10、9年後 (2)
しばらくして、ギルバートから降嫁先の候補が揃ったと報告を受けた。女王が退位するにあたり降嫁先を探すとの噂はあっという間に広がり、その噂を聞きつけて立候補した者の中から宰相補佐たちが調査、選抜し、最終的に計9名挙がったという。
「意外と集まったわね」
「女王の降嫁ですから、どの家も望みますよ。これ以上ない王家との繋がりになりますから」
「この後はどうするの?」
「カイン殿下と同じように顔合わせをして頂きます」
カインはまず、なんの情報もない状態で令嬢と会うのだそうだ。第一印象を重視しているのと、家のしがらみなどを気にせず、気の合う相手を見定めるためだという。そして、会った後に初めて相手の釣書を見るのだ。
今回、ベアトリスの顔合わせ相手も同様にするという。ただ、9名もいる。通常の仕事をしながら1日で全て会うのは無理なので、1日3人、30分ずつを3日間行うことになった。
早速、ベアトリスの見合いが始まった。
1日目、ベアトリスは大いに緊張していた。異性と仕事以外で接する機会はこの9年、ほとんどなかった。一体何を話せば良いのかと身構える。
1人目の見合い相手を待たせてある部屋に入ると、騎士服の男性がこちらに背を向けて立っていた。そうか、騎士の場合もあるのかと、ベアトリスは意外に思いつつ、大きな背中に声をかけた。
「お待たせしました」
ぱっと振り返ったその男性には見覚えがあった。少し前に災害復興に尽力した功労で一代限りの爵位を授けた騎士だ。
騎士はベアトリスを見るとすぐに騎士の礼を取る。
「本日はお時間を頂けて光栄です、このような場に選んで頂ける名誉をありがたく思います。陛下におかれましては…」
「ああ、ええ、挨拶はほどほどで結構です、ありがとう」
長々と挨拶が始まりそうだったので、悪いなと思いながらもベアトリスは騎士を遮った。なにせ、時間が1人当たり30分しかないのだ。巻きで話をしないとなにも聞くことが出来ない。
用意された机を囲んで座り、とりあえずベアトリスは騎士に簡単に自己紹介をしてもらうことにした。
彼は長々とこれまでの生い立ちから騎士になるまでのこと、それから騎士になってからの功績を詳しく述べた。
ベアトリスが横目でちらりと時計を見ると、軽く10分は経っている。
「…それで、敬愛する女王陛下がご退位に合わせて人生の伴侶をお探しと聞き、立候補した次第でございます。幸い、爵位も賜りましたし、不自由な生活はさせません」
「ご説明、ありがとう」
長い口上を終えてやり切った表情の騎士を見て、ベアトリスは思った。
これは面接だ。
女王を嫁に取るための面接官を自らやっているのだ。
「あの、質問なのだけど、なぜ私を妻にと思ってくださったのかしら?」
「それは、女王陛下を敬愛しているからです!」
きりりとした答えが返ってきたが、ベアトリスはどうにもピンとこない。
敬愛というのは何だろう。家族への愛、宗教上の神への愛、主君への愛、果たしてどういった類なのか、それとも全て含むのか。少なくともベアトリスが過去にギルバートに抱いていたような感情とは少し違うようであることは分かる。
ただ、それも仕方がないことだとは理解している。この場はほぼ初対面だし、そもそも皆、女王としてのベアトリスのことしか知らないのだ。それに貴族間で行われる政略結婚はほぼそのようなものだろう。愛とは何たるかなんて考えることはきっと不毛だ。
騎士との30分間を面接のようなやり取りで終え、最後に騎士は「ありがとうございました!」と、これまた訓練後のような最敬礼を受けて別れた。
部屋を出て事務官から騎士の釣書を渡されたが、ざっと目を通してすぐに返した。書類を見ずとも、本人が十二分に話してくれたからだ。
2人目の見合い相手は先ほどよりももう少し見合いらしいやり取りを行った。ベアトリスは面識がなかったがどうやら商家の男性のようで、彼は十分に見合いの目的を理解していた。
「私は自宅に猫を飼っておりましてね、休みの日は猫を撫でまわして過ごしているんですよ。陛下はお休みの日は何をされていますか?」
そう問われてベアトリスは固まった。
何もしていないのだ。
ベアトリスは女王になってから、趣味といえる趣味がなくなった。昔は淑女らしく刺繡をしたり花を育ててみたり茶会に出たり、とそれなりに過ごしていたが、もうそのような時間もなければ気持ちの余裕もない。
