#102 折衝
「なんだって!?もう接触できたのか!」
「はい。たった今、連絡がありました。フタバ殿が、貴族の一人と接触。すでに我々の概要を説明し終えて、すぐにでも同盟交渉を始めたいと、打診してきたとのことです」
なんて事だ。まだ見送って3日だぞ?それでもう貴族と接触できたというのか。
「そういえば、こちらにリーナ皇女様がいることは?」
「はい、それも伝達済みとのことです。フタバ殿の聞いた話では、どうやら皇都では、皇女様は乱心され、北の魔物の地に赴いた、と噂されているようです」
「そうか。了解した」
まさか皇太子が、自分の妹を魔物の森に追い込んだなどと喧伝するわけがないからな。突如、皇女が皇都を飛び出し、魔物にやられた。それを皇太子は軍を率いて追いかけるも、間に合わなかった……そういうシナリオだったのだろうな。
しかしフタバよ、ただでさえ怪しいお前がその貴族に、皇女様が皇太子に追われてました、などと馬鹿正直に話してはいないだろうな?それを言ったらお前、最悪、命がないぞ。
「で、いかが致しますか?」
「相手は、こちらとの接触を申し出ているんだよな」
「はっ、そのように聞いてます」
「ならば、行くか」
「行くとは、まさか提督自らが、ですか?」
「そうだ。0001号艦で、皇都に赴く」
「いや、お待ちください。それはさすがにまずいのでは?人々がこの艦を見たら、確実に大混乱に陥りますよ」
「いや、どうしたって、いつかは大混乱は起こる。むしろこれだけの船で乗り込んで、何事も起こらないという実績を早く作る方が、我々への警戒心を緩めることになりはしないだろうか」
「そうでしょうか……?」
僕は多分、無茶苦茶なことを言っている。本来ならば、交渉官の到着を待ってから動くのが筋だ。が、どうにもフタバが危うくて仕方がない。
ならば、さっさと皇都に駆逐艦で乗り込む。この艦を見た連中が、フタバをどうかしようなどとは考えないだろう。ついでに皇帝陛下と接触し、あの皇女様をお返しする。話を聞く限りは、皇女様の件は皇太子の独断で動いたことのようだから、直接、陛下に預ければ多分、問題ないだろう。とにかく、フタバの方が心配だ。いや、もちろん同行しているバルサム殿も、だが。
「第8艦隊に命じる。全艦、地球から3万キロ以内に展開するよう伝達せよ」
「はっ!ですが、何の備えですか?」
「場合によっては、威嚇行動もありうる。なにせこっちは、あの皇女様を匿っているからな。僕が出向いた時に万一、僕があの皇太子らの手で軟禁、幽閉されたりしたならば、艦隊を皇都上空に並べてそれを牽制する」
「分かりました。ところで……その場合の司令官代理は、どなたを指名されますか?」
「総合的に考えれば、ワン大佐が順当だろうが、ここはエルナンデス大佐に任せるとしよう。やつは僕の代わりをやりたがっていたからな。ちょうどいいだろう」
「はっ。了解致しました」
「ただしこのことは、実際に何か起きてから伝達するように。事前に知らせれば、やつは積極的に僕が軟禁されるよう動きかねない」
「そうですね。では、提督が任務履行不能になった際に、各戦隊長がファイルを開けるようにし、その中に司令官代理の件を記載しておきましょう」
「頼む」
ジラティワット少佐は、黙々と作業にかかる。それを横目に、僕はフタバにメールを打つ。今から、駆逐艦で赴く。無茶はするな、と。
返事は期待していなかったが、すぐに電話がかかってきた。
『ちょっと、馬鹿兄貴!駆逐艦で赴くって、どういうことよ!』
「そのままだ。0001号艦で、皇都ヘルクシンキに向かう」
『そんなことしたら、皇都が大混乱に陥るじゃないの!何考えてるのよ!』
「どうせいつかは起こる混乱だ。問題ないだろう。ともかく、今からそっちに向かう。じゃあな」
今のところは、無事なようだ。だが、いくら地球001の出身だと言っても、所詮は生身の人間。危なっかしいことには変わりない。
「艦長に伝達!直ちに発艦、目的地は皇都ヘルクシンキ上空!」
で、それから30分後。僕らはヘルクシンキ上空に達する。
リーナ皇女の話によれば、ここは120万人が住む、この大陸で随一の都市だという。この都市の北方50キロまで迫ったあの黒い霧、瘴気を食い止めるべく、ここがこの大陸にすむ人々の最前線基地でもあるようだ。
「地上の様子は?」
「はっ、地上では多くの人々が外に出て、こちらを眺めております」
「そりゃあそうだろうな。いきなり空中に大型の船が現れた。驚くのも無理はないだろう」
などと冷静に返してみたものの、内心穏やかではない。
つい勢いで、艦ごと来てしまった。これはいくらなんでも、やり過ぎたか?
