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#107 霧中

「まもなく、ワン大佐乗艦の0040号艦の着陸地点に接近します」

「了解。0040号艦の横、300メートルの位置に着陸せよ」

「はっ!」


 すでに0001号艦は、この星の大気圏内に入っている。そして、瘴気と呼ばれるあの黒い霧で覆われた場所に着陸し、調査を続けていたワン大佐と合流するために降下を続けている。

 そういえばあの「オオアタケ艦隊」は、補給を完了した我が艦の後を、当然のようについてきた。が、まさか大気圏突入させるわけにはいかない。そこでリーナ殿に頼んで、周回軌道上に乗ってもらっている。

 てことで、今頃はこの周囲をぐるぐると回っているところだ。だがもし、リーナ殿に何かあれば、その時は……恐ろしい砲撃を、上空から浴びせられることになるかも知れない。


「0040号艦を視認!距離700!」

「微速降下、前進最微速!艦首回頭、20度!」

「了解、微速降下、前進最微速!艦首回頭、20度!」


 眼下には、黒い霧に覆われた大地の上で、その霧の上に甲板部分を晒す0040号艦が見えてきた。そのすぐ傍の平原を目掛けて、0001号艦は降下を続ける。

 それにしてもこの真っ黒な霧は邪魔くさいな。地面が全く見えない。着地も、対地レーダー頼みだ。

 0040号艦に接近するにつれて、奇妙なものが見えてきた。この艦、甲板の上に何か並んでいるぞ?やがてそれが、いわゆる魔物であることが分かると、僕は思わず眉を顰める。

 ちょっと待て、ワン大佐よ、ここで何をやっているのか?


「着陸!0001号艦、接地いたしました!」

「重力アンカー起動!機関出力下げ!」


 ガシーンという音と共に、この真っ黒な霧の大地に着陸する我が艦。窓の外を見ると、砲身部の中程まで霧が覆っているが、この甲板部分空上は、霧から頭ひとつ飛び出している。


「0006号艦に連絡、当艦の甲板部に哨戒機を派遣せよ、と」

「はっ!」


 僕はジラティワット少佐、リーナ殿と共にワン大佐の0040号艦へと向かおうとするが、3人では人型重機に乗って0040号艦へ向かうことができない。かといって、この地上を歩くのは嫌だな。そこで、僚艦から哨戒機を派遣してもらうことにした。

 0001号艦にも0040号艦にも、哨戒機が乗っていない。特殊砲を搭載しているため、その分、格納庫が小さい。このため、人型重機2機しか搭載できない。そこで哨戒機に乗るためには、特殊砲の載っていない、普通サイズの格納庫にある通常の駆逐艦から来てもらう他にない。こういう時不便だな、この艦は。

 やがて現れた哨戒機が、甲板上に着陸する。僕はジラティワット少佐、リーナ殿と共に甲板に向かい、哨戒機に乗る。


「なんだか、こじんまりとした船だな」

「これは哨戒機と言うんだ」


 ところで今のリーナ殿の格好は、Uネックシャツにやや薄い青色のデニム。誰だ、こんなカジュアルな姿を選んだのは?もっとも、リーナ殿はこの姿をいたく気に入っている。

 しかしこのシャツ、ピッチピチすぎて、やや胸の大きめのリーナ殿のあの部分を強調してしまう。レティシアよりも、明らかに大きいな。しかもU字のその首周りの部分から、その向こうが見えそうで……


