95.『おとめげーむ』ってなに?
この様子だとステータスは彼女が生まれ持ったもので、チートを発揮させた結果ではないのだろう。
アイテム倉庫やポイント交換システムもステータスが開けないのであれば使えないだろうし……。
警戒しすぎた?
もっと早く接触していれば良かったかもと思いつつも、相手がこれではあまり情報を得ることは出来そうもないだろう。
「これがステータス……」
「ゲーム転生ってやつですね」
どこまで同じ条件かは知れないが同じ転生者のよしみで、ヤバそうな部分以外は教えてあげることにしよう。子どもっぽいグルメマスターに親切心が芽生える。
ーーけれど状況は彼女の言葉で一変する。
「ゲームはゲームでも乙女ゲームでしょう? まさかRPGみたいシステムがあるとは思わないわよ~」
「乙女ゲーム?」
「え?」
「え?」
『おとめげーむ』ってなに?
RPGゲーム転生じゃないの?
目を瞬かせる私と、目を見開くグルメマスター。
どうやら私達の認識には大きすぎるほどの狭間があるらしい。
「もしかしてあなた、自分がヒロインなのを自覚していない?」
「それは自分こそ人生という舞台の主役的な意味ではなく?」
「あ、うん。今度は私が説明するわ」
「よろしくお願いします」
頭を下げれば、グルメマスターは『乙女ゲーム』について語ってくれた。
この世界は乙女ゲーム世界であることを前置きした上で、彼女はざっくりと、けれども押さえるべき所は押さえて教えてくれた。
まず私は『癒やしの巫女』という特殊な役割を担っているらしい。そしてこの学園こそが『ヒロイン』と呼ばれるキャラクターが男性陣と恋愛を繰り広げる乙女ゲームの舞台で、彼女は悪役令嬢というポジションであるらしい。
「悪役令嬢って何ですか?」
乙女ゲーム内の専門用語か何かなのだろうか。
首を捻れば彼女は「名前の通り、悪役の令嬢。いろんなタイプがいるけれど、私、ユリアス=シュタイナーの場合は男性陣達とヒロインの仲を阻むために嫌がらせを繰り返す役なの」と教えてくれた。
その後、思い出したかのように「あ、もちろん虐めたりしないからね! 虐め駄目! 絶対!」と付け加える彼女に向ける恐怖も警戒もなくなっていた。
それにしても私がヒロインなんて……。
RPG系のゲームばかりプレイしていて、恋愛シミュレーションゲームは門外漢なのだ。
それに王子が婚約者を溺愛しているのは学園内どころか冒険者や平民の間でも有名な話だ。
仲を引き裂くなんて恐ろしいことが出来るはずもない。それにせっかくここまで成り上がったのに今さら王子の婚約者の足を引っ張ってまで王妃様になりたいとか思わない。なぜ飼い慣らされなければならないのだ。私が『癒やしの巫女』の力を使用する相手は今のところレオンさん一人だ。介護で手一杯になるまで自由に生きたい。
グルメマスターは悪役令嬢についての他にも、攻略対象者と呼ばれるヒロインと恋愛劇を繰り広げる男性陣やヒロインについての情報も教えてくれた。
グルメマスターが挙げた攻略対象者は以下の8人だ。
・マルコス王子
・ルーク様
・ジェラール様
・ラングさん
・ガイナスさん
・平民の男子生徒
・薬学一般の先生
・隠しキャラ二人
けれど彼らは皆、彼女の知る姿とは異なっているらしい。
「マルコス王子はゲームではこんなキャラじゃなかったし、ルーク様はなぜか隣国の学園に通っている。女嫌いだったはずのジェラール様は女子生徒を追いかけ回しているって聞くし、ラング様は学生結婚。兵士学校に通っているはずのガイナス様はこの学園で女子生徒に弟子入りしている。ユリアスを憎む平民の男子生徒はいないし、先生に至ってはついこの間までいたのに一身上の都合でいなくなっちゃったのよね……」
マルコス王子は初めて見た時どころか、初めて噂を耳にした時点で溺愛していたし、ルーク様は名前すら存じ上げない。そしてユリアスさんを憎む平民はほぼ確実に信者になっていることだろう。残りの、名前の分かっている後の4人が変わってしまったのは私が関わっている。
ジェラールさんは私がエドルドさんと婚約を結ばなければ学園で騒ぐことはなかっただろうし、ラングさんの結婚も卒業後であっただろう。ガイナスさんがこの学校に転入してきたきっかけはグルメマスターだが、弟子入りは私がいなければ出来なかった。そして極めつけは薬学の先生だ。100%私との一件があったから学園を去った。
あの人と恋愛を繰り広げる世界があったと聞くと、鳥肌が立つ。
けれどそのルートを私が歩む未来は初めからなかったのだろう。
なにせ、グルメマスターの話は幼少期の時点で大幅に異なっていたのだから。
彼女の話によれば、村にいた母は実の母親ではないらしい。
私はリリアンタール家のメイドだった母と、公爵の間に出来た隠し子。だが私を産んですぐに母が亡くなり、いろいろとあって義母の元で暮らしていた、と。そして学園入学少し前にリリアンタール家の養女になっているらしい。話を聞いても都合良すぎないか? という思いは消えないが、ゲーム内のシナリオだと保護されたという考えに至るのだろう。貴族の隠し子に対する価値観も違うだろうし……私は絶対養子として迎えられるつもりはないけど!
