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#101 見送り

 どうやらあの黒い霧、瘴気と呼ばれるその霧が消えてしまったことは、かなりとんでもない事態のようだ。

 せいぜい黒っぽい霧が吹き飛んで消えたくらいだと思っていたが、それは彼らからすれば、まさに天変地異に匹敵するほどの大事(おおごと)らしい。

 だが、霧が晴れたこの場所からは、確かに「魔物」は消えた。

 気になるな。つまり我々の持つ何かが、その環境を一変させたということになる。一応、調べた方が良さそうだ。そこで僕は、0210号艦に大気圏内に入り、黒い霧のある場所へ降下し、調査するよう命じたのだが、


『戦闘以外の命令など、聞けるか!』


 という具合に、例の如くエルナンデス大佐から反抗期真っ盛りの子供のように断られてしまった。ミズキの神の目での探索も期待しての指名だったのだが……仕方なく僕は、ワン大佐の0040号艦に同じ依頼をすることとなった。

 ワン大佐の艦には、エフェリーナを預けている。同じ艦に2人も神の目を持つ者がいても仕方がないということで、我が艦隊で一番冷静沈着な戦隊長であるワン大佐に、彼女を託すことにした。

 もし、あの皇女様のような存在でもいれば、エフェリーナが見つけてくれるかもしれない。いや、あるいはもっと別の何かを見つけるかもしれないが、いずれにせよ、この星のことを本格的に探索する必要がありそうだ。


 ところで今朝、剣を探すと言って外に出た一行が、急に艦の下でドンパチし始めたから、てっきりその魔物とやらが現れて交戦状態に陥ったのかと思いきや、あの皇女様の持つ賜物(レガーロ)の試射だったと、ダニエラが言っていた。

 しかし、凄まじい力だな。拳銃の最大出力に匹敵するだけの力を放てる生身の人間がいるとは、やはりこの星は、普通ではない。

 あの衛星軌道上の自動迎撃システムの存在といい、浮遊する岩といい、この「魔導」といい、この星にはやっぱり何かある気がする。


 そういえば、あの皇女様を見つけるきっかけは、ダニエラがここに何かがあると、神の目で見出したからだった。

 結果、見つかったのがあの2人だ。皇女であるということ以外は、特にこれといって何かを持っているようではなかったが、あの力を見せられては、やはりダニエラの賜物(レガーロ)が、彼女の中の特別な何かを見出した、ということだろうな。


 それにしてもあの皇女様、えらく落ち込んでいたな。せっかく剣が見つかったというのに、戻ってきてからあからさまに覇気がない。

 賜物(レガーロ)、いや、皇女様的に言えば魔導というものは、使うとそれなりに体力を奪うものらしいから、それが原因なのだろうか?


◇◇◇


 それにしてもこやつら、なんて力を持っているのか。あの龍族(ドラゴン)を容易く葬ったというのも頷ける。

 先ほど、ジラティワット殿に頼んで、あの駆逐艦の先端についている砲の威力を教えてもらった。その結果、その恐るべき威力を知ることとなる。

 この大陸一の街と謳われる、120万人の民が住む我が皇都ヘルクシンキを、一撃で焦土と化すほどの力、だということだ。ただジラティワット殿は、その行為自体は重大な軍規違反となるため、そのようなことはしないと弁明してはいたが。


 なるほど、こやつらの目的は同盟交渉するためだと言っていたが、おそらくはこちらにとって不条理な内容となることであろう。決裂すれば、まさにその砲で脅しにかかる。場合によっては、近隣の村を一つ、見せしめで焼き尽くす……それくらいのことはやりかねないだろうな。

 にしてもこやつらからは、まるで野心を感じない。だが、それも策略の一環なのかも知れぬ。私を油断させて、私から何かを引き出そうとしているに違いない。

 ……とはいえ、満身創痍のテイヨを治療してもらっている手前、彼らとの付き合いを拒むわけにもいかぬ。だからこうして今も、私は食堂へと出向いている。


「んじゃ、始めるぜ。フタバとバルサムの無事と成功を祈って、かんぱーい!」

「かんぱーい!」「イェーイ!」「筋肉ーっ!」

「いやあ、みんな、ありがとーっ!」


 贅沢なガラス製のコップに入ったブドウ汁を片手にした20人ほどの乗員が集まり、盛り上がる食堂。ワインでもあるまいし、こんなものでどうして盛り上がれるというのか?

