74.買い出しでも、ましてやデートでもなく
「それで、どこに行きますか?」
馬車で王都の中央街近くまで送ってもらい、降りた途端にそれだ。
元々私の必要品の買い出しという名目だったので仕方のないことかもしれないが、まさか何も考えていないとは……。
「誘っておいてノープランですか」
「あなたが好きなところに行った方がいいでしょう」
「ならグルメマスターの店に行きましょう。最近、定食屋を始めたそうなので」
食べ歩きを前提として下調べをしておいて正解だった。
調べた店の中でも一番エドルドさんの食いつきがよさそうな店をあげる。
定食屋といいつつもメニューはたったの2品で、本日のオススメ(肉料理)と本日のオススメ(魚料理)だけ。肉料理は生姜焼きやからあげ、魚料理は塩焼きや煮つけが出て来るらしい。肉魚ともに南蛮漬けはレアなのだとか。用意している数も日によってまちまちで、良い材料が入荷できなければ休みになることもあるらしい。それでもお客さんが離れないどころか毎日席取り合戦が行われているというのだから、さすがはグルメマスターである。
まだ昼食時には早いが、開店前に並ばなければ肉魚を選ぶどころかのれんすらくぐれずに終わることだろう。
「早速食事ですか」
エドルドさんは呆れた声を漏らしつつも、グルメマスターの店がある方向へと足を進める。さすがグルメマスター信者。定食屋の場所をすでに把握しているらしい。
第一目標地点は定食屋に確定し、歩きながら周りを軽く見渡す。
「特に買い足すようなものもないですしね~」
「買い足すものでなくとも、欲しいものとかはないんですか?」
「ないです。欲しいものはこの前買ってもらいましたし」
「買ってもらった? 誰に? 何を?」
「レオンさんです。好きな物買ってくれる約束だったので、この前一緒に本屋に行って絵本を買ってもらいました」
ちょうどこの前の本屋さんが見えてくる。
品揃えも良かったし、今後も何かあったら足を運ぼうとは思っている。だが今のところ欲しい本もない。ぶらりと寄って好きな本を探すだけなら一人で来たい。
いい本と出会える出会えないはハッキリ言って運だ。
本の陳列方法や、その時の気分、はたまた天候によって欲する本は変わってくる。
その日はいい出会いがなかったとスルーしてしまっても、翌日は同じ本棚から最高の一冊が見つかるかもしれない。
私は本との出会いは時間をかける派なのだ。
けれど付き添いの人がいるというのに時間だけ使って何も見つかりませんでした、なんて申しわけが立たない。
相手がレオンさんなら本棚を前にして小さな声で会話を弾ませるのだろうが、エドルドさん相手にそんなことをする度胸はない。
面白い本が見つかったらレオンさんにも送ってあげようと決め、本屋さんの前を通り過ぎる。
「私の申し出は拒否しておいて、レオンからはもらうんですね」
「初めて会って数日で色々と奢ってもらってますし、今さらレオンさんに遠慮しても……」
「私も何か買いますから、何でも言ってください」
不機嫌そうな声を出したかと思えば、今度はズイっと顔を近づける。
無表情だが造形は非情に整っているエドルドさんの顔面を至近距離で見せつけられ、思わず一歩退いてしまう。けれどもすぐに距離は詰められ、同時に欲しい物は何かと問いただされる。
「だから欲しいものないんですって」
「本当に? なんでもいいですよ。まぁ家となると多少時間はかかりますが……」
「いやいやいやいや、そんなものいりませんって。ポンっと気軽に家なんて大層なものを買っちゃうのはレオンさんだけで十分です。変なところで対抗心燃やさないでください」
この世界の金持ちの思考はどうなっているのだろうか?
プレゼントに困ったらとりあえず高いものでも渡しておけばいいとでも思っているのか。
それにしても家はないでしょ、家は。
バブル期のホストやホステスへの贈り物じゃないんだから。
レオンさんだって贈り物としてではなく、一緒に住むために購入したのだ。
そんなものに張り合うなんて、今日のエドルドさんはどこか様子がおかしい。
一応「絶対家とか買わないでくださいね! 私、いりませんから!」と釘をさせば、エドルドさんの眉間にはグッと皺が寄る。
「では何が欲しいんですか? 本でも服でも宝飾品でもなんでもいいですよ」
「いりません」
「見れば欲しくなるかもしれませんし、食事が終わったら色んな店を回ってみますか」
「欲しくならないんですってば」
なんで強情な! 何かにつけて孫にプレゼントをしたいおじいちゃんか!
ガイナスさんはデートだろ? と言って譲らなかったが、私はもちろんエドルドさんにもそのつもりはないようだ。
婚約者と仲の良いポーズを見せつけるわけでも、仲良くなろうの第一歩でもなく、レオンさんへの対抗なのではないかと思えてならない。
結局、今日のオススメ(肉料理)と今日のオススメ(魚料理)のどちらも食した私は一日中王都を連れまわされるハメになった。
だが服や宝飾品にあまり興味がない私が、色んな店を見て回ったところで欲しいものが見つかるはずもなく、手に入れたのは色んな店のカタログとエドルドさんとの約束だけ。食べ歩きもろくにできなかった。
「欲しい物が出来たら真っ先に私に伝えるように」
帰りの馬車の中ではいはいと適当に受け流した言葉の有効期限がさっさと切れますように、と心の底から願うのだった。




