#109 ゴーレム山
陛下の謁見から3日後。
ここは、黒い霧で覆われた、北の大地上空。
『ポップタルトよりミソカツ、まもなく指定空域に到着。速力1000』
「ミソカツよりポップタルト、了解、作戦開始。ザハラー、発動せよ」
『了解、ただいま開始点に到着、ザハラー殿、発動』
『コーンドックよりミソカツ、あと1分で開始点に到着』
「ミソカツよりコーンドック、了解。進路上に、浮遊岩を確認、ニアミスに注意せよ」
『了解』
2機の哨戒機が、ザハラーとバルサム殿を乗せて飛行している。黒い霧のある場所を時速1000キロでスキャンし、一気にあの瘴気とやらを抹消しようという作戦だ。
集中力の関係で、ザハラーもバルサム殿も、あの力が持続できるのは長くてせいぜい30分。幅50キロの範囲に有効であり、時速1000キロで飛行すれば、30分で500キロほどなぞることができる。真っ黒なキャンバスを、太さ50キロの白い筆でさっと撫でるように、黒い霧を消していく。
これを1日に3、4回ほど繰り返す。バルサム殿とザハラーの活躍により、すでに人の領域だった場所の9割ほどを取り戻した。
そして今日1日で、その全てを取り戻すことができる予定だ。
「ほほう、なかなか考えたものですな」
僕の横で、正面モニターを眺めながらそう呟くのは、皇太子のインマヌエル殿下だ。
「幸いなことに、あの力はほぼ瞬時に指定範囲に広がるものと判明したため、この方法ですぐに大地を『浄化』できるのです。本当は複座機という、哨戒機よりもさらに速い機体を使えればよかったのですが、あいにく我々のところには複座機が存在しないため、哨戒機で行っております」
「なるほど、貴殿の星とやらには、もっと速い乗り物があるのですか」
こうして話してみると、実に紳士的な人物だ。だが間違いなくこの人物が、あのリーナ殿を抹殺しようとした張本人だ。そんな人物が突然、この艦に乗り込みたいとの連絡を受け、こうして今、艦橋にいる。
「そうだ、貴殿のところに嫁いだ我が妹、リーナは今、どこにおりますかな?」
「リーナ殿は今、この艦にはおりません。とある任務のため、ただいま宇宙に出ております」
「宇宙へ?」
「はい。昨晩、0040号艦が補給のため戦艦キヨスに向かったのですが、それに便乗しております。今日の夕方、皇都時間1700には帰還する予定です」
「そうか」
特にインマヌエル殿下は、それ以上聞くことはなかった。追い込んだはずの実の妹が、とんでもない手柄を皇国にもたらした。この皇太子の思惑とは真逆の結果に、心穏やかではないはずだ。
だからこそ、この艦に乗り込んできた。言い方は悪いが、その妹の手柄を自身のものに見せかけんとして、今ここにいる。
もっとも、リーナ殿にはもとより、皇帝の座を狙おうなどという意図はない。だが、この狭量な皇太子はそうは考えなかった。第8軍での活躍で名を馳せるリーナ殿を、徐々に疎ましく感じ始めたのだろう。なればこそ、リーナ殿は皇都を脱出する羽目になった。
しかし皮肉なことに、そのおかげで僕はリーナ殿と接触することができ、そして今、彼らの生存権を脅かす瘴気を消滅しつつある。
なお、リーナ殿がこの艦にいないのは本当だ。しかも、この皇太子の乗艦を見越してのことではなく、まったくの偶然だ。
しかし、それはたいして重要でもない「任務」のためだ。
むしろ僕は、止めておけと言ったのだが……
◇◇◇
「いいですよ。私がついていきます」
「うむ、助かる、ミズキ殿。このキヨスというところには、他に知り合いがいなくて、困っておったのだ」
私は今、戦艦キヨスにいる。果たさねばならない役目を果たすため、ようやくここまでやってきた。
「だけど、どうするんですか?大量の手羽先なんて」
「その手羽先とやらに、我が皇国の命運がかかっているのだ」
「そ、そうなんですか……」
そう、私は皇国の命運を担っている。聖女ザハラー様が所望する「手羽先」なるものを手に入れ、それを持ち帰る。これが、私の役目だ。
「ところでミズキ殿よ」
「はい、なんでしょう、リーナ様」
「手羽先とは、なんだ?」
「えっ!?」
素朴な疑問を、ミズキ殿にぶつける。が、そんなにおかしなことを聞いたか、私は?
