#108 聖女
「なに!?それは本当か!」
「間違いない、黒い霧を消したのは、ザハラーの賜物だ。複数の証言、重機の映像などから判断して、そう断定せざるを得ない」
私は、ヤブミ殿から驚くべき話を聞いた。この瘴気を消したのは、あのザハラーだと言うのだ。
そこで私は、ふとある伝説を思い出す。
「聖女様だ……」
「は?」
「間違いない、聖女様の再降臨だ。大地が瘴気と魔物によって覆われる時、聖女様が現れ、その地を浄化し、再び人の世界を取り戻す、と言われていた。まさにこれこそ、我々が待ち望んだ聖女様の再降臨だ」
私は、伝説の再来を目の当たりにして、興奮して手が震えている。
「いや、ちょっと待って。原因はザハラーの賜物であって、聖女と呼ぶほどのことでは……」
「何を言うか!今起きたことは、まさに聖典に書かれた通りではないか!この所業を成せる者を聖女様と呼ばずして、なんと呼ぶか!?」
まったくこのヤブミと言う男は、我ら皇国の聖典をなんだと心得ておるのか?無礼にも程がある。
「とにかくだ、この黒い霧、瘴気を排除する方法が分かったんだ。だが、今一度、それを確認しておきたい」
「確認?」
「別の場所へ向かい、もう一度、ザハラーにあの賜物を発動してもらう。そこでまた霧が晴れるようならば、確信できる」
「……分かった。確かに、その通りだ」
この男は、まずはその力を確固たるものとしておきたいと提案する。そのことに、異論はない。私は即座に同意する。
だが、あのザハラーに、いや、ザハラー様とお呼びせねばなるまい。一見すると無口で、無愛想で、頭にいつも妙な布を巻いている肌黒いあの娘が、まさか聖女様であったとは。すぐそばに暮らしていて、まったく気づかなんだ。不覚であった。
「と、いうことで、ザハラーの賜物の、瘴気に対する作用を確認したい。ワン大佐、0001号艦は2機の人型重機を回収後、すぐに発進する」
「了解です、提督」
「では、まず0001号艦に帰投する」
「了解!」
この哨戒機という乗り物は、そのまま我らが船へと向かう。そして駆逐艦のてっぺん、甲板と呼ばれる場所にヤブミ殿と私を下ろすと、再び飛び立っていった。
◇◇◇
ザハラーが、聖女様?何かの冗談か。
そう思ったものの、確かに目の前であの霧が晴れた。あの賜物には、こんな効能があったとは予想もしていなかった。
ということは、この黒い霧も、もしかして現生人類による仕掛けの一つだと言うのか?ザハラーの賜物は、ゴーレムの不活性化に作用することはすでに分かっている。それと同じものではないか?
しかし、ザハラーの能力の効果は思いの外、多いな。ただのレーダーを撹乱するだけの邪魔な能力かと思っていたら、他の賜物を増幅できたり、ゴーレムや黒い霧を無効化したり……
で、艦内に戻り、通路を歩いていると、ちょうど目の前にザハラーらしき人物が歩いているのが見える。
……と思ったが、違うな。あれはよく見ると、カテリーナだ。軍服姿では、後ろからでは判別しづらい。だが、そのカテリーナに向かって、リーナ殿が駆け寄る。そして、その後ろで跪いてこう告げる。
「聖女様。私、リーナは貴方様のことを聖女様とは知らず、失礼な振る舞い。誠に申し訳ございませぬ」
ああ、これは勘違いしてるな。いきなり皇女様に跪かれたカテリーナは、何が起きたのかを理解しかねている。
「あの、リーナ殿……実に言いにくいことだが、こいつはカテリーナだ。ザハラーではない」
「は?えっ?そ、そうなのか?」
跪いたまま、赤面した顔を上げて、カテリーナの顔をじっと見つめるリーナ殿。それをみたカテリーナは、なぜか笑みを浮かべて返す。困惑しているような、怒りを覚えているような、複雑な表情でそれに無言で応えるリーナ殿。
と、そこに、今度はザハラーが現れる。軍服姿だと、本当に瓜二つだ。最近はわざと髪型まで揃えているから、余計に見分けがつかないこの2人。並んだ2人に向かって、再び先ほどの口上を述べるリーナ殿。それに対するザハラーの反応は、カテリーナとはうって変わって無愛想だった。
これを機会にリーナ殿も、この2人の区別がつけられるようになって欲しいものだ。
「へぇ〜、そんな力の使われ方もあるのかよ」