心の中で動揺する僕は、窓からこの皇都を見下ろす。
このヘルクシンキという街は、二段構造になっている。台地の上に、ぐるりと城壁で囲まれた一段目と、そこを下った低地に広がる二段目だ。
奇怪な構造だが、これにはわけがある。元々は一段目の台地の上にある城壁内が本来のヘルクシンキだったのだが、北方で発生した瘴気の襲来から逃れるために押し寄せた大勢の人々が、ヘルクシンキ郊外に住居を築く。こうしてできたのが、この二段構えの街というわけだ。
その一段目の上空に、僕らはいる。
城壁内はかなりギチギチだ。が、ところどころ、空き地がある。その中でもっとも広く、かつ人のいない場所を見つけた。
「……あそこに降りるしかないな」
「えっ?降りるんですか?」
「このまま、浮いているわけにはいかないだろう。まずは着陸し、フタバらと合流する」
正直言うと、その先はまったく考えていない。合流できるかどうかも分からないし、ましてやその先に、現地人と上手く接触できるかなど、分かるはずもない。まあともかく、地上に降りれば、なんらかのアクションがあるはずだ。それに乗じて、彼らと接触すればいい。
……って、よく考えたら、フタバを派遣する必要ってあったか?最初から、こうすればよかったんじゃあ……
などと考えていると、ズシンという音とともに、艦が地上に着陸したことを告げる声が響く。
「着陸!重力アンカー作動!」
「艦固定よし!0001号艦、着陸しました!」
ああ、とうとう着陸してしまった。今さらもう、引き返すことなどできないな。
「では艦長、これより地上にて、フタバらとの合流を果たす。艦のこと、頼みます」
「はっ!」
僕はオオシマ艦長に艦の運用を託し、席を立つ。そしてエレベーター前で、2人の人物と合流する。
「デネット、ドーソン、ただいま参りました!」
「ご苦労。では、行こうか」
護衛をお願いするとしたら、この2人だろう。ドーソン大尉の挙動が心配ではあるが……そして、艦底部にたどり着き、出入り口を出る。
外には、数百人ほどの人々がやや離れた場所に集まっていた。武具は付けていない。おそらくは、民衆だろう。不安げな顔で、こちらを見ている。
さて、まずはフタバと連絡を取らねば……と思い、スマホに手を伸ばす。そして、履歴からフタバの連絡先を選ぼうとした時、向こうから走ってくる人物が見える。
それが、フタバとバルサム殿だとはすぐに分かった。が、かなり血相を変えて走っているな。どうしたのか?