「あの、手羽先を知らないで、手羽先を持ち帰ろうとなさっているのですか?」
「そうだ」
「あー……まあ、持ち帰るだけでしたら、それでもいいですが……でも、知らないのはやっぱり、よくありません。だって皇国の運命を左右するくらい、大事なものなんですよね?」
「そうだ。それがないと、皇帝陛下の威信にもかかわるゆえ」
「なら、今から食べにいきましょう」
「今からか?」
「どうせ暇なアルセニオが、手羽先の手配を全部やってくれるから、その間待ってるだけだし。それに……」
「なんだ?」
「……一応は、ヤブミ准将閣下の奥さんってことなんですから、そのお方が、手羽先を知らないというのもねぇ」
そうか。ヤブミ殿の妻であるためにも、それは知らなければならないものだったのか。ということで、私はミズキ殿に連れられて、その手羽先とやらが食べられる店へと向かう。
「……これが、手羽先だと……?」
「そうですよ。これが、手羽先です」
出てきたものは、小さな鳥の羽の部分を調理したものだ。それが、いくつも出てきた。
私はそれを一つ、手に取る。かぶりついてみたが、骨があって食べづらいな……ザハラー様は、こんなものが好みだというのか?
「ああ、そうじゃないですよ。手羽先の食べ方は」
「なんだと?食べ方なんてあるのか」
「ええ、こうするんです」
ミズキ殿が、手羽先を一つ手に取り、その端の小骨の部分を取り除く。そしてもう一方の端を指で持ったまま、それにかぶりつく。
そのまま指で持った部分を引っ張り出すと、身だけが綺麗に抜けて、骨だけが残る。
「……てな感じに、ごそっと抜き出すのが正しい食べ方です。ザハラーちゃんも、この食べ方を覚えてからクセになってしまって、それ以来、大好物らしいですよ」
「なに!?ザハラー様が!?」
「えっ!?ザハラー様!?」
「そうか、そうであったか……手羽先とは、なんと奥が深い食べ物であることか」
呆れ顔のミズキ殿を前に、私は早速、その食べ方を試みる。初めは上手く引き出せなかったが、4つ目あたりからはスルッと骨が抜けるようになった。
「……うむ、これは本当にクセになるな。ミズキ殿!もっと食べたいのだが!」
「えっ!?あ、はい!ちょっと待ってください!」
と、気がついたら私は5皿ほど食べてしまった。
「いかんいかん……ここで手羽先を食べ続けてしまったら、ザハラー様の分がなくなってしまうではないか」
「あの、ザハラー様って、なんのことです?」
「そうだ、ミズキ殿!この手羽先とやらは、どう調理すればいいのか!?」
「えっ!?あ、ええと、確か……駆逐艦0001号艦の食堂に持ち込めば、あそこのロボットが調理法を心得ているはずですよ」
「そうか、分かった。いや、ミズキ殿のおかげで、万事うまくいきそうだ。礼を言うぞ」
「あ、はい、どういたしまして……」
私は、手羽先と言うものを手に入れた。皇帝陛下のため、皇国のため、私はこれを今宵までには持ち帰る。しかし、この手羽先というもの、なかなか美味いな。私自身も、クセになりそうだ。
◇◇◇
「おう、カズキ、どうしたんだ?ボーッとして」
「いや、ちょっと考え事をしていてな」
「なんだぁ?リーナのことでも考えてたのか?」
「それはそうだが……あ、いや、変な意味じゃないぞ!リーナ殿と言うよりは、この星のことだ」
「この星のこと?どう言うことだ?」
「いや、先日現れて、一時は戦闘状態になったあの『オオアタケ艦隊』のことを考えていたんだ」
