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5、4年後 (1)

「陛下、また(・・)です。いかがいたしますか」

「ああ…」


 即位して4年が過ぎ、ベアトリスは22歳になっていた。

 即位したときに結婚しないと宣言していたにも関わらず、ここのところ、そろそろ考えも変わったのではないかと縁談が来るようになった。


 ギルバートが差し出した書類は釣書のようなものだろう。元婚約者候補から縁談相手の書類を渡されるなんて皮肉なものだ。

 ベアトリスは書類を受け取ったが、考え直してそのままギルバートに突き返した。


「女王に縁談を持ち込む度胸は良いけど、私は受けません。もうこの手の話はあなたのところで全て断ってちょうだい」

「度胸をお認めになるならご覧になっても」

「宰相を始めとして優秀な事務官たちが仕事をたくさん振ってくるから忙しくて無理」


 仕事でギルバートと話す機会が増え、たまにこういった軽いやりとりをすることもある。それでも基本的に話の内容は仕事のことだけだし、昔のことには触れず、女王と事務官として適した距離感で接しているつもりだ。


「そうだわ、今日はお義姉さまから昼食に呼ばれているのだけれど、午後の来客はどうなっているかしら」

「午後すぐの予定ではありませんので、急がれなくても大丈夫です」


 思いがけずギルバートの「大丈夫」を聞くことができ、ベアトリスは嬉しくなった。昔のニュアンスとは全く違うけれども。


 ベアトリスは相変わらず、ギルバートのことを盗み見たり、言葉を交わすことを心の糧にしていた。

 完全に片想いを拗らせていることは自覚していたが、仕方ない。どうせ叶わないのだし、態度には出さないようにしているのだから許されるだろう。



 義姉は夫である兄王を亡くした後、しばらくの間、塞ぎ込んでいたものの、子どもが4人もいることですぐに普段の生活に戻った。

 王太子であるカインは12歳となり、将来のために帝王学を学んでいる。非常に利発な子どもだ。

 彼がベアトリスと同じ18歳で即位するとしてもあと6年ある。それまでなんとか国を傾かせることなく、問題のない状態で引き継ぎたい。



「陛下、ご縁談がたくさん来ていると聞きましたけれど」


 昼食の席で義姉が手を止めた。

 社交の場に出なくなったベアトリスの代わりに、いまは義姉が情報を集め、ベアトリスに伝えてくれるようになっている。

 いまでもベアトリスが結婚し、子どもを持つことでカインの継承権が脅かされる可能性を懸念しているようではある。それでも表面上は、兄王の突如の死を共に乗り越えた戦友のような間柄だ。


「ええ、そうなんです。でも全て断るように指示しました」

「…そうですか。あの、留学してくる王子の件は?対応するのですか?」

「ああ…」


 近いうちに、隣国の王子が留学してくるという連絡をつい最近、宰相から受けた。

 その王子は国王の甥で、どうも嫁探しを兼ねているのではないかという噂を義姉から聞いていた。そしてその筆頭候補がベアトリスのようだ。


「宰相からも聞きました。一度は歓待しなければいけないかもしれませんが…、まあ留学ということであれば、そう多く接待する必要はありません」

「そうですね…」

「全然知らない人から求婚されたところでなんとも思いません。断りますよ」


 ベアトリスがそう言うと、義姉はほっとしたように食事を再開した。


 女王になって4年、いまでも人の評価が気になるし、ネガティブな感情に陥ることはある。

 ただ、判断に注意してきちんと仕事を全うすることと、異性関係の噂が立たないよう気を付ければ、周りの人は概ねフラットな状態で自分を見てくれることに気が付いた。

 不安になることがあっても、ギルバートが補佐してくれているのだ。これほど心強いことはないと安心する反面、いつまで経っても彼から気持ちが離れられない自分に嫌気が差す。

