14、違和感
それから何度かカインを相手にダンスを練習したベアトリスは、夜会に出席することにした。
王宮で開かれるそれに、9枚の釣書から選んだうちの1人である公爵家の次男も出席するという。
彼はロッソといい、10代の頃からの知り合いだ。ベアトリスよりも4歳年下で多少酒好きという面はあれど、見合いの時には紳士的な態度で好感を持った。今夜も穏やかに周りと談笑している。
ベアトリスは普段夜会に出席すると、一通り挨拶を受けたら退出する。しかし今夜はそのまま留まっていたため、周りの出席者はおや、と思った。
そしてそのことをロッソは正しく理解したようで、ベアトリスをダンスに誘った。
「陛下、よろしかったら一曲お相手を」
「ええ」
男の手を取った女王に周りがざわつく中、ベアトリスはロッソに手を引かれてフロアに出る。
しかし体を密着させるとベアトリスは、あれ?と感じた。なんだか、違和感があるというか、どうにも、嫌だ。
繋いだ手がなんだか嫌なのだ。なにが嫌なのか問われても上手く答えられない。しっくりこないし、とにかく嫌だ。
「陛下と踊ることができて大変光栄です」
「え、ええ、ありがとう」
若干の気持ち悪さを感じながらなんとか踊った後もロッソが色々話しかけてきたが、いまの違和感が気になってベアトリスは上の空だった。
なんだったのだろう。ロッソに対してだけだろうか。別に彼は普通の紳士なのに。
頭の中が疑問符でいっぱいになったベアトリスだが、女王が踊ると分かった出席者たちが続々と声をかけてきた。ベアトリスが降嫁先を探していることは皆知っていたし、そのために女王が夜会に出てきたのだと分かったのだ。
自分も候補者になれるかもしれないと思った出席者は順繰りにベアトリスに声をかける。
ベアトリスはいまの違和感の状態を確かめようと、とりあえず相手を選んで引き続き踊ることにした。
しかし、相手が誰でも同じだった。嫌なのだ。
ただ、相手によってはその嫌な度合いには違いがあった。手を引っ込めたくなるくらい嫌な相手もいれば、まあしっくりこないけど、くらいの違和感の相手もいる。
「んんん…??」
どうにもおかしい。今までは感じなかったことだ。
ベアトリスは自分の中の変化と違和感の正体を掴み切れないでいた。
ベアトリスはそれからも、違和感の正体を確かめようと夜会に出席するようにした。
何度目かの夜会では、9人の候補者の中から選んだうちの1人で、早くに妻を亡くした侯爵家当主とも会った。彼も昔からの知り合いで、今は幼い娘を育てている。
一応踊ってみると、違和感はまあまあ少ない方だったのでベアトリスはほっとした。
しかし二人で話しているときに彼はおもむろに胸元からロケットペンダントを取り出し、蓋を開いてそれに語り始めた。どうやらそれは亡き妻の姿絵のようで、肌身離さず持ち歩いているという。
彼ははっきりと、娘のために新しい母親が欲しいのだと言った。少なくとも見合いの場では言っていなかったはずだが。
娘の母として迎え入れられるのであれば、おそらくベアトリス個人として向き合ってもらうことは難しいはずで、少し腰が引ける。カインほどでないにしても結婚相手とは対等でいたいし、兄家族の付属品だったように、また他の家族の附属品になることは避けたい。
彼には適任の女性がいるはずだ。自分以外で。
そうして釣書から選んだ2名とは芳しくない結果となったが、ほかの人とは上手くいくかもしれないと、ベアトリスは夜会への出席を続けていた。
そんな中、隣国からファーガスが遊びにやってきた。
♢
久々に訪ねてきたファーガスはベアトリスを見て早々、にやっと笑い、お土産によく分からない木彫りの置物を差し出してきた。
「久しく会わない間に面白いことになっているようだね、ベアトリス」
「あなたの耳にはどのような話が?」
「退位を控えた女王が男漁りに励んでいると」
「…事実だわ、残念なことに」
ベアトリスがその噂を肯定してうなだれると、ファーガスは声を上げて笑った。いつもと同じ金髪がふわふわと揺れる。