 ……しかし、美味いなこのブドウ汁は。甘酸っぱい味もさることながら、ひんやりしていて喉越しが良い。どうしていちいち、かれらの飲み食いするものはこれほど美味いと感じるものばかりなのか?

 

「いやあ、リーちゃん、ちゃんと飲んでるぅ?」

「ああ、しかし酒でもないというのに、これはなかなか美味いな」

「でしょう!?わざわざシンシュウってところから取り寄せたブドウジュースなんだから、味は格別だよ!」


 シンシュウか。また新しい地名だな。昨日までは、ナゴヤがどうとか言っていたが、彼らの住むところでは、それぞれに食のこだわりがある場所が存在するらしい。

 で、今、目の前にあるのは、彼らが「ミソカツ」と呼ぶ不思議な食べ物だ。

 黄色い、ざらざらとした見た目の何かが覆っている。一見すると、樽洗いに用いるシュロ縄の束のようにも見えるが、切れ目の奥には、何やら肉が見える。

 それをフォークで刺して食べるのだが、私以外の者は「ハシ」と呼ばれる2本の棒を巧みに操り、それをつまむように口に運んでいる。

 が、皆、なにやら黒っぽいタレをかけているな……あれは一体、なんだ?


「おう、なんでぇ、まだ味噌カツ食ってねえのかよ。ほれ、ちゃんと味噌かけねえと、味噌カツにならねえぞ」


 と、レティシアが私のそばにやってきて、上からドバドバとあの黒いタレをかけてくる。黄土色のその食べ物が、黒く汚されてしまう。

 ああ、この魔女め、なんて事してくれたんだ。せっかくの料理が瘴気に侵されてしまったではないか。まさに、魔物の食べ物だな、これは。だが、そんなものを皆は美味そうに食べている。私も、恐る恐るそれをフォークで刺し、口に運ぶ。

 ……なんだ、このミソカツなるものは。シュロ縄に見えた表面のざらざらの作り出す食感、中の柔らかくも歯応えのある肉、そして上のかかったあの黒いタレの甘辛い味。

 魔物の食べ物ではないな。まさにこれは、悪魔の食べ物。一度口にしたが最後、その者を虜にして離さない、麻薬のような甘美な嗜好の食材。


「どうしたの?難しい顔して」


 と、そこにフタバが尋ねてくる。


「いや、このような贅沢を続けていて、本当に良いのかと思ってな……瘴気と人の世界の狭間では、今も魔物との戦いが続いておるというのに」

「ちょっと難しく考えすぎだよ、リーちゃんは」


 フタバが笑いながら言う。確かに私は、難しく考えすぎなのかも知れぬ。が、こいつのように能天気過ぎるのも、それはそれで考えものだろう。


「で……そなたは今夜、ヘルクシンキに向かうのであろう」

「そうだよ。真っ暗闇の中、0006号艦の哨戒機で飛び立ち、このあたりに降りるんだって」


 そういいながらフタバは、私にスマホを見せる。そこに映されていたのは、ヘルクシンキの地図。その一角、平民街の端にあるほとんど人の住まぬ場所が映し出されている。


「ここにはほとんど人がいないから、侵入するにはうってつけだってさ。で、ここに拠点を築いて、そこから住人との接触を始めるの」

「なるほどな。ここであれば確かに、皇都に入り込むのは容易(たやす)かろうな」

「まったく、そんな面倒なことしなくったって、このフタバ様ならばすぐに入り込んでみせるっていうのにさ。あのクソ兄貴、ちょっと手を回しすぎなのよ」


 と言いながら、向こうのテーブルでバルサム殿と話し込むヤブミ殿を睨みつけるフタバ。だが、そんなフタバを見て思う。

 妹の身を案じて、あれこれと権謀術数を尽くす司令官の兄もいれば、妹の名声を疎んじて、その身を滅ぼさんと計略を巡らせる兄上もいる。フタバよ、そなたは疎ましく感じているやも知れぬが、それはとても幸せなことだということを、忘れてはならぬと思う。


「ちょっと、何こっち見てるんですか、変態提督!」

「しょうがないだろう。今日の主役であるフタバが、そっちにいるんだから」

「ついに実の妹にまで、そんな目で見るようになるなんて……」


 にしてもその兄は、どうしてこうも人望がないのだろうか?時々、不思議に思う。


「おう、魔導のねーちゃん。昨日、魔導とやらを放ってぶっ倒れそうになったって聞いたぞ」


 と、そこに、大男が現れる。確かこいつは、ドーソンとかいうやつだな。


「ああ、そうだ。魔導は、体力を使う。あれを放った直後は、まるで全身から力が抜けてしまうものだ」

「だめだな」

「何がだ!」

「鍛え方が足りないな。筋肉さえ鍛えていれば、あの程度のことで倒れることなどない。ほれ、見てみろ、俺の上腕筋を」

「上腕筋!上腕筋!」


 こいつはどういうわけか、筋肉の話ばかりしている印象だな。それを……カテリーナだか、ザハラーだかが上腕筋を連呼しながら、バシバシとこいつの腕を叩いている。ところでこいつは、どっちなのだ?


