#100 魔導
外に出ると、私はその光景に、思わず歩みを止める。
その場所のあまりに一変した光景に、そこが本当に私とテイヨがあの龍族に襲われた場所なのか、疑わしくなった。
「おい、デネット殿!」
「はい、なんでしょう?」
「たしか貴殿は、ここで私とテイヨが倒れていたと申しておったな!?」
「そうですよ。ちょうどあの辺りです」
デネット殿が指差す方向は、確かに森の切れ目となっており、私とテイヨが倒れた場所には違いない。
頭上を、この駆逐艦の先端部分が覆っている。それが日の光を塞いではいるが、それにしては明るい。
そう、ここには、瘴気がない。
ここは真昼間でも、まるで分厚い雨雲の下のごとく薄暗い瘴気の只中であったはずだ。だが今は、あのどす黒い煤のような雰囲気はどこにもない。
「おかしい……瘴気が消えるとは、とても信じられぬな」
「瘴気?それってもしかして、あの真っ黒な霧のことです?」
「そうだ。この辺り一体、瘴気の只中にあったはずだ」
「言われてみれば……ですが、風か何かで飛ばされたんじゃないです?」
「そんなもので飛ばされるほど、瘴気は容易く消えるものではない!瘴気には、雨風は効かぬ!大嵐でも飛ばぬと言われてるのだぞ!」
「うーん、それじゃ一体、どうして……」
この瘴気を消し飛ばすことができぬゆえに、我らはとても困っていた。幸いにも、河の上を瘴気が乗り越えられ難いがゆえに、辛うじて河岸で瘴気の流れは食い止められていた。が、その瘴気が今、見渡す限り消えている。
こやつら一体、何をしたのか?
「あの、瘴気があると、何か起こるんですか?」
「魔物だ。魔物が現れる」
「えっ?魔物って、瘴気の中から現れるのですか?」
「あれが奴らの縄張りであることを示すものだからな。一度あれに覆われたら最後、その地は侵されたまま、清浄化されない」
「そうなのですか!?ですが、ここには……」
「そうだ。だから驚いている。こうもあっさりと瘴気が消えるなど、ありえぬことだ」
そう、まさにこの森から瘴気が消えてしまった。大地の浄化、まさに我らの悲願が、いとも簡単に成し遂げられていることに、私は驚きを隠せない。
「瘴気って、絶対に消えないものなんですか?なにか、消す方法ってないんです?」
「……いや、たった一つだけある」
「たった一つ?なんですか、それは」
「聖女様の降臨だ」
「聖女様?」
「我が皇国の正教の聖典に、大昔、この地に瘴気が押し寄せたことがあったが、その時に聖女様が現れて、瘴気を北の地に押し戻したという伝説がある」
「で、伝説ですか……で、どういう方法で、瘴気を消したのですか?」
「分からぬ。が、聖女様が通ったその場からは、まるで霧が晴れるようにたちまち瘴気が消えていった、と書かれている。なにか不可思議な神通力で、瘴気が消されていくようだ」
「そうなんですか。で、この周辺が今、そうなっていると」
「なあ、ひとつ聞きたいのだが、そなたらは一体、何をやらかした?」
「はあ、何と言われてもですね。特には、何も」
「そんなことはない。何もなしで瘴気が消えるはずがない。まるで煙突の裏側に染み付いた乾留液のように、べったりと貼り付いて離れぬものだ。必ずや、何かをしているに違いない」
「そうですか……では一度、確認してみましょう」
デネット殿が、あのスマホとか言う道具を用いて誰かと話している。
「ああ、デネットです。少佐殿、2日前のあの時、この辺りにあったあの黒い霧のことですが……」
どうやら、ジラティワット殿と話しているようだな。デネット殿が瘴気のことを確認している時、上からどでかい化け物が現れる。
『おりゃあ!』
あれは、ドーソン殿の操る人型重機とかいう人の作りし化け物だ。昨日、格納庫というところで見せてもらった。あれがあの龍族を倒したとも聞かされた。
だが、龍族ほどの大きさはない。サイクロプスよりは大きいが、龍族には到底及ばない。あんなものがどうやって、この人型重機の3つ分はあろうかという龍族を倒したというのか?