「何だろうな……まあいい、まずはあの2人を確保する」
「はっ!」
デネット大尉、ドーソン大尉の両名に2人の確保を命じる。そこに集まった民衆を押しのけて、走り込んできたフタバとバルサム殿を迎え入れる。
「ちょ……ちょっと馬鹿兄貴!!」
が、フタバは口を開くなり、いきなり馬鹿呼ばわりしてきた。
「なんだ?」
「カズキがこんなところにいきなり駆逐艦でやってくるから、貴族の人がご立腹よ!どうしてくれるのよ!」
えっ?僕、何かやっちゃいました?いや、我々が侵略者などではないことを見せていけば、きっと納得してくれるだろう。僕はそう、考えていた。
が、事態は予想以上に悪化していた。フタバらの後を追って、槍を持った多数の兵士らが駆けつけてくる。そして彼らは僕の前でいきなり、持っていた長槍を一斉に突き立てる。
その隊長らしき人物が、僕に向かって叫ぶ。
「汝らに問う!神聖不可侵なる我が皇都に、何ゆえこのような石砦を持ち込んだのか!?」
「えっ!?あ、いや、その……」
「我ら第8軍は、皇帝陛下の御為、返答次第では差し違えてでも汝らを、この皇都より排除せん!」
「いや、差し違えるなどと、そのような物騒なことは……まずは、冷静になってですね……」
「ほーら馬鹿兄貴!だから止めてって言ったのにぃ!」
ああ、えらいことになってきた。兵士達は僕らを敵視し、槍を向けて威嚇する。フタバは、せっかくの接触を台無しにされたとわめきたてる。
事前接触は台無し、この街の住人にも、僕らに対する敵意というか、不信というか、そういうまなざしが容赦なく投げつけられる。性急すぎた行動が、取り返しのいかない方向に動き始め、そしてそれはさらなる拡大を続ける。
万事、休すか?と思った、その時だった。
僕の背中から、叫び声が上がる。
「皆の者、聞けっ!」
その声の主が、僕はすぐに分かる。振り返るとその人物は、鎧を着て、魔剣と呼ばれるあの赤い宝石の埋め込まれた剣を高々と掲げて、0001号艦の出入り口に立つ。
すると、兵士の一人が叫ぶ。
「あれは……リーナ殿下!」
名を呼ばれたその皇女様は、掲げた剣を鞘に納め、そしてスロープを降りつつ、その隊長らしき人物に告げる。
「アルマスよ。息災であったか?」
「はっ!ですがリーナ様、これは一体……」
「私は神託を受け、わずかな手勢で北の地へと向かった。その神託とは、魔物らとの戦いを終わらせるほどの強大な力と、聖女様の降臨を告げるものであった。それから、三日三晩走り続け、魔物らとの戦いで手勢を失いつつも、その神託通り、強大な力を持つこの空飛ぶ石砦と出会ったのだ!そして彼らと共にあの龍族を蹴散らし、その勝利を持って皇都に凱旋したところである!」
長槍をこちらに突き立てていた、兵士らの態度が変わる。槍を引き、それを立てて整列する。それはまさに、恭順の意を示す態度だ。
だが僕は、意気揚々と兵士の前で振舞う皇女様に、そっと小声で尋ねる。
「あの、皇女様」
「なんだ?」
「いいんですか?本当は神託などではなく、兄上に追われて北方に向かったんですよね?」
「それはそうだが、今ここで正直に言うわけにはいかぬだろう。そんなことをすれば、彼らの矛先が、この皇都の中の第5軍の兵士らに向かう。皇都の只中で、味方同士の討ち合いになるぞ」
「なるほど……分かりました」
案外、よく考えているな、この皇女様は。突然現れて、瞬時に事を収めてしまった。さすがは、皇都で「戦乙女」と呼ばれ賛美されているだけのことはある。皇太子ほどの人物が、恐れるわけだ。
そして、兵士らは二列に並んで道を作る。その間を、リーナ皇女は颯爽とその間を進む。僕とフタバらは、ただその後についていくしかなかった。
◇◇◇
まったく、何を考えているのだ、この指揮官は?
どこに降り立ったかと思えば、皇都だと聞いて私は大いに焦る。この大砲船ごと降りるとは、ついにその刃を皇都の民に向ける気か、と。
ところが降り立ってみれば、我が兵士らが死を賭して皇都を守らんと、その覚悟の意思をたたきつけたおかげで、この指揮官は狼狽する。これはまたとない機会と、私は剣と鎧を受け取り、それを身に着け、彼らの前に出た……
ここに現れたのが、たまたま第8軍の兵であったことは幸いだった。もしこれが第5軍であれば、どうなっていたか?ともかく、私と車椅子に乗ったテイヨが、並び立つ兵士の間を抜けて、その奥に立つアルマスの元に向かう。
「リーナ殿下、そしてテイヨ様。ご無事で、何よりです」
「うむ。だが、我らも無傷とはいかなんだ。さすがに、魔物の住む森の奥まで出向いたがゆえに、随行してくれた30の兵を失ってしまった」
「いえ、彼らとて、殿下の願望を果たせたと知れば、天国にて喜んでおりましょう。ですが、殿下」
「なんだ」
「……彼らは一体、何者なのです?」
「彼らは星の国より参り、この地に安穏と美味をもたらすために現れた」
「美味?」
