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13、選択肢

 劇場視察に行った次の日の朝、ベアトリスは珍しく熱を出した。ここ数年、発熱することなどなかったのに。間違いなく昨日のギルバートの悪戯のせいだ。


「……最悪…」

「お忙しかったですから疲れが溜まったんでしょう。今日はお休みなさった方がよろしいです」


 医者は軽くベアトリスを診て、熱が上がるようなら飲むようにと解熱剤を枕元に置いて帰っていった。


 昨日は散々だった。

 新しい劇場の視察に行ったというのに劇場など全く見なかったし、素晴らしかったであろうサーカスも覚えていない。帰ってから視察結果のコメントを求められたが、なんとかそれらしい文言を捻り出した。

 挙句、発熱して休むことになるなんて。


 ベッドに横になっていると、女官が花束を抱えて部屋に入ってきた。小指ほどの大きさの水色の花弁がたくさん集まったような可愛らしい花束で、そのまま花瓶に移してベアトリスの枕元に置こうとする。

 聞かなくても誰からか分かった。


「ギルバート様からです」


 まったく、誰のせいで寝込んでいると思っているのだ。元気になったら一言文句を言ってやりたい。

 ベアトリスは花瓶の置かれていない方に体を背けて目を閉じた。


 このままだとギルバートの思惑通りに流されて、ガルシア公爵家に降嫁することになってしまいそうだ。 

 もし降嫁した場合、周りからどう見られるかを考える。

 ギルバートは離縁したばかりなので、間違いなく以前から関係が続いていたと思われるだろう。即位の前にプロポーズを避けてこっぴどく振ったが、もともと幼なじみで仲が良かったことは皆が知っている。


 そうするとギルバートは妻を裏切った不倫男だし、ベアトリスは間女だ。

 女王の退位に合わせてギルバートは妻と別れ、浮気相手の女王と結婚したのだと思われる。あるいはベアトリスがその権力でもって夫妻を別れさせたと思われるかもしれない。

 そして、そういった色恋沙汰の噂は一生消えない。


「……それは嫌だわ…」


 女王になって9年、母が言っていた通り、清く正しく生きてきたつもりなのに、最後でぱあになってしまう。しかも不倫を続けていた女王だなんて、王家にとっても問題だ。

 実際は違うとしても、一度噂が広まってしまえばそれを覆すのは難しくなる。


 不名誉な噂だけを懸念しているわけではない。ベアトリスは自分のギルバートへの気持ちがよく分からなくなっていた。

 確かに昔は大好きだった。それは間違いない。

 しかし、年月を経た中でお互い様々なことがあり、特に彼の結婚もあって一度、完全に恋心を諦めた。

 それを急に、さあもう一度、といったところで気持ちがついてこないのだ。いま、ギルバートを好きなのかどうなのかが自分でもよく分からない。


 ベアトリスは同じように見合いを続けているカインを思い出す。

 彼は自分より10も若いのに、様々な令嬢と会うことをそれなりに楽しんでいるようだ。自分なりに相手を判断する基準を設けてもいるようだし、前向きに、真面目に自分の将来を考えている。


 ベアトリスだって、退位してもまだ28だ。老後までは長い。ギルバート以外にも出会っていない気の合う誰かがいるかもしれない。

 あの流れ作業のような見合いでは人柄がよく分からなかったが、もっと話をしてみれば違うかも。


 ベアトリスはギルバート以外にも目を向けてみようかと思い始めた。



 ♢



 熱は1日で下がり、次の日には仕事に復帰した。ベアトリスはまず、机の隅に放置していた見合い相手の釣書の中から3枚を取り出して、ギルバートと、別の宰相補佐を呼び出した。


「ギルバート、私の降嫁先の選定作業からあなたは外れなさい」


 顔を合わせて早々、体を気遣う言葉をかける前に仕事の話を切り出されたギルバートは、きょとんと目を丸くする。


「何故ですか」

「分かるでしょう、関係者だからよ」


 そう言って、3枚の釣書をギルバートの隣に立つ宰相補佐に渡す。


「この3名と話を進めたいと思うのだけれど」


 9人の見合い相手から選んだ3人は、昔から知っている公爵家の次男、妻を早くに亡くして幼い子どもを育てる侯爵家当主、それからギルバートだ。


 若い宰相補佐は書類を受け取ってそれをめくり、3枚目を開いたところでぎょっと目を剥いて隣のギルバートを見た。

 まさかこの男、同僚にも話をせずこっそり候補者に紛れ込んだんじゃ…とベアトリスは訝しんだが、どうやらその通りだったようだ。ギルバートは隣の宰相補佐の反応を見て、肩を竦める。


 書類に目を戻した宰相補佐は困惑した表情のまま、承知しました、と返し、予定を詰めるため手帳を開いた。


「前回と同様に個別でお会いになりますか?」

「いえ、あれはもうやめるわ、相手のことがよく分からないから。ずっと離れていたけど、社交に出ようと思うの。3人目以外の2人が出席する夜会を調べてちょうだい。それに出席するように調整して」