『おい、ザハラー!』
と、その人型重機に乗ったドーソンという男が、ザハラーに向かって叫ぶ。
「なんだ!」
『乗るか!?』
「おう!」
……なんだ、今の会話は?するとそのサイクロプスの倍はあろうかという人型重機はしゃがみ込む。そこにあの小娘が駆け寄る。
にしてもこいつ、カテリーナというやつにそっくりだな。皆、よく見分けがつくものだ。私は未だに見分けられない。
「……そうですか。はい、そう伝えます」
と、その間にデネット殿の会話が終わったようだ。それにしても、このスマホというやつは便利だな。遠く離れた者同士が、会話できるという機械。これさえあれば、ここからヘルクシンキにいる陛下とも直接会話することができるという。もっとも、陛下がこれを持っていればの話だが。
「今、確認したのですが、突然晴れたらしく、原因はよくわかっていないそうです。てっきり艦が着陸した際の衝撃で起きた風か何かで、消えたのではないかと思っていたようです」
「そうか……で、その時、何か変わったことはしておらぬのか?」
「そうですね。確かあの時……そういえば、ドラゴンとドーソン機が戦ってましたね」
「ドーソン機?今あそこにある、あれか。」
「はい。最初あの機体がドラゴンからあなた方を庇うため、バリアを使用したんですよ」
「バリア?なんだそれは」
「まあ、盾のようなものです。で、その後、あのドラゴンをビーム砲で攻撃したあたりから、あの黒い霧が晴れ始めましたね」
「そうなのか。ということは、あれが瘴気を追い払った、と?」
「うーん、なんとも言えませんね。一度、実証試験をしないと分からないです」
「そうか」
うーん、あの無骨な仕掛けが、伝説の聖女様とは思えぬな。しかし、どうやってあの瘴気が晴れたのか。だがこれ以上、デネット殿に尋ねたところで、分かりそうにない。
が、一つの手がかりを得た。龍族との戦い、バリアという盾、そしてあの人型重機という機械が持っている砲……このいずれかに、瘴気を晴らす鍵がある。
それを聞いた私は、皆のもとへと向かう。森の木々の周囲の茂みの中を探している。が、その時、ダニエラが叫んだ。
「あった、ありましたわ!」
茂みの奥から、剣を持ち上げて掲げるダニエラ。それはまさしく、私の剣だ。
「おお、あったか。よく見つけたな」
「当然ですわ。神の目を持つ私に、見つけられないとお思いですか」
駆け寄るレティシアに、自慢げに語るダニエラ。そういえばダニエラは確か、賜物とかいう不思議な力を持っていると言っていたな。
魔女に、賜物なる不可思議な力を持つ女……あのザハラーもカテリーナも、賜物を持つという。男はそろって無能ばかりだというのに、ここの女は何かしらの力を持っている者が揃っているようだ。
「おう、で、この剣に間違いはねえか?」
「ああ、間違いない。まさに私の魔剣だ」
少し刃こぼれしているものの、問題はない。これならば、十分に役を果たせるな。
「魔剣?なんだそれ、何か妙な力でも宿っているような呼び名だな」
「まあ、実際に宿っているからな」
「そうなのか?だが、そういうのは普通、聖剣って呼ばねえか?」
「いや、魔剣だ。なにしろ魔石が付いているからな」
「魔石?」
「そうだ。ここを見よ」
私はその剣の握りにつけられた、赤い石を見せる。
「へぇ、綺麗なルビーだな」
「ルビー?いや、これは魔石というものだ」
「なんだ、魔石って?」
「浮遊岩は、まれに地上に落ちてくることがある。その時、浮遊岩に取り憑いたたくさんの魔石が地上に降りてくる。それを剣に埋め込むのだ」
「あのぷかぷか空に浮いてるっていうあの岩に、そんなもんがあるのか」
「そうだ」
「だけどよ、その魔石ってやつは、何をしてくれるんだ?俺みてえに、重いもんでも持ち上げられるようになるっていうのか?」
「魔導が使えるようになる」
「魔導?なんだそりゃ?」
