#110 探索
「美味いっ!」
ひどく御満悦な御様子なのは、手羽先を食べるザハラー様。
……だが、わざわざこんなものを調達するために、単身、宇宙に乗り込んでいったやつの苦労の結晶が、猛烈な勢いで削り取られていく。
一応、この艦内でも手羽先やタイワンラーメン、そしてひつまぶしぐらいは作れるようにセッティングされてはいる。ほとんど使ったことはないが、今回、それが役に立った。
「いやあ、苦労した甲斐があったというものだ。これも、ミズキ殿のおかげだ。」
「へぇ、ミズキのやつ、元気にしてたか?」
「ああ、元気だったぞ。私に、手羽先の食べ方まで教えてくれたのだ」
手羽先、正確には、手羽先唐揚げ。手羽先という言葉自体は、単なる鶏の部位を示す言葉だが、それがいつのまにかナゴヤのあの食べ物を表す言葉になってしまった。
元々、ザハラーは鳥の肉しか食べないと言っていたから、勧めた食べ物だったが、こだわりのなくなった今でも、これが好物だ。なお、カテリーナが好きなナゴヤ飯は……あいつは、何でも食うな。
そのザハラーは、すでに瘴気をあのゴーレム山以外の地域から消滅させて、そのご褒美として手羽先が贈られた。ちなみにこの手羽先を調達したのはリーナ殿、調理は艦内の調理ロボットが行ったが、贈り元は皇帝陛下で、それをザハラーにもたらしたのはインマヌエル殿下ということになっている。いろいろと突っ込みたいところだが、そんなことをザハラーに言っても気にするわけがないから、まあいいだろう。
というわけで、すっかり「聖女様」にされてしまい、その結果、思う存分、手羽先を食べるという栄誉にあやかれたザハラーだが、ここはもうひと働きしてもらうことになる。
「えっ?あの山に行くんですか?」
僕はまず、ジラティワット少佐にこの計画を提示する。
「そうだ。ザハラーにバルサム殿、そしてリーナ殿と、レティシアも連れて行く」
「あの……レティシアさんは、どうして?」
「岩だらけだというからな。場合によっては、あの怪力が必要となるかもしれない。いや、待てよ?神の目も必要かもしれないな。それに、あの瘴気の発生源というだけあって、魔物も出るというから、狙撃手も欲しいところだ。となると、ドーソン大尉とデネット大尉だけでは、不安だな……」
で、結局、カテリーナやマリカ中尉らも加え、かなり大規模な調査団を結成することとなった。
向かうのは、僕とレティシアにリーナ殿、カテリーナとナイン大尉、ダニエラとタナベ大尉、ドーソン大尉とザハラー、フタバとバルサム殿、そしてデネット大尉とマリカ中尉。総勢、13人。なお、ドーソン大尉とデネット大尉には、人型重機を操ってもらう。
「カズキと一緒に、冒険かぁ。楽しみだなぁ」
部屋へと向かうレティシアに、僕はゴーレム山の調査の話をする。
「いや、冒険ではないけどな」
「冒険みたいなもんだろう。魔物と、ゴーレムが巣食う神秘の山。一体、その奥には何が隠されているのか?そこで我々、第8艦隊冒険団は、まさにその神秘の山に入り込むため、特別チームを編成した……」
「おい、何かの胡散臭い番組のようなナレーションをつけるのやめろ」
まったく、どんな危険が待っているか分からないというのに、何を浮かれているんだこいつは。とまあ、そんな調子で部屋の前に着くと、そこにはリーナ殿がいた。
「あれ、リーナ殿、どうしたんだ?」
「あ、いや、その、なんとなくだな……」
「あ、もしかしておめえ、一緒に風呂に行きてえんじゃねえか!?」
「まあ、そんなところだが……」
「しゃあねえな、おい、カズキ!」
「なんだ」
「今日は、どっかで寝てくれ」
「は?」
「今夜は、こいつと過ごすからよ。それじゃ」
おい、ちょっと待て、レティシアよ、お前何勝手に……
「……で、部屋を追い出されてきたと、そういうわけですか?」
「そういうわけだ。だから、どこか空いている部屋の鍵をくれないか、グエン少尉」
「しょうがないですねぇ。艦隊司令官ともあろうお方が、奥様から部屋を追い出されるとは……」
うう、誰も好き好んで追い出されてるわけではない。なんだってレティシアのやつは、ああも自由奔放なんだ。
「というか、あれじゃないですか?昨日もまたレティシアちゃんの背後を襲ってたでしょう。それで嫌気がさしてきたのかもしれないですよ」
「いやあ、そんなことはないと思うけどなぁ」
「提督が思っている以上に、レティシアちゃんは繊細なんですよ。これを機会に、もうちょっと関わり方を改めた方がいいと思うんですけど。だいたいですねぇ……」
口うるさいグエン少尉の小言を聞き流しつつ、ようやく部屋の鍵を受け取る。がらんとした部屋の奥にある、殺風景なベッド。そして、何もない机。
そういえば、こういうのもすでにこれで3度目だな。この部屋、今後のためにも借りておこう。うん、そうしよう。
そして僕はその夜、虚しくその部屋で一人眠る。
◇◇◇
……まったく、夕べもレティシアに、いいようにやられてしまった。
艦橋のいつもの席にいるヤブミ殿を見ても、なんだか機嫌が悪い。それはそうだろう。どう見ても私が、こやつの奥方を寝取ったようなものだからな。
……いや、待てよ。寝取られたのはどちらかというと、私の方だろう。そうなると、どうしてヤブミ殿はあれほど機嫌が悪く……うう、何が何だか、分からなくなってきた。
「まもなく、ゴーレム山です。距離20キロ!」
「了解、両舷前進微速。高度1200まで下げる」
ところで、これからあのゴーレム山を調査するのだという。ヤブミ殿によれば、そこに何かがあるらしい。根拠はない、直感だが、とは言っていたものの、その話もまったく根拠のない話というわけではない。
聖典にも、あのゴーレム山のことと思われる記述がある。北の大地に、岩の巨人に守られた山があり、その山の奥には、大いなる「土台」がある、と。
「土台」が何のことなのかは、まるで分っていない。というか、古代戦役の逸話の一節に紛れ込んだように書かれた一文であり、しかも曖昧な文であるため、正教側でもあまり重要視していない。私も、その戦役の話を何度も読んだがゆえに、なんとなく覚えているというだけに過ぎない。
もっとも、そのゴーレム山の麓に、あの黒い瘴気を出す森が存在する。かつてその地を訪れた冒険者がいたらしいが、そこに何があるのかを明かすことなく、引き返したという。
他にも、いくつもの文献や口伝で、このゴーレム山のことは伝えられるが、そこは近づくと岩の化け物、ゴーレムに襲われるため、誰も近づくことはしなかった山だ。
そんな山に、ヤブミ殿は向かおうとしている。
まさか、宝でもあると思っているのだろうか?いや、そんなことのために、わざわざ駆逐艦を一隻、動かしたりするものか?
ともかく、これからそのゴーレム山へ出発することとなった。




