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66.脳筋一家

「妻のパトリシアだ! パトリシア、こちらは私の友人のメリンダ君だ」

「はじめまして、メリンダ=ブラッカーです」

「はじめまして。あなたがレオン様の。私、パトリシア=グルッドベルグと申します」


 ぺこりと頭を下げ、どうやら彼女は脳筋属性ではないことに胸をなで下ろす。金髪の髪を結い上げ、お団子にまとめ上げたその姿は淑女そのもの。THE・お貴族様って感じだ。ニコニコと微笑まれ、微笑み返せばパトリシアさんは笑みを保ったままその表情を公爵へと向けた。


「ところで旦那様。私、メリンダさんはガイナスが招待したお茶会に参加なさると聞いていたのですが、どのような経緯でご友人になられたかお伺いしても?」

「う゛っ」

「あの子、朝から張り切って用意していたのになぜメリンダさんはあなたといて、ガイナスはここにいないのでしょうか?」

「う゛う゛っ」

「まさか息子と同じくらい歳の離れた女性に手合わせを申し込んだ、とかではありませんよね?」

「う゛う゛う゛っ」


 次第に低くなっていく声と、変わらない笑み。

 けれど確実に公爵にダメージは溜まっている。胸を押さえ、呻き声をあげる彼は残りHPわずかといった所だろうか。

 だが追求の手が止むことはない。


「そういえば今朝方当家の馬車が一台なくて困っていたのですが、あなた知りません? メリンダさんの迎えに出すために昨晩、御者が磨いていたものなんですが」

「そ、それは……」

「ガイナスは最近転入したばかりで友人も少なくて、彼女とお茶会出来る日をずっと楽しみにしていたのをご存じのあなたがまさか息子を差し置いて仲を深めようなんてそんなこと、お考えになっておりませんよね?」

「すまなかった! だが決して浮気ではない! 信じてくれ!」

 圧倒的な圧力を前に逃げられぬと悟った公爵は、綺麗な直角を描いてみせた。床に向かって「浮気ではない!」と叫ぶ姿に威厳はなく、獅子のような猛々しさもない。

 心なしか慣れているように見えるのだが、そんな疑われるようなことを何度も繰り返しているのだろうか?

 思わず冷たい視線を送れば、パトリシアさんは頬を押さえながらため息を零した。


「そんなこと初めから疑っておりません。第一、あなたがそう簡単に女性に興味を持てるなら私はここにおりませんわ。メリンダさん、うちの旦那がご迷惑をかけたようで……申し訳ありませんでした」

 仲が良いように見えたのだが、仮面夫婦というやつなのだろうか?

 それにしては浮気と間違われることを焦っているように見えたが……。夫婦の形にもいろいろとあるのかもしれない。深くは触れないでおこうと心に決める。


「あ、いえ、私も公爵とお手合わせ出来て楽しかったので」

「そう?」

「はい!」

「では私ともお手合わせ願えるかしら?」

「へ?」

「旦那様ばかりずるいではないですか」


 恥ずかしげに笑うと、クローゼットから細長い剣を取り出す。模擬剣ではなく、よく使い込まれた本物の剣だ。柄を撫で「お手合わせ願えますか?」と小首を傾げるその姿はかわいらしさこそあれど、十数分前の公爵と似た空気感を醸し出している。そう、戦闘民族ばりの脳筋の空気感だ。

 この夫婦、仮面夫婦なのではない。脳筋夫婦なのだ。



「パトリシア! まさかお前……」

「旦那様がご友人と認めたお相手ですもの。久々に暴れさせていただきますわ」

「なんか鍛錬場が荒れてたんだけどなんかあったの? ってあれ? もうメリンダちゃん来てたの? 久しぶり~」

「あ、本当だ。メリンダちゃんだ。ってお母様、その剣。え、マジでヤる感じ?」

「ええ。マジよ」

「マジか! あ、俺ガイナス呼んでくるわ!」

 何かを察した双子の兄弟の片割れは、すぐさま部屋を飛び出した。そしてもう一人もまた、部屋を飛びだそうとする。


「あ、なら俺はメイドにお茶の用意は中止するように」

「待ってください」

 スッと飛ぶように移動して、彼の肩をガシッと掴む。そしてしっかりと宣言した。


「お茶とお茶菓子は手合わせが終わった後に頂きますので!」

「剣を交えた後にお茶するとかさすがに正気じゃないっしょ」

「身体を動かせば喉渇くし、お腹減るので!」

 お茶会に来たのに、お茶会が中止になるとか来た意味がない。剣を振った意味が消えてしまう。それに折角朝から用意してくれていたみたいだし。

 中止になったら作ってくれたお菓子とか用意してくれたお茶が無駄になってしまう。食事の無駄は良くない。そして私の食欲に我慢を強いるのも良くない!


「え、でも……」

 困ったように眉を下げる彼に「頂きますので!」と強く主張すれば「まぁ、メリンダちゃんがいいならいいけど……」との言葉を頂いた。


 私の熱烈なアピールに他の二人が加勢することもなければ、邪魔をすることもない。


「メリンダ君はパワー系だ。細身の刀身では折られる可能性が……」

「スピードは?」

「なかなか早い。私の一撃を交わすくらい余裕といった表情だったな」

「となると、付与魔術を『強化』に切り替えた方がいいでしょうか?」

「防具も取り入れるべきだろうな」

「スピード感が失われないように気を付けて選ばねばなりませんね……」


 すっかり二人だけの世界にハマってしまっている。

 顔を寄せ合い、情報を交わし合う姿は戦友のようだった。夫婦というよりも、私とレオンさんの関係にどこか似ている。近くで見ているだけで、親近感を覚えてしまう。


「一度、屋敷に武器を取りに帰ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。馬車を出そう。それで、パトリシアとの打ち合いが終わったら是非私とももう一戦!」

「わかりました!」


 王都の冒険者達とも違う。

 純粋に強者を求める彼らに一度別れを告げ、馬車へと乗り込んだ。


 屋敷で休暇を満喫していたエドルドさんに、武器を取りに来たことを告げると呆れた顔をしていた。けれど私が部屋からいくつかの武器を手にして玄関へと戻ってくれば、そこには変わらずエドルドさんが立っていた。


 お見送りだろうか?


「行ってきます」と手を振れば「私も行きます」と腕を掴まれた。


「え、なんでですか? 折角のお休みでしょう?」

「初めは模擬剣ですると言っていたのに、武器を取りに帰ってきたということは相手も本気ということです」

「怪我はさせないように気をつけますよ?」

「私がしているのは時間の問題です」

「時間、ですか?」

「あの一家は剣のこととなると時間を忘れるので。明日行われる定例会議に騎士団長が欠席したとなれば問題になります」

「……今から明日の心配をする必要あります?」

「止めなければ延々と続きますから。それに公爵の奥様が出てくると少し厄介で」

「え?」

「もしかしてメリンダさん……!」

「今からパトリシアさんと剣を交える約束をしちゃってるんですけど」

「また厄介なことを……」

「何が厄介なんですか? 教えてくださいよ!」

 馬車の中でゆらゆらと揺らしながら教えを乞うても、エドルドさんが解答を教えてくれることはなかった。代わりにずっと「一人で行かせるんじゃなかった……」と小さく唸っていたので、厄介事が大きいことだけは理解したのだった。


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