「そなたのあの力だって、魔導の一種であろう」
「うーん、なんて呼んでたっけかな。けど確か、魔導とは言わねえぞ」
「まあいい。魔導も万人が使えるものではない。能力を備えた者が、その力を発揮できる」
「まあ、そうなのですか!?それってつまり、賜物じゃございません!?」
と、今の話を聞いて、ダニエラが目を輝かせる。
「で、あなたは何ができるのです?」
「私か、私が使える魔導は、雷神炎と呼ばれている」
「えっ!?ら、らいとにんぐ……なんですって?」
「雷神炎だ。そうだな……魔石が、輝きを取り戻しているな。体力の回復した今なら使えそうだ。よし、ここで見せてやろう」
そういうと私は、剣を持ち、森の方を向く。
「なんだ、剣は見つかったのか」
「ええ、見つかりましたわ。するとリーナさん、突然、魔導を使うとおっしゃってまして」
「魔導?なんだそれは」
タナベ殿がダニエラに尋ねている。他の男らも集まってきた。
『なんだ、どうしたんだ!?』
「ああ、ドーソン。なんでも今から皇女様が、魔導というのを見せてくれるそうだ」
『魔導だって!?筋肉じゃないのか!』
どでかい声で叫ぶあの人型重機とやらを背に、私は森の木々の方を向く。そして、皆に告げる。
「私の使う雷神炎という魔導は、皇族にのみ伝わる最強の魔導だ。それは数十匹のゴブリンや、数体のサイクロプスをも焼き払い、その痕跡を跡形もなく消し去ることができるほどの力を持つ」
「おう、すげえな!なんだそれ、まるでファンタジーに出てくる魔法使いみたいじゃないか!」
レティシアが感動している。が、なんだ、ファンタジーとは?まあいい、我が力をここで、見せつけるとしようか。
「では、始めるぞ」
そう私は告げると、剣を顔の前に立て、そして詠唱を唱える。
「……雷神の使い、紅蓮の精霊、我が剣先に集い、その力を顕現せよ!」
魔石が、キィーンという甲高い音を立てる。そして剣先が赤く光る。その力のみなぎるのを感じた私は、一気に剣を振る。
赤い炎と、青白い稲妻の光が重なりつつ、剣の先から放たれる。それは森の木々を襲い、そして火花を散らしながらそれらを薙ぎ払う。
遅れて、猛烈な風が吹き荒れる。その力の解放に伴う爆炎の風が、辺りに吹き荒れる。そしてガガガーンというけたたましい音が、最後に響き渡る。
やがて辺りが静けさを取り戻し、私は振り返る。そこにあるのは、瞬きもせずに硬直する、数人の男女の姿だ。
「す、すげぇ……なんだ今のは、あれが魔導ってやつか?」
「こ、こんな派手な賜物、私、初めて見ましたわ」
多くが我が力を見て、言葉を失っているようだ。それはそうだろう。我が国でもこれを使えるのは、私だけだ。次期皇帝である兄上ですら、この力は授からなかった。
だからこそ、我が第8軍は少数ながらも、多くの魔物を倒すことができ、勇名を成すことができた。だがそれが、私の命運を大きく変えることとなったのだが。
「いやあ、凄まじい力ですね。これ、本当に人から出される力なのですか?」
「決まっている。私の中にある魔力が、魔石を通じて解放され……」
デネット殿に応える私だが、急に私は目の前がぐらりと揺れるのを感じる。身体が、よろめく。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ……大量の魔力を使ったがために、少し目眩が起こっただけだ」
この魔導は、大量の魔力、すなわち、体力を使う。このところ、私は良い食事に恵まれて、いつになく力の泉の満ち足りを感じていた。そしていつも以上の炎と稲妻を放つことができた。
が、やはり今朝まで車椅子に頼っていた身体、元通りとはいかぬようだ。
だが、その身体に追い討ちをかけるように、デネット殿がこんなことを言い出す。
「しかし、凄まじい力ですね。人の身体の内側にある力だけで、銃と同じくらいの力を出せるとは」
それを聞いた私は、デネット殿に尋ねる。
