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92.鶏とゼンマイ人形と脳筋

「は、はなせ!」

 馬車の外に担ぎ出されて、ようやく何かを察したラングさんはじたばたと暴れ出す。

 けれどガイナスさんがそう簡単に離す訳がなく、一応補佐のように私も彼らの二歩後ろで逃亡を阻止するために目を光らせている。

 ガイナスさんを先頭にそのまま玄関へと足を進ませ、ドア付近で見つけた使用人さんに「リーリアを呼んでくれ」とだけ告げて客間へと直行する。

 まともに用件も告げずズカズカと屋敷内に入るなんて、いくら幼なじみとはいえ不躾すぎやしないか?

 ガイナスさんの予想外の行動に焦りながらも、ラングさんが逃亡を計らないようにしっかりと後についていく。


 ドスンと音を立ててソファへと落とし、隣をガイナスさんが固める。

 私は一応、背後を。

 さながらボディーガードのようだが、私が守っているのはラングさんではない。後ろの窓である。


 ここで逃亡されては目も当てられない。

 それにしても、リーリアさんはこんな訪問に応えてくれるだろうか。


 ラングさんを連れてきたと聞いて、部屋にこもってしまうのではないか?


 そんな心配をしていたが、彼女はちゃんと客室に足を運んでくれた。

 むっすりとした表情で『最悪』と額に太字で書いてあるくらいにわかりやすい不機嫌具合。

 それでも話を聞かずに追い返すことはせず、ガイナスさん達の前のソファに腰をかけた。


「一体なんの」

「さっさと結婚したらどうだ?」

 用事なの? とリーリアさんが続ける前に、ガイナスさんは見事なストレートを繰り出した。


 どうこう前置きしても無駄だと判断したのだろう。

 先手必勝ーーなんともガイナスさんらしい戦闘スタイルだ。


 ガイナスさんの発言の意図を理解しかねている二人は、あからさまなほどの動揺を見せた。

 ラングさんは「けけけけけけけっこん?」と鶏のようにけけけけ繰り返しているし、リーリアさんは「なななななななななにをいっているの?」と壊れたゼンマイ人形のようにカタカタと揺れている。

 同じような動揺を見せる二人だが、リーリアさんの回復は早かった。



「そんなこと出来る訳がないでしょう!?」


 顔を真っ赤に染め、声を荒げる。

 けれどそんな反応は想像の範囲内だったのか、ガイナスさんは落ち着いた声で話を続ける。


「なぜだ? 一年と少し早まるだけだろう。式は卒業後に挙げればいい。まだ学生だからとでも言っておけば格好はつくだろう。両家共に乗り気な婚姻だ。時期が早まった所でおじさま方が止めるとは思えない」


 私の位置からでは、ガイナスさんの表情は見えないが、至って普通の表情なのだろう。

 肝が座っているというか、恋愛事に超がつくほど鈍感というべきか。だがこじれた二人にはちょうどいいのだろう。



「それはそうだけど……」

 言いよどむリーリアさんに「他に相手がいるなら協力するが?」と言葉を続ける。


「いる訳ないでしょう!?」

「ラング、お前にもいないんだろう?」

「当たり前だ!」

「ならいいじゃないか。必要とあれば俺からもおじさま方に説明しよう」

「それは……」


 ふざけて言っているのではないと分かるからこそ、リーリアさんは目に見えて焦り出す。

 けれどこの一件が、ラングさんへ発破をかけるための行動だとは思えないのだ。


 本当に彼女は婚約者を取られると、『ロザリア』に怯えていた。

 ガイナスさんではないが、結婚してしまえば案外丸く収まるような気がしてきた。

 だってラングさんがリーリアさんを思っているのは、あのネガティブモードを見れば明らかだし。

 何年も一緒にいる彼女ならすぐに彼の思いに気づいてくれるだろう。




「リーリア、結婚しよう!」

「え?」

「俺は早く、リーリアの旦那になりたい」


 何かに迷っているリーリアさんの思いを打ち消すかのように、ラングさんは彼女の手を包み込んだ。

 ここで『リーリアを妻にしたい』と言わない所はなんだかなぁと思うが、そこも含めてラングさんらしさなのだろう。


 リーリアさんは目を見開いて、心の底から驚いていたようだったが、ゆっくりと口を開き、涙と共にぽつりと零した。


「私で、いいの?」

「リーリアじゃなきゃ駄目なんだ!」


 力強くリーリアさんの手を掴むラングさんの頬には滝のような涙が伝っている。


 10年分の思いが凝縮されているのだろう。



 振り返ったガイナスさんと視線を合わせて、笑い合う。

 私は特に何かした訳ではないが、ともかく丸く収まって良かった!

