90.貴族のロザリア
「リーリアさんってどういう女性なの?」
抵抗することを諦めた私はガイナスさんに向き合い、素朴な質問を投げかける。
私が知っている『リーリアさん』は、ラングさんの婚約者で、最近はラングさんと距離が開きつつあるということくらい。またその距離がどうやらリーリアさんから開けられたものであろうということくらいだ。けれどそれもラングさんから与えられた情報だけで、確かなのは前の一つだけ。またレオンさんとグルメマスターの話題に興味を示すとのことだが、レオンさんについては断定出来る材料が足りない。グルメマスターは、興味あるなしではなく信仰の問題なのであまり頼りすぎては後々困ることになりそうだ。あと私が知っている情報は性別。アッカド屋敷から出る前にガイナスさんが『同性』と口にしていたため、女性で間違いはないはずだ。
つまり確定出来る情報は『ラングさんの婚約者である女性』であるということ。
情報が少なすぎる。
ガイナスさんもまた、ラングさんとは親しいようなので完全に客観的な情報を得ることは難しそうだが、それでも自称しおれたもやしのラングさんから得た情報よりは信頼出来ることだろう。
情報かもん! とガイナスさんを見つめると、彼は顎に手を当てて記憶の整理をしだした。
今から会いに行く相手だというのにスッと出てこないとは、何か問題のあるご令嬢なのだろうか?
面倒事に巻き込まれるくらいだったらこの馬車から飛び降りて逃亡を計りたいのだが……。
窓の外を確認すれば、外は草地。
飛び降りた所で舗装されたレンガ道のようにヒビが入る心配はなさそうだ。
そこから全力逃亡して、道は馬車の車輪の跡を辿って逆走すればいいだろう。ガイナスさんには後々謝ることにして……よし、行ける。
雑だが逃亡方法を思い描いたことで、少しだけ気持ちが軽くなる。
スカートの上で拳を固め、面倒事だろうとどんとこい! と力強くガイナスさんを見つめる。
けれど彼から発せられたのは意外な言葉だった。
「普通の公爵令嬢で、俺はリーリアもラングを好いていると思っていたんだ」
「へ?」
「俺は女心にはトンと疎い。それにあくまで三人でいる時の印象だから、二人でいる時は少し違うのかもしれない。だが幼い頃からラングばかりを目で追っているのは、恋情以外に理由があるのだろうか?」
「それは……見てきた訳ではないし、なんとも言えない。けどそれだとラングさんはなぜ婚約破棄をされると思い込んでいるの?」
「それが分からない。初めは恥ずかしがっているだけかと思っていたんだが、最近は、特に今年に入ってから様子がおかしいんだ」
「うーん……。それを私に聞き出して欲しい、と?」
「いや、ラングのいる手前そういっただけでいてくれるだけでいい」
「?」
「幼なじみとはいえ、他の男が一人で婚約者に会いに来ていると知れば気にするだろう? 師匠には申し訳ないが、温室の噂は後日でもいいだろうか?」
なるほど。私はおまけか。
なんだかんだでガイナスさんって気遣い屋よね……。
初対面は一体なんだったのだろうか? 今では記憶違いを疑うレベルである。
「どうせ婚約者問題が解決するまで聞けそうにないし、サクッと解決しちゃいましょう」
「すまない……」
「お土産のお礼だと思ってくれればいいわ」
ガイナスさんのお土産はお菓子と紅茶の詰め合わせセットだった。
意外と普通で、名産品は取り入れないことにしたのかと思いきや、プレゼントの包装に装飾品が使用されていた。今、髪を結うのに使用しているリボンもその一つだ。非常に細かい細工がなされており、細いながらもしっかりと髪を支えてくれる優れものだ。その他にもトンボ玉のような細工が付いた紐や、お菓子の入った箱自体もオシャレな家具として使用できそうだったりと私の好みを非常に理解したものだった。トンボ玉はすぐに剣の鞘につけさせてもらったし、箱はレオンさんからの手紙入れにした。
この同行がお礼になるとは思っていないが、それでも軽い調子で返せばガイナスさんは「助かる」と頭を下げた。
それからすぐに例の婚約者・リーリアさんのお屋敷に到着したのだが、私達を目にした彼女は開口一番、驚きの言葉を口にした。
「レオンの娘を連れてきた所で、私、婚約破棄なんて了承しませんからね!!」
婚約破棄を恐れていたのはラングさんの方ではなかったのか。
なぜ彼女は婚約破棄を受け入れる・受け入れないの話をしているのだろう?