「あんなに不名誉な噂を気にしていたのに、どういう風の吹き回し?」
「ええと…」
自分のことをよく知っているファーガスに現在の事情を説明した。もちろんギルバートに抱いていた恋心も彼は知っているし、ギルバートが結婚したことで失恋したことも知っている。
そのため、降嫁先候補を探していることと、ギルバートがその候補に含まれていることも話した。
「なんだ、素晴らしいことじゃないか!ずっと好きだった相手と結婚できるなんて」
「そう思うかもしれないけど…、一度完全に諦めたからいまさら彼をどう思っているかわからなくなってしまって。しかも彼は別れたとはいえ、既婚者だったんだもの。不倫していたと思われるわ。そうなると男漁りしているという噂よりも痛手かも」
ファーガスは呆れたように目を細めて息を吐き、少しだけ声を落とした。
「いいじゃないか、そのくらい。私なんていつまで経っても結婚しないものだから、男色疑惑が上がっている」
「……事実では?」
「そうなんだ。でも毎日楽しいし、全然気にしていない」
朗らかに笑うファーガスを羨ましく見遣る。彼はずっと同じ秘密の恋人と続いていて、周辺国をあちこち移動しているが、恋人も同行しているという。
ファーガスはベアトリスを訪問する度に社交の場へも姿を見せていたが、妻を娶ろうという気がないことが明らかになってきたため、女性たちは諦めている。今では観賞対象であり、若い女性が背伸びして声をかけるための練習台になっているようなものだ。
「まあとにかく、ほかにも気の合う男性がいるかもと思って、その噂通り男漁りをしているのよ、って、そうだわ、ファーガスちょっと立って」
ベアトリスは疑問の表情のファーガスを立ち上がらせ、手を取った。少し体を近付けるとファーガスは一歩下がる。
「え、なに?」
「うーん…なんだか最近、異性の手を取るのに嫌な気分に…」
ベアトリスはファーガスにここ最近、ダンスで男性と接触するときに覚える違和感について話した。
男性の手を取った時の違和感や嫌悪感のようなものは、身内であるカインには感じず、ファーガスはその次くらいのように思った。他の男性に対してはもっと強く嫌悪感を覚える。
「あの、初恋の彼にはどうなんだ?」
「――えっ」
問われて初めて気付いた。なぜ忘れていたのだろう。何度も夜会に出席していたが、ギルバート以外の男性と知り合うことを重視していたので、彼とはまだ踊ったことがなかった。
最後にギルバートの手に触れたのは――
「あっ!!」
急に大きな声を出したベアトリスに、ファーガスはびくりと身構えた。だがファーガスの様子など構っていられない。
ベアトリスは気付いた。最後にギルバートの手を取ったのは、カインとダンスの練習をした後のことだ。
さらに言えばその前は、あのサーカスのときの箱席だ。久しく踊っていなかったから気付かなかったが、ひょっとするとあれのせいで違和感を覚えるようになったのではないだろうか。
そう考えると、無性に腹が立ってきた。ギルバートがいかがわしいことをしてきたから、自分の手がおかしくなったのだ、きっと。
「ありがとう、ファーガス、理由が分かったかも」
「ああ、そう……、あ、そうだ。少し前に言っていた留学してきた研究者の女性、大丈夫そうだ」
「本当!?」
ファーガスの言う女性とはアリーのことだ。アリーは少し前に隣国へ留学のために旅立った。ベアトリスはファーガスへ連絡し、もしアリーが困ることがあるようなら力を借りるかも、と話をしていたのだ。
ファーガスはそれを受けてこっそりアリーの様子を調べていた。
「優秀なんだね、よく勉強していると聞いた」
「良かったわ…」
離縁したことを変人だからとか、子が出来なかったからとか、色々噂されているようなことを義姉から聞いたが、アリーはもうそんなこと関係ない場所にいる。
仮に耳に入ったとしても、アリーは気にしないし興味はないだろう。いつか国に戻ってきて研究成果を発揮してくれるといいとベアトリスは思う。