「閣下。0040号艦に到着しました」


 ジラティワット少佐の声で、僕は我に帰る。いかんいかん、これではまたグエン少尉に罵られてしまう。僕は何事もなかったかのように、哨戒機を降りる。

 が、降りた先には、魔物の死体がずらりと並べらていた。


「これはこれは、提督、お待ちしておりました」

「ワン大佐……これは?」

「はい、この黒い大地の周辺で捕獲した、魔物ですよ」


 とりあえず、僕らはまず艦橋へと向かう。通用扉から中に入り、狭い通路を歩く。


「で、ワン大佐、どうして魔物を捕獲して、並べているんです?」

「それは閣下、コレクションですよ」

「コレクション?」

「ええ、どれくらいの種類の魔物がいるのか、把握するために、この艦に接近する魔物を片っぱしから捕まえては、新種が出るたびにここに並べているんです」

「ええと、それは人型重機で捕まえている、と?」

「最小出力のビームで、急所のみを狙います。で、十分血抜きをした後に防腐剤を塗って、甲板に並べているんですよ」

「……まるで、それをやっている本人かのような話し振りですが」

「ええ、実際、私自身が人型重機に乗り込んで、魔物を狩っているんですよ」

「えっ!?ワン大佐が、人型重機に!?」

「あれ、閣下は知りませんか。私が元陸戦隊出身で、人型重機に乗っていたことがあると」


 あれ、ワン大佐って人型重機のパイロットだったのか。あまり他人の過去に興味がないからな、そんな履歴までは読んでいない。

 それにしても、ワン大佐ってちょっとヤバくないか?人型重機に乗って魔物を狩り、挙句に血抜きしてコレクションするとか……やや保守的だが冷静沈着、穏やかそうな顔のその奥には、こんなヤバい一面があったなどとは気づかなかった。


「そうだな、あれは龍族(ドラゴン)と呼んでいる、最上位の魔物だ」

「そうですか。皮膚が赤いのと緑色のがおりましたが、他にもいるのですか?」

「いや……龍族(ドラゴン)自体にほとんど遭うことがない。遭えば、確実に殺されるからな。生きてその姿を伝える者が少ないゆえ……」

「なるほど、そうでしたか」

「その小ぶりの龍族(ドラゴン)は、ワイバーンとも呼んでいる。そしてその一つ目の巨人がサイクロプスで、ゴブリン、そして……あの腕が6本の魔物はヘカトンケイルだ。珍しいな」

「そうなのですか、それほど珍しい魔物が獲れていたとは、嬉しい限りですな」


 艦橋の窓から、甲板に並んでいる魔物を指差しては、リーナ殿に尋ねるワン大佐。いや、ちょっと待て、僕はワン大佐に魔物のコレクションの収集具合を尋ねるためにここにきたんじゃない。


「で、ワン大佐、調査の本命の方は、どうなっている?」

「は?本命?」

「……黒い霧が消える現象が、起きたかどうかという話だ。」

「ああ、それですか。ええ、もちろんいろいろと試しましたよ」

「で、どうだったんです?」

「駆逐艦で地表スレスレを飛行したり、人型重機でビーム砲を撃ってみたり、地上にて未臨界砲撃を放ってみたり、考えられる限り試したんですが、ダメでしたね」

「まったく晴れなかったと?」

「ええ、地上をご覧ください。全然晴れていないでしょう」


 確かに、ねっとりとした感じの黒い霧が、この艦の周りに漂っている。つい先日まで僕らがいたあの森の中は、その数時間前まで黒い霧が漂っていたなどとは信じられないほど晴れていた。


「この霧、とにかく不思議な霧なんですよ。2日前には、この辺りに大雨が降ってですね」

「大雨が?」

「ええ、コレクションが濡れてはたまらないと、上からビニールで覆う作業が大変で……」

「いや、そんなものはどうでもいい。その時、霧はどうだったんだ?」

「それが、まったく晴れないんですよ。変わらず、その辺りを黒く覆ってましたね」

「そうなのか……雨も、爆風も効かないとは。予想以上にしつこい霧なんだな」

「だから言うたであろう、ヤブミ殿よ。瘴気は、少々のことでは払えぬと」


 なるほど、この間のあの森の黒い霧が晴れていることの異常さがよく分かった。

 などとワン大佐と会話していると、艦橋内で叫び声が響く。


「当艦、2時方向、距離400!魔物らしきものが接近中!数、およそ20!」

「なんだと?また来たのか」

「どうした、ワン大佐?」

「ええ、魔物が接近している模様です。人型重機を発進させ、追っ払いましょう」


 そう僕に告げると、ワン大佐は艦橋の方を向いて指示を出す。


「シュアンヤンロウ、シューパウロー、両機に発艦準備出来次第、発進せよと伝達!」

「了解!」


 ……なんだ、今のは?人型重機のコールサインのようだが、なんだ、シュアンヤンロウって……そういえばワン大佐の好物が、シュアンヤンロウだと言っていたような気がするな。あれは、ワン大佐の好物の名前か?

