#11 初陣
「次弾装填!」
『了解、次弾装填!』
再び、キーンという甲高い装填音が響き渡る。それは9秒で完了し、艦首より2発目が発射される。再び、落雷のような音と眩い光が、艦橋内を襲う。
「ひいぃぃぃっ!」
悲鳴を上げるネレーロ皇子。だが、そんな些細なことに構っている場合ではない。30万キロちょっと先には、敵がいるのだ。
「命中! ですがまた、バリア防御です!」
2発続けて命中だ。まぐれにしては続き過ぎる。敵は砲撃前だから、バリアを張りっぱなしなのだろう。撃沈できないのは残念だが、それにしても2発もよく当てたものだ。
だが今、砲座に座っているのは、あのカテリーナだぞ?
そして第3射が放たれる。これもまた命中。しかし、依然としてバリアに阻まれる。惜しい、実に惜しい。
だが、これで確信した。決して、まぐれなどではない。カテリーナのやつ、確実に砲撃を当てている。こんな偶然、3度も続くものではない。
だが、なぜだ? シミュレーターの結果では、砲撃訓練を始めたばかりの新人と変わらないレベルだと砲撃長も言っていた。しかも実弾訓練もなしの、初の実戦。にも関わらず、熟練砲撃手顔負けの命中率だ。我が艦隊、いや、今のところは宇宙一だ。何せまだ、100パーセントなのだから。
第4射が発射される前に、敵の砲撃も始まった。距離はちょうど30万キロ。こちらにいる地球042所属の駆逐艦も砲撃を開始する。
『砲撃中止! バリア展開!』
と、いきなり敵の砲撃を受ける。直後、青白いビームの光に覆われ、ギギギギッという不快な作動音が響き渡る。
バリア解除と同時に、砲撃が再開される。だが、第4射はわずかに外れる。
「外れ! 上1、右3!」
とはいえ、微小な外れ量だ。熟練者でもなかなかここまでは寄せられない。そうこうしているうちに、第5射が発射された。
猛烈な光と音に、まだ馴染めていない皇子と貴族。だがもはや彼らのことなど、どうでもよくなってきた。今は第5射の結果が気がかりだ。皆、固唾を飲んで報告を待つ。
「撃沈! 目標ナンバー083、消滅!」
初の撃沈だ。一瞬、艦橋内で歓声が上がる。それをオオシマ艦長が諌める。
「まだ終わっていない! 次の目標を指示!」
「はっ! 目標変更、ナンバー089!」
「新目標に照準! 砲撃を続行!」
『新目標、ナンバー089をロックオン! 撃てーっ!』
雷鳴音と共に、漆黒の宇宙をビームが照らす。すぐに結果がもたらされる。
「撃沈! 目標ナンバー089、消滅!」
たった6発。6発目で、すでに撃沈数2。はずれはたったの1発。艦隊戦における常識は、2時間の戦闘を行なって、平均撃沈率が2パーセント。だが、始まって2、3分の戦闘で、90パーセント以上の命中率。これは間違いなく、驚異の成績だ。僕だけではない、艦内の誰もが、カテリーナの放った砲撃の精度に驚きを隠せない。
「艦長……どう思います?」
僕はベテランのオオシマ艦長に尋ねる。第7射が放たれる中、艦長は応える。
「まさに驚異、の一言です。軍隊生活32年、こんな砲撃は見たことがない」
僕が生まれる前から軍人をやっている艦長ですら、こんな戦闘は知らないという。それはそうだろうな。神秘的な何かによって、脅威の命中率を出すことは、この宇宙でも稀にあるようだが、生身の人間が叩き出した成績としては、間違いなくトップクラスだ。
「閣下! 作戦参謀、意見具申!」
と、幕僚のジラティワット大尉が僕に意見具申を求める。
「具申、許可する。なんだ?」
「はっ! この期に乗じて、特殊砲撃の使用を具申いたします!」
大尉の進言に、ハッとする。そうか、あの驚異の命中率に、特殊戦を組み合わせれば……
「そうだな、この艦の切り札でもある兵器を使う、絶好の機会だ。艦長、特殊戦用意!」
「了解、特殊戦、用意!」
「これより特殊砲撃を行う!総員、特殊戦に備え!」
