72.大事にされなかった子ども
「まだ気が早いかもしれませんけど、人は必ず老いるんです。介護も視野にいれとかないと! その点で言うとアスカルド公爵は変人ではありますけど、レオンさんありきの結婚なので後々揉めることはなさそうですよね」
たった数分しか顔を合わせていないが、彼もまた脳筋にしてグルッドベルグ家の親戚なのだ。レオンさんが孫に戦闘方法を叩きこんでいても文句を言わないどころか、よろしくお願いします、と子どもを連れて来そうな気がする。教育面でも貴族の子どもとして育てるなら勉強はしっかりとさせてくれそうだし、相性はよさそうだ。
こうやって考えると意外と悪くない?
変態だし、恋愛感情を持てる自信はないけれど、相手も恋愛云々面倒臭いことは言わなさそうだし。子どもを産んでほしいとのプレッシャーはかかるだろうけど、レオンさんのファンである以上、レオンさんがブレーキにもなる。
こう結婚結婚言われると、まだ若いつもりではあるがしっかりと結婚について考えておいた方がいいのでは? という気分になってくる。
ガイナスはメリンダロザリア問題の説明が面倒臭さそうだし、今のところ、一番魅力的なのがアスカルド公爵との結婚か。選択肢に脳筋と、理由のよくわからない義弟さんしかいないのが悲しいところだ。
窓の外を眺めながら、私って脳筋と結婚するのかな……と想いを馳せる。
すると正面から機嫌の悪い声が投げつけられる。
「私だってレオンがいても文句は言いませんよ。今さら切り離せるとも思ってませんし」
「いや、エドルドさんは違うでしょう」
「違いませんよ」
エドルドさんは不機嫌そうに吐き捨てる。
だが『お見合いがしたくないから仮の婚約者を据えたエドルドさん』と『強者の血を一族にいれたいから結婚を申し込んでくる脳筋』では私を利用したいのは同じでも、その場しのぎと未来を見据えた申し出ではまるで違う。
形が違うことくらい、私よりもずっと頭がいいだろうエドルドさんならすぐ分かりそうなものなのに、目先の利益と義母からの重圧で理解力が低下しているのだろうか。
「……そこまで結婚したくないんですね。でも私、孫急募の重圧に耐えきれる自信ないんで」
「義弟夫婦が作ればいいでしょう。次期当主の子どもが跡継ぎになるのですから、私には本来子どもなんていらないんですよ」
「子どもなんて、ってそれ、子どもの前でいいます?」
「重圧を感じて、責任感で産んでもらったところでその子どもを大事に出来る自信がありませんから」
「そんなもんですかね」
大事にされなかった子ども、か。まるでロザリアのようだ。
両親の間にどんな取引があったかは定かではないが、母は田舎の村に子どもを連れ帰ってネグレクト、父は子どもを利用するために今になって探し始めている。もしもロザリアに強大な力がなければ幸せに暮らせていたのかもしれないが、父親に捨てられていたのだけは確かだ。片方の親しかいないことが不幸せだとは思わないが、お腹を痛めて産むのならばせめて親に望まれた子であって欲しいと願ってしまう。だがそもそも私が子どもを産めば、父に捨てられてもレオンさんが出張ってくるので大事にされないということはまずないのだが。
「そんなものですよ。貴族の子どもなんて愛されない子どもも少なくはないですから。あなただって……すみません」
「なぜ謝るんですか? 私、愛されし子の代表格ですけど?」
エドルドさんが指している親がレオンさんでないことは分かっていても、私にとっての親はレオンさんなのだ。田舎の母も私を捨てただろう父も。父母であって、親ではない。
親が子を捨てると同時に、子もまた親を捨てているのだから。
私に母親が出来るとしたら、それはレオンさんが結婚する時なのだが、すんなり母親と認められるかは別問題である。けれど今現在、私が愛されているかどうかに関係のないことだ。
レオンさんではないが、必要とあれば自慢の父だと国中に伝えて回りたいくらい。
それくらい私は今、『愛されている』と断言できる。
胸を張って代表に名乗りを挙げれば、エドルドさんは呆れたように、けれどホッとしたように笑った。
「…………そうでしたね」
「そうですよ。将来子どもが生まれたらレオンさんが絶対学校学校言うので、子どもを産むなら養育費もある程度貯めておかないと……」
「そのために仕事、しますか?」
「溜まっているんですか?」
「そこそこあります」
「なら明日から放課後に片づけちゃうので、地域ごとにまとめておいてください」
「わかりました。ああ、そうそう。週末は空けておいてくださいね」
まるで仕事とは別に何かが用意されているような言い方だ。
要件を言わないとは、嫌な予感がする。
既にエドルドさんには親に会わせようとしたという前科がある。
同時に私も逃走した前科があるのだが。
間違いとすれ違いを起こさないように「予定によります!」と初めから宣言すると、エドルドさんはすんなりと要件を告げた。
「一緒に買い物に行きましょう」
「は?」
前回のように『いい知らせと悪い知らせ』が告げられた訳ではない。けれど私の脳内はなかなか処理を開始してくれない。
相手がレオンさんなら「行きましょう!」の返事で終わるが、相手はエドルドさんなのだ。
だって買い物って。もしやドレスやアクセサリーを買って、親との面会をさせるつもりなのだろうか。思わず疑わしい目線を向けてしまう。
「あなたが嫌がるような場所にはいきません。今回はただの買い物ですよ。必要なものも出来たでしょうし、好きなものを買ってあげます」
「エドルドさん、なんか変なものでも食べたんですか?」
「なぜです?」
「休日一緒に出掛けようとか今までそんなこと言ったことなかったじゃないですか。あ、それとも買い物に行く先で何かクエストが?」
「クエストなんてないです。ただ出かけてみるのもいいかと思っただけで」
仲良くしよう運動の一つということでいいのだろうか?
それとも婚約者と上手くやっていますよ~ポーズの一環だろうか?
じいっと見つめたところでエドルドさんの顔色は変わらない。
いつの間にか不機嫌ですらなくなって無表情に戻ってしまっている。
けれどエドルドさんがウソを吐くことはない、と思う。
いざという時に私が転移を使用することも、数週間単位で行方をくらますことがあることも理解しているはずだから。
「で、空けておいてくれますか?」
「分かりました。でも自分のものは自分で買います」
きっと距離を縮めるいい機会になることだろう。
だから深く考えることを止め、コクリと頷いた。