感心しているのは、レティシアだ。食堂で今、カテリーナとザハラー、そしてリーナ殿と共に、昼食を食べている。
「そうなんらぞ、れふぃすぃあどの!まふぁにせいにょはまのしょひょうなへば……」
おい、皇女。食いながら話すのは品がないから、やめておけ。しかしこいつ、やっぱりよく食うな。もう2皿目だ。
一方のカテリーナとザハラーも、モグモグと一心不乱に食べている。カテリーナは納豆ご飯にピザ、ザハラーはフライドチキンとたぬきうどん。よく分からん食べ合わせだ。
「食事が終わり次第、すぐに0001号艦は発進する。そこで、ドーソン大尉はザハラーを、デネット大尉はバルサム殿を乗せて発艦せよ」
「はっ。と言うことは提督、バルサム殿の力も試すので?」
「ほぼ同じ力だからな。おそらくは、同じ効果を発揮するものと思われる」
「承知いたしました」
その食堂で僕は、ドーソン大尉とデネット大尉と短いブリーフィングを行う。当然、ザハラーに可能なことなら、バルサム殿もできるだろう。だが、それを横で聞いていたやつが、文句を言い始める。
「なんてこと……どうしてデネット様の機体に私ではなく、あのゴキブリ退治剤のようなやつを……」
「ちょ、ちょっと、マリちゃん!バル君のこと、むちゃくちゃ言わないでよ!」
抗議するマリカ中尉に、突っかかるフタバ。しかし、マリカ中尉がバルサム殿のことをああ呼ぶようになったのは、元々はフタバがそう呼んでいたからなのだが。入れ知恵した本人が否定するとか、意味が分からん。
だが、マリカ中尉よ。お前、人型重機に乗り込んだら、すぐに乗り物酔いを起こすじゃないか。どのみち、体質的に無理じゃないか。
「大丈夫だよ、マリカ。帰ってきたら、その成果をちゃんと分析してくれ。そしたら私が、とっておきのご褒美をあげよう」
「まぁ〜、デネット様ぁ!マリカ、がんばりますぅ!」
そんなマリカ中尉を手懐けるデネット大尉が、上手くマリカ中尉をやる気にさせる。にしても、相変わらず両極端だな、この技術士官は。
が、あの3人の昼食はなかなか終わらず、昼間というより夕方と呼ぶべき時間になって、ようやく人型重機は発艦する。
「テバサキ、ウイロウ、両機、配置に付きました!」
「よし、では実験開始!」
「はっ!ミソカツよりテバサキ、ウイロウ両機!実験開始!」
僕の指示と共に、すぐにレーダーに異変が現れる。あのいつもの直径1キロほどの球体が2つ、サイト上に映る。
なお、あの2機の重機はそれぞれ、ここからそれぞれ反対側に、30キロほど離れた地点にいる。そこであの力を発動する。
すると、すぐにその効果が現れる。
「黒い霧、急速に消滅中!目視にて確認!」
それぞれここから30キロ離れた場所にいると言うのに、猛烈な勢いであの霧が消えていくのがここからも見える。というか、この艦の真下の霧も消えた。
「どれくらいの範囲の霧が、消滅している?」
「衛星観測によれば、およそ50キロ」
「やはり、ザハラーの方が大きいか?」
「いえ、ほぼ同じですね。強いて言うならば、バルサム殿の方が大きいようです」
「そうか。」
やはり、思った通りこの2人の力は、同じ効果を持つ。それはこの黒い霧に対しても同様だ。
「ああ、やはり聖女様の力は本物であったか……聖女様の再降臨を生きて見届けることができたとは、感無量だ……」
「ところでリーナ殿、感無量なところ、申し訳ないのだが」
「なんだ」
「瘴気というやつは、消えるとその中の魔物はどうなるんだ?」
「理由はわからぬが、瘴気のある場所を目掛けて彷徨い始める。瘴気にたどり着けぬ魔物は、いずれ果てると言われている」
「そうか……要するにあれは、魔物にとっては必要不可欠な何か、ということか」
どうみても身体に悪そうな気体だが、そんなものがあの魔物にとっては必要不可欠なものらしい。
「ところでもう一つ、聞きたいことがあるのだが」
「なんだ?まだあるのか!?」
「ザハラーが聖女と呼ばれるのは分かる。が、バルサム殿はどう呼ぶんだ?聖男か?」
「あ、いや……男だったらどう呼ぶかなどと、考えてもおらなんだからな。うーん……」
なんだそれ?男は想定していなかったのか。確かに経験上、なぜか女に賜物持ちが多いが、男だっていないわけではない。聖女があって、男の方には何もないなんて、明確な男女差別ではないのか?
