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65.お友達が出来ました。ただし相手は……

 迎えの馬車に乗り込み、グルッドベルグ家の敷地を跨いだ私に真っ先に投げられたのは公爵様からの歓迎のお言葉だった。


「よく来たな、メリンダ君!」


 上半身裸で汗をしたたらせ、肩には大きめの剣を担ぐその姿はまさしく脳筋のものである。無造作に後ろになでつけた青い髪と瞳はレオンさんとは正反対の色。だが冷たさはない。むしろ涼しげな色からは想像出来ないほどの熱気がもんもんと漂っている。


「さぁ早速打ち合いをしよう!」

 大きく腕を広げ、歓迎ポーズを取りながらもギラギラとした瞳でこちらを捉える。敵意はない。あるのは純粋な闘志だけだ。


 その瞳に、私の中の戦闘魂にも火が付く。


「剣はどこですか?」

「そうこなければな!」


 投げられた模擬剣を右手で受け取り、公爵の後ろを歩く。辿り着いた屋敷裏は剣の稽古をするためか、綺麗に整えられている。足を軽く擦らせても土が盛り上がることはない。踏ん張っても足下が崩れないようにならしてあるらしい。

 グーパーグーパーを繰り返してから、模擬剣の握り心地を確認する。私の剣よりも少し固めだが、滑り落ちるほどではない。短めに、そして強く握る。ブンブンと軽く振ってから少し場所を変えて、こちらの準備は万端。唇に舌を這わせ、真っ直ぐと相手を見据えれば彼の準備は整っているようだ。すでに脱いでいた上着を羽織り、こちらに向けて剣を構えている。


「いつでもいいぞ」

「では行きますよ」


 相手に声をかけて、一気に前に踏み込んだ。

 腕を思い切り後ろへ引き、飛んだ勢いすらも剣にかける。それだけで重さは増す。

 避けられなければそれで終わりだが、やはり相手はこれくらい簡単に避けてくれたらしい。公爵の立っていた場所は軽くへこんでいる。少し力を入れすぎたか、と反省すれば背後から嬉しそうな声が聞こえてくる。



「一太刀が重いな。やはり女の子と侮らなくて正解だった」


 私が避けて当然とばかりに的確に私の首元に一陣。

 言葉通り、女の子と侮ってはくれないらしい。

 飛び退いて、剣を打ち返し、一気に斬りかかる。カンカンと刃を何度か交え、剣を弾いた。

 公爵は私の隙を見間違えたのだ。

 たった一瞬の出来事だが、野生の魔物を前にすれば慈悲が与えられることはない。力をセーブしつつも、木の根元に向かって剣を弾かせてもらった。

 手の中から剣が消えた公爵は目を見開き、そしてガハハハと上機嫌な笑いをあげた。


「見事だ、メリンダ君。私も騎士団長という職さえなければロザリア君修行に付き合わせて貰うのだがなぁ」

「どういうことですか?」


 なぜここでロザリアの名前が出て来るのか。

 私と手合わせをしたのも何かしらの真意があるのか。ただの脳筋ではなく、例の貴族の仲間か?

 目の前の男は敵かもしれないと意識を張り巡らせれば、公爵は空を見上げ、しみじみと呟いた。


「ここ数年、レオンは格段に強くなった。元々強かったが、ロザリア君と出会ってから彼はさらなる高みへと上がったのだ。私はレオンと、そして君を強くしたのはロザリア君だと思っている。彼女と共に修行に出れば、さらなる高みを目指せるだろう、と。メリンダ君。ロザリア君にもう一度、婚約を申し込んだら了承してくれると思うか?」

「へ?」

「実は去年、ガイナスの婚約者になって欲しいと申し込んでいるんだが、今は婚約を考えられないと断られてしまってね」



 聞いてないんですけど!?

 その話、確実にレオンさんの所で止まっている。

 だって私、この前までグルッドベルグの家名すら知らなかったのだから。婚約を考えられないのは私ではない。レオンさんだ。家を買ったのも、エドルドさんに預けたのも、自分の手の届かない場所で婚約を決めたりしないためだったのだろう。


 過保護すぎる……。


「今は武者修行で忙しいようですので……」

 レオンさんの独断に頭を抱えつつ、とりあえず当たり障りのないように答えておく。


「そうか、残念だ……」

 しょぼんと肩を落とす公爵には悪いが、今の私はエドルドさんの婚約者(仮)で、本物の婚約をするつもりもない。



「メリンダ君」

「なんでしょう?」

「戸籍上の縁は結べなくとも、友人として打ち合いに来てくれるか?」

「打ち合いくらいならいくらでも」

 顔も知らない例の貴族に売られるかも? なんて一瞬でも疑った私が馬鹿だった。

 彼はまごうことなき、脳筋なのだ。


「そうか!」

 公爵に両手を包み込まれ、ブンブンと上下に振られる。

 どこかレオンさんと似た雰囲気に思わず了承してしまったが、冷静になって考えると私、なんで余裕で二回りは歳離れた人とすんなり友人になっているのだろうか。


 いや、歳が離れた友人自体はいい。前世でも珍しい話ではなかった。

 ただ、この世界に来て初めての友人が騎士団長で、三人の子を持つ父親というのはちょっと乙女として考えものだ。


 おかしい。

 こんなはずじゃなかったのに……と思った所でもう遅い。

 すっかり気をよくした公爵は私の肩を抱き「そうだ、妻を紹介しよう!」と屋敷へと案内してくれる。


 初めての友人からは、汗と土埃と、脳筋の香りがした。


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