 食べ物をコールサインに使うとか、一体どういうつもりなんだ……とは、僕自身、言える立場ではないな。うちの重機のコールサインであるテバサキ、ウイロウと同じだな。


「ジラティワット少佐、0001号艦に連絡、こちらのテバサキ、ウイロウも発進せよ、と」

「はっ!」


 我が艦にも重機がいるからな。せっかくだから、こちらも発進させよう。そう思った僕は、ジラティワット少佐に発進を命じる。


「ワン大佐、0006号艦の哨戒機がいます。それで近くまで向かいましょう」

「ほほう、そういえばそうですな」


 で、せっかく哨戒機があるのだから、僕らも近くで見学することにしようと、哨戒機への移乗を提案する。ワン大佐はすぐに乗った。


「お、おい、ヤブミ殿、良いのか?魔物が迫っておるのだろう」

「哨戒機ならば、大丈夫だろう」

「いや、龍族(ドラゴン)が現れたらどうするつもりだ。いくらあの哨戒機とやらでも、ひとたまりもないのではないか?」

「いや、問題ない。行こうか」


 リーナ殿は心配なようだが、いざとなれば、哨戒機にはバリアシステムがある。その最強の防御兵器がある限り、いくら魔物とはいえ、生物如きにあの防御を破ることはできない。


「では、発進いたします」


 ヒィーンという音と立て、哨戒機が浮上する。すでに4機の人型重機は発進済みで、魔物の探知場所を目掛けて降下中だ。


「本当だ、魔物が見えるな」


 黒い瘴気と言っても、まったく不透明というわけではない。近くまで寄れば案外、中の様子は見えるものだ。川の中を泳ぐ魚でも見ているような感覚とでも言えば良いか。

 そして「獲物」が見えてくる。背の高い、一つ目の巨人が数体、ここからも見える。手には、棍棒のようなものを持っている。多少の知恵はあるようだ。


「なんだあれ?同じやつが何体もいるが……」

「あれは、サイクロプスだな。1体で10人力と言われる厄介な魔物だ。それが、20もいるとは……」

「そんなに厄介な相手なのか?」

「我々ならば、まずは槍隊が長槍を並べてその足を止めて、止まったところを銃士隊の銃で一斉射撃する。ただ、なかなか一撃では死なない相手だ。次の射撃装填までに、槍隊で足止めを続けるが、油断しているとその槍を数本掴んで、兵士ごとぶん投げるやつも出てくる。そのため、犠牲も多い」


 どうやら、この星の住人にとっては強敵らしいな。ここの銃とは、いわゆる火縄銃だ。次弾装填までに時間がかかり、その間が弱みをさらけ出すこととなり、苦戦していたようだ。

