#113 検証
「……さて、あそこで何が行われ、ああなったのか、整理してみようか」
皇都へ向かう途上、僕は関係者を会議室に集めて、あの山の浮上前後に起きたことをまとめることにした。
「レティシアが、魔石に触れた。その瞬間、あれが動き出した」
と、開口一発、そのきっかけと思われる証言がリーナ殿から出る。
「いや、あれはだな、リーナが魔石って呼んでるやつだけでも、あそこから持ち帰れねえかって思ってよ……」
「リーナ殿、魔石とは?」
「私の魔剣にも付いている、魔導を引き起こす石だ。そのものの持つ魔の力を顕現する、そういうものとして、古くから使われている」
「その魔石というのは、どこで採れるものなんだ?」
「浮遊岩が落ちた場所、そう言われるところに、魔石は多く出ると言われている」
「うーん……」
どうやら、きっかけはレティシアが魔石に触れたことらしい。しかも、魔石を取ろうとしていたと言うことから、あの怪力を込めていたことは間違いない。
「まさか、レティシアの力であれが浮き上がったわけでは……ないよな」
僕のボソッと呟いたこの一言に、マリカ中尉が突っかかる。
「いくら馬鹿力の魔女でも、あれを浮かべることは不可能ですよ、提督」
「おい、馬鹿力とはなんだ!馬鹿力とは!」
「ただし、引き金くらいには、なるんじゃないでしょうか?」
マリカ中尉が、意味深なことを言い出す。
「なんだ、引き金とは?」
「元々、あれを浮上させる仕掛けを構築しておけば、あとはそれを発動させるスイッチが入れば、ドーンと浮き上がる仕組みだったんじゃないですか?そのきっかけに、こちらの馬鹿力魔女の魔力が使われた、火薬式爆弾の信管のような役目を、レティシア殿が担った、そう言うことじゃありません?」
「おいマリカ!さっきから、馬鹿馬鹿ってうるせえぞ!」
「レティシア!いちいち相手にするな!まったく……しかし、引き金か」
たまたまにしては出来過ぎている気がするが、リーナ殿の証言からも、レティシアが魔石に触れたことが原因で間違いないだろう。が、それは他の誰かが触れても発動するものなのか?
「もしそれを、リーナ殿が触れていたら、同じことが起きていたと思うか?」
「いや、それはないな」
「なぜ、言い切れる?」
「そもそも、その石に最初に触れたのが私だからだ。魔石の上の土を払い除けるためにあれに触れたが、別にその時は何も起きなかったぞ」
「そうなのか?ということは、レティシアの力だから反応した、ということなのか?」
ますます分からなくなってきたな。あの岩の艦隊はリーナ殿に反応し、こっちはレティシアに反応した。
「……これ以上、ここで議論しても、何か分かるわけではなさそうだな。マリカ中尉、この件、貴官に任せる。」
「了解です、提督」
「では、ご苦労だった。解散!」
「ああ、そうだ提督」
「なんだ、マリカ中尉」
「そういえば、カワマタ研究員殿が、提督に報告したいことがあると言っておりましたよ」
「カワマタ研究員が?僕に?」
そういえば、カワマタ研究員もこの星に来ているんだったな。そういえば、どこにいるのだ?
「明日にでも、皇都に直接いらっしゃるそうです。では」
そう告げたマリカ中尉は、会議室を出て行く。
カワマタ研究員がわざわざ、何だろうか?その内容も気になるな。
だが、その日の晩、僕は通信機の前に呼び出される。相手は、コールリッジ大将だ。
『山のハイキングは、楽しかったかね?』
開口一発、例の調査の話を匂わせる発言が飛び出す。いやな言い方だな。これは絶対に、怒っている。
「あ、いや……あれはですね……」
『艦隊司令官ともあろう者が、しかも、重要人物を何人も引き連れて、危険な魔物が出る場所に出かけるとは、一体どういう了見をしておるんだ!!そういう行動を慎め、ヤブミ准将!』
ああ、やっぱり怒られてしまった。しかし誰だ、あの話をコールリッジ大将に伝えたのは……って、1人しかいないな。大将閣下とつながっている、あの技術士官だろう。
『まあ、おかげで思わぬ事実も得られたようだからよかったものの、今後は慎重に行動せよ。いいな』
「はっ!肝に銘じます!」
『ところで、わざわざ貴官を呼び出したのは、その件ではない』
「はい、何でしょう?」
『貴官、および第8艦隊を、地球1010に戻す。それを伝えるためだ』
大将閣下の口から、いきなり帰還命令が出た。
「あの……もしかして、この一件が原因ですか?」
『いや、今回の件は関係ない。連合内部で決まったことだ』
「どういうことでしょうか?」
『あの星の主幹星が、地球760に決まった。だから、我々、地球001は手を引く。そういうことだ』
「えっ!?地球760にゆだねると!?」
『あの門を潜るためには一旦、地球ゼロに出る必要がある。その地球ゼロに接続できる星は、今のところ我々、地球001と、地球1010、そして地球760の3つだけだ』