「なんだと?銃と同じくらい、だと?」
「はい、ほぼ同じくらいの力だと思いますよ」
「いやまて、銃が放つ力など、私の雷神炎に比べたら、取るに足らぬほど弱いはずだ」
「そんなことないですよ。試しに、撃ってみましょうか」
と言って、デネット殿は腰から、あの小さな金槌ほどの銃を取り出す。
いや、さすがにそれで私の魔導に対抗できる力など、出せるはずはなかろう……と、私はこの時まで、そう思っていた。
が、その銃の真の力を、私は目の当たりにする。
デネット殿が、その銃の引き金を引く。
この銃は、火縄や火薬の装填などをせずとも、いきなり撃てるようだ。だが、その威力は確かに凄まじい。
前方にある、大きな木。あれの根元に、その銃の放つ青白い一筋の光が着弾する。
次の瞬間、その根元が大爆発を起こす。あっという間に、その大木は根本から倒されてしまう。そして、猛烈な爆風と爆音が、次の瞬間に私を襲う。
なんということだ。デネット殿は詠唱も能力もなしに、あれだけの魔導を放った。
それは確かに、デネット殿のいう通り、私の雷神炎と同等の力だ。
そして私は、その次にさらにおぞましいことに気づく。
すぐ傍に、0006号艦と呼ばれる船が停泊している。あれの先端には、大きな穴が開けられている。
レティシアが言っていた。あれは、大砲だと。だが、こやつらの持つ銃は、金槌ほどの大きさであっても、私の放つ雷神炎と同じくらいの力を持つ。
ということは、あの大砲が放たれれば、どれほどのものが破壊できるというのか……
「あの、リーナ様?」
「な、なんだ?」
「いえ、何か考え事をされていたようなので、大丈夫かと……」
いかんな。ここで奴らに恐れを見せれば、私は見下されてしまうかも知れぬ。平常心で対抗せねば。
「ああ、その銃とやらも、なかなかのものだな」
「ええ、そうですね。ですがこの威力で放ってしまうと、すぐにエネルギーパックを交換しないといけないんですよ。不便ですよね」
といいながら、デネット殿はその銃の根本から、なにやら取り出す。そして懐から何やら取り出し、その銃に取り付ける。
「それにしても、この大陸には魔物がいるんですよね」
「そうだ。ここ最近、再び勢いを増してきた」
「ということは、昔から魔物自体はいるんですよね」
「ああ、そうだな。元々はこの大陸の北の果て、ゴーレム山の麓のみに出るとされていた」
「ご、ゴーレム山、ですか?」
「そうだ。何か、気になることでも?」
「ええ、そのゴーレムという呼び名は、もしや人型の岩の化け物のことじゃないですか?」
「そうだな、私はまだ見たことはないが、ゴーレムが出るとされているので、そう呼ばれている山だ。それは、北の大地に高く聳え立つ山で、その麓は、常に瘴気で満たされており、魔物がうろついていると言われている。それが今や、大陸の多くを覆い尽くしてしまった」
「つまり、今の状態は、本来の姿ではない、と」
「その通りだ。だからこそ、聖女様の降臨を願っているのだ」
「あの、もしかして、皇女様がその聖女様ってことは、ないですかね?」
「いや、ないな」
「なぜ、そう言い切れます?」
「私が雷神炎を放っても、瘴気は消えない。だから私は、聖女ではない」
「ああ、なるほど」
「いずれにせよ、貴殿らの出現により、この場のように瘴気の晴れ目を見ることができた。ということは、貴殿らには瘴気を消すための何かを、持っているということなのだろう」
魔剣探しの折、私は彼らの力の一部を垣間見ることとなった。
想像を絶する力を、こやつらは持っている。それを思い知らされた。
だが、彼ら自身、気づいていない力をまだ持っている。それがこの、瘴気の晴れ間を作り上げた力だ。
一体、どうやってこの晴れ間を作ることができたのか?そして私、いや、この大陸の人々は、再び北の大地に人の住まう場を取り戻すことができるのだろうか?