 だが、我々ならば、さほど問題のある相手ではない。


「各機、横一線に並び、射撃準備。出力は落とせ、左胸を集中的に狙え」

「いや、ワン大佐、出力は落とさずとも良いのでは?」

「それではやつらのサンプルが得られません。もしかしたら、新種が混じっているかも知れませんし」


 ダメだ。ワン大佐はすっかり狩猟コレクターと化している。どうでもいいけど、その魔物、集めたはいいけど、そのあとはどうするつもりなのか。

 そのワン大佐の指示通り、射撃が始まる。4体の重機から放たれる細いビームは、正確にサイクロプスの左胸を貫く。バタバタと倒される、サイクロプスの群れ。

 それを見ていたリーナ殿は、こう漏らす。


「素晴らしい……あれほど早く、次の弾が撃てるとは。我が第8軍にも、あの銃が欲しいものだ」


 すでに指揮官ではないのだが、まだ軍を率いている時の癖が取れないらしい。しかし、火器管制付きのこの人型重機ならば、槍隊の支援なしでも魔物を狙撃できる。

 これは楽勝だな。そう思った次の瞬間、思わぬ事態が発生する。


 真っ黒な霧の中から、巨大な何かが、飛び出してくる。真っ黒な塊、哨戒機の真正面に、それは現れた。

 黒い体に、鋭い目、尖った口。背中には、コウモリの羽根を大きくしたような翼を持つ、鱗で覆われた生物。瞬間に、僕はその生き物の名が浮かぶ。

 ドラゴンだ。

 だが、どうしてドラゴンがここに?レーダーには捉えられてはいない、この巨大魔物の登場で哨戒機にいる一同、目の前の状況に、理解が追いつかない。

 が、このドラゴンの狙いは、この哨戒機ではなかった。

 突如、黒い霧の中から舞い上がり、弾道を描きながら向かう先は、あの4体の人型重機、そのうちの1体の上に、のしかからんとしている。

 そして、その狙われた重機が誰の機体か、僕は瞬時に把握する。肩に描かれた、ういろうの店のマーク。つまりあれは、ドーソン機だ。

 そのドーソン機に襲いかかるドラゴン。

 だがその時、異変が起きる。


「れ、レーダーが!」


 哨戒機パイロットが叫ぶ。僕は哨戒機のレーダーサイトを見る。そこには大きな丸い影が見える。そしてそれはあっという間に、レーダー画面全てを覆い尽くす。もはや、使用不能だ。

 それがザハラーによるものだと、すぐに悟った。だが、異変はそれだけではない。

 突然、地上を覆っていたあの澱んだ黒い霧が、まるでフッと息を吹きかけたように吹き消されて行く。

 しかし、風など吹いてはいない。大雨でも嵐でも消えないとされるこの瘴気と呼ばれる黒い霧。それがドラゴンのジャンプで起きた風ごときで消えるはずもない。しかもその霧が消えた後にまだらな木々が現れるが、それらの枝葉はほとんど動いてはいない。

 だが、猛烈な勢いでその黒い霧が晴れていく。ほぼ一瞬のうちに、見渡す限り霧が消えてしまった。

 で、肝心のドーソン機といえば、ドラゴンの上からの襲撃を巧みにかわす。さすがは、普段から筋肉を鍛えているだけのことはある。これは筋肉というより、俊敏性の問題ではあるが。

 そのドーソン機は着地したドラゴンに向かって突進する。あのバカ、まさかドラゴン相手に肉弾戦を仕掛けるつもりか?

 ドーソン機は、そのドラゴンの左胸あたり目掛けて殴りかかる。するとあの黒いドラゴンは、そのまま後ろに倒れる。まさか、人型重機よりも大きなドラゴンを、殴り倒したというのか?

 と思いきや、ドーソン機の右腕から煙が上がっている。ビームを放った証拠だ。ドーソン大尉め、殴りかかりつつ、ゼロ距離で一撃、ドラゴンの心臓部を狙ったというのか。

 そして、奇襲に失敗したドラゴンは、そのまま動かなくなる。黒い瘴気が消えて、丸見えとなったあのサイクロプスの生き残り数体は、急に明るくなった周囲を見渡して狼狽しつつ、慌てて走り始める。

 が、それを残りの3体の重機が狙い撃ちする。ものの数秒で、すべてのサイクロプスが狙撃される。後には、物言わぬ魔物らが20体と1体、残される。


「……晴れましたな」

「ああ、晴れた」


 ワン大佐も僕も、地上の様子を見ながら真っ先に呟いたのは、この一言だ。魔物の撃退よりも、急に晴れた黒い霧の方が気になったからだ。

 そしてそれは、あの皇女様も同じらしい。


「な、なんだ……急に瘴気が、消えたぞ」


 それはまさに、彼女を救ったときにも起きた現象だ。あの時もドラゴンが出現して、それを人型重機が撃退したというそのシチュエーションは同じだ。

 だがもちろん、ドラゴンを倒したことが、霧の晴れた原因ではない。

 ワン大佐も、すでに2体のドラゴンを倒している。しかし、それによって霧が晴れたことはない。この霧の晴れた原因は、別にある。

 その原因はもう、はっきりしている。

 この時僕は、ザハラーの賜物(レガーロ)の新たな「効能」を知ることとなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 他のレガーロにも別の効能があるとか? [気になる点] ヤブミ提督の趣味は、ピチピチシャツなのか。なんか気が合うな。 [一言] ワンさん、人型機乗りあがりで大佐、…他にも幾つか名前があって、…
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