「分かりました、が……、ダンスを?」

「そうね、練習しないと……」


 最後に踊ったのはもうずいぶんと前だ。皆、女王が社交に出ていないのは知っているが、それでもあまり情けない姿を見せるわけにはいかない。

 誰に練習相手を頼もうかと思案したベアトリスを見て、ギルバートが割って入ってきた。


「よろしければ私が」

「絶対いや」

「ええー…」

「練習相手はなんとかなるわ。直接頼んでみるから」


 宰相補佐は呆れた目でギルバートを眺めてから、開いていた手帳を閉じた。



 それから数日後、ベアトリスはダンスの練習のために10も年下の青年の手を取っていた。


「…理由はわかりましたが、だからってなぜ僕が練習相手に…」


 多忙な中、ダンスの練習相手に指名されたカインは面倒臭そうにベアトリスの腰に手を回す。


「しかも、すごい目で睨まれてるのですが…」

「放っておけばいいわ」


 カイン相手にダンスの練習をすると言ったら、「陛下への同行も仕事ですから」などと言ってギルバートもついてきたのだ。

 部屋の隅で腕を組み、険しい顔でこちらを睨んでいる。


「でもとりあえず、陛下が結婚に前向きになってくださって良かったです」

「渋ったって隠居させてもらえないだろうし…」

「当たり前です」



 カインはさすがにダンスが上手かった。

 全く息が乱れないし、安定している。余裕を持ってベアトリスをサポートした。

 ベアトリスも、想像していたよりもちゃんと動けた。厳しかった母と世話係のおかげだろうか。体が覚えている。

 しかし体力がついてこなかった。2曲続けて踊ると息が上がり、休憩を要請した。


「なんだ陛下、全然踊れるんじゃないですか」


 けろりとした顔のカインを尻目に、ベアトリスは肩で息をしていた。


「…でもすぐに疲れてだめだわ」

「そんなことないですよ。とても親戚の叔母さんと踊っているとは思えない」

「その呼び方やめて」


 年相応のあどけない笑顔でからかわれて、ベアトリスはじとりと若い青年を睨んだ。



 ♢



 カインとの練習を終えて執務室へ戻るベアトリスに、少し後ろをついて歩いていたギルバートが近寄り、こそっと声をかけた。


「なんで俺じゃだめなの」

「はっ!?」


 急に耳元で問われたベアトリスは艶のある低い声色に驚いて身を逸らし、すぐそばの柱に体をぶつけた。


「痛っ」

「大丈夫?」


 心配したギルバートが体に手を回そうとしてきたのでそれを避け、ぶつけた腕をさする。少し離れた場所にいる騎士もこちらを気にしたので目で制した。


「ギルバート、仕事中なんだから立場を弁えてちょうだい」

「失礼しました、陛下。ダンスの練習相手、私でもよろしいのでは?」

「だめ」

「なぜですか?この間のことをまだ怒っていらっしゃる?」

「当たり前でしょう」


 肩を竦めたギルバートを無視して執務室に戻り、扉を閉めて2人きりになった途端、ギルバートに手を取られ、背中に手を回された。ダンスのポジションだ。


「ちょっとギル!」

「昔は散々一緒に練習したんだから、俺の方がいいと思うけどなあ」


 触れた手と近付いた体にサーカスの時のことを思い出し、ベアトリスは顔に熱が集まりそうで身を固くした。目の前の、踊り出しそうな様子のギルバートを強く睨みつける。


「勘違いしないで、私はこれからあなた以外の人を探そうとしているの」

「候補9人の中の3人には選んだのに?」

「あ、あれは一応と思って…」

「そう。まあいいけど」


 ギルバートが嬉しそうにはにかんだので、ベアトリスは釘を刺す。


「私は本気で他の人を探そうとしているわよ。離縁したばかりのあなたと結婚なんてしたら、前から不倫していたと思われかねないもの」

「そうかもね。でも別に俺はどんな噂されようと構わない」

「私は良くない」

「誰と結婚しても一緒だよ、ビー。女王はなにをしても注目の的で、称賛されることも非難されることも同じくらいあるでしょう。相手の男もそう。だから他からの評価を気にせず、自分の好きな相手を選ぶべきだ」


 それはベアトリスが一番よく分かっている。だけど、なるべく悪評は避けたいのだ。


「それで選ばれるのが自分だと思っているわけ?すごい自信ね」

「ビーが本当に好きな人を選ぶことを望んでいるよ。それが俺ならいいなとは思っているけど」


 ギルバートの余裕ぶった態度にむしゃくしゃしたベアトリスは、思いっきりギルバートの足を踏んづけてやった。


「痛っ!」

「絶対にギル以外の素敵な人を見つけてみせるから」


 痛みに顔をしかめたギルバートは、「はいはい」と苦笑して部屋を出て行った。


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