「あ、いや……ともかくだ、彼らの持つ力は強大であり、この皇都すらも一瞬で焼き尽くすほどの大砲を持っている」
「リーナ殿下、それでは皇都は彼らに……」
「いや、案ずるな。彼らはその力のすべてを、魔物らの廃絶の為だけに尽くすと約束した。彼らも神の導きによりこの地を目指し、そして私と合うために地上に降りてきたというのだ」
「さ、さようですか。そのような者を引き連れて帰還なさるとは、さすがは我が主、そして伝説の戦乙女でございます」
などと話したものの、正直、戦々恐々である。いつこのヤブミという男が変心するかもしれぬし、ともかく今は勢いで、彼らを強引に味方だと言い張った。
が、その勢いに押されたのか、ヤブミ殿は私のこの即興で組み上げた筋書きに異を唱えるでもなく、乗じてくれている。勢いというものは、場を制すものであると実感した。
ともかく、こちらの調子に乗せることには成功した。この勢いのまま彼らを陛下の前に曝け出し、更なる妥協を迫るべきだろう。
アルマスの後ろには、公爵のパロヤルヴィ卿がいる。私がその前に立つや、パロヤルヴィ卿は涙を流しつつこう呟く。
「ああ……我らが皇女殿下よ、かの死地より生還されるとは、真に感慨の極み」
「挨拶は良い。それよりも、すぐに陛下にお会いし、このことをご報告したい」
「先日の騒動以来、陛下も殿下の身を案じておりました。さぞやお喜びになりましょう」
「うむ。というわけだ、直ちに宮殿へ向かう」
「御意」
パロヤルヴィ卿はそばにいる兵士に耳打ちし、使いとして向かわせる。
そこに、ヤブミ殿が私のそばで小声で話しかける。
「あの……もしかして、皇帝陛下に会われるのですか?」
「そうだ。すぐにでも陛下に会って、我が身の無事を知らせたい」
「……ということは、もしかして、僕もそこに行くことになるんです?」
「それはそうだろう。貴殿は私の命の恩人であり、あの石砦でこの皇都、いや、大陸全土の人々を救うことになるのだ。それほどの者が、謁見をせぬわけには行くまい」
「は、はぁ、分かりました」
うむ、いい感じに、こちらが主導権を得ておるな。案外この男、御し易いな。
そして私は、パロヤルヴィ卿が手配した馬車の到着を待つ。
◇◇◇
「ちょっと、カズキ、どうすんのよ!」
「どうするも何も、チャンスじゃないか」
「何言ってんのよ!出てくる相手は、皇帝陛下なのよ。そんな相手を前にして、話しなんてできるの!?」
血相を変えて、小声で僕に呟くフタバだが、僕はさほど、心配はしていない。だいたい、コールリッジ大将以上に厄介な相手など、この世にそうそういるものか。話も聞かず槍を向けてくる相手でもなければ、自身のことを理解させる自信はある。
やがて、馬車が到着する。現れたのは、2頭立ての馬車。6人乗りのようだ。
相手は、リーナ皇女様にテイヨ殿、そしてあの貴族。残りは3人か……
「デネット大尉とドーソン大尉」
「はっ!」
「貴官らは、駆逐艦にて待機せよ」
「しかし、閣下だけで行かせるには……」
「3人程度を守れるだけの備えはある。それよりもだ、不測の事態に備え、人型重機にて待機せよ。何かあれば、すぐに駆けつけるよう」
「はっ、承知しました!」
僕は陸戦隊出身のこの2人を残す。僕とフタバ、そしてバルサム殿だけで向かうことにする。
軍属の人間だらけでは、かえって警戒心を煽ることになりかねない。ならば、ここは民間人の比率を上げておいた方がいいだろう。すでに皇女様は、こちらの内情を把握している。あの2人を連れて行けば、疑念を抱きかねない。
まあ、携帯バリアシステムと拳銃さえあれば、ぐるりと囲まれてもしばらくは持ち堪えることができる。
もっとも、そのような事態は考えたくもないが。
「では方々、こちらへ」
手招きする貴族。僕は、その誘いに応じて、中に乗り込む。
「おそらく、陛下も貴殿らとの対面を、楽しみにしていることであろう」
上機嫌だな、皇女様は。まあ、それはそうだろう。数日間の逃避行、そして魔物とやらによって死の淵にまで追い込まれた瞬間を迎えながら、生きてここに帰ってこられた。感無量、と言ったところか。
一方のフタバはというと、いきなり大物との対面をすることとなり、戦々恐々だ。落ち着きなく、辺りを見回している態度を見れば、自ずと分かる。
それにしても、バルサム殿はまるで動じている様子はない。不安げなフタバの手を握ったまま、終始笑顔だ。考えてみれば、バルサム殿は上流階級の人物同士の取りなしを生業とする人物。この状況はむしろ、彼にとっては主戦場か。
と、僕はふと、ある事を思いつく。そして、皇女様らに悟られぬよう、スマホを介してメッセージを送信する……
◇◇◇
「皇女殿下、リーナ様、ご入場!」
衛兵の呼びかけの後、扉が開く。その扉の向こうは、贅を尽くした柱や彫刻、そして、数十人の皇国貴族らが並び立つ。
この光景に一瞬、ヤブミ殿は眉をひそめるが、すぐに冷静な表情に戻す。もっと狼狽するものかと思っていたが、もしやこのような場に慣れているのか?
