#114 銀河系
「抜錨!駆逐艦0001号艦、発進!」
オオシマ艦長殿の号令とともに、この船は浮上を始める。私は、窓の外を見る。
フィルディランド皇国の皇都ヘルクシンキ。120万の民が住むというこの街とも、お別れだ。
もっとも、ここを離れたからと言って、まったく来られない場所になるわけではない。交流が始まれば、地球1010からも定期船が出るだろうから、一生来られないというわけではない。
が、そう簡単に戻ることができないのは間違いない。私は、この街の様子を目に焼き付けようと、窓の下をじっと見る。
船が浮上する。いよいよ、この街ともお別れだ。
いい思い出ばかりではなかった。思い出すのは、戦いのことばかり。魔物との戦い、そして、第5軍に追われ、魔物の森に入ったあの逃避行。
今となれば、まるでスマホの中の動画のようなものだ。あのような苛烈な過去があったことなど、自分でも信じられないほど、今の生活は一変した。
「リーナ殿、やはり、皇都が名残惜しいのではないか?」
ヤブミ殿が、私に尋ねる。
「いや、それはないな」
「そうか?それならばいいが」
「そんなことよりも、この先の不安で心が満たされておる」
「ああ、そうなのか……」
正直言って、皇都にさほど未練はない。今、ヤブミ殿に話した通りだ。それ以上に、私はこの先の不安の方が気がかりだ。
他の星へ行き、そこで暮らす。たったそれだけのことを告げられるが、その意味がまったく想像がつかない。
ましてや、あのレティシアと同じ建物に住むなど、恐ろしいやら、嬉しいや……あ、いや、やはり受け入れ難い話だ。まったく、あの女は私のことを、なんだと思っているのやら……
ところで、私につきそうあの「オオアタケ艦隊」と名付けた岩の船の集団だが、あれは置いていくことになった。
というのも、カワマタと申す男が、あれは向こうの宇宙では動かなくなるだろう、というようなこと言っていたため、ヤブミ殿がこの宇宙に置いていこうということになった。
で、我らの星の周りをぐるぐると回していたのだが、危なっかしいため、門というところの近くの、航路から十分外れた宙域に向かって、そこでさせることになった。
まあ、思い入れはない。が、せっかくついてこようとするこの岩の艦隊まで置いて行かねばならぬとは、寂しくもある。
すでに皇都は霞の向こうにあり、空は暗く、宇宙の入り口と言える高さに差し掛かる。私もすでに4度も宇宙に出ているので、この光景にも慣れたものだ。
「高度3万メートルに到達!」
「両舷前進半速!周回軌道に入る!」
「両舷前進はんそーく!」
高鳴る機関音と共に、速度を増す駆逐艦0001号艦。我が故郷のある大陸は、瞬く間に後方に流れて、漆黒の闇と変わる。そこは瘴気とは違い、魔物も住まぬ空虚の場所。その最中を、この灰色の石砦のごとく船が駿走する。
◇◇◇
「なんだって!?そんなところが、壊れ始めているのか!?」
「はい、提督。ですがこの構造、0001号艦だけでなく、第8艦隊すべての艦艇で共通する部品です。一刻も早く、全艦艇の点検を、進言いたします」
まさに地球ゼロへつながる門をくぐる直前だが、ここで新たな問題が発覚する。
最近、またレティシアの出番が増えつつあるが、どうやらその原因が、核融合炉と重力子エンジンとを結ぶ伝達菅に問題があるというのだ。
従来よりも高出力、高効率な重力子エンジンを搭載する第8艦隊だが、その分、核融合炉も他艦隊の艦艇と比べるとひとまわり大きい。だが、この2つを伝達する菅は、従来品のままだった。
この部分の熱暴走が、最近めっきり増えつつある。レティシアの出動も多い。ところがその原因が、どうやら伝達菅の腐食によるものだと判明する。これはおそらく、0001号艦だけの問題ではない。同じ構造を持つ第8艦隊全ての艦艇で、一斉点検すべきというのが、機関科からの提案だ。
これは由々しき事態だ。我が艦はレティシアがいるから対処できるが、他の艦艇で同様のことが起これば、その艦にとっては深刻なダメージとなる。全ての艦艇に、レティシア級魔女を搭乗させなければならない。そんなことは、不可能だ。
「やむを得ないな……第1艦隊に打電、これより当艦隊は機関部点検、修復のため、一時、地球001へ帰投する、と」
「はっ!」
ジラティワット少佐に、この事態を第1艦隊に伝える。ところが、第1艦隊からの返信は、「戦艦ノースカロライナにて、点検する」というものだった。
「なんだって!?戦艦ノースカロライナに来いと言っているのか!?」