だがそもそも私はグルメマスターが語るようなシンデレラ的嫌がらせなんて一つも受けていないのだ。
「ほえええ。そんな世界だったんですね~。でも継母からのいじめなんて受けてませんよ。彼女達、私のこと怖がってましたから」
「え、なんで?」
「私のステータス見ます?」
悪意を向けられた時の威嚇用兼、対鑑定鑑定用に偽装済みのステータスをグルメマスターに開示する。
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名前:ロザリア=リリアンタール
レベル:99
ジョブ①:冒険者
ジョブ②:学生
HP:9999
MP:9999
筋力:測定不能
耐久:測定不能
敏捷:測定不能
器用:測定不能
耐魔力:測定不能
【スキル】
ファイヤーボールLv.10
ファイヤーウォールLv.10
ファイヤーランスLv.10
ウォーターボールLv.10
ウォーターウォールLv.10
ウォーターランスLv.10
ウィンドボールLv.10
ウィンドウォールLv.10
ウィンドランスLv.10
ブラックホールLv.10
俊足Lv.10
身体強化Lv.10
交渉術Lv.10
錬金術Lv.10
ナイフ投げLv.10
弓術Lv.10
体術Lv.10
回復Lv.10
広範囲回復Lv.10
状態回復Lv.10
鑑定Lv.10
解錠Lv.10
付与Lv.10
解体Lv.10
錬金術Lv.10
【称号】
賢者
闘拳師
弓使い
剣士
聖女
付与師
解除の達人
錬金術師
凄腕解体者
逃亡者
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改めてみるとやっぱりぶっ壊れてるな~って思う。
いくら転生者相手とはいえ、もう少し下方修正すべきだったかもしれない。
脳内でプチ反省会を繰り広げる私だったが、彼女の反応はこれまで会ってきた誰とも違っていた。
「……私と世界観違うじゃん! 称号に『チート』って入ってる! いいな~私tueee出来るじゃん」
こんなぶっ壊れステータスを見て「うらやましすぎる!」なんて、まさかと思ってたけど、この子、本物の天然だ。
悪役令嬢とかヒロインとかよくわからないけれど、彼女とならいい友達になれそうだ。
同じ転生者が彼女であったことが嬉しくて「いいでしょ!」と満面の笑みを浮かべた。
けれど羨ましいのは私も同じだ。
「でも、私にはあなたの方がうらやましいですよ」
「え、グルメマスターが? 知らないうちに『教祖』なんて称号もらっているけど、食事中、めっちゃガン見されてるだけだよ?」
「お友達いっぱいでいいじゃないですか」
「あの関係はさすがに友達とは言わないでしょ……」
「なら、私とお友達になりませんか?」
「いいの!?」
「一緒にジェシー式ブートキャンプ、踊りましょう。最近城下で見つけた地球飯食べ続けてたら太っちゃって……手伝ってください」
太ったっていうのは嘘。
だけど彼女と友達になりたいっていうのは、一緒に踊りたいというのは本当。
「え、そんなのあるの?」
「発祥はシュタイナー家だそうです」
「まさかの我が家!」
それにしても、グルメマスター本人がグルメマスター発祥グルメ店の数々を認知していないとは意外だった。
私が恐れるべきはグルメマスターではなく、シュタイナー家の当主様の手腕と調理人の腕だったようだ。だがそれも悪用されておらず、私も何度と恩恵を受けさせて貰っているので畏怖ではなく感謝の念を送信しておく。
そしてステータス欄を開いて、転生して初めてチャット機能を使用する。
見つけたのはもう何年も前なのに、学生になって初めて使う相手が出来るとはなんとも感慨深いものがある。
「あ、フレンド登録申請だしときますね」
「わっ、なんか来た!」
「これ使うとチャット出来るようになるんですよ~。ステータス欄の端っこに吹き出しマークがあるでしょう? そこ押せばキーボード出てきますので、用事がある時はそこから送ってください」
知った振りを装っているが私も初心者なのだ。
けれど少し使えばすぐに慣れることだろう。
「了解!」
彼女は手をくの字にした敬礼ポーズを向ける。
ああ、懐かしい。
「よろしくお願いします」
同じポーズが返せば、グルメマスターもといユリアスさんは嬉しそうに頬を緩ませた。




