57.親バカとファザコン
「なんで私の居場所分かったんですか?」
明確な時間は不明だが、私が姿を消してからすでに結構な時間が経っているはずだ。たまたまとはいえ、Sランク冒険者達がほぼ総出となって探し回って見つからなかった私をレオンさんはたった一日で見つけてしまったのだという。一体どんな力を使ったのか、と首を傾げれば、レオンさんは得意げに胸を張る。
「メリンダが消えてから魔物が姿を消した、もしくは激減した地域を探した」
ああ、なるほど。
確かに私が暴れ回った場所からは魔物の姿が消えていた。
通常であれば定期的に魔物が発生する場所から一体もいなくなれば不審に思われても仕方がないだろう。
無意識に私自身がヒントを残していたということか。
「大人しくしてれば良かった……」
そう呟けば、レオンさんは眉間に皺を寄せる。
「そしたら俺が見つけられなかっただろ。実際、この辺りの山だって他の冒険者達が何度も見回ってたんだからな」
「見つかりたくなかったです」
「そんな寂しいこと言うなよ。ただでさえ俺、南方行って2~3週間はロザリア・メリンダロス状態だったんだぞ!?」
「なんです、それ?」
「ロザリアとメリンダの名前を呼んでは近くにいないことに落ち込みまくってた」
「レオンさんらしいですね」
思い出して、シュンと身体を縮めるレオンさんがおかしくて、口元からはふふっと笑いが溢れてしまう。
間違っても私も似たような状態になったことありますよ、なんて教えてあげないのだ。
「そんな状態から脱しつつある時に手紙もらって舞い上がってたら、一切続報を与えられなかった俺の気持ち分かるか!?」
落ち込んだと思ったら、今度は半ギレか。
情緒不安定すぎるでしょ……と自分のことは棚に上げて、ぷっと吹き出す。
「わかりませんよ」
「学園に通えと言っておいて、南方の馬車に乗せて帰ろうかと本気で悩んだんだからな! なのにいないし。その上、姿を消したって言われるし。ここで帰らないって言われたら、ロザリアが今、住処にしている所に居座るからな! それどころか俺とロザリアの手をロープで繋ぐからな!」
昨日からいろんなところを探し回ってくれたのだろう。
掲げられたロープは泥だらけになっていた。
私、レオンさんに沢山心配かけちゃったんだな……。
久々の後悔がどっと訪れる。けれど同時に忘れつつあった不安も一気に押し寄せる。
「何言ってるんですか……。それに帰るってどこに帰るんですか。私に帰る場所なんてないですよ」
「エドルドの屋敷でもいいし、俺が今暮らしている家でもいい。誰かと暮らしたくないっていうなら王都にある家を使えばいい。転移ってやつを使えばどこでも行き来出来るんだろ?」
「知ってるんですか?」
レオンさんはあっさりと『転移』の名前を口にする。
存在を知っているのは私とエドルドさんだけのはずだ。
まさか他の冒険者達にも打ち明けたのだろうか?
隠そうと言い出したのはエドルドさんだし、私を捜索するためだから仕方ないのかもしれないが秘密を一方的に破られたことに胸にもやがかかる。
顔を歪める私に、レオンさんは笑いながら手を横に振った。
「他の奴には言ってないみたいだから安心しろ。ただ俺が脅したから転移を使ったんでしょうって情報を口にしただけだ」
「脅しちゃ駄目でしょう」
何しているんですか……と呆れる私に、レオンさんは何言ってんだと真顔で答える。
「知らないうちに勝手に婚約話でっち上げた上に怒らせて逃走されたなんて聞いて怒らない父親はいない。へこむあいつを殴らなかっただけ優しいもんだ」
「へこんでたんですか?」
「それはもう盛大に、な。会って謝りたいって言ってたぞ。だから謝ったから許されて当たり前だと思うなよって伝えといた!」
「辛辣ですね。私が何で怒っているのか知ってるんですか?」
「距離感ミスったんだろ」
距離感ミスった、か。
適当にも聞こえるその言葉は、私の欠けた場所にカチリとはまった。
エドルドさんだって悪気があった訳ではない。
初めからそんなこと分かっていたのに、それでは納得出来ない私はずっと別の解を求めていたのだ。だからレオンさんの言葉に胸の重みが少しだけ軽くなる。
「あいつ、プライベートまで踏み込ませる相手少ないからな。俺とグルッドベルグの双子くらいか? 俺とロザリアが初めて会ったときに一緒におかし食べてただろ? あれだって珍しいことなんだぜ?」
「そうなんですか?」
「エドルドもエドルドでいろいろあったからな。信頼した相手しか近くに置くことはない。俺の南方行きが決まった時にロザリアを預かると言い出したのもあいつだ。仲を深めたかったんだろ」
でも、婚約者はねえよな~とレオンさんは豪快に笑い飛ばす。
「……エドルドさんは私と仲良くなりたかったんですか?」
「ああ」
「また、そう思ってくれますかね」
「ロザリアがこんな野性味溢れる生活を止めて、王都に戻ればな」
「レオンさんは?」
「ん?」
「レオンさんは勝手に消えて山で暮らしてた私のこと、まだ娘だって言ってくれますか?」
「当たり前だろ! 貴族の件さえなかったら、俺は今すぐにでもうちの娘が影ながら平和を守っていたんだぞって商業協会や馬車協会・近隣住人達に言いふらしてる」
「全然影ながらじゃないじゃないですか」
呆れた笑いを零しながら、改めてレオンさんに会えたことを神様に感謝する。
手がかかる上に血の繋がりのない私の父親だと言ってくれる人、レオンさん以外にいないだろう。
「俺が娘自慢したいだけだから何でもいいんだよ」
多少親馬鹿が過ぎるかもしれないけれど。
私も大概ファザコンだから、そこでバランスが取れているのだろう。
「巻き込まれる予定の人達には良い迷惑ですね」
「親なんてそんなもんだ。そんな親馬鹿な俺が泣き出す前に帰ろうぜ」
レオンさんはニカっと笑って、再び手を伸ばす。
ここで断ったら本当に泣き出すのかが気になるところだが、そんな意地悪な心は不要な感情ボックスに閉まってしまう。
代わりに「洞窟片付けなきゃなんで少し待ってくださいね」と笑う。
「片付けか! なら、今度は俺が手伝う番だな!」
シャツをめくり力こぶを作るレオンさんはその数時間後、私の荒れ果てた住処を前に声を失うのだった。