 何はともあれ、一件落着だ。


 後は二人でどうにかすることだろう。

『ロザリア』について聞き出せなかったのが残念だが、ここであまあまな雰囲気をぶち壊すほど私も野暮ではない。


「帰りましょう」

「ああ」


 客間で抱き合う二人を置いて、私達はリーリアさんの屋敷を後にした。


 グルッドベルグ家の馬車に揺られてエドルドさんの屋敷へ。

 手を振って別れてから、ドッと疲れが押し寄せる。

 今日はご飯を食べてさっさと寝ようと心に決め、ドアを開けたのだがーー。


「メリンダ=ブラッカー! 随分と遅い帰りだな!」


 なぜかジェラールさんが迎えてくれた。

 どうせキャンキャン吠えるなら可愛い小型犬に出迎えて欲しかったなぁとげっそりしてしまう。


 面倒くさいし、無視を決め込んで二階に上がろうと階段に足をかける。


「ガイナス=グルッドベルグだけでなく、ラング=アッカドとも関係を持つとは良いご身分だな!」


 ラングさんと顔を合わせたのは今日で二度目なのだが、どこからそんな情報を仕入れてくるのか。

 ブラコンの執着って怖い。

 思い切り顔を歪めながらも、思わず返事をしてしまう。


「……なんで知っているんですか?」

「否定しないということはそういうことなんだな! 兄貴、聞いたか? この女はそういう女なんだ!」


 ドヤ顔をして振り返ったジェラールさんの視線の先にはエドルドさんの姿があった。

 どうやら今日も今日とて『メリンダ=ブラッカーは兄貴の婚約者に相応しくない』と伝えに来ていたらしい。


「交友が広がったのはいいことでしょう。それに人の婚約者の動向を気にしている暇があったら、跡取りとしての責務を果たしなさい」


 けれどろくに話しも聞いてもらえず、今日も今日とてエドルドさんは塩対応。

 ぐっと唇を噛みしめ、二の句の継げないジェラールさんだがその口元にはデミグラスソースが残っていた。


 どうやら私が留守にしていた間に夕食まで食べたらしい。


「きょ、今日の所は引き下がってやるうう」

 心なしか、負け犬の遠吠えも小さい。

 馬車に乗り込む直前で使用人さんにハンカチを渡されている所で思わず吹き出してしまった。


 今回は可愛らしい嵐だったな、と微笑ましさを感じながら見送る。

 ドアを閉め、私もご飯にありつこうとリビングへと足を進める。



「ところでロザリアさん。不純異性交遊を行っているようならレオンに報告する必要がありますが」

 保護者としての使命と思われる質問なのだろうが、いつもよりも視線が鋭い。

 ちゃんとガイナスさんと一緒にラングさんの家にお邪魔すると伝えておいたのだが、まさか今の今まで不純異性交遊とやらをしていたと勘違いをされているのだろうか?


 冗談じゃない。

 ガイナスさんにもラングさんにもそんな感情持っていなし、今後もやましいことをするつもりはないと今日の一件を洗いざらい話してしまう。


「アッカド家の令息と関わりを持ったというのは以前聞きましたけど、なぜ婚約者とまで顔を合わせているんですか……」

「だって付いてきてくれ、って言われたので」

「だからって関係修復を手伝う理由にはならないでしょう」

「『桃色の髪のロザリア』が関わっているらしいので」

「あなたが? ファンか何かだったんですか?」

「いえ。貴族らしいです」

「貴族の、桃色の髪のロザリア……心当たりがありません」

「ガイナスさんも知らないと言っていました。けれど、彼女は確かに『ロザリア』に取られると思い込んでいたようです」

「調べてみます」

「お願いします」


 やはりエドルドさんも知らないのか。


 リーリアさんの言う『ロザリア』とは一体誰なのだろうか?


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