67.弟子が出来ました
「あら、エドルド様もいらしたの?」
「婚約者を奪われる訳にはいきませんので」
到着早々にエドルドさんは私の肩を抱いて、守りの体勢に入る。
「信用ならないわね。取らないわよ……たぶん」
「多分、なんて付けている時点でどこを信用しろというのですか」
「戦ったら分かるわ」
「あげません」
奪うだの、取らないだの、あげないだの。
私は物じゃないんだけど……。
文句の一つくらい言いたい所だが、聖母のような微笑みを浮かべるパトリシアさんVS無表情なのに威嚇をし続けているエドルドさんの白熱した睨み合いを前にして文句を吐くことは出来なかった。
私が出来る事と言えば、先ほどの訪問では会えなかったガイナスさんとの挨拶くらいなものだ。
「メリンダ嬢、よく来たな」
「お邪魔させてもらっています」
「兄達から聞いたのだが、君はここ一ヶ月ほど、姉君に鍛えられていたのだとか。その腕前、見せて貰ってもいいか?」
「そんなたいそうなものではありませんけどね……」
「父上が友にと認めたのだ! メリンダ嬢も例の姉君同様、強者なのだろう。母上との手合わせが楽しみだ」
学園では話を聞かなかったのが嘘かのように、今日は会話がしっかりと成立しているではないか。感動で身を震わせれば「約束の茶は用意してあるからな!」と笑った。どうやら気遣いも出来るようだ。出来ればその気遣い、学園でも発揮して欲しかったと思うのはワガママだろうか。
「さぁ打ち合いましょう、メリンダさん!」
見えないはずの尻尾をブンブンと振るガイナスさんは、無言のガッツポーズでエールを送ってくれる。だからこちらもグッと固めた拳で答えば、ニカッと笑った。公爵とそっくりだ。おそらく、彼の真っ直ぐな性格も公爵譲りなのだろう。
脳筋は家系。
グルッドベルグの家系だけかと思ったが、パトリシアさんも脳筋となると、脳筋が脳筋を引き寄せ、代々脳筋の血を濃くしていっている可能性もある。
脳筋で国が守られていると考えると一国民としては少し複雑だが、知的な部分はおそらく宰相さん辺りがどうにかしているのだろう。自分の暮らしている国が脳筋大国ではないと思いたい私は、優秀な方々がどうにかしてくれていることを切に願った。
おでこを押さえるエドルドさんにも合図を送り、剣を握る。
昨晩調整したばかりの大剣、ではない。
さすがにアダマンタイトを切れる大剣を対人戦に使おうとは思えなかったのだ。振り返ってみると少しやり過ぎた感がいなめない。止めてくれる人がいないとついついやり過ぎてしまうのが錬金術の悪い所だ。多分、あの大剣はミスリルくらいだったら余裕でぱっくり切れる。その流れで人までぱっくりなんて洒落にならない。
だからアイテムボックスにしまい込んでいたシリーズの中から無難にブロードソードを選択した。
パトリシアさんの防具の耐久性が見た目では分からないためだ。まさかドレスに軽く魔法防具を装着しただけとは……。魔法防具とは一般に貴族が装着するもので、戦闘中に装備するものではない。防御力が高く、非常に軽いが、あくまで身を守るためのもの。耐久性はそこそこで何度も攻撃を受けることは想定していない、はずだ。私が知っているものと性能が違う可能性もある。先ほど付与がどうこうという話も聞こえてきたので、底上げはされているかもしれないが、未知の部分が大きい。
ショートダガーでも良かったのだが、それだと折角対策してくれた重さが活かせなくなってしまう。期待を裏切ってもいいのだが、厄介事の内容が判明していない以上、手の内を明かすのもはばかられた。
軽く打ち合って、軽くいなすのが一番だろう。
パトリシアさんと向き合いーー相手がまず先に踏み出した。
公爵ほどの熱はないが、確実に急所を狙って飛び込んでくる。迷いなく切り込んでくる戦い方は、慣れた人のそれだ。剣筋を逸らしてもすぐに次の手が飛んでくる。
腕だけではなく、足も使って攻めてくる辺り、かなり対人戦慣れしているように思う。
魔物と戦ってばかりだった私とは大違いだ。
もしかして、パトリシアさんは元軍人かなにかだったのだろうか。見た目だけで判断すると完全なる淑女だが、ドレスでこれだけ動けるとなれば相当の猛者だ。
何か補助を使っている可能性も高いが、公爵と同じかそれ以上の戦闘力を秘めていると見て間違いないだろうーーとなれば間違って身体に斬りかかる前に終わらせるに限る。
パトリシアさんには悪いが、加速のスキルを使用し、背後に回り込む。そして刀身を打ち込み、気絶させた。身体の前に腕を回して抱きかかえても立ち上がる気配はない。
「嘘、だろ……」
「お母様が負け、た?」
目を見開く双子の横を通り過ぎ、公爵にパトリシアさんを引き渡す。
「強いな」
「……姉は、もっと強いですよ」
「上には上がいるのか。それは恐ろしいな」
恐ろしいと言う割に、彼の顔は晴れやかだった。
全てを晒していないとはいえ、グルッドベルグ公爵もまた、私を化け物と恐れない人のようだ。
それどころか早くも瞳に闘志の炎を宿らせる。
「私ももっと精進せねば!」
メラメラと燃える公爵は「また打ち合おう」とだけ告げて、お屋敷へと戻ってしまった。
残されたのは固まる双子と頭を抱えるエドルドさん、そしてキラキラと目を輝かせるガイナスさん。
「俺の師匠になってくれ!」
私の前へと飛び出して、乞うように両手を包み込んだ。
「えっと……」
エドルドさんに視線を向け、ヘルプを頼んでも彼は諦めろ、とばかりにふるふると首を振るだけ。助けはない。それどころかエドルドさんは早々に私を見捨てた。
「お茶会、私も参加していいですか?」
「ああ、食べてけ」
「エドルドの好きなスコーンあるぞ!」
双子の兄弟も早々に離脱し、残されたのは子犬のような視線を向けるガイナスさんと私だけ。
「教えられることはほとんどないんですけど、それでよければ?」
「見て学べということだな!」
白旗を振り上げれば、ガイナスさんは大喜びで尻尾を振った。
それから彼に案内され、素敵な庭でお茶会を楽しむこととなったのだが、友人に続き、まさかの弟子まで出来てしまった私はろくに楽しむことが出来なかった。