休みの日はいつもより少し遅く起きて、食事をし、仕事で心配なことがあれば調べ物をして、食事して、湯に浸かり、寝るのだ。
「え、ええと、そうですね。本を読んで過ごすことと、あとはゆっくり湯に浸かることが多いでしょうか」
「ああ、それは大変優雅ですね」
苦し紛れに回答したベアトリスだが、とりあえず問題のない答えだったらしい。
それから商家の男は自分の事業について説明をした。商会名は出なかったが、ベアトリスは概ねその商会がどこかが分かった。彼が話す商品群を扱う商会を聞いたことがある。
「それは大変お忙しいでしょう。私のことは別にしても、将来奥さまになった方はお仕事のお手伝いを?」
ベアトリスが質問すると、男はわずかに呆れたように苦笑する。
「いえいえまさか、女性に務まる仕事ではありませんよ。冷静さが必要な仕事ですからね、って失礼、陛下に申し上げたわけではありませんよ。女性の一般論として、です」
「仕事を持つ女性もたくさんいますよ。あなたの扱う商品も女性向けのものがあるのでは?女性の意見は聞かないのですか?」
「まあご意見をもらうこともありますけどね、基本的に商談は男のものです。感情が入るとやっかいなことが多いですから」
ベアトリスが黙ったので、男は取り繕うように言葉を続けた。
「もし陛下をお迎えすることが出来たなら、仕事のことなど気にせずご自由にして頂いて構いません。そうですね、美しく着飾って社交の場に一緒に出て頂けるなら、仕事に対する戦力としては十分です」
その言葉を聞いたベアトリスはますます気が削がれた。
トロフィーワイフとして女王を娶りたいということか。それに女性蔑視にもほどがある。早晩、会社が潰れるぞ、とベアトリスは心の中で毒づいた。
それから残り1人と会い、1日目が終わった時にはベアトリスはうまく言い表せられない疲労感を覚えていた。しかもどの部屋でも茶が用意されているものだから、腹の中がたぷたぷだ。
その日は食事を控えめにしてさっさとベッドにもぐりこんだ。
♢
2日目、3日目も行うことは同じだ。
部屋に見合い相手を待たせておいて、ベアトリスがその部屋に行き、話をして、30分経ったら釣書を見て素性を確認する。それが済んだら別の部屋に行き、次の見合い相手と会う。それを繰り返す。
こんな情緒もなにもなく進めて良いのかと疑問に思うが、とりあえずは仕方がない。
見合い相手は1人目の騎士と2人目の商家の男性のほかは貴族男性ばかりだった。そうすると、知っている人物だったり、その息子だったりといったこともある。それからやはり年上男性が多いものの、一部には年下の男性もいれば、初婚の相手もいる。
ベアトリスは出来るだけ相手の人柄を聞き出そうとした。しかしながらやはり皆、女王の降嫁を望んでいる家ばかりだ。猫を被っている。
中にはベアトリスに対して美しい、美しいとおべっかを使ってくる者もいれば、明らかに女王の権力――そんなものは退位したらなくなるが――を目当てにしている者もいる。
こんな上辺だけの交流で、どうやって夫を選べというのだ。カインはどうやっているのだろう。
予定の半分を過ぎる頃にはベアトリスは飽きてきていた。
同じような話をし、同じような誉め言葉で口説かれ、皆、同じに見える。仕方のないことだが、ベアトリス個人ではなく、女王としてのベアトリスを望んでいるのだ。虚しい。
最終日に8人目の顔合わせが済み、ようやく次で終わりだと最後に指定された部屋の扉を開けると、中にはギルバートしかいなかった。
部屋の中央の机には茶の入ったポットが置かれており、ギルバートはそのそばで立っている。
「ああ、疲れた。最後の相手は?中止?」
ぐったりして机の横の椅子に座りこんだベアトリスは、行儀が悪いと思いながらも椅子の肘掛けに体をもたれた。ギルバートは立ったままでベアトリスをまっすぐ見つめる。
「いえ、私です」
「は?」
「最後の相手は、私です」
聞き間違いかと思い、淑女らしからぬ声で聞き直したベアトリスだが、同じ言葉が返ってきた。
体を起こしてギルバートを見つめるが、とても冗談を言っているような顔ではない。真剣な表情だ。
「…………は?」




