6、4年後 (2)
ファーガスとの懇親と称した立食パーティで、目論見通り彼は女性たちに取り囲まれていた。
ベアトリスはわざと遅れていくことにし、会場に入った時には、彼は腰掛けられるエリアで複数人の女性に囲まれてなにか話をしていた。今日も金髪がふわふわで王子様らしい様相だ。
ダンスはなし、立食形式ということもあり、ファーガスもベアトリスが自分を避けていることには気付くだろう。
ベアトリスが出席している貴族たちに挨拶をしていると、それに気付いたファーガスが席を立って近付いてきた。
さらにファーガスの後を女性たちがくっついてきて、彼の少し後ろで控える。
なんだろう。何を言われるのか、ベアトリスは身構えた。
「ファーガス王子、楽しんでいらっしゃいますか?」
「おかげさまで陛下、ありがとうございます。でも出来れば陛下とお話をさせて頂きたいものです」
そう言うと、ファーガスはベアトリスの手を取り、指先に唇を落とした。思わず指先に力が入る。
「…今回の目的は留学ですが、もう一つ、私に目的があるのを陛下もご存じのはず。陛下にその意思がないのは存じておりますが、まずは私のことを知って頂くチャンスをもらえませんか?」
ファーガスの後ろの女性たちは目を輝かせ、彼を援護するような視線を送っている。
ベアトリスはファーガスの意図を理解した。女性たちにどのように話をしたのか分からないが、ファーガスがベアトリスに声をかけることを応援するように仕向けたようだ。
周囲の人たちが二人を見つめ、ベアトリスの反応を待っている。ここでベアトリスがファーガスを冷たくあしらったらどうなるだろう。
ファーガスに同情が集まり、ベアトリスが頭が固く融通の利かない女だと思われるだろうか。別にそれでも構わないが。
仕方ないと諦めたベアトリスは小さくため息をつき、ふわふわの金髪を見つめた。
「ファーガス王子は我が国の女性たちを味方につけてしまったようですね。負けました。一度昼食にお招きしましょう」
ファーガスの後ろの女性たちは顔を見合わせて笑い、口々に、良かったわねとファーガスを称えている。当の彼は綺麗な顔でにっこりと微笑み、礼を述べた。
用は済んだので、ベアトリスは踵を返し会場を出ることにした。すると、後ろをギルバートが追ってくる。
「陛下、よろしいのですか」
「仕方ないわ、彼がどうやったのか分からないけど、国の女性を敵に回すわけにはいかないもの」
「ですが…」
「いろいろ彼と接触しないように調整してくれたのにごめんなさいね。悪いけれど近いうちに彼を昼食に招くようにしてちょうだい」
「…かしこまりました」
ギルバートは了承すると、また会場へと戻って行った。ベアトリスは、昔のギルバートであれば「数人を敵に回すくらい気にしなくていいのに」と言うだろうなとぼんやり考えていた。
数日後、昼食の席に現れたファーガスはそれまでの様子を一変させて、くだけた雰囲気でベアトリスへ話しかけた。
会ってすぐに「ようやく2人で会えた。ベアトリスって呼んでもいい?」とのたまったのだ。
「ベアトリスもどうせ結婚しないんだろ。でもそれだと私は国に帰りづらいから、とりあえずは仲良くしてくれ」
「…女王である私にそのように馴れ馴れしい態度を取ってきた方は初めてです」
「年が近いだろう?いいじゃないか。外交上、私と仲良くしておくのは得だと思うぞ」
ふわふわの見た目との格差に面食らったベアトリスは思いっきり眉を顰めてみせるが、ファーガスは気にせずにこにことしている。
「…先にあなたの目的を聞いておいた方が良さそうですね」
「それより先に教えてあげよう。うちの国はこの国の王家を乗っ取れないか画策している」
「なんですって?」
「理由が知りたい?女王が若くて、次世代も育っていないから」
ベアトリスは絶句した。
周辺国とは良い関係を築けていると思っていたのに。
「…攻め込まれる可能性があると?」
「いや、そういうことじゃない。周辺国の中ではこの国は軍事力はトップだし。そうではなく、うちはなんとか女王と婚姻を結んで、王家の権力を中から掌握できたらラッキーだなと。それで私が来た」
「私は結婚しません」
「知っている。でも、強引に婚姻を結ぶことは可能だ。例えばいま、私が暴挙に出たら?」
いま、ベアトリスとファーガスは二人だが、部屋の入口にはきちんと騎士が立っている。
しかしベアトリスは急に恐ろしくなって身を固くした。
「私はそんなことしない。でも手ぶらで帰るわけにはいかないし、私が帰ったところで次の男が来る。そいつが君に無体を働くかも」
「…始めの話に戻りますが、あなたの目的は?」
「私も結婚したくない。それから君と仲良くしていることを国に告げることでとりあえず立場を守れる。君はうちの国からの策略を防げる」
「…それだと、私にとってメリットばかりで、最終的に結婚できなければあなたの立場は守られないわ」
「私の目的は結婚しないことと、数年間、国での立場を守ることだけだ。だからベアトリスと仲良くすることは私にとってメリットしかない」
本当だろうか。いまいち信用できない。
ただ、ファーガスの言うことが事実なら、彼の提案は理解できる。次世代が育っていないことは確かだし、隣国から送られてくる男たちに怯えて過ごすのは嫌だ。
「…醜聞は避けたいのですが」
「もちろん。たまに会う友達になるのでどう?あとは国にうまく言っておく。君も国内向けには歓待してるだけだとでも言うといい。本当に結婚しない気なら私を隠れ蓑にするのでも構わない」
ファーガスと定期的に会うことでどのような噂が立つだろうかとベアトリスは想像した。
もし恋人と思われたら、と考えるが、別にそれでも問題ない気がしてくる。結婚しないのであれば、後継問題に影響はないのだから。
そうすれば持ち込まれる縁談は減るかもしれないし、いまのところファーガスは一方的に女性からもてているだけで、女性関係自体が派手な様子はない。
「わかりました、とりあえず。様子見します」
「ありがとう。よろしく」
「それにしても、どうやって我が国の女性を味方に?」
「ああ、実は求婚の体で国からの機密事項を持ってきていて、こっそり女王に渡さないと追放されると涙ながらに語った。この国の女性たちは皆、優しいな」
ベアトリスは雑な理由に呆れた。機密事項などを留学生に託さないし、それを周りに吹聴するはずないではないか。女性たちは見た目の良さに騙されている。
「…あなたが詐欺師であればすぐに帰ってもらいますからね」
ファーガスは笑って否定した。
それから留学期間中、週に一度の頻度で二人は会うようになった。
ファーガスが国に帰ってからも「仲の良い」関係性は続き、ファーガスは数ヶ月おきに定期的に訪問してきてベアトリスと会うようになった。