「だから、その中で地球001でない星の、地球760が選ばれたと」
『そういうことだ。これまでにない新たな領域に、地球001ばかりが出しゃばるわけにもいかない。そういう事情が働いての決定だな』
「そうですか……承知致しました」
『いずれ、引き継ぎが行われるはずだ。それが完了でき次第、地球1010に帰投せよ』
「はっ!」
突然、この星を離れることが決まってしまった。もっとも、この艦隊は本来、新型機関、新型兵器の実験艦隊という位置付けだから、こんな戦闘の存在しない宙域にいても意味をなさない。
しかし、だ。困ったことが一つある。
「なんだと?この星を離れるだと?」
早速、僕はレティシアとリーナ殿を呼び出し、決定事項を伝える。
「我々も、決定には逆らえない。おそらく、ひと月以内にはここを離れることになりそうだ。だから、リーナ殿の意思を確認しておきたい」
「私の、意思?」
「そうだ。つまり、ここに残りたいかどうか、ということだ」
しばらく考え込むリーナ殿。が、決意を決めたようで、僕に応える。
「いや、ここには残らない。ヤブミ殿達についていく」
「……つまり、ここを離れると?」
「そうだ」
「それでいいのか?」
「ああ、もう魔物との戦いも無くなった。兄上もいずれ、即位される。そうなれば、私は不要だ」
「だが、第8軍のこともあるだろう」
「テイヨが引き継いでくれている。それに第8軍もいずれ、この駆逐艦を操るための訓練を受け、宇宙に飛び出すだろう。もはや、私が率いるべき軍ではない」
「そうか」
僕は、リーナ殿の意思を確認する。だが、連れていくのはいいが、どこに住まわせればいいんだ?
「おう、それじゃ、俺たちと一緒に暮らすことになるな」
「は?」
などと考えていたら、レティシアがとんでもないことを言い出した。
「お、おい、レティシア。一緒に暮らすって、まさか、一つ屋根の下で?」
「しょうがねえだろう。一応こいつは、お前の嫁なんだからよ」
一人目の嫁……いや、僕に嫁は一人しかいないが、そいつから思わぬ言葉が飛び出す。
「あの、レティシアさん。それがどういうことか、分かってますか?」
「当然だ、カズキ。だいたい、お前が受けちゃったんじゃねえかよ。連れて行かねえと、皇帝陛下に失礼だろう」
「いや、それはそうだけど……」
「じゃあ、決まりだな。これからもよろしく頼むぜ!」
「お、おう……」
ぽかんとするリーナ殿。僕はきっと、唖然とした表示でこの2人を見ているはずだろうな。
で、そんなバタバタとした日の翌日。
「お久しぶりですね、ヤブミ准将殿」
予定通り、カワマタ研究員が現れた。
「カワマタ殿、お久しぶりですが……ところで、この星で一体、何をしていたんです?」
「ああ、私ですか。ずっと浮遊岩を調べていたんです」
「浮遊岩を?なんでまた、浮遊岩なんて調べていたんですか?」
「不思議だと思いませんか、あの岩。何もしないのに、浮いているんですよ。だから私は、真っ先にあれに興味が移りましたね」
やはり、研究員という種族は興味の方角が我々とは違うな。
「……で、僕に話とは?」
「ええ、不思議な事実が、明らかになったんです」
「不思議な事実?」
「第5の力、に関することです」
第5の力。そういえば、賜物やレティシアの魔力も、第5の力の作用ではないかと言っていたな。
「あの、第5の力が、どうかしたんです?」
「あの岩を浮かせる力、それがおそらく、第5の力によるものだと分かったんです」
分かったって……いやあ、それを僕に言われても、なんのことだか分からないんだが。
「いや、岩だけではない、この星も、我々の地球の倍の半径を保ちながら、ほぼ同じ重力。実に不可思議な世界ですが、それら全てに、第5の力が関わっていると考えられるのですよ」
「そ、そうなんですか。そういえば、この星の皇女様も、魔導と呼ばれる力を使うんですけど……」
「その人はもしかして、赤い石を使ってませんでした?」
僕はギョッとした。赤い石って、リーナ殿が魔石と呼んでいた、あの石のことか?カワマタ研究員もその調査の過程で、あの石にたどり着いたというのか。
「ええ、確か、剣の柄に埋め込んでいると……」
「やはり。その浮遊岩も、そしてこの星の重力も、この赤い石が絡んでいるらしいんですよ」
「ということは、その赤い石を分析すれば、第5の力の秘密が探れるとか?」
「いえ、そうはならないですね」
「あの、なぜ断言できるんです?」
「ええ、その赤い石を調べた結果、ただのルビーだったんです」
「えっ!?ただの、ルビー?」
言われてみれば、ルビーも赤い石だ。だが当然、ルビーで魔導が放てるようになるとか、そんな力はない。
だが、つい昨日、レティシアがそのルビーに触れた結果、あの巨大な「船」が浮上し始めた。たかがルビーが、あれほどのことを可能にするのか?
