#115 新人
ヤブミ殿が叫ぶ。
「全艦に下令、進路変更、面舵90度!」
「了解!全艦に伝達、進路変更、面舵90度!」
明らかにこれは、敵の艦隊を見つけたということのようだ。ジラティワット殿が、ヤブミ殿に何かを進言している。
「提督、このまま出力を落としつつ、密かに敵艦隊への接近を試みてはいかがでしょうか?さもないと、敵に感づかれてしまいます」
「いや、ここは敢えて目立つ行動を取る。我々の行動を露骨に見せつけ、敵の戦意を挫く。今は敵の艦隊を殲滅するのではなく、追い払うのが目的だ」
「はっ!」
「よし、最大戦速!敵艦隊との距離を、一気に詰めるぞ!」
まるで指揮官らしくなってきたな……いや、この男は元々、指揮官だったな。時折見せる、この凡庸ならざる振る舞いに、私はこの男に何か、憧れを超えた何かを抱く。
「敵艦隊、回頭!横陣形を展開!」
「こちらとやりあう気か……撤退は、しないのだな」
「いかが致しましょう、提督」
「そうだな。では、正面にワン隊、ステアーズ隊、カンピオーニ隊を配置する」
「メルシエ隊、エルナンデス隊は、いかが致します?」
「この2隊は、左右側面から接近させる。エルナンデス大佐にとっては、謹慎解除後、初の復帰戦だ。貴官の健闘を祈る、とでも送っとけば、やる気を出してくれることだろう」
そういえばこの艦隊は、全部で5つの戦隊に分けていると言っていた。それぞれ100隻づつで、合計500隻。といっても、今は500を少し切っていると言っていたが、ともかく、それだけの数で200の相手に立ち向かう。
「敵艦隊まで、47万キロ!」
「砲撃戦用意!陣形を整えつつ、前進!」
「敵艦隊、急速接近!」
「エルナンデス隊、メルシエ隊に打電!射程外でも構わない、砲撃を開始せよ、と!」
「了解!」
正面のモニターには、敵味方の陣形が映し出されている。200隻の敵の正面に、300の艦艇を配置し、その左右から挟み込むように、100隻づつが接近している。
窓の外を見る。その左右の2隊、200隻から砲撃が行われている。ビームと呼ばれる青白い無数の光の筋が、瞬いては消える。
「敵艦隊まで距離45万キロ!」
「ワン隊、カンピオーニ隊、ステアーズ隊に合図、砲撃開始!」
「了解、砲撃開始を合図します!」
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
ヤブミ殿と、オオシマ艦長が交互に戦さの開始を告げる。その直後から、キィーンという甲高い音が響き渡る。
そういえば、この船にはとてつもなく大きくて強力な大砲が付いている。あれだけ大きな砲だ、当然、その音もとてつもなく大きいのでは……
そう思った矢先だった。
『砲撃管制室より艦橋!初弾装填、完了!撃てーっ!』
この号令の直後、まるで森の中で遭遇した眼前の落雷の如く、猛烈な音が響き渡る。あまりの轟音に、私は思わず両手で頭を覆う。
と同時に、眩い光が窓いっぱいに照らされる。轟音の余韻で、床がビリビリと震える。すぐに光が消え、再び真っ黒な宇宙が見える。
いや、青白い光の筋が、左右からも伸びる。あれと同じものを、他の船に付けられたあの大砲から放たれている。
キィーンという音が鳴り響く中、こんな報告が聞き取れる。
「初弾命中!ナンバー102、消滅!」
「目標変更、ナンバー104!」
「目標変更指示!ナンバー104!」
その指示が終わるや否や、再びあのドドーンという落雷音と、窓いっぱいの眩い光が飛び込んでくる。なんという恐ろしい音だ。我々の銃や大砲など、比べ物にならぬ。
この一撃で、皇都が吹き飛ぶと言っていたが、その意味がようやく飲み込めた。これを向ければ間違いなく、皇都は焼き尽くされる。それほどの威力のものを、たった200の船に向けて叩きつける。
私が砲撃の轟音と格闘しているというのに、ヤブミ殿を始め、艦橋にいる皆はまるで意に介すことなく自らの役目を果たしている。あのダニエラでさえ、涼しい顔で鏡を覗いている。慣れるものなのか、この音に?