「はっ!わざわざ地球001に戻る必要はない、との判断です」
「で、その戦艦ノースカロライナは今、どこに?」
「中性子星域です、提督」
うーん、ここからなら、地球001に直行する方が早いんだけどなぁ。仕方がない、第1艦隊司令部からの指令ならば、従うほかない。僕は、ジラティワット少佐に命じる。
「全艦に伝達!これより、第1艦隊が駐留する中性子星域へ向かう、と」
「はっ!」
というわけで、そんな経緯もあって、第8艦隊は進路を中性子星域へと向ける。
「なんだってぇ!?あの中性子星域に行くのか!?」
てっきり地球1010へ向かうものと思っていたレティシアが、部屋で騒ぐ。
「仕方ないだろう。それにこの件は、レティシアにも関わる話だ。いや、場合によっては、第8艦隊すべての艦艇に及ぶ話かもしれない」
「まあ、そうだけどよ」
「元々、実験艦隊だからな。何かあれば、すぐに点検しそれを改善する。機関の信頼性を向上させて、いずれは連合のすべての艦艇に、この機関を搭載する。そのための過程なんだ」
「あー、分かってるよ。俺だって、その最初の時からずっと関わってんだからよ」
ところで、今この部屋には、どういうわけかリーナ殿もいる。
「なあ、ヤブミ殿よ、実験艦隊とはなんのことだ?」
「この第8艦隊は、新型の機関、新型の主砲身を搭載した艦艇だけで構成された艦隊なんだ。ただその新しい機器は、性能は高いが、信頼性がない。それをテストし、実用に耐えうる状態まで改善を続けるのが、この艦隊が設立された目的なんだ」
「そうか、そういうものなのか……」
と、リーナ殿に話はしたものの、あまりしっくりときていないようだな。まあ、おいおい理解することだろう。
「ところで……リーナ殿がここにいるということは、もしかして……」
「そういうことだ。んじゃ、また明日な、カズキ」
と言って、レティシアは僕を締め出す。またしても僕は1人の夜を過ごす。
だいたい、4日に1日、レティシアはリーナ殿と寝ているな。あれでは、どちらかというとレティシアに嫁いできたようなものだ。僕は、一人用の部屋にたどり着く。
ここの表札には、「ロ・ク・デ・ナ・シ」と書いてある。おもてなし、じゃないのか?なおこれは、グエン少尉の仕業である。その部屋で僕は、寂しい夜を過ごす。
◇◇◇
すでに、白色矮星域というところに入っている。ワームホール帯を潜って、途方もなく遠くの場所へと移動する「ワープ航法」というもののおかげで、光の速さでも何年もかかる距離を、一気に飛ぶことができると、マリカが言っていた。だが、私はあの女が嫌いだ。いちいち人を腹立たせる一言を添えてくる。何ゆえデネット殿は、あのような者と仲睦まじくしていられるのか?
「まもなく、中性子星域へのワームホール帯に突入します!」
「了解。全艦に伝達、砲撃戦準備」
「はっ!砲撃戦準備!」
妙だな……ここまでのワープとは、異なる指示をしている。なにゆえ、戦さの準備などする必要があるのだ?
「ヤブミ殿、なにゆえ、戦さの準備をするのだ?」
「あ、ああ、この先の宙域は、連盟の領域でもあるからな」
「貴殿ら、連合と敵対するという勢力のことか?」
「いや、リーナ殿も今は、連合側なんだがな」
などと言われても、私にはしっくりこない。この船が戦さを行うものだということは知っているが、実際にその連盟とやらと戦っているところを、私はまだ見てはいない。
「まもなく、ワームホール帯に突入!」
「カウントダウン!10……9……8……7……」
いよいよ、その敵と遭遇するかも知れぬ宙域へ、足を踏み入れることになる。初めて魔物との戦いに臨んだ時のことを、ふと思い出す。あの時は、テイヨが私を補佐し、襲いかかるゴブリン共を追い払ってくれたな。今となっては、いい思い出だ。
「3……2……1……ワープ開始!」
「超空間ドライブ作動!ワープ!」
航海長の号令と共に、星が消える。しばらくの間、真っ暗な空間に突入する。
これももう、3度目だ。さすがに慣れたとは言わないが、さほど恐怖も感じ無くなった。最初のワープは、いきなり星が消えて恐怖を覚えたものだ。
そして、再び星空が戻る。3度目の闇を、乗り切った。
と思っていたら突然、タナベ殿が叫ぶ。
「レーダーに感!3時方向、距離310万!艦影多数、およそ200!」
「光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」
にわかにこの艦橋内が、慌ただしくなった。




