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15、答え

 とにかく、ギルバートのせいで男性との接触に嫌悪感を覚えてしまうようになったのかどうかを確かめなければならない。そして、もしそうなら強く文句を言おう。

 ベアトリスは事務官にギルバートの出席する夜会を調べさせ、それに自らも参加することにした。


 カインが主催のその夜会には、通常のものよりも多くの人が集まっていた。

 ベアトリスはカインとともにいつも通り拍手で迎えられると、会場内のギルバートを目で探す。するとギルバートは会場の柱の側で女性たちに囲まれていた。

 しばらく滞在すると言っていたファーガスも参加しており、ギルバートとその周りの群れの近くで妙齢の女性と二人で談笑している。


 ベアトリスはうん?と目を見張った。二重にもギルバートを取り囲んでいるのは若くて美しい女性ばかりだ。

 怪訝な顔をしたベアトリスに気付いた隣のカインがこっそりと耳打ちする。


「ガルシア宰相補佐は離縁されてから大変人気のようですよ。前の奥様が変わった人だったから別れたけど、次は自分にもチャンスがあるんじゃないかって女性たちが」


 考えてみれば確かにその通りだった。彼は地位があり、しかも男性としてはまだ若い。貴族女性の結婚相手候補から一度外れたとしても、離縁によってまた候補に戻ってきたということだろう。


 隣にいたカインも婚約者候補たちに捕まったので、ベアトリスは出席者からの挨拶を順繰りに受けた。中にははっきりと、うちの息子どうですか、と薦めてくる人もおり、ベアトリスは苦笑する。


 まあ、有難いことだ。女王の肩書のおかげで結婚相手を選べる立場なのだから。

 ただ、逆にそのせいで決められないのかもしれない。ベアトリスはカインのような結婚相手への判断基準を持ち合わせていない。

 何人かの男性に「2人の時に食べたいものがその場に1つしかない場合、どうするか」を問うことはしてみた。しかしカインが言っていた通りだ。皆、譲ってくれるか半分分けてくれるかのどちらかで、それはなんだか嫌だった。

 そういう意味では自分も結婚相手には対等な関係でいたいという希望を持っているのかもしれないとベアトリスは思った。


「陛下」


 音楽が変わり、ふと手を引かれて振り向くと、ギルバートだった。

 そのままフロアに連れて行かれる。踊ろうというのだろう。


 ベアトリスは繋がれた手を凝視した。

 ――やっぱり。


「どうかしましたか?」

「ギルバート!あなたのせいで――、っと」


 恐ろしい顔で手を見つめるベアトリスの様子にギルバートが尋ねると、ベアトリスはキッと顔を上げて抗議しようとした。瞬間、躓いて体勢を崩す。しかしギルバートが強く手を握ってよろめくのを抑えた。


「陛下、大丈夫ですか?」


 大丈夫ではない。

 ギルバートと手を繋いではっきり分かった。彼には他の男性と接触したときの嫌悪感が一切ない。

 パズルを合わせたようにぴったりと、しっくりくるような、あるべき場所に収まったような感じだ。

 すなわち、ギルバートのせいで他の男性に違和感を覚えるようになったのだ。


「あなたのせいで他の男性と踊れなくなったわ、どうしてくれるの?」

「え?」

「あのサーカスのとき、いかがわしいことを、なにかおかしなことをしたんでしょう。絶対にあれ以来、なにか変なのよ。他の男性と触れると嫌な感じがするの。なにをしたのよ」


 一瞬、きょとんとしたギルバートだが、すぐに少し俯いて顔を隠した。黒髪からのぞいている耳が赤くなっている。


 なんなのだ。

 ベアトリスが眉を寄せて下から覗き込むと、ギルバートは隠しきれず赤い顔で笑いを耐えている。


「ちょっと、なに笑っているの、私は怒っているのだけど」

「いえ、すみません。なにもおかしいことはしていませんし、それは私のせいではないけど…、いや、私のせいかも」

「は?」

「いずれにせよ、陛下が私以外受け入れられなくなったということなのでは?私にとっては嬉しいことです」


 ベアトリスは腹が立って足を止めた。

 全然嬉しくない。

 自分は繋ぎの女王だ。王太子であるカインや王室の今後のためにも醜聞は避けたくて、ギルバート以外にも良い相手はいるかもしれないと前向きに検討をしてきたのだ。

 それなのに、ギルバートのせいで、彼以外の男性を拒否するようになってしまっただなんて、自分の意志を無視されたようでなんだか嫌だ。腹が立つ。


 ベアトリスはギルバートの手を離した。


「私は嫌。ギルなんて嫌いよ」


 冷たくそう言い捨てて踵を返し、足早にフロアを出ようとする。後ろからギルバートが追ってきたのが分かった。



 その時、すぐ近くから声をかけられた。


「ああ、陛下」


 会場から出ようとしていたベアトリスは足を止めた。


「ガルシア宰相補佐と揉め事ですか?彼も結婚相手候補なんですねえ」

「……ずいぶん飲んでいるようね」


 声をかけてきたのは降嫁先候補の1人のロッソだった。今夜は酒が入っているのか顔が赤く、酒臭い息を吐いている。明らかに酔っていた。


「あれ、でも彼は離縁したばかりでは?それで候補とは…、もしかして陛下のために?」

「…なんですって?」

「ああ、もしかしてずっと前から恋人同士だったりします?」


 ニヤついて怠そうに話すロッソだが、公爵家ということもあり周りは止めることもできず困惑して眺めている。

 酒が好きとはこういうことだったのか。ベアトリスもロッソが何を言うつもりなのかと向き合った。

 ベアトリスの沈黙を肯定と受け取ったのか、ロッソは周りの剣呑な様子にも気付かず続ける。


「それはずるいなあ。いや、彼がその地位を得ているのは父親の権力でしょう。別に何の実力もありはしない。これで陛下も娶ろうだなんて、ちょっと高望みが過ぎますよ」

「――で?」

「もし妻がありながら陛下と関係し、娶ろうとしているならただの不貞男ですよ。不貞は繰り返します。私は初婚ですし、若いし、実は陛下のように少しばかり年のいった女性の方が好みですよ、ってこれは失言ですかね」


 ロッソは赤い顔で下品にひひ、と笑って体を揺すった。


 ベアトリスは頭に血が上るのが分かった。

 何の実力もありはしないなどと、何を根拠に。

 ベアトリスが必死で女王の仕事をしているのをずっと側で支えてきたのはギルバートだ。確かに出身は良いが、異例の速さで出世したのは本人の資質と努力だ。

 それを、この男は愚弄している。


「どうですか陛下――」

「黙りなさい」


 自分でも驚くほど冷たく硬い声が出た。


「ガルシア宰相補佐を侮辱することは許しません。彼は十分、自分の仕事を行っております。期待している以上に」


 ベアトリスの様相に一瞬驚いたロッソは口を噤んだが、また酒臭い息で言葉を発した。


「し、しかし彼には妻がいたのに――」

「関係ありません」


 ベアトリスの通る声に、周りの視線が集まる。



「なぜなら私は彼のことを愛しているからです!」


 瞬間、その場がしん、と静まり返った。



 ――――あれ??



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