ガイナスさんに「どういうことか?」と聞こうと隣に視線を向けるも、彼もまたこちらに状況説明を求めるかのような視線を向けていた。
彼もまた困惑しているようだ。
「リーリア、落ち着け。俺たちは婚約破棄を伝えに来た訳ではない。話を聞きに来たのだ」
「話って何の話? どんな条件なら呑むか、って聞きに来たの?」
「なぜラングと仲違いをしているのかだ」
「仲違いなんてしてないわ」
「だが最近はアッカド屋敷に足を運んでもほとんど滞在しないで帰るそうじゃないか。何があった?」
ぷいっと顔を背けるリーリアさんに、ガイナスさんは追求の手を緩めることはない。
私の出番はなさそう。本当にただの付き添いとして連れてこられただけのようだ。
ガイナスさんは今まで決定的な行動こそ起こさなかったようだが、ずっと幼なじみ二人のことを心配していたようだし、これを機会に決着を付けようとしているようだ。
私は下手に口出しをせず、傍観者を決め込むことにした。
「それは……あの人の口から婚約破棄をするなんて言葉、聞きたくなかったから」
「ラングはリーリアから婚約破棄を言い出されるんじゃないかって言ってたが?」
「そんなことしないし、仕向けられた所で絶対私から言ってやるつもりはないわ! そう、あの人に伝えて!」
「リーリア。一体何があった? あいつは婚約破棄を言い出すつもりも、ましてやリーリアから言い出すように仕向けるつもりもない。俺にはそう見える。けれど君の目には違って見えるのか?」
大きなすれ違いが起きているようだ。
ガイナスさん同様、私もラングさんがそんなことをするようには見えなかった。
あのネガティブが演技だとすれば、よほどの演者だ。それも幼なじみのガイナスさんが見慣れるほどに長期間行い続けたというのなら、相当な計画性も持ち合わせている。私にレオンさんの話を聞かせてくれたのも全部演技だなんて、どうしても思えなかった。けれど私よりもずっと長い時間ラングさんを見てきたリーリアさんは簡単に否定するのだ。
「……ええ」
「なぜ?」
「だって私は美しくも、強くもないもの。ロザリアでなくとも、あのレオンの娘を連れてこられたら勝てる自信がないわ」
「ロザリア? ロザリアって私の……姉のこと?」
私のこと? と言いそうになって、急いで『姉』と付け足す。
なぜいきなりその名前が出てくるのだろうか?
口を挟まないつもりだったが、自分が関わっていると聞いてしまえば話は別だ。
まさかガイナスさんの時と同様に、私が知らない間に婚約話が持ち上がっているのだろうか?
だとすれば良い迷惑だ。早めに誤解を解いておく必要がある。
「姉なら……」と付け加えようと口を開いたが、声に出すよりも先にリーリアさんは首を振った。
「あなたのお姉さん、冒険者のロザリアのことじゃないわ。貴族のロザリア」
「年の近い令嬢にロザリアなんていたか?」
「ええ。桃色の髪をした、とても可愛らしいご令嬢よ。けれど彼女が出てくる前に、あなたが来たのなら私は……」
桃色の髪をした貴族のロザリア?
思い浮かぶのは、リリアンタールが探している少女。
けれどリーリアさんが『ロザリアがラングさんの新たな婚約者になること』を恐れだしたのは今年に入ってから。一方で、エドルドさんから聞かされた情報によると、リリアンタール家が活発化したのは私の家出後しばらくしてからのこと。つまりその時はまだ少女が見つかっていないということを指す。
私以外の人物が見つかった・違う少女をロザリアに仕立て上げたという可能性はなくなり、自然とリーリアさんが指しているのは別のロザリアであるということになる。
別に『ロザリア』なんて珍しい名前ではないのだろうが、少し引っかかった。
「私には婚約者いるので」
「え?」
「師匠、彼女はエドルドの婚約者だ」
「それよりもその貴族のロザリアって一体……」
私についての誤解はさっさと解いてもらうことにして『ロザリア』について踏み込む。
けれど彼女は「それは……」と言いよどんで、視線を彷徨わせるだけ。
「リーリア」
ガイナスさんも彼女の異変に気づき、声をかけるが一向に口を割ることはない。
しばらくのだんまりが続き、ようやく口を開いたかと思えば「すぐ分かるわ」とだけ呟いて部屋を後にしてしまった。
悲しげな瞳が何を意味するのか。
残された私達には分からなかった。