「おいドーソン、皇女様に筋肉の話ばかりするんじゃない」

「何をいうか、デネット。筋肉こそ正義だ」

「そうだそうだ!」

「すいませんね、皇女様。この2人、いつもこの調子なんです」


 このデネットという男、見るからに品と知性を兼ね備えた人物のようだな。ジラティワット殿といい勝負なのかも知れぬ。


「はぁん、デネット様!一緒にブドウジュース飲みましょう!イタリー物ほど高級じゃありませんが、それでもまあまあ飲めますよ!」

「分かった分かった、マリカ」


 あのマリカという毒舌女がまとわりついていることが、あの男の唯一の汚点か。


 この他には、テイヨよりも歳も軍歴も重ねてはいるが、いまいち寡黙で素性の知れないオオシマ艦長や、タナベ殿にナイン殿という、いまひとつパッとしない男が向こうのテーブルで寡黙に飲んでいる。


「騒がしい船ですわね、ここは」


 と、私の横にダニエラが来て話しかけてきた。


「そうだな、変わり者が多い気がするが」

「そうですわね。ここでまともな人物なんて、オオシマ艦長くらいのものですわ」

「……そうなのか?デネット殿やジラティワット殿など、良識ある人物もいると見えるが」

「あの二人も、奥底には何か秘めてますわ。特にデネット様などは、男嫌いだったあのマリカさんをあれほどまでに虜にしてしまったのですから……一体、何をしでかしたのやら……」


 このダニエラの一言に、私はゾッとする。やはり、私にはまだ見えていない本性を、こやつらは秘めているというのか。


「……ところで、ダニエラ殿は確か、この船の所属する星とは、違う星の出身だと聞いたが?」

「ええ、そうですわ」

「なぜ同じ国どころか、別の星の者がこの船に乗ることができるのか?」

「あれ?説明を受けませんでした?この宇宙は1万4千光年という広大な空間に、人の住む1000個以上の星々が点在していて、それが連合と連盟という二大勢力に別れて争っているんですよ。で、(わたくし)は同じ地球(アース)001と同じ連合側ですから」

「いや、それは知っている。だが、同盟を締結した国同士であっても、別の国の者が混在する軍隊など聞いたことがない」

「まあ、色々とあったんですよ。ちょうど(わたくし)が陛下から勘当された折、ヤブミ様が(わたくし)をこの船に乗せてくださり、それで私はこの船の『目』として働いているのでございます」


 うーん、話が飛躍しすぎていて、それまでに何があったのかが分からぬが、このダニエラという元皇女にも、諸事情あるようだ。


「で、そなたのいたペリアテーノ帝国という国は、どのような国なのか?やはり、駆逐艦とやらを多数持つ、強大な国なのか?」

「いえ、私の星はまだ発見されて2年ほどしか経っていない星ですから、宇宙船などまだほとんど所有しておりませんわね。おそらくは、あなた方フィルディランド皇国の方が、我がペリアテーノ帝国よりも進んだ国でございますわよ」

「なんだと?そんなはずはなかろう。こうして宇宙に出ているではないか」

「いえいえ、例えばペリアテーノ帝国には、銃なんてものはございませんわ。せいぜい、鉄製の剣と鎧を持つ国。それでもまだマシな方で、その周辺国など、鉄器すら持っていない国もあるほど、文明の遅れの目立つ星なのですよ」

「なに?鉄も持たぬ国があるというのか?」

「聞けば、連合の星々の中でも、最も遅れた文化を持つ星だという話ですわ」

「なんという……ということはまさか、そなたは人質としてこの船に?」

「まさか、そんなことありませんわよ。だいたい、地球(アース)001の人の多くは、文明の遅れ程度で差別なさることはございませんわ。地球(アース)001より進んだ星など、この宇宙にはまだございませんから、そんなことをやり出したら、残りの1000の星すべてを敵に回すことになりますわね」


 この元皇女、随分と物騒なことを口走るものだ。なるほど、こやつの内面とやらも少し、垣間見えてきた気がする。一見すると、世間知らずの皇族の娘のように振る舞っているが、そんなやわな女ではないということか。


