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88.いざ温室へ

 グルッドベルグ家が不在ということは自ずと私もしばらく一人で学園生活を送ることになる。

 これを機会に、と温室探しをしようと立ち上がった。一人で食事会に参加することはせず、昼間に探すことにした。次はどうせ空き時間なので見つからなかったら次の時間に、見つかれば温室で食べようと思っている。


 ざっくりとした計画を立てた私は授業を終え、すぐに図書館へと向かう。昼食はアイテム倉庫の中だ。本に書かれていたルートはすでに頭に入っている。実際、たどり着けるかはやってみないと分からないが、一応、ポケットには温室の鍵を忍ばせてぐるぐると徘徊する。



 ーーそして見つけた。

 私達が昼にご飯を食べる中庭にそれはあった。

 普段は倉庫になっていたはずの場所に、ガラス張りの温室は堂々と佇んでいた。

 まるで初めからそこにあったとばかりに。


 正しいルートを踏んだ時にのみ、現れるようになっているのだろう。

 二回目以降は普通にたどり着けるらしい。確かに一度この場所にあると認識すれば間違えるはずがない。


 早速中に入ろうと鍵の差し込み口を探すが、そんなものはどこにもなかった。

 ドアノブもなければ、鎖と南京錠で塞がれているなんてこともない。


 ドアを押せば普通に入れてしまいそうだ。

 わざわざ鍵なんてものを受け継いでいるのに?

 たどり着ける人がいないせいで鍵をすることすら止めたのだろうか?


 鍵を握りしめながらドアを押せば、温室は簡単に侵入を許した。

 中には何かあるのだろうか? とぐるぐると徘徊してみたものの、至って普通の温室だった。育てられている植物も一般的な薬草。城下町の卸し店で手に入るようなものばかりだ。試しに鑑定をしてみたが、やはり山に自生しているそれと同じで、少しばかり質が良いくらいの差しかない。


 七不思議に追加されているくらいだから期待していたのだが、誰かが学園内で植物を育てるためにこっそりと作った温室のようだ。


 水やりは天井に取り付けられたスプリンクラーで行っているのだろう。

 温室内には温度管理目的の魔法はかかっていたが、随分と弱まっている。


 管理者がしばらく留守にしているのか、そもそもの魔力が弱いのか。

 今後も暇な時間にお邪魔させてもらうことになりそうなので、これも何かの縁だと魔法の補強を行う。ついでなので雑草を抜き取り、剪定も行ってすっきりとさせる。抜いたものを放置しておく訳にもいかないので、アイテム倉庫に収納した。捨てるのも勿体ないし、これらはありがたく錬金術と薬学の材料として使わせてもらう予定だ。


「すっきりしたし、ご飯食べようっと」

 汗を拭い、近くのレンガに腰掛ける。

 人が来ないのは分かりきっているのでアイテム倉庫から出したお弁当の他に、ポイント交換でいくつかパンを追加して取り出す。周りの目もないので、サンドイッチをパクパクと口に放り込んでいく。食後の飲み物には久々にコーラでも飲もうかな~と画面をスライドしていた時ーードアが開かれた。



 誰もたどり着けなかったんじゃないの!?

 温室を管理していた人が来たのだろうか?


 一般学生がここにいると知れば騒がれる可能性もある。

 急いで木の影に隠れ、温室へとやってきた人物を探る。



 けれど私が隠れた場所からは死角になっていて、よく見えない。

 相手は誰もいないと思っているためか、おもむろに歌い始めたことで、やっと相手が女性らしいと把握出来た。

 綺麗な声だが、どこかで耳にしたことがあるような?

 それにこの世界の曲には疎いはずなのに、なぜか歌詞にも覚えがあるような気がしてならない。


 メロディーが前世のお母さん好みだからそんな気がするだけだろうか?

 首を捻りつつ、ゆっくりと標的に近づいていく。


 頭部が見えてきて、もう少しで顔が見える! と確信した時だった。


「赤とんぼ~。赤とんぼ~。つまみにゃならん赤とんぼ~」


 見覚えのある女子生徒が口にしたのは、地球の、日本の曲だった。


 間違えるはずがない。

 だってその曲、私が死ぬ直前に駅で耳にした曲だから。

 新進気鋭のシンガーソングライターだったか、若い男性が歌う不思議な歌詞は、子ども達に熱狂的なブームを引き起こしていた。女子高生にも流行は伝播し、来年には大ヒットを起こすだろう、と噂されていた。


 けれど今は、その頭に残るその曲を誰が歌っていたかなんてどうでもいいのだ。


 前世の歌だと分かれば。

 その瞬間ーー私の中で数年間にわたる疑いは確証へと変わる。


 グルメマスターもとい、ユリアス=シュタイナーは転生者である、と。


 けれど彼女が転生者であると確定した所で、なぜこの場所にたどり着けたのかという疑問が晴れた訳ではない。

 エドルドさんの話によれば、温室は選ばれし者にしか入れない。

 鍵も限られた者にのみ与えられる。

 そしてその鍵の現在の所有者は私だ。


 グルメマスターも同じ鍵を所有しているのだろうか。

 けれど鍵を持っていた所でたどり着けるとは限らない。だが彼女も同じ本を所有していれば難しい話ではない。

 同じ転生者でも、どこまで条件が同じなのだろうか。

 生きていた時代は一緒、もしくは彼女が私よりも過去に生きていたと仮定出来る。

 前世の知識も少なからず所有していると見て間違いはないだろう。

 ステータスも常人よりはやや高め。


 けれどそれ以上の情報がない。

 温室を後にしたグルメマスターの背中を見守り、ポイント交換でコーラを取り出す。

 キンキンに冷えたそれで喉元を潤してからはぁっと長い息を吐き出す。


 敵か、味方か。

 はたまた無害な同郷者か。


 これはもう少しだけ踏み込んで調べてみる必要がありそうだ。


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