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83.お弁当ハンバーグにはケチャップがよく合う

「薬学一般、休講になったんだってな」

「そうね」

「先生が急に辞めるのも珍しいけど、後任が見つからないからって」

「そうね」



 エドルドさんの言っていた通り、薬学一般の先生は学園から姿を消した。

 あまりの急な辞職に後任も見つからず、受講生全てに単位が与えられることとなった。来年度にはまた見つかるだろうが、さすがに今から今年度分に間に合わせるのは難しいだろうとのこと。希望であれば中間テスト後に他の科目の受講を特例で認めてくれるのだとか。また、来年は今年の受講者用の講座と、新しい受講者用の講座を作ってくれるのだそうだ。アフターフォローがいいと言えば聞こえは良いが、だから騒ぎ立てないでくれとのクレーム防止のようにも見える。

 先生がどのくらいの地位の人かにもよるのだろうが、掲示板に休講の決定が張られていても騒ぐ者はいなかった。


「中間テスト前のこのタイミングでなんてよほど何かあったんだろうな」

「そうね」


 よほどの何か、か。

 レオンさん侮辱罪でこの学園を去ることになったなんて、誰も想像していないだろう。


 一晩明けて冷静になってみると、止めて貰って良かったという気持ちが勝った。

 聖女の力を悪用することは、絵本を買ってくれたレオンさんへの裏切りのような気がしてならないのだ。

 今朝、起きたばかりの私の胸を、枕元に置いてあった絵本がぎゅっと締め付けた。そんなことのために使うんじゃない、と。同じロザリアとして、せめてレオンさんが誇れるような娘でありたい。だからこそ昨日の軽率な行動は反省しなければならないのだ。


 貴族が平民を、冒険者を下に見る傾向があるというのならば、少し馬鹿にされた程度で頭に血を上らせていてはまた同じことを繰り返す事になるだろう。

 今まで会ってきた人達がイレギュラーだっただけ。レオンさんに好意的であっただけ、と自分に言い聞かせる。

 それでも昨日の出来事を全て水に流せるかと聞かれればNOだ。

 地面に額を擦りつけられたところで断固拒否する。


「家庭の事情かもな」

「そうね」

「…………」

「…………」

「ところで明日の放課後なんだが、うちに来ないか?」


 何か訳ありの空気を察してくれたのか、ガイナスさんは話題を変えてくれた。

 戦闘中のように鮮やかと、とは言わないが、小さな心遣いに感謝をして話に乗らせてもらう。


「公爵がいるの?」

「いや、父上は仕事だが。幼なじみが来るんだ。予定があえば師匠に会わせたい」

「幼なじみ……」

「学園にもいるんだが、なかなか授業が被らなくて師匠に紹介する機会がない」

「分かった。明日の放課後、開けておくわ」

「よろしく頼む」


 ガイナスさんの幼なじみ、か。

 どんな人なのだろう? やはり脳筋なのだろうか。

 けどガイナスさんって脳筋のテンプレート・王道脳筋・脳筋の中の脳筋って感じじゃなくて、あくまで女性に興味がなく、戦闘方法に並々ならぬ興味がある猪突猛進型って感じ。それでも私が前世で思い描いてきたものよりも軽度というだけで、会話のほとんどが戦闘についてなので立派な脳筋であることに変わりはない。他に称号を与えるなら鍛錬お化けかな?


 だからこそ、彼の幼馴染の予想が立てられない。

 明日を楽しみにしながら、お弁当箱を開く。

 するとなんということだろうか。

 今日は私の好物、ハンバーグが入っているではないか!

 目を爛々と輝かせていると、その上にグルッドベルグ家の特製ハンバーグも乗せられる。


「あ、私も卵焼き」

「今日はいい」

「え?」

「今日はお返しはいらない」

「そうなの?」

「ああ」


 なぜだろう? と首を捻りつつもありがたくハンバーグを頂くことにする。

 口の中で混ざり合う、デミグラスソースと肉汁の甘み。

 軽く噛んだだけで、いくつもの顔をみせては私の口内で演奏を開始するのだ。

 屋敷で出されるハンバーグもいいけれど、お弁当用はまたひと味違う。

 そう、ヤコブさんに頼んでケチャップトッピングに合うハンバーグも作って貰ったのだ。

 日本学生のお弁当に入っているハンバーグのトッピングは半分以上の割合でケチャップだと思っている。ソース派もいるだろうが、私はお弁当なら断然ケチャップ派。いやいや大根おろしと醤油でしょ! と主張する和風ハンバーグ党の人はとりあえず一旦席に戻って貰うことにして。少なくとも私はお弁当ハンバーグはケチャップが合うと主張したい。もちろん他の味付けも美味しいし好きだけど、ケチャップを推す。

 ケチャップは作り手や使用するトマトによって全く異なる味が完成するのだが、なんとヤコブさんのケチャップレパートリーの中には前世で我が家が愛用していたかの有名なメーカーと同じ味のものが存在したのだ。よくよく聞いてみると、またしてもグルメマスターが考案した味らしい。


 やはり彼女も転生者なのではなかろうか。

 この世界でグルメ改革を行ってどうするつもりなのだろう。

 疑問が生まれつつも、前世のケチャップを再現してくれたことには多大なる感謝の思いを胸に抱いて、ハンバーグを頬張る。


 トマトの酸味、けれど後を引く柔らかな甘さ。

 これぞお弁当ハンバーグに合うケチャップ。地球産ケチャップ。

 ああ、中華屋さんのオムライスが食べたい。チキンライスを薄い卵で包んだオムライスにこのケチャップをかけたら美味しいんだろうな~。

 想像するとご飯を食べているのに食欲が増していく。いや、オムライス欲というべきか。


 今度ヤコブさんにケチャップを譲ってもらってオムライスを作ろうっと!



「おい、メリンダ=ブラッカー」

「食事中になんですか」

 苛立ちを隠さずに視線を向けると、そこにはジェラールさんの姿があった。

 折角人がケチャップとハンバーグの組み合わせの素晴らしさと、中華屋さんのオムライスに思いを馳せていたのに、なぜここで邪魔するのか。前回のように叫ばれなかっただけマシと考えた方がいいのだろうか。だが一緒に食事をしているガイナスさんが見守りの体勢を取ってくれているのだから、そこをどうにかくみ取って欲しかった所だ。


 今日もエドルドさんとの婚約を破棄しろ、と唱えられるのかと待ち構えていたのだが、ジェラールさんの口から出たのは全く別の話題だった。


「お前の取っていた薬学一般、休講になったそうじゃないか。折角中間テストの合計点でまかしてやろうと思ったのに命拾いしたな」

 ハンバーグ効果ですっかり忘れかけていたのに、急に来てなぜ話題を掘り返すのか。

 しかもジェラールさん自身、薬学一般は取っていないというのにどれだけ空気が読めないんだ。


「ああん?」

「ひっ」

 渾身の睨みを聞かせれば、ジェラールさんはカタカタと身を震わせた。恐れられているというのに、どこか庇護欲をそそる、子犬のような姿だ。昨日の先生の姿とは違うそれに、少しだけ私の機嫌が浮上する。


「ジェラール。今日はもう帰れ」

「そうする」


 ガイナスさんの鶴の一声で退散したジェラールさんの背中はどこか悲しげで、今度会った時は少しだけ優しくしてあげようと心に決めた。


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