艦内が慌ただしくなる。あの窓際の5人も、艦橋の端にある椅子に連れて行かれる。ちょうど彼らが椅子に腰掛け、ベルトでの固定を終えた頃、機関室から報告が入る。
『機関室より艦橋! 機関への特殊戦用伝達回路、接続! 特殊戦用意、完了!』
『砲撃管制より艦橋! エネルギー充填開始!』
そこで慣性制御が切られる。急に身体がふわっとする。キィーンという甲高い音だけが響き渡る。ただしこの充填中は無防備になるため、0002から0005の4隻の僚艦が、我が0001号艦の盾となる。
しかし、相変わらず長い3分だ。一撃で多くの艦を消滅できるほどの持続砲撃だが、装填時間が長すぎることが難点だ。その間は、艦の移動もままならない。
その間にも、敵の集中砲火を受ける。ついさっきまで、いきなり2隻を続けて沈め、ほぼ100パーセント近い命中率を誇る砲撃をやってのけた艦だ。狙わない方がおかしい。
が、その長い3分が、ようやく終わる。
『特殊砲撃、装填完了!』
「よし僚艦に連絡、軸線より退避! 急げ!」
ここから砲撃までが、最も危険な時間だ。ほぼ無防備の艦が、敵前にさらされる。ビュンビュンと、敵の砲火が艦を横切る。
が、その時間を、どうにか乗り越えた。
「僚艦の退避確認! 敵艦隊への照準よし!」
「特殊砲撃、開始!」
『特殊砲撃開始! 撃てーっ!』
猛烈な音と振動が伝わる。窓の外は眩くて何も見えない。すぐ近くには、あの貴族と皇子がいるはずだが、そんなものを認知している余裕などない。そんな状況が、10秒間続く。
だが、僕は期待する。我々の切り札にカテリーナの天性の勘が加わり、大いなる戦果をもたらしてくれるのではないか、と。
10秒もの砲撃がようやく終わり、慣性制御も戻る。通常態勢に移行し終えた時、その戦果が報告される。
「敵艦隊、多数撃沈を確認!」
……問題は、この先だ。一体、何隻沈んだ?僕と艦長は、次の報告を待つ。
「撃沈数、53隻!」
一瞬、僕の頭は混乱する。あれ?前回よりも少ないぞ。確かに相手の数も少ないが、それを差っ引いても前回並みだ。
「通常砲撃に移行、砲撃開始!」
『通常砲撃を開始! 撃ちーかた始め!』
敵は混乱している。モニター越しにも、その陣形が乱れていくのが見て取れる。連盟軍もこの攻撃を一度は経験しているが、それがどこまで知らされているのかは分からないが、あれを見る限りでは、おそらくこの攻撃についてなんら知らされていないのではないか?それはあの陣形の崩れ具合から想像がつく。
通常砲撃に戻ると、またあの驚異的な命中率が戻ってきた。次々に、敵の船を捉えては沈めていく。それから30分間もの追撃戦で、20隻は沈めた。
この結果に、なんら不満はない。むしろ、予想以上だ。
それだけに、あの特殊砲撃の凡庸な結果が悔やまれる。
「いやあ、星の海での戦さとは、かくも激しいものだとは、思いもしませんでしたなぁ。それにしても、この船のなんと力強いことか……」
戦闘態勢が解除され、ラヴェナーレ卿が僕に擦り寄るように話かけてくる。が、僕はこの貴族の相手をそこそこに、艦長とともに会議室へと向かう。
砲撃長と共に、カテリーナ二等兵が現れる。辿々しい敬礼に、僕と艦長は返礼で応える。そして、僕と対面側に、砲撃長と共に座る。
そして僕は、カテリーナに話し始める。
「カテリーナ……二等兵。今回、貴官の活躍により、かつてない戦果を挙げることができた」
「はっ、光栄、です」
「だが直前の訓練で、これほどまでの命中率を出していない貴官が、なにゆえ急にこれほどまでの戦果を挙げられたのか?何かこれまでと違う何かがあったのか?」
「殺気……憎しみ……恨み……」
急に物騒な言葉を並べ始めるカテリーナ。
「……そういうもの、私、スコープ越しに感じる。そういう相手を狙い、引き金を引くのは、簡単なこと……」
これを聞いて僕は、一つの謎が解けた。なぜ、訓練では成績が出せなかったのか?そしていざ戦闘では、どうしてあれほどまで正確に敵艦を捉えることができたのか?