が、ここで弱みを見せるわけには行かぬ。先導するパロヤルヴィ卿の後を、私はマントをひるがえしつつついて行き、貴族らの間を歩く。その後ろから、車椅子に乗ったテイヨ、ヤブミ殿、バルサム殿、そしてフタバと続く。
バルサム殿も、あまり動揺した様子はない。あからさまに動揺しているのはフタバだけだ。そして目の前の壇上には、陛下が座す。
そして、陛下の前で一行は止まり、そこで私はひざまづく。テイヨは、車椅子の上で頭を下げる。同じくひざまづくのはバルサム殿、だがヤブミ殿は、直立したまま額の前で右手を斜めに構える、あの独特の礼で陛下に向かう。この奇妙な、我らからすれば無礼に当たるこの礼を見た周囲の貴族らは、眉をひそめる。
が、陛下はさほど気になさる様子もなく、この男の所業をじっと黙って眺めている。
と、そこで寡黙を続けていたバルサム殿が口を開く。
「皇帝陛下におかれましては、ますますの隆盛繁栄のご様子、誠に御喜び申し上げます。またこの度、宇宙より来たる我々は、風薫る良き日に陛下との拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
深々と頭を下げ、手慣れた口上を述べるバルサム殿。辺境の国の使いに見られるような、布を纏った古風なその服装からは感じられないその落ち着いた儀礼に、この場の一同は感心する。陛下はそれを聞いて満足げであったが、陛下の関心はその横に直立で立つ、あの指揮官へと向く。
「硬いことはなしじゃ。で、あの空に浮かぶ石の砦を導く者は、そなたであろう」
陛下の目が、ヤブミ殿に向けられる。するとヤブミ殿は、直立したまま応える。
「はっ!小官は、地球001所属、第8艦隊司令官、ヤブミ准将と申します!」
簡素な挨拶で応じるヤブミ殿だが、陛下以外の皇族、貴族らも、この男へ関心を向けざるを得ない。
この宮殿よりも巨大な石砦、彼らのいう駆逐艦というものが、この皇都の城壁内に鎮座している。そしてそれは、魔物ですら踏み入れることが出来ぬと言われる堅固な城壁内側に、いともあっさりと踏み込んできた。それも、あからさまに巨大な大砲を曝け出したままで。
特に陛下を気遣う口上を述べるわけでもないこの無礼な男に、皆の注目が集まる。その後ろで硬直しているフタバなど、皆の眼中にはない。
そもそも、陛下が直接、お声がけするなどということ自体、異例なことだ。通常ならば、その傍らにいる宰相殿が陛下の代弁をし、陛下ご自身はその場にて鎮座されているだけというのが常である。それだけ、陛下の関心が、この男に向けられているということでもある。
その無礼千万な武人に、陛下は尋ねる。
「単刀直入に聞く。そなたらの目的はなんじゃ?あの大き過ぎる大砲を備えた石の砦を皇都に持ち込み、なんとするつもりか?」
「それは……」
ヤブミ殿が、陛下のこのあからさまな問いに応えようとしたその時、この大広間に、衛兵が駆け込み、こう叫ぶ。
「そ、空に、この宮殿の真上に、石砦が9つ、現れました!」
この衛兵の言葉に、貴族、皇族らの顔から一瞬、色が消える。




