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59. ロザリアお手製 ちぎりバケットのバター焼き

 翌朝、出しっぱなしの机にパンとココアを用意する。

 自分の朝食を済ませ、レオンさんが起きないうちに綺麗な服へと着替える。脱いだそれを冷静になって見れば家具同様こちらもなかなかに酷かった。山小屋から出て数日間と同じような、ほぼ布切れな服。よく不審者として通報されなかったものである。この格好の私に一切の突っ込みを入れなかったレオンさんにほんの少しだけ恨みのこもった視線を送りつつ、ブラシと鏡も出して身なりを整える。

 小綺麗レベルにまで水準を引き上げてから、なかなか起きないレオンさんの身体を左右に揺する。


「朝ですよ~。起きてください~」

 けれど疲労が溜まっているのか、なかなか起きる様子はない。

 無理に起こすのも悪いだろう。

 放置を決め込み、私は無音ラジオ体操を開始する。


 山に魔物狩りに出かけるのもいいが、桃太郎のおじいさんと同じノリで出かければレオンさんが心配するのは確実。昨日まで絶賛家出少女だった私が置き手紙を置いていくのも逆効果になりそうだ。


 これ以上心配をかけたくないので、おいっちにっさんしとサイレントで動いていく。

 第一から第二へと移って終わったらまた第一から。

 手軽な全身運動として有名なだけあって、徐々に身体の筋肉がほぐれていくのを実感する。


 何度目かの深呼吸で、ラジオ体操の素晴らしさを実感していると、後方でもぞもぞと布がすれる音がする。


「レオンさん、おはようございます」

「んん~ふわぁ」


 毛布から顔を出して、目を擦るレオンさん。

 そこからぐいっと両手を上に伸ばして、ポリポリと首筋を掻いた。


「おはよう」

「ご飯食べるなら用意しますけど」

「頼む」

「朝ご飯はレーズンパンですが、飲み物はココアとホットミルクどっちがいいですか?」

「ミルク」

「了解です」


 アイテム交換を使って、さっきまで私が食べていたご飯とほぼ同じものをテーブルに並べる。パンだけでは物足りないだろうと、サラダとヨーグルトも付けて置いた。

 レオンさんは椅子を引いて、ぺこりと頭を下げてから座る。どこか眠たげな表情のまま、レーズンパンをちぎって口へと運んだ。そこから半分ほど食べて、ようやく覚醒してきたのか「ロザリアは飯食ったのか?」と顔を上げた。


「もうとっくに」

「なんだ。その時に起こしてくれれば良かったのに」

「一度は試しましたよ」

「そうか……」

 悪かったな、と伸びた髭を撫でる。

 中途半端に伸びたそれはジョリジョリとしていて、なんだか酷く不格好だった。


 そこがまたレオンさんらしくて笑えてしまう。


「パンのおかわりってあるか? もう二個くらい食べたい」

 昨日遠慮するなと言ったからだろう。

 マグカップを傾けながら、パンを乗せていた皿に視線を落とす。


「二個と言わずいくらでも。同じのでいいですか? バゲットとかありますけど」

「じゃあバゲット」

「焼きます?」

「いいのか?」

「バターを乗せて焼くと美味しいですよ」

「是非頼む!」


 小さくゆらゆらと身体を揺らすレオンさんに「ちょっと待っててくださいね」と声をかけて、フライパンとコンロ、トング、バターとバゲットを用意する。

 小さいファイヤーボールでコンロに火をくべて、フライパンを暖める。そこにバターを惜しげもなく投下して、じっくりとフライパン内をバターで満たしていったらそこに大きめにちぎったバゲットを投下する。手でちぎったことにこだわりはない。ただ私にはパン包丁を使いこなすだけの才能がないだけだ。どうせガタガタになるだけならわざわざまな板と包丁を出すだけ無駄。それに食べるのは私とレオンさんだ。ちょっとした手抜きにレオンさんが口を出すことはない。むしろ「まだか? まだか?」と子どものように急かしてくる。それをいいことに、いい時間短縮になったと前向きに考えておくことにして、バゲットをトングで掴んでひっくり返す。ここで再びバターのかけらを投入してもいいのだが、ふと思いついた第二のメニューを試すために手早く裏面を焼いてレオンさんの皿に載せた。

 フォークもポイント交換で出して、ちょこんと添えればロザリアお手製 ちぎりバゲットのバター焼きが完成だ。


「どうぞ」

「頂きます!」

 ヤコブさんの料理の足下にも届かないそれだが、レオンさんは美味いな、と嬉しそうに頬を揺らす。


 あたりまえのように「もう一個食べれたならなぁ……」と私の手元に熱い視線を送るのも忘れない。


「今度はシナモンバター風味ですよ! 一緒にスライスリンゴも焼きましょう」

「さすがロザリア、太っ腹!」

 レオンさんの声援を受け、バゲットを焼き続ける。


 同じバゲットだが、添え物を変え、味を変え。

 一向に勢いが落ちないレオンさんから自分の分を死守して、手元でこっそりとバニラアイスを乗せれば隣からはにょきっとフォークが伸びてくる。



「あああああ! 私のバニラアイス!」

「少しくらいいいだろ! 俺だってアイス乗せたい」

「よくない! レオンさんいっぱい食べてるじゃないですか!」

「確実に美味いものを見つけたら俺の胃袋は無限に膨らむんだよ!」

「いつそんな腹ぺこキャラになったんですか!」

「何年もロザリアと一緒にいれば誰でもなる! つまりロザリアのせい! だからアイス寄越せ」

「きゃー泥棒!」


 アイス一つで子どものようにきゃっきゃと騒ぐ私達。

 この場にエドルドさんがいれば、何しているんですか……と呆れた声が聞こえてきたことだろう。

 そう気づいてしまえば、楽しいだけのこの時間もお開きが近くなっているのだと自覚せざるをえなかった。


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