「それじゃ、なんでただのルビーが、あれほどの力を……」
「簡単ですよ。どうやら、こっちの銀河、こっちの世界の物理法則が、我々のそれと少し違うのではないかと、そう考えるしかない」
「えっ!?違う?どういうことですか」
なんだか、突拍子もないことを言い始めたぞ、この研究員は。
「例えばですが、何も力を加えないのに、石が宙に浮かんだりすると思いますか?」
「そりゃ、思いませんよ」
「ですが、ここはそういう世界なんです。一見すると、エネルギー保存則が成り立っていないんですよ。ずっと外力が加わったような、そんな不思議な現象があちらこちらで起きている」
「はぁ、そうなんですか……」
「いや、これまでの物理現象としてとらえた場合、レティシアさんの魔力や地球1010の人たちの賜物だって、エネルギー保存則は成り立っていませんよ。ですが、それは我々の銀河では、ごく一部の現象に過ぎない。その現象を説明するために、私は第5の力というものを持ち出した」
「はぁ……」
なんだか、訳のわからない方向の話になりそうだな。興奮気味のカワマタ研究員は続ける。
「ところが、こっちは人の身ならず、万物にその第5の力が宿っているが如く作用している。それを最も増幅してくれるのが、あの赤い石、すなわちルビーだということまでは分かった」
「はぁ……」
スケールの大きな話で、ため息をつくしか無くなってきたな。だが、カワマタ研究員の話は止まらない。
「そこで、考えたんです。つまりこの銀河は、いや、この世界は、第5の力に関する法則が、我々の銀河とは異なる、と」
「……で、それがつまり、どういうことなんです?」
「重大なことですよ」
「重大なんですか?」
「そうです。導き出される結論はただ一つ!」
「……なんですか、それは?」
「つまり、ここは我々の宇宙とは異なる、ということです」
「は?宇宙が、異なる?」
これまた、突拍子もない話が出てきたぞ。宇宙が違う?どういうことだ。
「あの、宇宙が違うとは……」
「宇宙は一つではない、というマルチバース理論をご存知ですか?」
「いえ、知りませんが」
「つまり、ビッグバンの直後、インフレーションによって急拡大した宇宙は、その時点で複数の宇宙に別れてしまい……」
この研究員、嬉々として、訳の分からない話をし始めたぞ。ごちゃごちゃと難しい単語を並べて説いているが、要するにこの世にはたくさんの宇宙が存在する、という話を僕に説く。
「……ということで、物理法則の異なる宇宙の存在が、ずっと以前から予言されてはいたんですよ」
「ああ、ですからつまり、ここがその、たくさんの宇宙の一つで、我々とは異なる宇宙じゃないかと」
「そうとしか考えられません。でなければ、たかがルビーが力を生み出すことなんて、できないはずですよ」
興奮状態のカワマタ研究員だが、ようやく一通り話し終えたところで、落ち着きを取り戻す。
「実はですね、これまでも、異なる宇宙につながったのではないか?という事例が、連合側だけでもいくつも存在するんですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、最も多いのは、ワープした先が、予定の場所とは全く違う場所だった、というものです。その多くは帰らぬ船となっているのですが、稀に帰還し、証言が得られるケースもあるんです」
「いや、ですが、ここは安定したワームホール帯によってつながった場所ですよ?そんな、超空間転移事故とは違うのでは」
「その通りですよ、ヤブミ准将。安定したワームホール帯でつながっている異なる宇宙、それ自体が初めてのことなんです!」
ああ、またちょっと興奮し始めた。困ったものだな、この人。
だが、この時点で僕は、ある疑問が湧く。
「ちょっと待ってください?もしかして、この宇宙に住む人が我々の宇宙に行くと、途端に生きられなくなるとか、そういう話って考えられます!?」
この問いには、なぜか冷静に応えるカワマタ研究員。
「いや、大丈夫でしょう」
「なぜ、そう言い切れるんです?」
「異なる宇宙から来た我々自身が、なんともないじゃないですか。逆もまた、然りですよ」
ああ、そういえばそうだな。我々が既に、異なる宇宙にきているんだよな。これで僕は納得する。
ともかく、僕は早々にこの星を離れることとなった。それからひと月ほどの間、この星にやってきた地球760遠征艦隊の司令部、そしてフィルディランド皇国の面々との引き継ぎを行う。
なお、その間に、この星の呼称は「地球1019」と決まった。異なる銀河、いや、下手をすると異なる宇宙の星かも知れず、従来通りの登録を行うかどうかで揉めていたが、人が住む星であるため、従来通りの呼称を与えることになった。
ただし、場所は「不明」と書かれている。連盟側に悟られないため、というよりは、本当に不明だから仕方がない。
そして、命名されたばかりの地球1019を離れ、地球1010へと帰る日が来た。