「おい、何話し込んでやがるんだ、ダニエラ」

「ええ、リーナ様がなにやらお悩みのようでしたので、少しお話しさせていただいたのですわ」

「悩み?なんだ、トンカツにかけるタレの種類でも迷っていたのか?」


 にしてもこのレティシアという女は、あまり表裏を感じさせる人物ではないな。見た目、そのままの女に見える。親分肌というか、ガサツというか、だが、なぜか慕われやすい気質の持ち主だな。


「ところでレティシア殿。不思議に思うことがあるのだが」

「なんでえ」

地球(アース)001というところは、高度な技はあれど、魔導、魔術の類はないと聞く。だが、どうしてそなたはあのような魔導を心得ているのか?」

「ああ、俺の怪力のことか。実は俺の母親がよ、地球(アース)001の出身じゃねえんだよ」

「なに、そうなのか?」

「そうよ、地球(アース)760っていう魔女がいる星からやってきた魔女でよ、そんで俺も魔女として生まれたってわけだ」

「なるほど……通りでそなたのあの力は、異質に感じたのだな」

「んで、この力がここじゃ必要だから、俺は乗ってるんだぜ」


 今、さらりとこの魔女は言ったが、しかし奇妙な話だな。これほど技の進んだ船でありながら、魔女の力が必要とは、どういうことだ?

 いや、魔女だけではない。ダニエラも、そしてカテリーナやザハラーも、各々の持つ特殊な能力を持つがゆえにこの船に乗っていると言っていたな。だが、あれほどの破壊力を持つ武器を持つ彼らが、どうして人の力などに頼るというのか?


 宮殿を遥かに凌ぐ大きさながら、たった100人ほどしかいないこの船には、謎があまりにも多すぎる。だが、隣にはさらに別の船がいる。あそこにも、ここと同じような謎だらけの人物が乗り込んでいるのであろうか?

 そんな彼らの船は一体、何隻あるのだろうか?少なくとも2隻はいるようだが……私は、ダニエラ殿に尋ねる。


「ところで、ダニエラ殿よ。あのヤブミ殿は、第8艦隊という船団を率いていると聞いたが、配下には何隻の船がいるのだ?」

「はい、500隻ですわ」

「は!?ご……500隻!?」

「それでも少ない方でございますわ。通常の艦隊は1万隻あって、その中を細分化して諸将に任せているのでございますが、ヤブミ様はその細分化されたひとつを率いているだけに過ぎないのです」

「なんだと……1万隻だと?なぜそのようにたくさんの船が必要なのか?」

「宇宙は広うございます。それくらいないと、とても賄いきれませんわ」


 とんでもない数が出てきた。あの男が率いる船だけで、500隻もいると言っている。しかも、それすらもごく一部に過ぎない。1万という数の船を率いる者もいるのだと、ダニエラは明かす。

 私が彼らについて知っていることは、まだごく一部に過ぎないということを、嫌というほど思い知らされる。

 彼らの持つ驚異的な武器により、魔物の恐怖は、消えてなくなるだろう。

 だが、我々はさらに強大な悪魔を相手にすることになるのではないか?


 そんな歓迎会から数刻が経ち、日が沈み、夜となった。

 私は、駆逐艦の下から出て、再び大地に降り立っている。


「それじゃあ、行ってくるね!」

「おい、フタバ、何かあったら、すぐに連絡しろ!いいな!」

「分かってるわよ、馬鹿兄貴。じゃあまた!」


 フタバが手を振って、哨戒機という空を舞う乗り物に乗り込む。バルサム殿も乗り込み、扉がバタンと閉まる。

 ヒィーンという音と共に、浮上する哨戒機。青白い炎をたなびかせて、それは暗い夜空に向かって前進を始める。

 その哨戒機の青い炎が、真っ暗な空に吸われて見えなくなるまで、ヤブミ殿は何も言わずに、ただじっとそれを見つめていた。

 あの哨戒機に乗った者達は、我がフィルディランド皇国の中枢、陛下身辺の者と接触をするつもりだという。

 その先に、どのような運命が待ち構えているのか。今の私に、それを知る術はない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後に黒船来航と言われそうですね。 カズキ「そう俺も思っていたのだが、フタバのほうがインパクトあったみたいで、"フタバ来航"と呼ばれてた( ; ゜Д゜)」 [気になる点] 瘴気を消したもの…
[一言] エルナンデス大佐。降格は近い?
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