「……それはともかくとして、このことはすぐに、陛下にご報告申し上げたい。なあ、ヤブミ殿よ、すぐ皇都に向かわぬか?」
「それはいいが、今から行ったら夜だぞ」
「構わぬ!聖女様が再降臨されたという知らせは、すぐに知らせたい!それほどまで皆が待ち望んだことなのだ!」
「分かった分かった!今すぐ向かわせる!」
まるで顔面を擦り付けるように接近し、僕に訴えるリーナ殿。なんていうか、なぜか最近ちょっと女性っぽくなりすぎて、妙に意識してしまう。だから、いきなり近づくのはやめて欲しいなぁ。
というわけで、人型重機を回収した0001号艦は、そのまま進路を皇都ヘルクシンキへ取る。
それから、3時間後。すっかり日も沈んだ宮殿に、急遽、貴族らが集められる。
正面には、皇帝陛下の席の横には宰相閣下、それにあの皇太子もいる。一方でこちら側には、僕とリーナ殿、バルサム殿に来たばかりの交渉官殿。
そして、主役のザハラーもいる。
なお、ザハラーの姿は、あのいつものターバン姿だ。あれしか、正装と言えるものをこいつは持っていない。
ところでこの1時間前、皇都に着陸を果たした0001号館を降りる際に、僕とリーナ殿はこんな会話をしている。
「は?ザハラーだけを、陛下に紹介するというのか?」
「そうだ」
「バルサム殿は、どうするのか?」
「まずは聖女様だ。男では説明がしづらい。後日、宰相殿より報告していただくようお願いしておこう」
……というやりとりもあって、この場は「聖女」ザハラーだけが皇帝陛下に謁見することとなった。いやしかし、やっぱりこれは、差別ではないのか?バルサム殿は参加するものの、あくまでも口上を述べる「使者」として参列するだけということになる。
すっかり日が沈み、松明で無理矢理照らされたこの宮殿の中に集まる貴族らは皆、興味津々にザハラーを見つめている。よほどこの国では、聖女の再降臨が待ち望まれていたのだということが、ひしひしと伝わってくる。
にしても、あのインマヌエルとかいう皇太子、さっきから落ち着きがないな。それはそうだろう。殺そうとした相手が、またもや手柄を立てた。今度は、聖女様を見つけたというのだから、心穏やかであろうはずがない。
そして、ようやく陛下が現れる。一同、深々と頭を下げる。僕はいつも通り、敬礼する。
「皇帝陛下におかれましては、ますますの隆盛繁栄の……」
「ああ、口上などよい!それよりも、聖女再降臨というのは本当か!?」
「はっ、陛下。ここにおりますお方が、聖女様でございます」
バルサム殿の口上は遮られ、陛下が聖女のことをリーナ殿に尋ねる。それに応えるリーナ殿だが……今、口上を述べた人物も、聖女ならぬ聖男様なんだけどな。
「それは、まことであるのか!?」
「はっ、私がこの目で確認いたしました。このお方がその力を発揮された時、瞬く間に大地から瘴気が消え、清浄なる大地へと戻ったのでございます」
「そ、そうなのであるか……聖典に書かれた預言は、誠であったか。」
涙を浮かべ、感動する皇帝陛下。宰相を始め、他の貴族らも感涙のご様子。ただ一人、皇太子であるインマヌエル殿下を除けば。
「聖女よ。これより、我らが人間の世界を取り戻すべく、力を尽くして欲しい。フィルディランド皇国の皇帝陛下であるわしからも、お願い申す。なにか、望みのものはないか?」
畏れ多くも皇帝陛下自ら、ザハラーに声をかけられる。皇族、貴族らの視線は、一心にザハラーに注がれる。しかし、それら高貴な人々の視線などまったく動じる様子もなく、ザハラーは応える。
「手羽先!」
あるナゴヤ飯の名が、銀河を超えた星の、とある国に伝わる歴史的瞬間を、僕はまさに立ち会ったところだった。




