗り込む。


 ぐんぐんと昇るエレベーター。だが、どこまで行くつもりだ?ガラス張りのこのエレベーターからは外が丸見えであり、自身が猛烈な勢いで昇っていくのが分かる。

 ……いや、待て、まだ着かないのか?地上の人や馬車が、すでに胡椒粒ほどになってもまだ昇る。相当高い場所に来たが止まる気配がない。

 先ほど歩いてきた建物の上が見える。バスと呼ばれる乗り物が、たくさん降りている。ちょうど目の前にも一台、降りていくのが見える。私が乗ったものよりも、遥かに大きいバスがいくつも見え、それが地上のただっ広い広場の上に並んでいる。


「そういやあ、ジラティワットとグエンのやつ、タイのバンコクに向かうバスに乗った頃かな」

「あれがそうじゃないか?タイの国旗が見えるし。」


 などと平然と話をしているヤブミ殿とレティシアだが、こっちはそれどころではない。

 当然、ヴァルモーテン殿もこの高さには慣れたもので……では、なさそうだな。真下を見て、顔色を失っている。


「よし、着いたぜ!」


 ようやく、最上階に着いた。そこは、とんでもなく高い場所。駆逐艦で、高い場所には慣れていたつもりだが、ここはガラス一枚隔てた向こうは断崖絶壁。直にその落差を味わうためか、恐怖の度合いが全然違う。

 エレベーターを降りて、中に向かう。壁沿いに通路があって、その向こうはまさに絶壁であり、その壁沿いに通路が伸びている。だから、絶壁の恐怖を味わいながら、歩くしかない。


「この向こう、あの辺りが、今日泊まるホテルのある場所だ」


 と、ヤブミ殿が指差す方には、また高い建屋が並んでいる。中でも、一際高い一本の塔が見える。

 ここでも高いが、それを遥かに上回る高さの塔、私はヤブミ殿に尋ねる。


「ヤブミ殿、あの高い塔は、なんだ?」

「あれか、あれは恒星間通信用のアンテナ塔で、『テレビ塔』と呼ばれている」

「ということは、あの辺りはテレビという名の場所か?」

「いや、あそこはサカエというところだ。その名前には、いろいろと理由がある。が、少なくとも地名ではない」


 あれは、通信用のアンテナだと言っていた。つまり、あれを使って宇宙の船と会話をしておるのか。


「あの塔は、高さ800メートル。このビルは492メートル。人が立ち入れる建造物では、ここが一番高い場所だ」

「なあ、ヤブミ殿」

「なんだ?」

「この建屋の高さだが、どこか中途半端な気がするのだが……」

「ああ、それは隣のビルが、高さ490メートルだからだ」

「どういう意味だ?」

「つまり、高さを一番にするために、隣のそのビルより2メートルだけ高くしたんだ」


 なんだか、ケチ臭い話を聞いたような気がするな。にしても、こういう時、いろいろと語ってくれるヴァルモーテン殿が、妙に静かだ。私は、ヴァルモーテン殿を見る。

 すると、ヴァルモーテン殿は目を回しながら、ふらふらとふらついているではないか。慌てて私は、倒れそうな彼女を支える。


「おい、ヴァルモーテン殿!」

「か……かつてドイツのユンカース社製Ju87 シュトゥーカは、高度4000メートルからの急降下爆撃を行う際に、威嚇用のサイレンを鳴らしながら敵兵士に恐怖を植え付けたことで知られ……」


 訳の分からないことを口走りながら、目を回すヴァルモーテン殿。まさか、この高さにやられたというのか?


「なんでぇ、だらしねえなぁ」


 それを笑うレティシアだが、私からヴァルモーテン殿を受け取ると、両手で抱きかかえて通路を歩く。口は悪いが、態度は優しいところがある魔女だ。

 で、ヤブミ殿とレティシアについて、ぐるりと通路に沿って景色を眺める。だんだんと高さに慣れて、その下に広がるビルと呼ばれるたくさんの高い建物や、ところどころある低い建物や広場を眺める。

 が、かなり広い場所に目が留まる。そこは堀と低い城壁のようなもので囲まれている場所。ところどころ、建物らしきものも見える。

 そして、その真ん中あたりに、薄緑色の奇妙な形の屋根の建物を見出す。


「ヤブミ殿、あれはもしや、城ではないのか!?」


 私は、ヤブミ殿にその奇妙な建物を指差してみせる。


「ああ、そうだ。よく分かるな。あれは、ナゴヤ城だ」

「ナゴヤ城……」

「高層ビルに囲まれて、ここからでないとあれが見えないんだ。今から700年以上前に建てられた城だが、大昔に焼失し、今のあれはその後に建て替えられたものだがな」


 そう言いながら、ヤブミ殿はなにやら奇妙な2つの筒が重なるものを指差す。


「あの双眼鏡で、覗いてみればいい」


 そこで私は、ヤブミ殿に言われる通りその双眼鏡とやらを覗いてみた。

 それは、遠くのものを大きく見ることができる仕掛けであった。それを動かして、その奇妙な建屋に向ける。


 器用に積み上げられた石積みの土台の上に立つそれは、薄緑色の屋根に、白い漆喰の壁といくつかの窓、そしてそのてっぺんには、金色に輝くよじれた魚のような装飾。

 周りのビルに埋もれて、堀の中でひっそりと建つその小さな城は、しかしこのナゴヤという街の象徴であるかのような存在感がある。その双眼鏡を通じて、私はこの街の歴史の奥深さを感じていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 赤備え、カッコいいですよね。 集中的に狙われるから自分ではつけたくないですけどね!グレードアップして全身金色にするのもありかな?肩は赤く塗ったり"百"と描いたり… [気になる点] リーナ殿…
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