64.グルッドベルグ家からのご招待
「ロザリアさん、明日何か用事ありますか?」
「あひあへんへほおひほほへふは?」
もごもごと動かす口を押さえながら答えれば、向こう側から水の入ったコップを差し出される。
「この数日ですっかりレオンに浸食されて……。うちではいいですが、外では口に何か入ったまま話さないように」
「…………っぷはぁ、了解です!」
水を一気に飲み干して、元気よくお返事をする。
するとエドルドさんはよろしいとばかりに深く頷いた。うちではいいって緩くなったものだな、との突っ込みはしない。多分この数日でレオンさんに浸食されたのはエドルドさんも同じなのだろう。
あの人は結構雑なのだ。
まともな父親は娘の食事を横取りしないし、美味そうなもん食ってるな! と肩に腕も回してこないので、今さらと言えば今さらなのだが。
空になったコップを置けば、もういっぱい注いでくれたので、カサを半分に減らしてから尋ねる。
「それで明日何かあるんですか?」
「あなた達が出かけた少し後にグルッドベルグ家から使いが来まして、明日都合がよければ手合わせに来ないかとのことです」
「私が招待されたのはお茶会のはずでは?」
「ああ、ガイナスからはお茶会の招待も来てましたね」
「その言い方だと手合わせの招待は他の方から? ガイナスさんのお兄さん方ですか?」
「いえ、グルッドベルグ公爵からです。明日は休日だそうで」
まさかの公爵登場とは……。
初体面を果たす前に手合わせしようと招待してくる辺り、普通の大人ではない。脳筋だ。その上、息子の約束に被せてくる辺り、筋金入りの脳筋に違いない。
学園であったガイナスさんも、お屋敷に来ていた双子の兄弟も脳筋だったから予想の範疇ではある。
だがなぜ知り合う人のほとんどが脳筋なのか……。
ここまで来ると脳筋という属性だけで、安心感すら覚えてしまう。
「ちなみに使用するのは模擬剣で、姉との武者修行で磨いた腕を存分に発揮して欲しいそうです」
「ああ、そういえばそんな設定でしたね……。普通にショッピング三昧とかにすれば良かったのに」
「あなたはずっと狙われていたので遅かれ早かれこうなっていたでしょう」
「え」
「別に悪い意味ではありません。ただ公爵、というよりもあの一家は強者を見つけると剣を交えたい衝動に狩られるのです」
「どこの戦闘民族ですか」
「我が国の騎士団長です」
「うわぁ……」
想像以上の重役だ。
まさか騎士団長ともあろうおかたが、一女子生徒に手合わせを申し込むなんて……。
水面下でレオンさんの娘自慢が関わっていることはほぼ確実だろう。話し方から察するにメリンダ自慢ではなく、ロザリア自慢なのだろうが。だがロザリア自慢をされたことによって『ロザリアと武者修行をした妹=強者』の方程式が完成してしまった可能性も高い。
双子のお兄さん方はレオンさんともエドルドさんとも仲良く見えたし、公爵自身も悪い人ではないのだろう。多分、単純に武力にのみ興味があると見て間違いはない。
さすが脳筋。
今日鍛えた愛刀を使う機会はお預けだが、強者となれば気にせず剣を振るってもいいだろう。
「常に強さを欲する彼らを慕う兵士も多く、グルッドベルグ家のおかげで我が国の軍事力は非常に高い水準を保っています」
「この国の兵士って脳筋しかいないんですか!?」
「グルメマスター信者も多く在籍していますが、彼女をお守りするためにも鍛えて損はありませんから」
結局この話もグルメマスターにまとまるのか。
この様子だと多分、文官の方もグルメマスター信者で固められていることだろう。
彼女が謀反を起こそうとすれば、確実にこの国はやられる。一夜とかからずに国は落とされることだろう。なにせ王子自身も信者の一人なのだから。
消しゴム一つで頭を下げる彼女がそんなことをするとも思えないが、この国ではすでに彼女の影響が深く根付いているのは確かだ。
「それはともかくとして、明日用事がなければあちら側に問題ないと連絡を返しておきますが」
「あ、大丈夫です」
そう返せば、エドルドさんはユーガストさんを呼びつけ、すぐにグルッドベルグ家へと向かわせた。すでに渡す用の手紙を用意していたらしい。非常にスピーディーに私の用事は確定したのだった。
「ああ、それと」
「まだあるんですか?」
「グルッドベルグのメイドが作るお菓子は大変美味なので期待しているといいですよ」
「一番重要な情報じゃないですか!!」
すっかり公爵との手合わせに引っ張られていたが、私の本来の目的はお茶会なのだ。
そのお茶会で美味しいお菓子が食べられると分かれば、テンションは一気に天井まで引き上げられる。
「美味しいお菓子が食べられると分かれば、剣も本気で振らねばですね!」
「はしゃぎすぎて殺さないでくださいね」
「了解です!」
対人戦はレオンさんとしかしたことがないが、魔物ではなくレオンさんに基準を合わせれば問題ないだろう。
使うのは模擬剣だし!
かっ飛ばさなければ大丈夫、大丈夫!
「ハンバーグおかわりください!」
私はその後、明日の手合わせに備え、5回ほどおかわりをしたのだった。