 あと6年。まだ先は長い。



 ♢



 隣国の王子は留学してきたその日に挨拶にやってきた。2ヶ月だけの短期留学だという。


「お目通りが叶い、嬉しく思います、女王陛下。ファーガスと申します」

「ファーガス王子、ようこそいらっしゃいました。短期間での留学はお忙しいでしょうが、実りのあるものになることを祈っております」


 ファーガスは黄金色のふわふわの髪に緑色の瞳の青年だった。これは貴族女性が騒ぐぞ、とベアトリスは懸念した。

 案の定、早速話題になったようで、また昼食の席で会った義姉から報告を受けた。当の義姉も直接会って喜んでいる。


「亡くなった陛下ほどではありませんが、目の保養でしたよ。素敵でしたね」

「そうでしょうか…、まあ、もてそうな容姿でしたね」


 亡くなった兄も色男だった。タイプは違えど、甘い雰囲気のファーガスは国の女性をあっという間に虜にしたようだ。


「あの男性でもなんとも思わないなんて、陛下はどういった男性がお好み?」


 ベアトリスは男性の好みを問われてしばし考える。

 そりゃあ、黒髪で深い青い瞳の、あの彼が良いに決まっている。しかしそれを口に出すわけにはいかない。義姉はギルバートのことを知っている。


「…いまは忙しくてあまり興味がありません。結婚もしませんし」

「…そうね、ごめんなさい」


 しまった、余計なことを言って当てつけのようになってしまった。

 ベアトリスは慌てて、カインの近況について話を振って話題を変えた。



 それからしばらくして、宰相のガルシア公爵から声をかけられた。


「陛下、ファーガス王子を一度は歓待した方がよろしいのでは?」

「やっぱり?そうよね…」


 考えないようにしていたが、隣国の王子ということもあり、一度は歓待のために晩餐を開くべきであろうところを先延ばしにしていた。

 実際、ファーガスからは数日おきに贈り物が届けられていた。花だったり菓子だったり。それに対して少しのお礼の品は返していたのだが、彼の目的は晩餐への招待だろう。


「…では仕方ないので計画してください。ただし、彼だけでなく国内の貴族も大勢招待しましょう」

「承知しました」


 その後、ファーガスをもてなす晩餐会の計画責任者はギルバートになったと報告を受けた。

 ギルバートは早速招待客のリストを持ってきたので、ざっと目を通す。


「陛下」


 ふいに声をかけられたので、ベアトリスは顔を上げた。ギルバートが少し離れたところから見つめている。


「なに?」

「今回、晩餐の規模を大きくするのは、ファーガス王子からの求婚を避けるためですよね?」

「…まあ、あれは噂だけれどね。念のため出来るだけ二人きりにならないよう、彼には忙しくしてもらうわ。幸い、女性にもてるようだし」

「であれば、ダンスの時間は取らない方が良いかと」


 ベアトリスは女王になってから踊らないようにしている。相手によっては噂になるのを避けるためだ。

 通常行われるダンスの時間を設ければ、間違いなくファーガスと踊らざるを得なくなる。ギルバートの言うことは妥当だった。


「そうね」

「それから、立食形式にした方が良いかもしれません。女性たちが順繰りにファーガス王子の相手をしてくれるでしょうから」


 席が決まっているとベアトリスの隣がファーガスになり、ずっと相手をしなければいけなくなるだろう。

 ベアトリスは、ファーガスに女性たちが列をなして順番待ちする様子を想像してぷっと噴き出した。するとギルバートも頬を緩めたのでどきりと心臓が跳ねる。

 きっといま、同じことを想像していた。


「そうね、任せるわ。そうしてちょうだい」


 ギルバートと再会してから、ほんの少しずつ、距離が近付いていく気がする。

 あんなに嫌な別れ方をしたのに、ギルバートは一緒に仕事をすることが不快ではないのだろうか。

 ギルバートと言葉を交わすことはベアトリスにとって甘美な時間だが、近付きすぎてはいけないと心の中で警鐘を鳴らす。いまの関係性で留めるのが最善だ。


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