それは、相手からの殺気のようなものを感じ、それを察知しながら撃っていた、ということのようだ。そういえばあの闘技場でも、彼女が矢で狙う相手は、自分に敵意を向ける相手ばかりだった。無論、敵の船もこちらに殺意を剥き出しにして接近してくる。カテリーナは、そんな人の感情を察知して、狙い撃ちしていたんだ。
「……なるほど。だが、それならなぜ、あの特殊砲撃ではそれほど当てられなかったのか?」
僕は敢えて、思ったことを聞いてみる。別に責められるようなことはしていないが、あの結果だけは不本意だ。だからこそ、確かめる必要がある。
「……歯痒い……」
「歯痒い?」
「私、引き金を引く、だけど、狙いはどんどん、外れていく。もっと下を狙えば、もっと当たっていた」
これを聞いて、僕は今の砲撃システムのことを思い出す。
砲撃管制室は、引き金を引く砲撃手と、操艦を担当する操舵手とがペアで座り、その2人の連携で砲撃を行う。
狙いを定めれば良いというわけではない。相手も狙って撃ってくる。だから操舵手は、敵に読まれないようランダムに避けつつも、敵艦を捉える。その捉えた瞬間に、砲撃手が引き金を引く。
相手は1光秒先、つまり光の速さで1秒かかる先にいるから、照準器が映す敵艦の姿は1秒前の姿。さらに引き金を引いてから、ビームが到達するまでにさらに1秒。合計2秒ものラグがある。その2秒後を想定して、勘で引き金を引くのが、砲撃手の役割だ。
カテリーナは、引き金を引く砲撃手だ。だから、特殊砲撃の時は、引き金を引いただけ。そこから敵の艦艇に沿ってレバーを動かすのは、操舵手の仕事だ。そこは、前回となんら変わらない。
だが、カテリーナには狙いがずれていることを認識していた。ということは、操舵手のレバーをカテリーナが握っていれば、もっと多くの敵艦艇を沈められていた、ということになるのか。
「ご苦労だった。今回、貴官が挙げた戦果は、我が地球001艦隊でもかつてないほどの大きな成果だ。ご苦労だった」
「はっ! ありがたき、お言葉、ありがとう、ございます!」
まだ片言気味のカテリーナだが、辿々しいながらも懸命に軍務をこなすその姿は、とても初々しい。しかしその戦闘記録は、僕も聞いたことがないくらい非常識なものだ。
しかし、思えばあの闘技場で感じた僕の直感は、正しかったということだ。やはりカテリーナは、優れた能力を持つ。従来型駆逐艦でも、同様の戦果を挙げることが可能だろう。
でも、どうやってこの件をコールリッジ大将に報告しようか。あまりにも妖しげな話だ。相手の殺気を読みとって狙い撃ちする能力など、およそ科学的ではない。だが、その並外れた成果を前には、大将閣下も認めざるを得まい。少なくとも、この艦内にいる乗員は、カテリーナの実力を目の当たりにしている。乗員の彼女への見方が、大いに変わるのは間違いない。
「おう、先に食ってるぜ!」
それから報告書をまとめてからやっと食堂へと向かう。そこではレティシアがカテリーナを連れて、夕食を食べていた。
すぐ脇には、皇子と貴族、そして美人の3人がいるが、今この食堂で乗員の視線を一心に集めているのは、納豆ご飯と豚肉の生姜焼きを食べてレティシアの横で静かににやけている、あの小柄で黒髪の控えめな娘だ。
物静かで少し甘えん坊な雰囲気のあの娘の今回の驚異的な戦果は、この艦内の乗員の彼女への印象を大きく変えてしまった。