すでに5発ほど放つが、その全てが当たる。そういえば、この砲を撃つのは、あのカテリーナだ。あやつは、狙った獲物を確実に仕留めると、そう言っていた。現に私も、あのゴーレム山でその腕前を直視した。
しかし、6発目が放たれた直後に、状況は一変する。
「敵艦隊、後退します!」
そういえば、あちらからのビームの光は一本も届かぬまま、連盟の軍とやらは退き始める。ヤブミ殿が、叫ぶ。
「全艦、砲撃停止!」
「了解!全艦、砲撃停止!」
それをジラティワット殿が復唱する。と、外を飛び交っていたあの青白い光が、一斉に消える。報告が続く。
「敵艦隊、さらに後退!距離、48万キロ!」
「エルナンデス隊、メルシエ隊に後退命令!それぞれ艦隊主力左右に移動し、横陣形を展開せよ、と」
正面の陣形図を見れば、敵の陣らしき四角の模様が、徐々に離れていく。それに合わせて、左右にいた100隻づつの集団が、こちらの陣の横へと移動を始めているのが見える。
「エルナンデス大佐から、文句が来ないですね。今のところ、素直に従ってます」
「さすがに、この間の謹慎が効いたのだろう。このままずっと、こうありたいものだが……」
「どうですかね、このまま大人しくなる気がしませんが……」
なにやらヤブミ殿とジラティワット殿の間で、ぶつぶつと会話がなされているが、その間にもあの敵は、後退を続けている。
ともかく、私にとっての宇宙での「初陣」は、呆気なく幕を閉じた。
◇◇◇
「で、わざわざ戦艦ノースカロライナまで来たというのか」
「はい、その通りです」
「まったく……うちの司令部の幕僚、技術部の連中は、何を考えているんだ。位置的にもその内容的にも、そのまま地球001へ向かわせるのが正解だろうに」
「一応、技術部にて我が艦をチェックしていただいてます。それが終わり次第、地球001へと向かいます」
「うむ、まあ仕方がない。手間をかけてしまったな」
珍しく、この大将閣下が僕に詫びている。やはりというか、我々の第1艦隊への合流を、コールリッジ大将にきちんと打診していなかったようだ。簡単な点検だと思ったようだが、もちろん、ここでは根本的解決はできない。
とにかく、腐食の激しい0001号艦以下、10隻については、とりあえず応急処置を施すこととなった。それが完了でき次第、地球001へと向かう。
「で、貴官の新しい奥方が、そちらの皇女様か」
「ええと、大将閣下、その言い方はあまり……」
「なんだ?私はそう聞いているぞ。違うのか?」
「違うような、違わないような……そんなところです」
「はっきりしないな。艦隊司令官たるもの、そのような曖昧な態度ではダメだぞ」
「はっ……承知致しました」
とは言っても、こればかりは中途半端に応えるしかない。明確に肯定もできないし、また、否定もできない。その様子を、横で見ているレティシアはほくそ笑みながら聞いている。
「で、あなたがリーナ皇女殿か」
「はっ、お初にお目にかかります、閣下!」
「うむ、まあそれほどかしこまらなくてもいい。だいたい私などは、その横のレティシア殿から先日、ボーリング場で痛い目に遭わされたほどだからな」
「あははは……その節は、どうも……」
レティシアに負かされたことを、まだ根に持っているんだろうか?一見すると、度量のある人物に見えるが、妙にねちっこいところがあるからな、このコールリッジ大将というお方は。
「おい、ヤブミ殿、コールリッジ殿とは、どのような方なのだ?」
と、小声で僕に尋ねるリーナ殿。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「何も聞いておらんぞ」
「駆逐艦1万隻、戦艦30隻、軍民合わせて160万人が所属する第1艦隊の、総司令官だ」