「ああ、あのリーナの後をついてくる忠犬みたいな岩の艦隊か」
「ところで今、あの2人が消しにかかっている黒い霧の発生源は、『ゴーレム山』と呼ばれるところらしい」
「ゴーレム山?なんだそりゃ?」
「ゴーレムが湧き出すから、ゴーレム山と呼ばれているそうだ。ほら、うちの艦から光学観測斑が捉えた映像がこれだ」
僕はスマホでその山の写真を見せる。食い入るように見つめるレティシア。
「ふうん、ただの山にしか見えねえけどな」
「そうだ。だが、ただの山ではないだろうな」
「で、それがさっきの岩の艦隊と、なんの関係があるんだよ」
「岩の艦隊、黒い霧と魔物、そしてゴーレム……これらを一つに繋げて考えられないかと思って、ふと思いついた仮説がある」
「仮説?なんだよ、それは」
「もしかすると、これら全て、あの山の何かを守る防衛システムなのではないか、と言うことだ」
「防衛システム?」
「ここに繋がる門に接近すると、ゴーレムが湧き出した。だから、ゴーレムは原生人類が作り出した防衛システムの一種だと考えられている」
「そうなのか?俺にはよく分からねえけど……」
「そしてあの岩の艦隊だ。調べてみたが全くの無人兵器で、その動作原理も動力源も、全く見当がつかない」
「まあ、リーナについてくるって言うのが、一番謎だけどな」
「そうなんだよ。リーナ殿についてくると言うのが、もっとも不可解な話なんだ。だからこそ、何かあるんじゃないかと思ったんだ」
「何があるんだ?」
「分からないが、考えた仮説は、あのゴーレム山に、何かあるということだ」
「なんでだよ」
「そもそもゴーレムが湧き出すところ、守るべき何かがあると言うことじゃないのだろうか?現に、門にはゴーレムが出現するわけだし。そしてあの黒い霧というのも、もしかしたらそれに付随する防衛システムなのかもしれないなと思った」
「ふうん。だけどよ、なぜそう思うんだ?」
「どちらも、ザハラーとバルサム殿によって、無効化できるからだ。てことは、出どころは同じもの、と考えるのが当然かもしれない」
「ふうん、それじゃあ、リーナはなんなんだ?」
「うーん、よく分からないが、あの岩の艦隊を操作できるということは、そういう役割を持った人物、ということなのだろう」
「それってつまり、カズキみてえに、艦隊を率いるための人物ってことか?」
「現に皇国でも、皇女ながら第8軍という軍を率いて手柄を上げてきたと聞く。そういう素質があるってことだ。ということは、艦隊を率いる役目を担った能力を持つ人物ということなのかもしれない」
だが、まだ謎はいくつかある。ゴーレムと黒い霧、そして岩の艦隊がすべて同じ原生人類の手によって作られたものだとすると、どうしてその岩の艦隊を指揮する人物を、黒い霧の魔物が襲うのか?
それに、あの岩の艦隊は、何に対する備えだったのか?
その鍵の一つが、あのゴーレム山にあるような気がしてならない。
「あー、俺には分からねえ!そんな難しい話、俺にされてもなぁ!」
僕が振ったこの話題を、レティシアは拒絶する。こいつ、あまり考えることが得意じゃないからな。考えるよりもまず動く、そういうやつだ。
「そうか、それじゃあ、難しい話はやめて、お楽しみといくか。」
「えっ!?おい、ちょ、ちょっと待て!」
僕は、レティシアの背中を取る。甲高い叫び声が、部屋中に響き渡る。その直後、僕はほっぺに一撃食らう。
うん、やっぱりレティシアは、最高だ。