「ひゃ……160万人!?皇都より多いではないか!それほどのお方だったとは……」
確かに、艦艇数や人数を聞くと、驚くだろうな。ただ実際、皇帝陛下より偉いかといわれると、かなり微妙だが。
「そうそう、貴官が申し出ていた、追加の幕僚についてだが」
と、いきなり僕自身も忘れかけていた話題を、大将閣下が口にする。
「えっ!?幕僚!?」
「なんだ、いらんのか?」
「そんなことありません!ぜひ、いただきたいです!」
「人選の結果、一人、ちょうど良い人物がいた。我が第1艦隊に配属されて2年目の若者だが、軍大学を首席で卒業。まあ、貴官とよく似た境遇の人物だ」
「は、はぁ……」
「戦術と兵站が専門だ。今日付で、第8艦隊へ転属とした。まあ、可愛がってやってくれ。で、これがその書類だ。一読し、サインして司令部に提出しておいてくれ」
「はっ、承知しました」
「すぐにでも、挨拶に行くことになると思うぞ。なにせ、真面目な人物だ。貴官の幕僚には、ぴったりな人物だろうな」
コールリッジ大将は、とてもご機嫌だ。だからこそ僕は、警戒する。この人物が上機嫌な時ほど、ろくなことがない。
まあいいか、これでジラティワット少佐の負担が減らせるならば、それに越したことはない。
「んで、どんなやつなんだよ!」
それから僕とレティシア、そしてリーナ殿の3人は、そのままあのひつまぶしの店へと向かう。リーナ殿は、出てきたお櫃の中に並ぶうなぎと対面して、戸惑っているところだ。
「なあ、レティシアよ。なんだかこれ、ヘビを開いたような形の生き物に見えるのだが……本当に食えるのか?」
「ごちゃごちゃ言ってないで、まずは食ってみろよ。こう見えても、高級食材なんだ。美味いぞ」
「そ、そうか……」
ひつまぶしデビューのリーナ殿は、まず一杯目に恐る恐る手を付ける。だが、それを一口入れるや、その不審顔が一気に笑顔に変わる。分かりやすい皇女様だ。
「んで、その新人ってのは、どんなやつなんだ?」
「ちょっと待て、なになに……ええと、名前が、アウグスタ・フォン・ヴァルモーテン、だそうだ。階級は少尉。軍大学主席で卒業、と書かれているな」
「なんでぇ、なんか硬い名前だなぁ」
「名前からすると、プロシア貴族の末裔、と言ったところか?」
「なんだと!?貴族!?地球001にも、貴族はいるのか?」
ひつまぶしに夢中だったのに、貴族という言葉に反応するリーナ殿。
「まあ、フィルディランド皇国のようなガチの貴族はいないけど、いることはいるかなぁ」
「そうなのか。うむ、そやつとは、上手くやれそうな気がするな」
貴族だからという理由で、上手くやれると判断するのは危険な気がするな。貴族にも、色々いるだろう。
さてと、僕も久しぶりのひつまぶしを堪能するとしよう。早速僕も、一杯目を入れ、そして一口いただく。
と、その時だ。僕はいきなり呼ばれる。
「ヤブミ准将閣下でいらっしゃいますね」
「ああ、そうだが」
僕は声の主の方を見る。そこには、金髪で、やや小柄な女性士官が立っていた。
しかしこの女性士官、小柄なわりには胸が大きめだなぁ……いや、そんなことは、どうでもいい。それにしてもわざわざこんな店までついてくるとは、僕になんの用だろうか?
と、その女性士官は、僕に敬礼する。僕は、返礼で応える。
「私は、本日付で第8艦隊に転属となりました、アウグスタ・フォン・ヴァルモーテン少尉であります」
「アウグスタ・フォン……えっ!?女性士官だったの!?」
「はっ!専門は、艦隊戦術論と兵站です。以後、お見知りおきを」
なんと、新しい幕僚は、女性士官だった。
青く鋭い目つきに、硬い口調。ああ、これがコールリッジ大将が送り込んできた人物か。
何か、一癖も二癖もある人物だな、僕はそう、直感で感じた。




